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第3章 第8話

「え……こ、こ、こ……婚約……?」


修也は普通に生活していたら今の時点では耳にすることの無い単語に言葉を詰まらせる。


「婚約って……アレ? あの将来結婚を約束するっていう」

「うん、まぁそれしかないよね」


修也の問いに対して華穂は俯きながら答える。


「しかも『してやる』って何様? アレが人間を婚約者にするなんておこがましい。アレの婚約者なんてナメクジでも十分すぎるだろ」

「土神くん、それは流石に失礼だよ」


修也の言葉に対して、華穂は真顔で修也の方を見て答える。


「えっ? でも……」

「…………ナメクジに」

「ぶふっ! 華穂先輩も言うなぁ……」


しかし3秒でその真顔は崩れた。

華穂の言葉に修也は吹き出し、暗い空気はどこかへ吹き飛んだ。


「うん、やっぱりこういう冗談を織り交ぜながらじゃないとやってられないよ!」


そう言って華穂はベンチから立ち上がる。


「しかし何だってまたアレは華穂先輩を……」

「さっき言ったでしょ? 私の家は資産家だって」

「え……まさか資産狙い?」

「だと思うよ? 一応猪瀬さんの所もウチほどじゃないけど資産あるみたいだし、さらなる拡大を狙うって言ってたし」

「うわぁ……華穂先輩を何だと思ってんだ」


あまりにも身勝手な猪瀬の言動に憤る修也。


「まぁそれを抜きにしたって遠慮したいね。私ハッキリ言ってあの人苦手だから」

「うん、俺も嫌いだわ。ちなみに、それぞれの両親は何て……?」


両家の両親が乗り気だと話はややこしいことになる。

その可能性を危惧して修也は華穂に尋ねてみる。


「少なくとも私の両親は反対してくれているよ。家柄とか気にせず私の意志を尊重してくれるって」

「そうか。それは良かった」

「猪瀬さんのところはそもそも知らなかったみたいだよ? この前このことで苦情入れたら晴天の霹靂だったみたいですごい勢いで謝りに来たから」

「なんだそれ……と言うことは両親もこのことを知っていて、本人に言い聞かせてるハズだろ」

「それでもやめないってことだよねぇ……」


少なくともお互いの両親は乗り気ではないことに安心する修也だが、同時に猪瀬の暴走具合に辟易する。


「ご両親は良い人なのになんで猪瀬さんはああなっちゃったんだろう」

「いや……あんなクリーチャーを放置してる時点でお察しだと思うが」

「く、クリーチャーって……! 中々粋な表現するね土神くん」


今度は華穂が修也の言葉に吹き出す。


「基本的に『〇〇さえなければ良い人』ってのは『〇〇があるからダメな人』ってことに目を背けたい人の言い訳なんだと俺は思う」

「結構辛辣だねぇ土神くん。でも間違ってはいないか」

「……でもまぁご両親の前では良い子を演じてる可能性もあるし、推測で責めるのは違うか」

「うん、流石に関係ないご両親を悪く言うのは私も気が進まないよ」


あくまでも悪いのは猪瀬1人。

その認識で修也と華穂は考えをすり合わせるのであった。


「……で、先輩の相談事ってのは、アレが言い寄ってくるのを何とかしたいってところか?」

「まぁそんなとこだね。土神くんも見たから分かると思うけど、結構キッパリ断ってるのに聞く耳持ってないからね」

「あぁー、確かになぁ……」


修也は昼休みの光景を思い出す。

あれだけ冷たい表情でバッサリと切り捨てたら心が折れそうなものなのだが、猪瀬は全く気にも留めていない様子だった。


「……あれはそのうち実力行使に出てもおかしくない」

「やっぱり土神くんもそう思う?」


修也の言葉に不安そうに問い返す華穂。


「一応私自身でもできる対策として、家から送り迎えもしてもらってるけど……」

「あ、あのリムジンはそう言う意図があったのか」

「でも残り少ない高校生活なんだしもっと楽しみたいんだよ。帰りに寄り道とか買い食いとかしてみたいんだよ!」

「……随分と庶民的な願望だこと」

「そういう些細なことが後で良い思い出になるんだよ」

「……まぁ、そうかも知れんな」


修也は曖昧に言葉を濁す。

と言うのも修也自身にそう言う思い出が今の所ほとんど無いからだ。

引っ越す前はただ機械的に学校と家とを往復する日々だった。

当然友人と寄り道や買い食いなどしたことが無い。

と、ここで色々と事情を知っている蒼芽相手ならここから自虐的なネタに走るのだが、華穂が相手なので自重する。


(と言うか……考えてみたらネタにできるようになるほど心に余裕ができてたんだなぁ、いつの間にか)


