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第2章 第24話

「なぁ爽香。これ……わざとだろ?」


ジェットコースターの順番待ちをしている間に、彰彦がおもむろに爽香に対してそう尋ねた。


「これって何のことよ?」

「土神と詩歌を別行動にさせたことだよ」

「あら、どうしてそう思うのよ」

「詩歌がこういうの苦手なことくらい知ってるだろうに。なのにこんなもの乗せようとするあたりで想像つくっての」

「……やっぱ彰彦にはバレるか」

「何年の付き合いがあると思ってんだ」


彰彦の指摘する通り、爽香は詩歌が絶叫系が大の苦手であることなど当然知っている。

それでもあえてこの最恐レベルのジェットコースターに乗ろうと提案したのだ。

もし乗ることになったとしたら吊り橋効果的なもので多少なりとも距離が縮まることが期待できる。

拒否した場合は、それはそれで今のようにそれらしい理由をつけて修也と2人にすることができる。

どちらにせよ、詩歌に修也と親睦を深めさせるという目的は達成することができるのだ。


「しかし、いきなり詩歌1人で大丈夫か? いくら土神に対してはそれなりに話せるとは言っても、あくまでもそれなり、だぞ?」

「そこは土神君に引っ張ってもらえば大丈夫でしょ」

「ここに初めて来て土地勘も何も無い土神に?」

「土神君だったら何とかなるでしょ」

「根拠は?」

「無いわね。勘よ」


堂々と言い切る爽香に、彰彦はむしろ清々しさを覚えるくらいであった。


「でもまぁ、言うほど無謀でもないわよ。土神君、ここぞという状況には強い気がするのよ」

「また勘か?」

「これは違うわよ。先週の不審者侵入事件とか、さっきのスリ未遂とか見てると、ね」

「ああ、なるほど。それは確かに」


今度は納得して頷く彰彦。

あのような特殊な状況下でも一切物怖じせず、威嚇してくる相手にも一歩も引かなかった。

これは確かに根拠となりうる。


「さ、詩歌のことは土神君に任せるとして、私たちは私たちで楽しむわよ」

「あ、そろそろ順番が回ってくるのか」


いつの間にか彰彦たちの前にいた客は大分減っていて、次あたりに乗ることができそうだ。


「しかしいつ見ても威圧感がスゲェ……」


入り口付近までやってきた彰彦が今から乗ろうとしているジェットコースターを見上げながら呟く。


「いつ来てもこのワクワク感はたまらないわね」

「俺はドキドキ感の方が強いけどな……何度来てもこの緊張感は慣れん……」


爽香の目がキラキラと輝いているのに対し、彰彦はどこか遠くを見ているような目をしている。


「次の方どうぞー」


そんな彰彦の心情などお構いなしにキャストのお兄さんが声をかけてくる。


「さあ行くわよ! まずは1回目!」


そう言って彰彦の手を取り、ずんずんと前に進む爽香。


「……あ、やっぱり今日も周回するんだな……土神たちと合流するまでに何回乗ることになるのかな……」


それに対して、彰彦は悟りの境地に至った顔で手を引かれながら進むのであった。



「さーて、何かよさげなものはあるかな……と」


一方、修也はのんびりと辺りを見回しながらゆっくりと歩いていた。

対して詩歌は、ジェットコースターの緊張は消えたものの、今度は違う緊張に見舞われていた。


(よ、よく考えたら先輩と2人きり……! ど、どうしよう、何を話せばいいの……!?)


さっきまではジェットコースターから滲み出る独特の威圧感に気圧されて意識していなかったが、今ここには姉の爽香も幼馴染の彰彦もいない。

正真正銘、自分と修也しかいないのだ。

元より詩歌はコミュニケーションをとるのが苦手だ。

こういう時何を話せばいいのか全く分からない。


(で、でも、何も言わないと先輩に気を遣わせちゃうし、何か話さないと……!)


そう焦る詩歌ではあるが、こういう時は焦れば焦るほど思考が働かなくなるものである。


(今日は良い天気で良かったですね……ってそれは今更だし、さっきはありがとうございました……これも不自然だし……)


どんどん思考の沼にはまっていく詩歌。


「あ、詩歌。これなんかどうだ?」

「ひぅっ!?」


その時、修也が何かを見つけたようで声をかけてきた。

心の準備ができていなかった詩歌は変な叫び声をあげてしまう。


(あっ……ビックリして変な声出しちゃった……! せ、先輩に、変な子だって思われる……!)


