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第2章 第15話

「ど、どうして、そんな……」


突如出された爽香からの課題に詩歌は戸惑う。


「当たり前でしょ? 携帯持ってるのに誰の連絡先も無いとか、意味ないじゃない」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「期限は、そうねぇ……今週末までね」

「え……そ、そんなの無理だよぅ……」


今週末までと言っても、今日は既に水曜日である。

しかも今日はもう放課後。今日は数に入れられそうにない。


「あ、でもしいちゃん。3人なら楽勝じゃない?」


何かを思いついたようで、母親は詩歌に話しかける。


「ほら、お父さんと私とさやちゃんで……」

「あ、当然だけど家族はノーカンね」

「あらー、先を越されちゃったわね」

「え……な、なんで……?」

「詩歌の人付き合いの輪を広げようとしてるのに家族だけで完結しちゃ意味無いでしょうが」

「それなら確かに仕方ないわねぇ」

「え、えぇ……」

「ま、達成できなくても罰ゲームは軽くしてあげるから気楽に頑張りなさい」

「ば、罰ゲームがあるの……!?」

「そんな大層なものにはしないわよ。そうねぇ……詩歌の部屋着姿の写真を土神君に見せるくらいにしましょうか」

「え、えぇっ……!?」


爽香の提案した罰ゲームに、詩歌は心底困ったような声をあげる。


「あら? さやちゃん、それ別に罰ゲームでも何でもない気がするけど?」

「だから大層なものにはしないって言ったでしょ?」

「い、いや……十分大層なものだよぅ……」

「どうして? しいちゃん、別に家の中でも変な恰好してないでしょう?」


基本的に真面目な詩歌は、家の中でもだらしない恰好はしていない。

スカートも膝が隠れるほどの丈の長い物が殆どで、一番丈が短い制服のスカートでも、規定の長さで膝が出る程度だ。

それでも私生活の一部を家族でない人に見られるというのには抵抗がある詩歌。


「私的にはもうちょっと脚とか肩とか見せても良いんじゃない? とは思うけどねー」

「む、無理だよ……恥ずかしいもん……」

「まぁその辺は私も詩歌寄りね」

「そう言えばさやちゃんもあまり派手な服持ってないわね」

「趣味じゃないからね」


爽香は性格とは裏腹に、割と落ち着いた服装を好む。

爽香が自分で言う通り趣味ではないというのもあるが……


「それに私があまりにも目を引く格好をしてると、一緒にいる彰彦が霞むのよ。比喩的な意味じゃなくて本当に」

「あ、アキ君……」

「彰彦君、特徴が無いのが特徴ってくらい平均的だからねぇー」

「まぁとにかく! あと2日で3人よ。分かったわね?」

「は、はぅ〜〜…………」


爽香から一方的に突きつけられた課題を前に、困った顔で唸り声をあげる詩歌であった。



「ど、どうしよう……」


帰宅後、詩歌は自分の部屋で頭を抱えていた。

スマホの初期設定は完了している。

爽香が『まぁそれくらいはやってあげるわ』と、必要そうなアプリのインストールと共にやってくれたからだ。

操作方法の書かれている説明書に目を通しながらも、詩歌の頭の中は爽香に出された課題のことでいっぱいだった。


「私に、連絡先を聞けるような人なんて……いないよ……それに、3人もなんて……」


かろうじて蒼芽なら教えてくれるかもしれない。

しかしそれでも3人にはまだ届かない。


「…………あ、そうだ」


もう諦めて修也に部屋着姿の写真を見られることを覚悟しようかと思い始めた時、詩歌はひとつ案を思いついた。

直接解決できることではないかもしれないが、手助けにはなる。


「えっと……確か、市外局番から入力しないといけないんだよね……」


そう呟きながら詩歌は説明書を見ながら入手したばかりのスマホで電話をかける。


「こ、これで良いのかな……?」


番号を打ち終えてスマホを耳にあてる。

しばらくすると詩歌の耳に呼び出し音が響いてきた。


「…………」


それだけのことなのに、詩歌は緊張で手に汗をかいてきている。動悸も早くなってきている気がする。

人と話すのが苦手な詩歌は、自分から電話をかけるのも同じくらい苦手なのだ。

そんな詩歌の心情はお構いなしに、程なくして呼び出し音が途切れた。

電話をかけた相手が出たのだ。


「っ!」

『もしもし、仁敷です』


電話の向こうから、女性の声が聞こえてきた。

『仁敷』と名乗ったということは、番号は間違えていなかったようだ。

