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第2章 第20話

「修也さん、今週末は何か予定はありますか?」


その日の夕飯の席で、紅音がおもむろに聞いてきた。


「あ、明日はクラスの友人に誘われたのでちょっと遊びに行ってきます」

「え、そうなんですか?」


修也の予定を聞いた蒼芽が修也の方を向いて聞いてくる。


「そうなんだよ。まさか俺に週末遊びに誘ってくれる友人が、しかも1週間でできるとは……」

「常々思うんですけど、それ……修也さんがどうこうって訳じゃなくて周りの人に問題があったんじゃないですか?」

「え? どういう事?」


修也は蒼芽の言葉の真意を問いただす。


「1週間こうやって修也さんと暮らしましたけど、修也さんがそこまで敬遠される要素なんて私には微塵も感じられないんですよね」

「それは蒼芽ちゃんの器が大きいからだと……」

「私も感じられませんよ?」


紅音も蒼芽の意見に賛同する。


「それに私のクラスでは修也さんの評価はもう限界突破してますよ?」

「……突破しちゃったのね……前に聞いた時はアイドルとかヒーローみたいな扱いって聞いたけど」

「今では現人神ですね」

「なんで!? と言うか止めてよ!!」


どんどん扱いが違う方向でおかしくなってる事に焦る修也。


「いえ、それが……何してもプラスの方向に解釈されてしまいまして……」

「えぇ……」

「陣野君と佐々木さんがいい例ですね」


自分のクラスで先日出来たカップルを例に出す蒼芽。


「アレはホントに俺関係ないだろ!?」

「少しでも修也さんが関わってたら修也さんのおかげになっちゃうんですよ」

「えぇ……」


あの時修也のしたことと言えば、唐揚げ定食を頼んだ位だ。

しかも誰かの為とかそういうことではなく、単に自分が食べたかっただけなのである。

それで回り回ってカップル一組が成立して、それが自分のおかげと言われても実感なんて湧くはずもない。


「まぁアレだ。蒼芽ちゃんのクラスは大分特殊な例だろ」

「確かにそれは否定できませんが……それでは、修也さんのクラスではどうですか?」

「俺のクラス、ねぇ……」


蒼芽に言われ、修也は自分のクラスを思い浮かべる。


「………………うわぁ…………」


面子を思い浮かべていくに連れて、修也の表情は歪んでいく。


「え? な、なんでそんな顔になるんですか……?」


修也の表情がおかしなものになっていくことに蒼芽が狼狽えながら聞いてくる。


「……もしかしたら、俺ってまだまだ普通の分類に入れるんじゃないかって思ってな……」

「え?」

「俺のクラスには個性の強い奴が多すぎる。担任を筆頭として」

「え……えーっと……」


なんと言って良いか分からず、蒼芽は言葉を詰まらせる。


「それで目立たないんだったら良いんだけど、誰も彼もが俺に絡んで来るから……」

「それは、修也さんに人を惹きつける魅力があるからですよ!」

「それで惹きつけられてくるのが蒼芽ちゃんや詩歌みたいな良い子だけだったら良かったんだけどな」

「え、えっと……とりあえず、ありがとうございます……?」


なかなか微妙ではあるが、一応褒められてはいるので蒼芽は複雑な心境で礼を言うのであった。



「……よし、それでは行ってきます」


翌朝、修也は待ち合わせ場所の駅前に行く為に準備を整えて玄関に来た。


「行ってらっしゃい。車に気をつけてくださいね」


紅音が見送りに来てくれた。

ちなみに蒼芽はまだ寝ている。

先週もそうだったが、やはり休日は起きるのが遅いらしい。


「あ、でも修也さんなら車位ぶつかっても平気ですか?」

「どうでしょう? ぶつかった事無いから何とも……まぁぶつからないに越したことはないですよ」

「……修也さん、そういうのを『フラグ』って言うんでしたっけ?」

「縁起でもない事言うのやめてくれませんかねぇ?」

「ふふふ、冗談ですよ」


微妙に不吉な事を言う紅音に見送られながら修也は舞原家を出た。


「……そう言えば、蒼芽ちゃん抜きで外出するのって初めてか?」


駅までの道を歩きながら修也は一人で呟く。


「と言うか、そもそも一人で外を歩くのは……いやこれは昨日やってるか。でも、まだ1週間なのに蒼芽ちゃんが隣にいる事に随分慣れたなぁ」


思えばこの1週間の間、蒼芽はかなりの時間を自分に使ってくれている。

慣れるどころか、隣にいることが当たり前に感じる位だ。


「……いつか恩返しができたら良いな」


蒼芽は『自分が好きでやっている事』とは言うが、修也にとっては非常にありがたい事なのだ。


「しかし何やっても『お礼のお礼』として返ってきそうなのがなぁ……」


事実、先週蒼芽にネックレスをプレゼントとして渡したら、その日のうちにお返しでペアとなるネックレスを渡された。

紅音にハーブセットを渡したら、お返しに蒼芽を渡されそうになった。


「…………いやいや、いくら何でも冗談だろ。そもそも俺なんかには勿体なさすぎる」


そう言って修也は首を振る。

