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第2章 第19話

「…………よし、そろそろ動けるかな」


翌朝、修也はいつも通り目が覚めてしばらく経ってから起き上がる。

そしてベッドから出て制服を手に取り、着替える。






こんこん






「修也さん、起きてますか?」


そして着替え終わったタイミングで蒼芽が部屋のドアをノックして声をかけに来てくれた。


「ああ、起きてるぞ。着替えも終わったから今行く」


そう言って修也はドアを開けた。

部屋の入り口では同じく制服に着替えた蒼芽が立っていた。

……スマホを構えて。


「……蒼芽ちゃん?」

「今だったら制服だから問題無いですよね?」


どうやら昨日『パジャマだから無理』と断ったので、制服に着替えた今なら断る理由が無くなったと踏んだのだろう。


「……そこまで俺とのツーショット写真を撮りたいの?」

「はいっ!」


物凄く良い笑顔で即答される。


「えぇ……そこまで……?」


そこまで清々しく肯定されると反対する気にもなれない。

それによくよく考えてみれば、嫌なのは真面目な目つきを蒼芽の目の前でやる事であって、ツーショット写真を撮られることではない。

つまり反対する理由も無い。


「じゃあ撮りますよー」


修也が色々戸惑っているうちに、そう言って修也の懐に入り、スマホのカメラを自撮りモードにして自分の方に向ける蒼芽。


「すみません修也さん、少し屈んでください。このままだとちょっと見切れちゃいます」

「えーと……これくらいか?」

「あ、そうそうそれくらいです! それじゃあ、3……2……1……はい、チー……」


パチリ、と蒼芽は『ズ』を言わずにシャッターを押した。


「……うん、良い感じですね!」


撮れた写真を確認しながら蒼芽はそう言う。


「え? 今『チーズ』って言い切る前にシャッター押してなかったか?」

「あ、それって実は間違いなんですよ」


修也の疑問に対して蒼芽が応える。


「え? そうなの?」

「はい。人の表情って、『い』の形の時が一番よく見えるんだそうですよ」

「あ……い……う……え……お……ああ、確かに言われてみるとそうだな」


修也は実際に口の形を作って確認してみる。


「なので海外では『チー』で『い』の形を作って写真を撮ってたんですけど、それが日本に伝わった時に『チーズ』と変換されたという説があるんですよ」

「へぇー……」


蒼芽の説明に納得顔で頷く修也。


「そもそも何で『チー』って言って撮ってたんだ?」

「流石にそれはちょっと知らないです。適当に『い』の口になる単語を選んだ結果なんじゃないですか?」

「ま、そんなもんか……」


確かにその辺に深い意味は無いのかもしれない。

蒼芽の言う通り、言いやすい適当な単語を選んだだけなのだろう。


「それじゃあもう1枚撮りますよー」


話の区切りがついたところで再びスマホを自撮りモードにしてこちらに向ける蒼芽。


「あれ!? さっき良い感じって言ってなかった!?」

「次撮ったらもっと良い感じになるかもしれないじゃないですか」

「いやキリねぇだろそんな事言ってたら!」

「良いじゃないですか減るものじゃないんですし」

「朝食の時間が減る!」

「じゃあ早いとこ撮って朝ごはんにしましょう」

「……あ、これ絶対に引かないパターンだ」


早々に見切りをつけた修也は抵抗をやめてさっさと蒼芽に写真を撮らせることにした。

その方が早く朝食を食べに行くことができると判断したからだ。

結局その後5枚も撮ることになったのだが……


「~~♪」


(まぁ、良いか……)


