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第3章 第2話

「で、土神くん。さっきは何を聞こうとしてたのかな?」


お互いの自己紹介も終わったところで、華穂が話を戻す。


「え? ああ、先輩は何しにここに来たのかなって」


華穂の質問に対して修也はそう答える。

屋上にはベンチがある程度で他には何もない。

昼休みなら昼食を食べにやってくる生徒もいるが、放課後にやってくる人はほぼいない。


「私はね、ここから見渡せる町の景色を見に来たんだよ」

「景色?」

「うん。遮るものが無いから辺り一帯を見渡せて爽快でしょ?」

「ああ、確かに」


華穂の言葉に修也は頷く。

蒼芽に連れられて初めてここに来た時、修也も同じような感想を持ったのを覚えている。


「それで時々景色をスケッチしたりするんだよ」


今日は道具を持ってきてないけどね、と華穂は補足しながら言う。


「へぇ、先輩は絵を描くのが趣味なのか」

「趣味ってほど大層なものじゃないよ。小さい頃から暇なときにちょくちょくやってたってくらいで」

「いや、それを趣味っていうんだって」

「あ、そうなの? 趣味ってもっとこう……履歴書にも堂々と書ける高尚なものだと思ってたよ」

「いや、堂々と書いても良いだろ……それに、趣味ってのは自分が好きでやってることくらいの認識で良いと思うぞ」

「そっか。じゃあ趣味について書く機会が今後あったら『絵を描くこと』って書くことにするよ」


そう言って華穂は笑う。


「じゃあ土神くんは何か趣味ってあるのかな?」

「え? うーん……趣味というよりは特技になるけど、小さい頃から護身術っぽいことをやってるかな」

「護身術……っぽい? 何か曖昧な表現だね?」


修也の曖昧な言い方に首を傾げる華穂。


「ちゃんとした教室に通っていたわけじゃなく、単なる見様見真似だからな」

「それでも今までずっと続けてるんでしょ? それはそれで凄いと思うよ」


修也の言葉に対し、華穂は感心したような表情で頷く。


「ねね、その護身術っぽいの、ちょっと見せてみてよ」


と思ったら、華穂はそんな提案をしてきた。


「え、見せるって……どうやって?」


予想していなかった提案に修也は面食らう。

護身術を見せてと言われてもどうすれば良いのか。

空手の型を見せるのとはわけが違う。

一般的な護身術がどうなのかは分からないが、修也のは危険が迫ってきた時にそれを受け流し返すものだ。

危険が迫ってきていないのでは見せようがない。


「んー……私が全力で土神くんを殴りに行くからそれに対処してもらうとか」

「物騒だな!? というかそれ、カウンターで華穂先輩に危害が行くって!」


とんでもないことを提案しだした華穂を修也は慌てて止める。


「そこはほら、寸止めで」

「それでも100%の安全は保証できないから! そもそも俺の護身術っぽいものがどういうものか理解してないでしょ!」

「それを理解するためにやろうとしてるんだけどなぁ」


そう言って不服そうに頬を膨らませる華穂。


「……じゃあ、こういうのはどうだ? 華穂先輩は俺にタッチしに来て、俺はタッチされないように避ける。避けるってのも立派に護身術だと思うし」

「あ、良いね。それならゲーム感覚でできそう」

「よし、じゃあそれで行こう」


そう言って修也は立ち上がる。

華穂もそれに続いた。


「じゃあ、行くよ!」


1メートル程距離を開けて向かい合った後、華穂のその言葉でゲームが始まった。



十数分後……


「ふぅ、ふぅ……へぇー、凄いねぇ! これだけやってるのにかすりすらしないよ」


ずっと動いていたことで少々乱れた息を整え、華穂が感心したように呟く。


「相手の動きを見て次の動きを予測してそれに対応する。それが基本だからな」


(……ってよく考えたらこれ、どっちかというと護身術じゃなくて動体視力の方の話じゃないか?)