引っ越す前と後とでの心の変化をしみじみと感じ取る修也。


「だからさ、土神くんには私のボディガード的なものになってほしいんだ」

「はい? 何か急に話がすっ飛んだな?」


唐突な華穂のお願いに修也は変な顔をして首を傾げる。


「ほら、土神くんって護身術っぽいことができるでしょ?」

「まぁ……うん」

「それで学校で私のことを猪瀬さんから守ってほしいんだよ」

「いや護身術って自分の身を守るものであってだな……」


自分の身を守るのと他人を守るのとでは勝手が違う。

なので十全に力を発揮できない可能性がある。


「それでも近くにいてくれるだけで安心度が段違いだよ」

「そういうもんか……?」

「もちろんそれに見合うだけのお金は払うから、お願い!」


そう言って顔の前で両手を合わせ懇願する華穂。

その姿をじっと見ていた修也だが……


「…………悪い先輩、それはできない」


そんな華穂に対し、修也は首を横に振る。


「……え? ダメ、なの……?」


断られるとは思ってなかったのか、華穂はショックを受けたようで悲しそうに眼を伏せる。


「なぁ先輩、俺と先輩の間柄って友達だろ? 困っている友達を助ける、ただそれだけのことに金銭のやりとりが発生するのはおかしい」

「……え?」


だが続けて出てきた修也の言葉にポカンとした顔になる。


「困ってるときに助けになる……それが友達ってもんだと思う。そこに見返りなんて求めないんじゃないかな」

「えっと……つまり?」

「先輩が依頼として報酬を支払い俺を護衛に雇おうってならこの話は断る。でも友達として助けてほしいってなら喜んで受ける。もちろん無償でな」

「あっ……そういうこと……!」


修也の言いたいことを理解した華穂の表情が明るくなる。

華穂は修也に無理なお願いをするのだから対価を用意するのは当然だと考えていた。

しかし修也の考えは、報酬を提示しそれを受け取るというのは雇用の関係であり友達ではないというものだ。

修也としては華穂とは友達でいたい。

なので『お金を払う』という華穂の提案を断ったのだ。


「それで、先輩はどっちなんだ?」

「そんなの決まってるよ! ……友達として、私のことを助けてほしい。お願いできる?」

「ああ、もちろんだ」


華穂の2度目のお願いに、今度は頷く修也。


「ありがとう、土神くん!!」


そう言って修也の手を両手で包み込むように握る華穂。


(……それに何かをやったことに対する報酬はもう十分すぎるんだよなぁ……)


