表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/156

第2章 第27話

「……どうだ? 少しは落ち着いたか?」


少し時間を置いて、修也は詩歌に尋ねる。


「は、はい……すみません、急に泣き出したりして……」

「いや、無理も無いだろ。状況が状況だ」

「それにしても凄いわね土神君。結局一度もかすりすらしなかったわね」

「そうそう! と言うか、何かタイミングが少しずれてたような気がするんだけど? 何と言うか……攻撃される前に避けてる、みたいな」

「ああ、その通り。攻撃される前に当たらない場所に移動してたんだ」

「えっ!?」


事も無げに言ってのける修也に驚く爽香と彰彦。


「できるのそんな事!?」

「相手がどう構えてるかでどんな攻撃が来るのかは大体分かる。それに今回はハンマーなんて言う重い物使ってたからタイミングも分かりやすかったんだ」

「……同じ事やれって言われても、俺には無理だな」


心底感心したように呟く彰彦。

その表情には前の町で嫌と言うほど見てきた恐怖や畏怖といった気配は微塵も無い。

それは爽香と詩歌も同様だ。

そのことに修也は内心安堵のため息を吐く。

と、その時、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。

恐らく誰かが通報していたのだろう。

程なくして赤色灯を点灯させたパトカーがやってきた。


「通報したのは君たちかい? ここで変な男がトラックを暴走させて暴れていると連絡を受けたんだが……」


パトカーから若い男の警官が2人出てきて、この場にいた修也たちに話しかけてきた。


「……って、おや? 君は……」


2人のうちの話しかけてきた方の警官が、修也を見て何かに気づいたような顔をする。


「……? あ、もしかして先日の学校に侵入してきた不審者を連行してくれた人ですか?」


修也もその警官の顔に見覚えがあったような気がしていた。

警察関係の知り合いなんて、不破警部と優実以外だとそれくらいしかいない。

なので修也はそうアタリをつけて尋ねてみる。


「そうそう、覚えててくれたんだね」

「いえ、警察関係の知り合いなんてそういないので……」

「それもそうか。で、通報したのは……」

「多分通行人の誰かです。俺たちじゃありません」

「ふむふむ」


ポケットからペンと手帳を取り出してさらさらとメモを取る警官。


「で、問題の男は?」

「あそこで伸びてるアレです」


もう片方の警官の質問に対し、修也はさっき殴り倒した男を指さす。


「あ、もう解決した感じ? 君がいる時点でそんな予感はしてたけど」

「はい……何か、すみません」


事件が起きて警察を呼んだのに、いざ来たらもう終わっていた。

自分が呼んだ訳では無いのだが、その事実に何だかいたたまれなくなった修也は頭を下げて謝る。


「んーまぁここは警官として、そして大人として『危ないことはするな!』と叱るべきなんだろうけど……」


ペンの頭でカリカリとこめかみ辺りをかきながら警官は呟く。


「仕事が楽になってありがたいってのが本音だね!」

「えらくぶっちゃけましたね!?」

「うん、楽できる分には文句はないな!」

「あなたもですか!」


あっけらかんと笑顔で言う警官たちにツッコミを入れずにはいられない修也であった。



「じゃあ、コイツは責任もって連行するから安心してくれ」


一通り事情を聞いた警官はそう言って未だ伸びている男に手錠をかけ、パトカーの中に押し込んだ。


「君の活躍はキチンと不破警部に伝えておくからね!」

「いや別に、それはどうでも良いんですけど」

「ダメだよ、こういうのはキチンと報告しておかないと後になって逆に面倒なことになるんだから」

「そう言うもんですか」

「それじゃあね」


パトカーに再び乗り込んだ警官たちはそう言い残して去っていった。


「……とりあえずは、一件落着か?」


パトカーが見えなくなって、修也は大きく息を吐きながら呟く。


「それじゃあ予定再開と行きましょうか」

「いやいやいやいや待て待て。流石に今日はもう無理だろ」


何事も無かったかのように予定を再開させようとした爽香を彰彦が止める。


「え、何で?」