詩歌はまずそのことに安堵する。


「あ、あのっ……も、もしもし……よ……米崎、ですけど……」


極度の緊張のせいか、詩歌の声は詰まっているうえにかすれ気味で、しかも声量もかなり小さいものになってしまっていた。


『あらっ? その声はもしかして詩歌ちゃん?』


それでも電話の相手は、かけてきたのが誰なのか分かったようだ。


「は、はい……お久しぶり、です。おばさん……」


電話の相手は、彰彦の母だった。

詩歌自身はかける機会はあまりなかったが、小さい頃から電話番号を見る機会は何度もあったので覚えていたのだ。

それに彰彦とは幼馴染なので、当然彰彦の母とも付き合いが長い。

なので電話越しの小さな声でも詩歌だと分かったのだろう。


『今年高校生になったのよね? どう? 楽しい?』

「う、うん……友達も、できたし……」

『あらそれは良かったわね! 詩歌ちゃん、恥ずかしがり屋さんだったから心配してたのよ?』

「え、えっと……」

『あ、ごめんなさい、こんな話するために電話したんじゃないわよね? 何か用事?』

「その……アキ君、いますか……?」

『ええ、いるわよ。ちょっと待っててね』


彰彦の母がそう言った後、詩歌のスマホから電子音のメロディが流れ出した。

保留状態になったのだろう。


「ふぅ…………」


詩歌はとりあえず、第一目標である『彰彦と電話を繋ぐ』と言うことができたことに安堵のため息を吐いた。

でもこれが最終目標ではない。詩歌は気合を入れ直す。

程なくして保留のメロディが切れた。


『……もしもし、どうした詩歌? 電話なんて珍しい』


代わりに彰彦の声が聞こえてくる。


「あ、ご、ゴメンねアキ君。こんな時間に……」

『いや、そんな大層な時間でもないけどな。で、どうした? また爽香に変な無茶振りされたか?』

「…………流石アキ君。よく分かったね……?」

『伊達に付き合い長くないさ。で、今回は何だ?』

「実は……」


詩歌は爽香から出された課題について彰彦に説明を始める。


「今日……お姉ちゃんとお母さんと一緒に、私の携帯電話を買いに行ったの」

『へぇ、ついに詩歌も携帯持つようになったのか』

「う、うん……それで……」

『じゃあ明日にでもアドレスと番号見せてくれ。それでお互い連絡先登録しておこう。まだ買ったばかりで操作方法分からんだろうし、直接見ながらやる方が確実だろ』

「え………………」


彰彦からの提案に唖然とする詩歌。


『ん? どうした詩歌ー?』

「相談する前に……問題が1つ……解決しちゃったよ……」

『あれ? そうなのか?』

「うん……お姉ちゃんから、今週までに……家族以外で、携帯電話に3人連絡先を登録しなさいって言われて……」

『うわ、そりゃ詩歌にはきっついな』

「……で、どうしたら良いか、アキ君に相談しようと思ったんだけど……」

『その前に俺がお互い登録しとこうって言ったから、3人のうち1人が埋まったってわけか』

「うん、そういうこと……」


彰彦の言葉に頷く詩歌。


『で、とりあえず1人は埋まったけど、残り2人はアテはあるのか?』

「う……それが……」

『この前一緒にいた舞原さんって子は?』

「あ、それは……明日、頼んでみるつもり……」

『と言うことはあと1人か。他にクラスで連絡先交換できそうな人は……』

「うぅん、もう……いない……」

『そうか……とりあえず明日舞原さんに頼んで、俺とも交換して、残り1人はそこから考えよう』

「う、うん。ゴメンねアキ君。こんなことに巻き込んで……」

『良いって。これくらい、爽香にいつも振り回されてることに比べりゃ可愛いもんだ』

「そ、それじゃあ……また明日」

『ああ。また明日な』


そう言って通話を終了させる詩歌。


「ふぅ…………」


無事用件を伝えることができた詩歌は、大きく息を吐いた。


「あと1人……どうしよう……」


彰彦とは明日連絡先の交換ができることが決まった。

蒼芽も頼めば快諾してくれそうな気がする。

しかし、残り1人の壁が思ったよりも高い。


「そもそも知り合いが全然いないのに……」


今まで1人でいることが多かった詩歌は、特に仲の良い人というものがいない。

つい先日やっと蒼芽と仲良くなれたばかりなのである。


「家族はダメ……1人目がアキ君で、2人目が舞原さん……あとは…………」


詩歌は少ない交友関係から必死に候補を絞り出す。

しかしどれだけ考えても良い候補が思い浮かばない。

夕食の時も、風呂に入っている時もずっと考えたが結果は同じだ。

結局答えが出ないまま、夜は更けていった。