あれも紅音のいつものぶっ飛び発言だろう。真に受けてはいけない。


「それに、蒼芽ちゃんにだって選ぶ権利があるっての……」


そう、ブツブツと呟きながら修也は駅への道を歩いていった。



「……良かった、ちゃんと駅前に着いた」


数十分後、修也は駅前に辿り着いた。

学校では散々道に迷い、自分の方向感覚に自信を失いかけていたが、どうやらあれは本当に校舎内が複雑過ぎただけらしい。


「時間は……うん、まだ余裕あるな」


駅前に設置されている時計台で時間を確認すると、現在8時45分。

待ち合わせ時間の15分前だ。


「仁敷達はまだか……だったらちょっとコンビニ行くか」


辺りを見回してみたが、彰彦達の姿は見当たらない。

ただ突っ立って待つ気にもなれなかったので、修也は駅の中にあるコンビニへ入ろうとした。


「……あれ? そこにいるのは、もしかして土神先輩、ですか?」


そんな修也に声をかけてくる人がいた。


「ん……?」


自分の名前を呼ぶ声がしたので修也は足を止めて声の方に顔を向けた。

そこには、赤い髪を逆立てた小柄な少年と、黒髪のショートボブのこれまた小柄な少女が立っていた。


「わぁ、やっぱり土神先輩だ! 会えて光栄です!」

「わ、私も……一度ちゃんとお会いしたかったんです……!」


赤髪の少年の方が興奮気味に声を上げる。

ショートボブの少女の方もテンションが上がっている。

一方の修也はと言うと……戸惑っていた。


「えっと……誰? 俺の事を先輩と呼ぶってことは同じ学校の生徒だと思うんだけど」


まぁ顔も名前も知らないのにそんなリアクションを取られたのだから当然と言えば当然だが。


「あ、すみません名乗りもしないで。僕、1ーCの陣野と言います」

「わ、私は陣野君と同じクラスの、佐々木です」


修也に名前を知られていない事に気づいた2人が名乗る。


(1ーCで陣野君と佐々木さん……ああ、なるほど、この2人が……)


名前を聞いて修也は思い出した。

自分が唐揚げ定食を学食で頼んだ事がきっかけで付き合うことになった2人だ。


(……いや、改めて考えても意味が分からんな……)


何がどうなればそんな結果になるのか、さっぱり分からない。

風が吹けば桶屋が儲かるとか、そんなレベルの話ではない。


「で、陣野君と佐々木さん……だったかな?」

「は、はいっ! 土神先輩に名前を呼んで貰えるとは……感激です!」

「いや大袈裟。ただ名前呼んだだけだろうに」

「いえ、私たちにとって、土神先輩は雲の上の存在……言わば神様ですから!」

「ホントに神扱いされてる!? やめてやめて、そんな大層なことしてないから!!」


自分の知らないところで評価が爆上がりしていることを目の当たりにした修也は慌てて訂正を求める。


「でも僕……土神先輩には本当に憧れてるんです。あんな武器を持った怖そうな人にも一歩も引かずに立ち向かう姿、カッコ良かったんです」

「あー……うん、それはどうも……」


陣野君の純粋な尊敬の眼差しに何と言って良いか分からず、言葉を濁す修也。


「私も土神先輩にはありがとうと言いたいんです。先輩のおかげで陣野君をほか……振り向かせることができたんですから」

「うん……うん?」


佐々木さんのお礼の言葉を受けながら、修也はちょっとした違和感を感じ取った。


(今佐々木さん……『捕獲』って言いかけなかったか?)


話の流れに似つかわしくない表現が佐々木さんの口から出かけたからだ。


(いや、気のせいだろ。うん、きっと気のせい)


何やら深入りしてはいけない予感がする。

修也は湧いてきた疑問を無理やり押し込めた。


「へ、へぇー……ということは2人は今日は付き合い始めて初めての週末なんだな」

「はいっ! 週末は2人でデートするのがまずは基本だと思いまして! でも何をすれば良いのか全然分からなくて……」

「とりあえず待ち合わせはしたんですけど……何やるかはまだ何も決めてないんです」

「あぁ、そうなのか……」

「それで、何しようか悩んでた所に土神先輩の姿を見かけたんです!」

「先輩、私たちは何をすれば良いんでしょう? 教えてください!」

「え、えぇっ?」


まさかの無茶振りに修也はたじろぐ。

修也だって何をすれば良いのかなんて分かるわけがない。

そんな経験、先週蒼芽とモールや公園に行ったくらいしか無いのだ。

しかしここで正直に『そんなの分かんね』と返すのは後輩たちの期待を裏切るような気もする。


「ん、んー……まずはお互いが何をしたいか、何が好きなのか話し合ってみたらどうだ? デートってのはお互いを知る手段だと思うし」


とりあえず修也は先週蒼芽と話し合った『デートの定義』を思い出しながら当たり障りのない事を言う。


「お互いを知る手段……ですか?」

「うん、だから今回は陣野君のやりたいことをやって、次回は佐々木さんの好きなことをやる。それの繰り返しでお互いを知る、とか……?」


とにかく思いついたことを適当に述べる修也。


(……って、何言っちゃってんだろうな、俺。俺が言ったところで説得力なんて……)