それに対し修也はそんなことをぼんやりと考えていた。

修也は既にモールの商品との交換券・学校生活にかかる費用9割引き・アミューズメントパーク永年フリーパスという豪華すぎる報酬を手にしている。

これ以上何か報酬を得てしまうとそのうち反動で何か恐ろしいことが起きそうで怖い。


「で、これから俺は何をすれば良いんだ?」


『華穂を猪瀬から守る』だけではちょっと曖昧過ぎる。

なので具体的にどうすれば良いか華穂に尋ねる修也。


「ん? これと言って特には無いよ?」


そう言って華穂は首を横に振る。


「無いのかよ!」

「本格的なSPとかボディガードとかじゃないからね。それに土神くんの生活に負担をかけるつもりも無いし。あえて言うなら……放課後一緒に遊んでほしい、かな」

「え? あぁ……まぁ、それくらいなら……」

「良かった! じゃあこれからよろしくね? あ、もちろん土神くんに他に用事があったらそっち優先してもらって良いから」

「……結局ほぼいつも通りじゃね? それって」

「行き帰りは必要な時は車出してもらうし、流石に学校内で強硬手段に出るほど猪瀬さんも愚かじゃないでしょ」

「先輩、それフラグ」

「えっ?」


楽観的に笑う華穂だが、修也のその一言で表情が固まった。


「……フラグって、アレ? 『俺……この戦いが終わったら結婚するんだ……』とか言う人は高確率でその後死んじゃうっていうやつ?」

「まあそうだけど……えらく不吉なものを例に出してきたな」

「どどどどうしよう!? 変なフラグ立てちゃったよ!?」


そう言ってあたふた慌てる華穂。


「先輩落ち着け。それをへし折るために俺がいるんだろ」

「あ、そうだった。じゃあ土神くん、頼りにしてるからね?」

「おう、任せろ」


華穂の言葉に対して力強く頷く修也であった。



今日はもう遅いということと迎えに来てもらっているということで、昨日同様校舎前まで一緒に下校する修也と華穂。


「じゃあまた明日ね、土神くん」


そう言う華穂を乗せたリムジンは静かに走り去っていった。


「さて、じゃあ俺もとっとと帰……」

「あ、いたいた! おーい土神くーん!!」

「……りたいんですけど?」


リムジンが見えなくなってから歩き出した修也の視界に1人の人影が現れた。

その人影は修也のことを見つけると大きく手を振りながら近づいてきた。


「えーつれないなぁ。ちょっとくらい美人巨乳ライターのお姉さんとのお話に付き合ってくれても良いじゃなーい」


人影の正体は、昨日知り合ったばかりの瀬里だった。


「と言うか絡み方が藤寺先生とほぼ同じなんですが」

「そりゃまぁ陽菜とは付き合い長いからねぇ。似るのも仕方ないよ」

「どうせ似るんなら七瀬さんに似てくださいよ……」


そう言って深くため息を吐く修也。


「で、何の用ですか」

「いやぁ、昨日事件の話を聞こうと思ったのに聞けなかったでしょ? だから改めて聞きに来たんだよ!」

「え? わざわざそれだけのために学校に来たんですか? 仕事は?」


学生である修也にとってはそこそこ遅い時間であるが、社会人である瀬里にとってはそうでもないのではないか。

特にライターなどの出版業はそれこそかなり遅い時間まで仕事をしているのではないか。

そう思った修也は尋ねてみる。


「そんなもん今日の分は光の速さで終わらせたに決まってるっしょ!」

「おお……放り出さないあたりは凄いですね」

「当然! 私だってプロのライターとしてのプライドがあるからねっ!」


そう言ってドヤ顔で胸を張る瀬里。

このあたりも陽菜によく似ている。


「という訳でちょっとお姉さんに付き合ってよ。時間は取らせないからさぁ」

「えぇ……今日はもう疲れたから帰りたいんですけど」

「そんなこと言わないでよぅ~、同じイニシャルのよしみでさぁ」

「……? あ、確かに同じだ」


土神(T)修也(S)と高代(T)瀬里(S)。

確かに同じではあるが……


「でもそれ何か関係ありますか?」


だから何だというのかという顔で修也は問い返す。


「えー、リアクションうすーい。そこはさ、『うわぁ美人巨乳ライターの高代さんとイニシャル同じだぜテンション上がるー!』とか言う所でしょ」

「……ホンット藤寺先生と同じ絡み方しますね……大変だっただろうなぁ、七瀬さん……」


1人でもまともに相手するのは面倒なのにそれが2人だ。

優実の苦労は想像を絶するものだっただろう。


「そんな事より取材取材! ね? お願いだよ土神君、ちゃんと報酬は払うからさぁ!」

「……ちなみに何を払うつもりですか?」

「学生時代の私のスパッツ」

「いりませんよそんなもん」


真顔で言う瀬里に対し、修也も真顔で切って捨てる。


「な……何だとーーーーーー!?」


そんな修也に対し、驚愕の表情で仰け反る瀬里。


「え……そんな驚くことですか?」

「くっ……! 陽菜のブルマ教育がこんな所にまで浸透しているとは……!」

「それは関係ありません」

「だったら何でうら若き乙女の使用済みスパッツを欲しがらない!? おかしいでしょ常識で考えて!」

「昨日知り合ったばかりの男子高校生に自分の履いてたスパッツ渡そうとする方がおかしいでしょ」

「そんな正論は求めてないっ! 私は欲望と倫理の狭間で思い悩む健全な男子高校生のウブなリアクションが見たいんだよっ!!」

「タチ悪いなぁ……」

「……とまぁ、こんな会話続けるくらいならとっとと取材済ませた方が良いと思わない?」

「……急に正論ぶっこんでこないでくださいよ……」


陽菜と似ているようで微妙に違う瀬里の振り回しっぷりに疲労が重なっていくのを感じる修也。

釈然としないが、確かに瀬里の言う通りさっさと取材に応じた方が早く帰れそうである。


「あーもぅ分かりましたよ、その代わり手短にお願いしますよ?」

「お、取材に応じてくれる気になった? ありがとね! 終わったらちゃんと報酬渡すから」

「いりませんて。てか持ち歩いているんですか?」

「当然! 観賞用・布教用・保存用に3つ常に持ち歩くのは基本だよ!!」

「何の基本ですか。それに百歩譲って布教用は良いとして観賞用と保存用を持ち歩く意味あります? かさばるだけでしょ」

「それがそうでもないんだなぁ。ブルマや短パンに比べて場所を取らないのもスパッツの魅力だよっ! 他にもね……」

「……手短にお願いしますってば。帰りますよ?」


このままでは瀬里のスパッツの魅力語りが延々と続きそうな気がしたので、修也は強引に割り込んだ。


「ああゴメンゴメン! じゃあ早速だけど……」


ようやく本題に戻って来れたことに修也は安堵のため息を吐き、手短に取材を受けるのであった。

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