自分のスマホの画像フォルダに修也とのツーショット写真を入れることができてご満悦の様子の蒼芽を見て、修也はそう思うのであった。



「おはようございます」


食卓へ行くと、すでに朝食の準備を終えていた紅音が待っていた。


「おはようお母さん」

「おはようございます、紅音さん」

「今日はいつもより少し遅かったんですね?」


いつもより食卓にやってくる時間が遅かったことを紅音が気にして修也に尋ねる。


「ええまぁ、朝イチで蒼芽ちゃんが一緒に写真を撮ろうと言い出しまして……」

「あら、急にどうしたの?」

「だって、昨日の晩に修也さんと約束したんだもん」

「別に学校から帰ってきてからでも良かったと思うんだが」

「こういうのは早い方が良いんですよ」

「あらあら……ごめんなさいね、修也さん。蒼芽のわがままに付き合ってもらっちゃって」

「いえ、これくらいわがままでも何でもないですよ」


食卓の自分の席につきながら修也はそう言う。


「あ、じゃあ学校から帰ってからも撮りましょうよ」


蒼芽も自分の席に座りながらそんな提案を出してきた。


「え!? まだ撮るの!? というか結局帰ってからも撮るの?」

「さっきは制服だったので、今度は私服で撮りたいんですよ」

「蒼芽ちゃん、君は自分のスマホの写真フォルダを俺との写真で埋め尽くす気か?」

「……あ……」

「いやその『その手があったか』みたいな顔するのやめなさい。流石にそこまでは付き合いきれんぞ」

「あはは、流石に冗談ですよ。そこまでする気はありません」

「だったら良いんだけどさ……」


そう呟きながら修也はトーストをかじる。


「……メモリ半分くらいで手を打ちましょう」

「いやそれでも多いからな!?」


舞原家の朝は今日も賑やかなのであった。



「今日は今更確認するまでもなく皆も知ってると思うけど金曜だよ! 明日と明後日は土日で授業は休み! 君たちは2日間の自由を得られるんだ!」


ホームルームの時間、陽菜が教壇で高めのテンションで喋っている。


「遊びに行くもよし! 普段の疲れを癒すもよし! 部活に勤しむのも良いね! でも羽目外しすぎると来週の月曜日が辛いから程々にね! 以上、ホームルームは終了!!」


そう言って陽菜は教壇から降り、教室を後にする。


「……何で朝のホームルームでそれを言うんだあの人は」


修也の言う通り今はまだ朝。

これから授業があるのに、それをすっ飛ばして週末の話をされても困る。


「藤寺先生の言うことに真剣に悩んでたら胃に穴が開くぞ」

「まあそれは重々承知してるけどさ」

「それは置いといて、土神君、土日どっちか空いてる? 空いてるなら私たちと遊びに行かない?」


修也が陽菜の謎の言動に頭を悩ませていたら、爽香からそんな提案を持ちかけられた。


「私『たち』?」

「あ、それきっと俺が入ってるな」


修也の疑問に彰彦が答える。


「そう言うセリフが出てくるってことは、仁敷の了承は得てないんだな……」

「……まぁ、今に始まった事じゃないさ。でもそれを抜きにしても良いんじゃないか? 土神はまだこの町の事そこまで詳しくないだろ?」

「うん、まぁ……確かに」


先週蒼芽に生活するにあたって必要なところは案内してもらったが、逆に言えばそれ以外はまだ詳しくない。

蒼芽ばかりに負担をかけさせるのもよくないだろうし、悪くない提案だと修也は思う。


(それに、週末友達と遊びに行くとか、前の学校ではまず経験できなかったよな……)