「…………うぅ……」


翌朝になっても詩歌の表情は優れなかった。

朝登校して、教室の自分の席についてもそれは変わらない。

電源の入ってない、スマホの真っ黒な画面に映った自分の顔を睨みながら固まってる。


「おはよう詩歌! ……って、どうしたの?」


そこに蒼芽がやってきた。

朝の挨拶をしつつ、いつもと違う詩歌の様子を気にかけてくる。


「あ、舞原さん……お、おはよう……」

「あれ? それってスマホ? 詩歌、持ってたんだ?」

「う、うん……昨日買ったんだ……」

「へぇー、そうなんだ。じゃあ連絡先交換しよ?」

「…………えっ?」


突然の蒼芽からの申し出に詩歌は数秒固まる。


「あれ、どうしたの? 何か都合悪かった?」

「う、うぅん、そうじゃなくて……私からお願いするつもりで……でも、どう切り出したらいいか悩んでて……」

「あはは、そんな難しい事じゃないよ。友達で連絡手段があるんなら知っておきたいのは普通だよ」

「そ、そうなんだ……」

「という訳で、はいこれ、私の番号とアドレスね」


そう言って蒼芽は自分の電話番号とメールアドレスを表示させたスマホの画面を詩歌に見せる。


「ち、ちょっと待ってね……えっと……」


当然だが連絡先を登録するのは詩歌にとっては初めての作業だ。

おぼつかない指先で操作するが、関係無いアプリを開いてしまったりしてなかなか進まない。


「ご、ゴメンね……? まだ操作に慣れなくて……」

「あはは、良いよ良いよ。ゆっくりやって。私も最初はそんな感じだったなぁ」


もたついている詩歌を責めるようなことは一切せず、蒼芽は詩歌が登録を終わらせるのを待つ。

そして数分後……


「で、できた……!」


登録が終わった自分のスマホを頭上に掲げる詩歌。

その画面には蒼芽の連絡先が表示されている。

ただ1件連絡先を登録しただけなのだが、詩歌は達成感でいっぱいだった。


「おおー、おめでとう!」


そう言って蒼芽は小さく拍手する。


「あ、ありがとう……ふふ……」


そんな大層なことでもないのに、祝福してくれる蒼芽。

しかもあまり大仰にせず、教室の喧騒に紛れるレベルの拍手で注目を浴びないようにしてくれた気遣いに、詩歌は嬉しくなって笑みが零れる。


「じゃあ早速空メールとワンギリしてみて」

「から……めーる? わん……ぎり?」


だが蒼芽の口から出た聞き慣れない単語ですぐに頭の中はハテナマークで埋め尽くされた。


「あ、空メールってのは中身が何もないメールのことで、ワンギリは1コールだけして電話をすぐ切ることだよ」

「あ……ちゃんと、正しく登録できてるか……確認するって、こと……?」

「そうそう、そういうこと。アドレスのスペルミスとかよくあるからね」


納得した詩歌は、早速蒼芽に電話をかけてみる。

しばらくして蒼芽のスマホの画面が着信を知らせる表示に変わった。


「うん、間違ってなかったみたいだね」


そう言って蒼芽は今来た着信通知から連絡帳に登録する。

続いてメールも送ってみたが、特に問題なく届いた。


「よし、これで大丈夫だね! あ、そうそう、詩歌はチャットアプリ入れてる?」

「ちゃっと……?」


また聞き慣れない単語に詩歌は首を傾げる。


「えっと、ちょっと画面見させてもらって良い?」

「う、うん……」


蒼芽の言葉に詩歌は頷いて画面を見せる。


「……あ、うん、入ってるね」

「多分……お姉ちゃんが入れてくれたんだと思う……最初に必要なことはやってくれたから……」

「あ、そうなんだね。じゃあこの緑色のやつが、私がさっき言ったアプリだよ」

「これで……何ができるの……?」

「電話もできるし、文字でのやり取りもできるよ。基本的には無料だから連絡はこれでやるのをお勧めするよ」

「そ、そうなんだ……」


と、そこで朝のホームルームの時間を知らせるチャイムが鳴った。


「あ、ホームルームが始まるね。それじゃ今日も授業頑張ろうね!」


そう言って蒼芽は自分の席に戻っていった。


「…………」


蒼芽がいなくなった後、詩歌は自動で消灯された自分のスマホの画面を見る。

その真っ暗な画面には、先程までとは違い、穏やかな表情になった自分の顔が映っていた。


(…………やっぱり、舞原さんは凄いなぁ……)


自分は本当に良い人と友達になれた。

まだ最後の1人の問題は解決していないものの、心は大分軽くなったのを実感する詩歌であった。

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