修也は言ってから心の中で後悔する。

デートの経験値など無いも同然の自分がそんな事言っても薄っぺらく感じるだけだ。

そんな修也をじっと見ていた2人だが……


「な、なるほど……流石は土神先輩!」

「デートはお互いを知る手段……感銘を受けました!」


何か納得して瞳を輝かせ始めた。


(あ、良いの、アレで?)


修也としてはかなり適当で口から出まかせだったのだが、思いのほか2人が納得してる事に内心驚く。


(……もしかして昨日蒼芽ちゃんが言ってたやつか?)


昨日蒼芽は、修也が関わると何してもプラスになってしまうと言っていた。

今の修也の適当極まりない言葉も、2人には金言に変換されてしまったのではないだろうか?


「土神先輩、ありがとうございました! 貴重なお話を聞けて嬉しかったです!」

「先程のお言葉、私の座右の銘にします!」

「いや大袈裟だっての」


必要以上に持ち上げてくる2人に後ろめたさを感じる修也。

これ以上不用意な発言をするとまたおかしなことになりかねない。


「それじゃあ、モーニングをやってる喫茶店とか探して、2人でこれからのことを話してみなよ。それも立派にデートだぞ」


なので修也は話を無理やり纏め、終わらせることにした。


「なるほど、分かりました!」

「土神先輩、ありがとうございました。陣野君、私良い喫茶店知ってるから、まずはそこに行こ?」


そう言って陣野君に道案内を始める佐々木さん。


「では、これで失礼します!」


陣野君は丁寧に頭を下げ、佐々木さんについていく形で歩き出す。


「佐々木さん、その喫茶店ってどんなところなの?」

「実はね、そこはモーニングはコーヒーのお代わりがし放題なの。いっぱい食べて大きくなりたい陣野君にはちょうどいいと思わない?」

「確かに! それは良いね!!」


和気藹々と話し合いながら2人はこの場を去っていった。


「……いくらコーヒー飲んでも大きくはなれないと思うが……まぁ2人が楽しいと思ってるなら突っ込むのは野暮か」


そんな2人の背中を見送りながら、修也は誰に言うでもなく呟いた。


「まぁでも良い時間つぶしにはなった。そろそろ待ち合わせの時間だな」


時計を確認すると、8時57分。約束の時間までもうすぐだ。

コンビニに寄る必要も無くなったので修也は踵を返す。

しかしそこで修也はひとつ気になることができた。


「……あれ? そういや待ち合わせって駅前のどこだ?」


それは細かい場所の指定はされていなかったことだ。

駅前と一言で言っても結構広い。

長年この町に住んでいる人なら駅前での待ち合わせスポットのようなものを知っているかもしれないが、修也はまだ引っ越してきて1週間しか経ってない。

そんな場所があっても分かる訳が無い。


「うーん……目印になりそうなものと言えばこの時計台くらいか。じゃあここで待ってりゃ大丈夫か?」


他に目につきそうなものが無かったので、修也は時計台の下で待つことにした。


「しばらく待っても姿が見えなかったら仁敷に連絡して……あ、そうか。駅前に着いて時計台にいるってこっちから連絡すれば良いのか」


今まで連絡アプリなんて使う機会が全く無かった修也は失念していた。

せっかく連絡先を交換したのだ。使わない手は無い。


「んじゃ早速……」


修也はスマホを取り出し連絡ツールを開く。


「あ、いたいた。おーい土神ー!」


しかしメッセージを送ろうとした時修也を呼ぶ声が聞こえてきたので、修也はメッセージの送信を取りやめた。

顔を上げると彰彦がこっちに向かって歩いてきているところだった。


「よう仁敷。良かったここで合ってたんだな」

「ん? あ、そっか、駅前で待ち合わせって言ったらこの時計台ってのが暗黙の了解だったんだけど、土神は知らなかったんだな」

「あー、やっぱそう言うのがあったのか。あれ、そう言えば爽香は?」


待ち合わせ場所にやってきたのは彰彦1人だ。爽香の姿はない。


「あれ、まだ来てないのか。でもまぁすぐ……」

「来たわよ。お待たせ土神君」


彰彦の言葉が終わる前に爽香の声が彰彦の背後から聞こえてきた。


「よう爽香……と……?」


現れた爽香に声をかける修也。

だが修也の注意はすぐに爽香から外れた。


「お、おはよう……ございます……土神、先輩……」


何故なら爽香のすぐ後ろに詩歌がいたからだ。

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