やってからそのことに気づいた修也だが、今更なので気にしないことにする。


「これならどんな危険が迫ってきても平気だね!」

「危険なんて来ない方が良いんだけどな」

「確かにねぇ。平和が一番だよ」


そう言って大きく伸びをする華穂。


「さて、運動していい汗かいたしそろそろ帰ろうかな。土神くんはどうする?」

「俺も帰るとするか。もうここにいる理由も無いし」

「じゃあ一緒に帰ろうよ。学校を出るまでだけど」

「えらく別れるのが早いな? 何か理由があるのか? 帰り道を知られるとまずいとか行動範囲を知られると不都合があるとか」

「ふふ、そんなどこかの密偵みたいな理由じゃないよ。まあ来てみれば分かるよ」


そう言って校舎へと続く扉に向かう華穂。

修也もそれに続いた。

階段で1階まで降りて校舎を出て、校庭を横切って校門まで歩く。


「……ん? 何だこれ。リムジン?」


校門のすぐそばに黒塗りのリムジンが停められていることに疑問を抱く修也。


「これがさっき私が学校を出るまでって言った理由だよ」

「え? これ、先輩の所の車なのか?」

「ま、そういうことだね」

「へぇー……先輩ってちゃんとしたお嬢様なんだな」

「え……? 何その『ちゃんとした』って」


修也の評価に不明な点があったので華穂が尋ねてきた。


「俺のクラスになんちゃってお嬢様がいるから」

「……なんちゃってお嬢様?」

「口調だけがお嬢様風なんだ。本人曰くただのキャラ付けらしい。本当のお嬢様でないことは自分から公言してる」


言うまでもなく白峰さんのことである。


「……何かユニークだねぇ、土神くんのクラスは」

「ホントにな……」

「それじゃ、また学校で会ったら遠慮なく声をかけてよ」


そう言って華穂はリムジンに乗り込んだ。


「ばいばーい、またねー」


リムジンの窓を開け、華穂が手を振ってくれる。


「ああ、またな」


修也も手を振り返した。

リムジンは静かに動き出し、走り去っていった。


「……しかしまさか華穂先輩が本物のお嬢様だったとは」


修也はぽつりと呟く。

口調や纏う雰囲気のせいでとてもそうは見えなかったが、思い返してみれば細かな所作に育ちの良さが伺えた気がする。


「お嬢様と話すとか、レアな体験をしたもんだ」

「じゃあ次はおじ様と話してみないかい?」

「え?」


完全に独り言のつもりだったのに返事が返ってきたことに虚を突かれた修也。

振り返るとそこには不破警部と優実が立っていた。


「あれ、不破さんと七瀬さんじゃないですか。どうしたんですかこんなところで」

「一昨日の事件の報告を部下から聞いてね。土神君本人にも話を聞きたくて来たんだよ」

「私は非番だったんですけどね……」


そう言う優実は確かに制服ではなく私服だ。


「はっはっは! 土神君もこんなおっさんだけだと嬉しくないだろ? やっぱり華が必要だよ、華が!」

「全くもう……きちんと休日出勤手当貰いますからね?」

「何か……すみません」


不満たらたらの優実に対し、何か申し訳なくなった修也は謝る。


「ああ良いのよ、別に土神君は何も悪くないんだから。それで、どう? 舞原さんとは仲良くやってる?」

「ええ、仲良くさせてもらってます」

「そう。なら良かったわ。舞原さんみたいな良い子、なかなかいないから大事にするのよ?」


そう言って表情を緩める優実。


「まぁこんな所で立ち話も何だし、どこかの店にでも入るかい?」

「だったら最寄りのファミレスにしてください。この後そこで用事があるので」

「よし決まりだ。ああ、すまないけど今日は歩きで行くよ。学校にパトカーで来ると変な噂が立ちかねなかったからね」

「その気遣いを少しでも私たち部下に向けてほしいんですがね……」


先頭を歩く不破警部とその背中に向けて文句をぶつける優実。


「大変ですね、七瀬さんも」

「まぁね……でもまぁ、こうやって上司に文句を言える環境って実は結構恵まれてるのよ?」

「と言うことは、不破さんって意外と結構良い上司……?」

「おいおい酷いなぁ土神君。『意外と』は余計だよ。私はいつでも最高に良い上司だよ!」

「……こういう所が頭痛の種なんだけどね……」


額に手を当てて首を振る優実。

何だか似たような苦労人をつい最近身近で見たような気がする修也であった。



「……さて、じゃあ分かる範囲で良いから詳細を教えてくれるかい?」


ファミレスで各自ドリンクバーを頼み、それぞれの飲み物をテーブルに置いたところで不破警部が切り出してきた。


「えっと……あの日は友達とあそこへ遊びに来ていて、昼食の為に一旦パークを出てたんです」

「ん? 何でわざわざ外へ? パーク内にも飲食施設はあるんじゃないのかい?」

「……値段の関係です」

「あぁ、なるほど……確かに学生にはキツイわね……」

「で、駅のコンビニに行こうとしたら後ろから大型トラックが猛スピードで迫ってきてたんです。早めに気づいたんでギリギリ避けることができましたけど」


ここだけは事実を伏せて説明する修也。

事実を説明すると『力』のことも説明しないといけないからだ。


「よく体が動いたわね。そういう時って判断ができず動けないことが多いけど」

「反射神経には自信があるので。で、制御を失ったトラックはフラフラと蛇行して街路樹に真正面から衝突して止まりました」

「そして街路樹はぽっきり折れてしまった、と。これが唯一の損害となったわけだ」

「ええ。それで動かなくなったトラックからアイツが出てきて大きなハンマーを振り回して襲い掛かってきたので返り討ちにしたってのが事のあらましです」

「あっさり言ってるけど凄いことしてるわね。凶器を持って暴れてる男を無力化するとか……」

「……なるほど、よく分かったよ」


修也の説明を受けて不破警部が深く頷く。


「それで土神君。今回の事件で何か違和感みたいなものは無かったかい?」


自分が淹れたコーヒーを一口飲んでから不破警部は修也に尋ねた。


「違和感……ですか?」

「うむ。どんな小さなことでも良いんだ。気になることがあったら教えてほしい」

「そうですね……」


不破警部に言われ、修也は一昨日のことを思い出す。


(違和感……ねぇ……?)