そう思った詩歌は恐る恐る修也の様子を確認する。

しかし修也は何も気にした様子を見せていない。

気づかなかったのか、それとも気づいたけどスルーしているのかは分からない。

ただそれを掘り下げたところで詩歌にとって良いことなどひとつも無い。

下手したら修也が気遣ってスルーしてくれていたのに自爆しに行くことになってしまう。

なのでそのまま変に触れず、話を進めることにする。


「え、えっと……?」

「これだったら詩歌も乗れるんじゃないか?」


そう言って修也が指さしたのは……


「これは……」

「これも分類的にはジェットコースターだろうけど、さっきのに比べたら大分マイルドだろ?」


修也の言う通りジェットコースターっぽい設備ではあるが、高さは一番高い所でもせいぜい3メートルくらいだ。

速度もかなり緩く、今も小さな子供がキャッキャッと笑いながらコースターに乗っている。


「そ、そうですね……これくらいなら……」

「よし、じゃあ早速行ってみよう」


そう言って修也は乗車口に向かって歩き出す。

詩歌もそれに続いた。

ジェットコースター(ミニ)の乗車口には何人か客が並んでいた。

しかしそう多くはなかったので、すぐに修也たちに順番が回ってきた。


「足元に気を付けてお乗りくださいね」


そう言って座席に案内してくれるキャストのお姉さん。


「よっ……と、ほれ、詩歌」


修也が先に乗り込み、そして詩歌に手を差し出す。


「……え? えっと……その……?」


その差し出された手を見て、固まる詩歌。


「コースターと乗り口に少し隙間が開いてるからな。足元に気をつけろよ」

「あっ……!」


ここで詩歌は、修也が手を引いて誘導してくれようとしていることに気が付いた。


(で、でもこれって……せ、先輩と、手を繋ぐことになっちゃうんじゃあ……!?)


詩歌は今まで男が苦手で会話すらろくにできなかった。

ましてや手を繋ぐなど、幼馴染の彰彦とすらしたことは無い。


(ど、どうしよう……!? き、緊張する……けど、先輩が手を差し出してくれてるのに無視なんてできないし……)


しばしの間葛藤したものの、失礼なことはできないという意思が勝ち、詩歌は恐る恐る修也の手を取った。


(あ……先輩の手、温かい……それに、不思議と落ち着く……)


修也の手からじんわりと温かさが自分の手に伝わり、心が落ち着いていくのを詩歌は感じ取っていた。

男が苦手で会話もろくにできず、手を繋ぐなどもってのほかのはずだったのに、修也とこうして手を繋ぐのは不思議と嫌ではなかった。


「……よし、乗れたな」

「あっ……」


詩歌がコースターに乗れたことを確認して修也は手を離す。

離れていった手を詩歌は名残惜しそうに見送る。

しかしもっと繋いでいたいとは詩歌の性格的には言えない。

とりあえず、少しの間だけでも修也と手を繋げたことを良しとする詩歌であった。


(……にしても詩歌の手、汗だらけだったけど無理させてしまったかな……?)


一方修也は、繋いだ詩歌の手がやたら汗だらけだったことに対してそんな考えが浮かんでいた。

一般的に、緊張すると手に汗をかくと言われている。

先程の最恐ジェットコースターに比べればかなりマイルドなものではあるが、それでも詩歌にとっては怖いのかもしれない。

しかし修也が勧めた手前、詩歌の性格的に断ることができなかったのではないかと思ったのだ。


(だとしたらかわいそうなことしちゃったかもしれないな……)


軽率な行動だったと反省する修也。


「では、発車しまーす!」


修也の考えをよそに、乗客の体を固定するバーをセットし準備が整ったコースターがゆっくりと動き出した。


「詩歌、大丈夫そうか?」


修也は隣に座っている詩歌に声をかける。


「……え? あ、はい……これくらいなら、流石に私でも……平気です」


そう言う詩歌の声色は十分余裕があるように見える。

別に無理している様子もなく、本当に平気そうだ。

先程の心配は杞憂だったようで、修也は安心した。


(しかしそれだと、あの手汗は何だったんだって話になるが……まぁ良いか)


そして新たな疑問が湧いてきたが、修也はその疑問を切って捨てる。

ただの体質の可能性もあるし、さらにもしかしたら本人が気にしていることかもしれない。

そこへ『手汗凄いなぁ』とか言って話が広がる訳が無い。

つまり疑問を解明しようとしたところで誰も何も得しないのだ。

そんな無益な疑問は闇に葬り、修也は今この時を楽しむことにする。

その後、下り坂を滑り降りる時もカーブを曲がる時も、詩歌は特に怖がる様子も見せず、コースターは1周回ってスタート位置にまで戻ってきた。


「はい、お疲れさまでしたー」


コースターが完全に止まったのを確認して、キャストのお姉さんが体を固定していたバーを外した。

修也と詩歌はコースターを降り、出口に向かう。


「さて、次はどこに行こうかな。詩歌は何か希望あるか?」


改めて修也は辺りを見回しながら詩歌に尋ねる。


「え、えっと……怖いものじゃなければ……」

「じゃあこれとかどうだ?」


修也が各所に設置されている園内地図の一点を指さす。


「巨大迷路……ですか?」

「これなら怖さとは無縁だろ」

「あ……そ、そうですね。でも……先輩は、それでも……良いんです、か……?」


詩歌は修也が自分に合わせて、大して興味もないアトラクションを選んでいるのではないかと気がかりであった。


「いやぁこういう探索系のアトラクションって俺大好きなんだよな! パズルの雑誌の迷路とかハマってたことあるし」


しかし修也は本気で楽しそうに見える。


(そう言えば……アキ君もこういうの好きって言ってたっけ……男の人って、探検とか冒険とか好きなのかな……?)