「何でも何も、こんな事件があった後だぞ? 普通に営業してるとはとても思えん」

「そんなの行ってみないと分からないじゃない」


そう言って再び入場口に戻る爽香。

しかし彰彦の予想通り入り口は閉められており、『臨時休業』の立て札が置かれていた。


「すみません、本日は臨時休業となってしまいました。近くで何か事件が起きたようでして」


そう言って修也たちに頭を下げて謝ってきたのは、入場券を買った時のキャストのお姉さんだった。


「ほら見ろ」

「えー、もう事件解決したんだから良いじゃない」

「いや他の人たちはその事知らないし、万が一何かあったら責任取れんだろ」


不満顔で愚痴る爽香を宥める彰彦。


「え? もう解決したんですか? と言うか何か知ってるんですか?」


爽香の言葉を聞き、お姉さんが尋ねてくる。


「ええ、この土神君がトラックで突っ込んできて暴れてた男を倒して警察に引き渡してくれたのよ!」


そう言って爽香はドヤ顔で修也を指さす。


「なんで爽香が偉そうなんだよ……」

「そ、そうだよお姉ちゃん。頑張ったのは土神先輩だよ……」

「だから土神君がやったことが善行だということを知らしめるために堂々と言ってるんでしょうが。土神君、『やっちゃった』感だしてたし」

「あ……あぁー……」


爽香の言葉に曖昧な相槌を打つ修也。

本来修也は、鳩尾へのひじと眉間への掌底だけ叩き込むつもりだった。

2か所も人体急所へ攻撃を打ち込めば無力化するには十分だ。

しかしその結果男が後ろに倒れ、さらに後頭部を地面に強打してしまった。

流石に修也もそこまでは想定していない。

間違いなく正当防衛が成り立つと思うので罪に問われることはないだろうが、爽香の言う『やっちゃった』感は確かにある。


「ほら堂々としてなさい土神君。あなたのおかげで私たちは今こうやっていられるんだから」


そう言って修也の背中を叩く爽香。


「まあ爽香の言うことにも一理あるな。土神は俺たちを救ってくれたんだ。もっと自信もって良いと思うぞ」


彰彦も爽香に同調する。


「あ、あの……お姉ちゃんやアキ君の……言う通りです。この前の時も、そうですけど……先輩のやったことは、凄いこと、なんだと……思います」


詩歌も一生懸命言葉にして伝えてくれる。


「……ありがとう。そうだな、3人を救うことができたんだ。損害は出たけど結果としては最高だよな」


それぞれの言葉を受け、修也は気を持ち直した。


「損害? 出たっけ?」

「街路樹が1本」

「あー……そう言えば確かに」


男がトラックで突っ込んだことにより、街路樹が1本根元から折れてしまった。

だがこれは逆に言えばあれだけの事件が起きておきながらその程度の損害で済んだとも言える。


「さて、土神君が気を持ち直したところで……もうここにいても仕方ないから帰りましょうか」

「切り替え早っ!」

「まぁでもそうだな。ここ他に何も無いし」


爽香の一言で帰ることに決めた修也たちはその場を後にする。


「ありがとうございましたー。またのお越しをお待ちしておりまーす」


キャストのお姉さんが去っていく修也たちを見送る。


「……へぇー、あの子がねぇ……意外と言うか何と言うか……」


その場に残ったキャストのお姉さんが呟く。

お姉さんには修也にそんな力があるようには見えなかった。

見た感じどこにでもいるごく普通の男子高校生である。

人は見た目にはよらないということだろうか。


「……そこの君、ちょっと良いかな?」


その時、お姉さんに声をかけてくる人物がいた。


「あ、すみません。今日は近くで事件が起きたため臨時休業で……」


お姉さんは臨時休業の旨をその人物に伝えようとしたが、途中で止まる。

その人物が、お姉さんの想像を遥かに超える人だったからだ。


「あ、あなたは……!」



「ところで土神君。あなた、大丈夫なの?」


帰りの電車の中で突然爽香が修也にそう聞いてきた。

ちなみに客はほとんどおらず、修也たちは4人掛けのボックス席に座っている。

彰彦と爽香で1つ、修也と詩歌で1つの席といった配置だ。

詩歌は思いがけず修也と隣同士になったことで緊張で顔を真っ赤にさせながらガチガチに固まっていた。


(せ、せせせせ先輩が近い……! ちょっと揺れただけで肩が触れちゃいそう……!!)