事件の経緯を頭の中で再生してく修也。


「……気になる点が2つあります」

「おお、あるのかね! しかも2つも!」


修也の言葉を聞いて目を見開き、体を前のめりにする不破警部。


「何の関係も無いかもしれませんよ?」

「構わないさ。それで、何が気になるんだい?」

「じゃあ1つ目……不破さん、あの男、車の免許は持ってるんですか?」


修也の頭に浮かんだ1つ目の疑問。

それはあの男が免許を所持しているかどうかだ。


「細かいことは知りませんが、大型トラックって普通免許じゃ運転できませんよね?」

「そうね、大型免許が必要よ。さらに大型免許を取るには普通免許も取得して、運転経歴が3年以上必要になるわ」


修也の質問に対し優実が答えてくれる。


「免許を持ってるなら良いけど、そうでない場合免許無いのに何で大型トラック持ってんの? ……ってことになるかと」

「持つだけなら免許が無くてもできるけど……免許が無いと運転できない。なのにトラックは持っている、か。確かに不自然だね」


そう言って唸る不破警部。


「まぁ身内が持ってただけって可能性もありますが」

「分かった。署に帰ったらトラックの出どころも含めて調べてみるとしよう。で、次の気になる点は?」


不破警部が話を進める。


「次は俺が感じただけなんですけど……アイツ、狂気じみた激情に駆られてたような気がするんです」

「狂気?」

「ええ。言葉にするのが難しいですが……あれは正気の人間がする表情じゃないです」


怒りのままにハンマーを振り回していた男の表情を思い出しながら修也は言う。


「あの事件より前にもアイツの当たり屋行為やスリを未然に防いだんですが、それを恨んでるにしては異様でした」

「また何かさらっと凄いことやってのけてるわね……」

「土神君……君ホントにウチに就職する気無いかい? よそにやるにはもったいなさすぎる人材だよ」

「……公務員がスカウトしないでくださいよ。前にも言ったと思いますけど」


割とガチのトーンでスカウトを始めた不破警部を修也は溜息を吐きながら窘める。


「とにかく、アイツはあの時普通じゃなかった。俺はそう思います」

「……なるほど、それも調べてみよう。たくさんの情報提供感謝するよ。じゃあ私はこの辺で」


そう言って席を立ち伝票を掴みレジへと向かう不破警部。

しかし優実はついて行かず、席についたままだ。


「あれ? 七瀬さんは行かないんですか?」

「さっき言ったでしょ? ここで用事があるのよ」

「あ、そう言えば……じゃあ俺も失礼しますね」


そう言って修也は席を立とうとした時……


「あ、いたいた! おーい優実ー!」


賑やかなファミレス内に大きな声が響いた。


(……あれ? この声って……)


どこかで聞いたことがあるような声に修也は首を傾げる。


「もう……大声で人の名前を呼ばないでって前から言ってるでしょう、陽菜」

「えっ」


優実からその名前が出たことに嫌な予感が修也の脳裏をよぎった。


「ん? あれぇ、土神君? 何で君が優実と一緒にいるの?」


そしてその嫌な予感は見事的中。

不思議そうな顔で修也を見ているのは、修也の担任である藤寺陽菜その人だった。


「あら? 土神君、あなた陽菜と知り合いなの?」


陽菜の様子を見た優実が修也に問いかけてくる。


「ええ、俺の担任なんですよ……悲しいことに」

「そう……心中お察しするわ」


修也の返事を聞き、優実は疲れの籠った溜息と共に呟く。


「七瀬さんこそ、知り合いなんですか?」

「ええ……高校時代の同級生なのよ」

「うわぁ、それはまた……」


高校生の陽菜と言えば、今の性格を形作った元となった時だ。

明るいのは良いけれど周りは苦労もしたんだろうな、と修也は眉を顰める。


「私としては優実と土神君が知り合いなのがビックリなんだけど? 優実、あまりにもモテないからって年下の男の子に手を出すようになったの?」

「……張り倒すわよ?」


真顔で聞いてくる陽菜を睨む優実。


「冗談冗談! ま、変わりなく元気そうで安心したよ!」


そう言ってからからと笑う陽菜。


「……何と言うか、ホント苦労してますね、七瀬さん」

「……分かってくれるかしら、土神君」


額に手を当てて重い溜息を吐く優実に対して、そう声をかけることしかできない修也であった。

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