昔彰彦もこの手の物に興味を示していたことを思い出し、詩歌の中でそんな結論に行きつく。


「あ、詩歌が興味ないってなら別のにするけど」

「い、いえ、そんなことはないです……その……私も、やってみたい……です」

「よし、じゃあ行こうか」


そう言って修也は、地図を頼りに巨大迷路のある場所へ足を進める。

詩歌もそれに続いた。



「お、これだな」


歩いて数分で修也たちは目的地に着いた。


「いらっしゃいませー。巨大迷路に挑戦される方ですか?」


入り口に立っていたキャストのお姉さんが、修也たちに声をかけてきた。


「あ、はい」

「それではこれをどうぞ。マッピング用の方眼紙です」


そう言ってお姉さんは修也に1枚の紙を手渡した。


「方眼紙とか懐かしいな……てか、マッピングが必要なレベルなのかよ」

「プロの方は頭の中でコースを組み立てられるらしいですけどね」

「……迷路のプロって……?」

「多分それは気にしたらダメな奴だ」

「あとはこれもどうぞ」


お姉さんは、さらにブザーのような物も手渡してきた。


「迷ってしまってギブアップの時に押してください。スタッフが救助に向かいますので」

「おおう、そんなレベルなのか……」

「では頑張ってください。ご武運を!」


そう言って見送ってくれるお姉さんを背に、修也と詩歌は迷路に挑む。


「まずはスタートから見える道を書き起こすぞ」

「は、はい」


修也と詩歌は先程貰った方眼紙に丁寧にマッピングしていく。

そして端から順に道をたどり、角を曲がるたびに新たに道を書き足していく。


「む、ここは行き止まりか」

「じ、じゃあ先程の分岐まで戻りましょう……」


時には行き止まりに当たって引き返すことになるが、丁寧にマッピングしているおかげで迷うことはない。

ゆっくりと、しかし確実にマップを埋めていく修也と詩歌。


「……あ、待ってください先輩。その先は、どう進んでも……行き止まりにしか、なりません」

「お、そうか。じゃあ行く必要は無いな」


丁寧にマッピングしているおかげで、進む必要の無い道も分かり、無駄手間を取らずに済む。

結果、修也たちは30分強程度でゴールにまで辿り着くことができた。


「ゴールおめでとうございます! 素晴らしいタイムでしたよ!」


入り口にいたお姉さんがゴールした修也たちを迎えてくれた。


「いやぁ詩歌のマッピングが丁寧なおかげで道が分かりやすくて」

「そ、そんな……私なんて……で、でも……ありがとう、ございます……」


修也に褒められ、詩歌は照れながら礼を言う。


「定期的に迷路の構造は変わりますので、また挑戦してくださいねー!」


笑顔で手を振るお姉さんを背に、修也と詩歌は巨大迷路を後にした。



「……あ、仁敷から連絡だ」


着信に気づいた修也がスマホを開くと、彰彦からメッセージが届いていた。


「……そろそろ良い時間だから、昼食べるために合流しようってさ」

「あ……もうそんな時間なんですね……」


気が付けば時刻はもうすぐ正午という所まで来ていた。


「集合場所は……あれ? 一旦出るのか?」


メッセージには、入り口を出た所に集合と書かれていた。


「それは……コンビニでおにぎりとかを買う方が、安く済むからかと……チケットさえあれば、再入場できますし……」

「ああ、なるほどね……」


詩歌の言葉に納得した修也は、詩歌と共に一旦外に出る。

そこには既に彰彦と爽香が待っていた。


「待たせたな爽香、仁敷……? おい、大丈夫か?」


心なしか彰彦がフラフラしているように見えた修也は彰彦に声をかける。


「……流石に、5周は、キツイ」

「!? まさか、アレに5回も乗ったのか!?」


1周でもかなり辛そうなあの最恐ジェットコースターに5回も乗ったとなると、今の彰彦の状態にも説明がつく。


「さ、揃ったことだしコンビニに行ってお昼買いましょ」


しかしそれでは、全く持って平気そうな爽香の方に説明がつかなくなる。

しっかりとした足取りでコンビニに向かう爽香を感心半分、呆れ半分で見つめる修也。

と、その時……


(ん? 何だ、この音……?)


修也は何か低い唸り声のような音が聞こえた気がした。

その音は段々大きくなってきている。

少し地面も揺れている気がする。


(音の発生源は、後ろか……!?)


修也は後ろを振り返る。

すると信じられないものが目に飛び込んできた。


(なっ!? トラック!!?)


かなり大型のトラックが暴走していたのだ。

しかもこっちに向かってきている。

スピードを緩める様子はない。むしろ加速している!


「危ない、詩歌――――!」

「えっ? きゃぁっ!?」


修也はすぐ横にいた詩歌を横に強く突き飛ばした。

修也が突き飛ばしたことで、詩歌はギリギリトラックを避けることができた。

しかし、突き飛ばされた詩歌でもギリギリだったのだ。


「せ、せんぱ……!」


修也は避けることができず……






ガッシャアアアァァァン!!!







派手な衝突音と共に、詩歌の視界から修也の姿が消えた。

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