先程のジェットコースター(ミニ)は十分なスペースが確保されていたし、1人席が2つ並んでいる状態だった。

間に手すりがあったし、ストッパーで体が固定されていたのでどれだけ揺れても修也に触れてしまうということは無かった。

しかし今度はそこまでのスペースが無い上に2人の間に遮るものも無い。

詩歌は隣の修也を意識せずにはいられず、そんな状態になっている。


「え? 何が?」


そんな詩歌の心情など露知らず、爽香の質問の意図がイマイチ読めずに問い返す修也。


「あなたトラックに撥ねられたのよ? 見た所怪我はしてないようだけど……」


爽香の言う通り、修也は全くの無傷である。

それ自体は喜ばしい事ではあるが、同時に疑問になるのも無理はない。


「あー…………えっと、実はそもそも撥ねられてないんだ」

「え?」

「どういうことだ?」


修也の言葉に首を傾げる爽香と彰彦。


「詩歌を真横に突き飛ばした後、俺も全力で反対側に飛んだんだ。そしてギリギリ避けた」

「そうだったのか……」

「でも避けたにしては戻ってくるの遅くなかった?」

「それは……急なことだったから体勢が整わず地面を結構な勢いで転がったせいで目が回っちゃってな……」

「何か締まらないわね……でもまぁ無事だったのなら良かったわ」


爽香が呆れたような顔で言う。


(…………何とか誤魔化せた、か?)


その様子を修也は内心焦りながら伺う。

今のは修也が即興で作り上げた嘘だ。

実際修也は回避が間に合わず、トラックに直撃している。

それでも全くの無傷なのは『力』を全身に使ったからだ。

修也の『力』は、使った対象が硬くなり物質的な干渉を受け付けなくなる。

殴られようが斬られようが、先日のように銃で撃たれようが傷ひとつつかない。

昔、生卵に『力』を使い壁に向かって全力で投げつけたことがある。

その時は卵にはヒビひとつ入らなかった。

その後『力』を解除して割ってみたが、中身にも何の影響も無かった。

だったら今回の場合にも適用されるのではないか。

少なくともダメージの軽減にはなるのではないか。

ならば詩歌の救助を最優先とし、自分は『力』で身を守るのが最善だと修也は判断したのだ。

だが蓋を開けてみるとダメージを減らすどころか全くのノーダメージ。

衝撃そのものは無くならない上に重量差はどうにもならないので吹き飛びこそしたものの、擦り傷ひとつ負わなかった。


(自分のことながらすさまじいな、この『力』は……)


触れたものを『硬くする』というこの能力のとんでもなさを再認識する修也。

あれだけ暴走していたトラックの直撃を受けても無傷でいられるこの『力』。

やはりあまり口外しない方が良いだろう。


「あ、そう言えば詩歌、さっきは悪かったな」


あまりこのことに深入りされたくない修也は話題をずらすことにする。


「えっ……? な、何が……ですか……?」


急に話を振られた詩歌はびくっと身をすくませながら尋ねる。


「思い切り突き飛ばしちゃっただろ? 怪我してないか?」

「いえ……だ、大丈夫です。ちょっと服が汚れたくらいで……」

「と言うか突き飛ばさなかったら怪我で済まなかっただろ」

「そうね。だから土神君が謝ることじゃないわ。むしろ詩歌がお礼を言う所よ」

「……『突き飛ばしてくれてありがとうございます』ってか? 何か変な話だな……」

「ははっ! 確かにそれは言えてるかもな!」

「確かにそれは変なお礼ねぇ、ふふふ」

「そ、そうだね……ふふっ」


そう言って笑い飛ばす彰彦。

爽香と詩歌もつられて笑う。


「で、これからどうするんだ? 今日はもう解散か?」


修也はこれからの予定の確認をする。


「あ、それなんだけど、土神君さえ良ければウチに来ない?」

「え?」

「お姉ちゃん……?」


突然の爽香からの提案に首を傾げる修也と詩歌。


「今回のお礼ってことで、詩歌が手料理を披露すれば良いじゃないって思ったのよ。お昼もまだなことだし」

「ああ、なるほど。それは確かに良いかもな」


彰彦が爽香の意見に同調して頷く。


「え……そ、そんなのお礼になんて……」

「ああ確かに気になってたんだよな詩歌の料理。皆口を揃えて美味いって言うし」

「…………え?」


詩歌は首を振って否定しようとしたが、修也が興味を持っていることを知り言葉を詰まらせる。


「詩歌さえ良ければ何か作ってくれないか? それがお礼ってことで」

「え……で、でも……」

「それとも、『突き飛ばしてくれてありがとうございます』って言っとくか?」

「っ!!」


修也の不意打ちに思わず吹き出しそうになる詩歌。


「わ、分かり、ました……せ、先輩が、それで……良いなら……」


修也の言葉に、詩歌は照れと笑いを堪えるという2つの意味で顔を赤く染め、俯きながら小声で呟くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