遊びに行くどころか声をかけてすらもらえなかったので、修也は未知の経験にちょっと心が躍る。


「……そうだな、とりあえず今はどっちも空いてるから大丈夫だ」

「じゃあ決まりね。明日の9時に駅前まで来てちょうだい」

「ん? もうどこに行くのか決めてるのか?」


既に目的地を決めているかのような口ぶりの爽香に修也は尋ねる。


「ええ。ここから電車で3駅行った所に、大型のアミューズメントパークがあるのよ」

「アミューズメントパーク?」

「ああ。遊園地やゲーセンに色んなアクティビティがあるんだ」

「へぇー……」

「それに映画館やカラオケやビリヤードとかダーツなんかもあるわよ。シーズンだとプールとかスケートリンクも開放されるのよ」

「……混ぜ込みすぎじゃね?」


アクティビティまでは良かったのだが、そこから更に色々追加されて節操の無さを感じだした修也が顔をしかめながら呟く。


「その代わりと言って良いのか分からないけど、周りは他に何もないのよね。せいぜい駅にコンビニがある程度よ」

「また極端な……」


遊戯施設だけでひとつの町が出来上がっているような印象を受ける修也。


「なんか治安悪そうなイメージなんだけど」

「いや、割と普通だぞ? そういう所だからこそ治安維持はしっかりしてるみたいだな」

「ちなみに学生証を持っていけば施設の入場料は少し割引されるわよ」

「え? それってもしかして……」

「ああ、違うぞ? これは単なる学割だ」


修也はこの町の住民が学校の諸経費の半分を免除される話を思い出し、今回もその類だと思ったのだが、それを彰彦が否定する。


「あ、そうなのか? 良かった……ここまで9割引きとかされたらどうしようかと思ったよ」

「流石にそれは無いだろ。あそこはうちの理事長が経営してるわけじゃないし」

「で、明日はそれのどこに行くつもりなんだ? 流石に全部は無理だろ」

「そうね、遊園地だけでも真面目に全部巡ってたら丸1日かかるわよ」

「大型にも程があるだろ……ホントにこの町郊外なのか? 下手な都市部より施設が充実してそうだぞ」

「郊外だからこそそこまで大型にできたんだろ。土地も安いだろうし」

「ま、そんなこと私たちが気にしても仕方がないでしょ。それよりも目一杯楽しむことを考えましょ」


そこで話を締めくくり、授業の準備をする爽香。

修也も思考を切り替えて、授業に臨むのであった。



「今日は今更確認するまでもなく皆も知ってると思うけど金曜だよ! 以下略!!」


帰りのホームルームで再び陽菜が教壇でテンション高めで声を上げている。


「『以下略』ってリアルで言う人初めて見たよ……」

「ん? じゃあ『前略、中略、後略。終了!』の方が良かった?」


修也の呟きを聞いた陽菜がそんなことを言い出す。


「そういうことを言ってるんじゃないです。しかもそれじゃあ『全略』じゃないですか」

「おぉ〜、上手いこと言うじゃないのさ土神君」

「何だろう、褒められても全く嬉しくない」

「やっぱり土神君、君には素質がある! どうだい? 私と一緒に……笑いのテッペン、取りに行かないかい?」

「いや、俺にそんなつもりは……」

「おおっ!? やりますな土神殿、陽菜教諭にここまで認められるとは、流石ですぞ!」

「ええ、ええ! 私も初めて見た時から只者ではないと思っておりましたが、まさかこれほどとは!」

「!?」


修也が陽菜の適当極まりないホームルームにツッコミを入れてると、黒沢さんと白峰さんが会話に混ざってきた。


(……やべぇ、先生にこの2人が加わるとメチャクチャ面倒な事になる!)


銃弾すら余裕で捌ける修也だが、この3人に纏まられると処理しきれない。

ある意味銃弾以上に厄介な3人組である。

早々に危険を察知した修也は、危険回避に走ることにした。


「いや、俺には荷が重いので黒沢さんと白峰さんに譲ります」

「な、なんと! よろしいのですか土神殿!?」

「ああ。2人なら俺よりもきっと高みに行けるさ」

「私たちをそこまで評価していただけていたとは……承知いたしましたわ。必ずや、土神さんのご期待に添う結果を出すことを誓いますわ!」

「よーしそういうことならこの週末は合宿だよ! 白峰さん黒沢さん、私の家でスマブラ千本勝負だ!!」

「望むところですわ!」

「ちなみに陽菜教諭、いつの作品の物をやるので?」

「そんなの……初代に決まってんじゃん!」

「おおっ! 流石陽菜教諭! 分かってらっしゃる!!」

「それじゃーねー。土神君たちも充実した週末を過ごすんだよ」


そう言って陽菜は白峰さんと黒沢さんを連れて教室から出て行った。


「……よし」

「良い感じに受け流したわねぇ、土神君」


危険回避に成功して一息つく修也に爽香が声をかけてくる。


「笑いのための合宿でスマブラとか意味が分からんが……気にしたら負けか」

「うん、気にしない方が良い」

「それじゃ帰るか。じゃあな2人とも」

「おう」

「また明日ね」


彰彦と爽香や、他のクラスメイトにも別れの挨拶を告げて修也は教室を出る。


「……しかし、俺が週末に友達と遊びに行けるとはねぇ……」


改めて修也は、普通なら当たり前であることを全くできてこなかった引っ越し前の生活を振り返る。


「……もしかして、人生初? あ、いや違うな。先週蒼芽ちゃんとモールやら公園やらに行ったな」


修也は先週蒼芽と2人で歩き回ったことを思い出す。


「でもあれは遊びに行くというよりは町の案内という名目で……いやその前に定義的にデートだったっけか。でもデートだって遊びに行くことに変わりないわけで……」


ブツブツと呟きながら廊下を歩く修也。


「と言うか、そもそも俺と蒼芽ちゃんの関係ってどの部類になるんだ? 友達とはちょっと違うような気もするしなぁ……」


非常にありがたいことに、蒼芽はとてもよくしてくれている。

『力』の事を知っても態度は変わらず、何があっても味方だというありがたい言葉までもらっている。

ここまでくると、もうただの『友達』では収まらない気がする。

とは言え、じゃあ何と言えば良いのかが分からない。


「紅音さんは母さんの友達だから、母さんの友達の娘……なんかすっげぇ他人っぽいな」


これは違う、と修也は首を振る。


「同じ家に住んでるんだから、同居人……これも違和感あるなぁ」


間違ってはいないがしっくりも来ない。


「お世話係……一番近い気がするけど、それは俺が嫌だ」


以前蒼芽が自分からそう名乗り出たが、修也的には遠慮したい。

あれだけ可愛くて性格も良い子にそんな扱いをするのは非常に申し訳ない気がするからだ。


「うーん……」


修也はああでもない、こうでもない……と頭をひねり、思考を巡らせながら舞原家への道を歩く。

しかし、舞原家まで着いても結局最適解は見つからないのであった。

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