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第2章 第11話

「あー美味しかったー。普段購買ばっかりだけど、たまには学食も良いね」


昼食を食べ終えて2年の修也たちとは別れた後、自分たちの教室へ戻る蒼芽と詩歌。


「そ、そうなんだ……わ、私は……いつもお弁当だから……」

「あ、そうそう! 今日のお弁当も美味しそうだったよね。あれも詩歌の手作り?」

「う、うん……」


先の宣言通り、呼び方を『米崎さん』から『詩歌』へと変えている蒼芽。

そのことに対し変なくすぐったさを感じながらも詩歌は頷いた。


「爽香さんと仁敷さんのも? 見た感じ詩歌のお弁当と似てた気がしたけど」


それに付随して、蒼芽は爽香の事も『爽香さん』と呼ぶようになった。

ただ、彰彦に関しては普通に苗字呼びである。

先程自分でも言っていたが、いくらフランクな性格をしているとはいえ、男を名前呼びするのは修也だけのようだ。


「うん……お姉ちゃんはいつもの事だけど、アキ君は……巻き込んじゃった事のお詫びで……」

「ふーん……ところでさ、詩歌は仁敷さんとは普通に話せるんだね? 呼び方も愛称呼びだし」

「そ、それは……流石に10年以上、付き合いがあるから……」

「あー、そう言えば幼馴染って言ってたね」

「う、うん……ところで、舞原さんも……土神先輩とは、すごく……仲、良さそうに見えたけど……」

「うん、仲良くさせてもらってるよ」

「と言う事、は……舞原さんも、土神先輩とは、付き合い……長いの?」

「えーっと……まだ1週間経ってないよ?」

「え……えぇっ!!?」

「先週の木曜日からで今日は火曜日だから……今日で6日目だね」


蒼芽の発言に衝撃を受ける詩歌。

詩歌からしてみれば、知り合ってまだ1週間も経ってない男とあそこまで仲良くできるのは衝撃以外の何物でもない。


「ど、どうやったら……そんな短い期間で、あんなに仲良く、なれるの……?」

「んー……シンプルに相性が良かったってのもあるんだろうけど……私、人付き合いって鏡みたいなところがあるって思ってるんだよね」

「鏡……?」

「うん。自分が友好的なら相手も友好的に。自分が敵対的なら相手も敵対的に……ってね」

「あ……言われてみると、確かに……」

「だから私は仲良くしたい人にはまずは自分から仲良くするようにしてるんだ」

「そ、そうなんだ……」

「まあやりすぎると八方美人みたいになってあまり良い感じはしないけどね」

「……怖くは、無いの……?」

「少なくとも修也さんに関しては全く怖くなかったよ。事前にお母さんから話は聞いてたからね」

「へ、へぇ……凄いなぁ、舞原さんは……」


自分とは違いコミュ力が半端なく高い蒼芽に尊敬の眼差しを向ける詩歌であった。


「ちなみにこれは、私が勝手にそういうものだと思ってやってることだから、正しいとは限らないよ?」

「え……?」


蒼芽の言葉に首を傾げる詩歌。


「……でも、実際に……舞原さんは、それでうまくいって……」

「私がうまくいってるからって、他の人もうまくいくとは限らないよってこと」

「あ……」

「詩歌には詩歌に合うやり方があると思うな。だから無理に私に合わせなくても良いんだよ?」


蒼芽にそう言われ、詩歌は焦っていた気持ちが落ち着くのを感じた。


(そうだよね、別に舞原さんみたいにならなくても良いんだよ。それに私には無理だよ、きっと……)


蒼芽のやり方は、まず蒼芽のようなコミュ力の高さが大前提である。

人と話すのが苦手な詩歌では前提の時点で躓いてしまう。


「それに、修也さんが詩歌の事誉めてたよ?」

「えっ……!? つ、土神先輩が……わ、私の事、誉めっ……!?」


突然の事に詩歌は理解が追い付かない。

頭の中は真っ白に、そして顔は真っ赤になって慌てふためく詩歌。


「そ、そのっ……わ、私が、誉められる事なんて、何も……!?」

「話すのが苦手なのに、ちゃんとお礼を言いに来たって」

「あ……そ、それは……危ないところを、助けてもらったから……」

「うん、それに対して詩歌はお礼を言おうと思って私に声をかけてきたんでしょ? それを評価してるんだよ、修也さんは」

「あ、あぅ……」


蒼芽の言葉に対して、顔を真っ赤にさせて俯く詩歌だが、表情は嬉しそうである。


「よ、良かった……先輩に、変な子だと思われなくて……」

「大丈夫大丈夫。修也さんはそれくらいじゃそんな事思わないよ」

「そ、そう……かな……?」

「そうだよ。私なんてお母さんにもっととんでもない事吹き込まれたからね……」

「え……」


どこか遠くを見るような目をしている蒼芽に、詩歌はかける言葉が見つからない。


「それに比べたら、詩歌のなんて可愛いもんだよ……」

「え……えっと……ありがとう……?」


とりあえずお礼を言う詩歌。それで合ってるかどうかは分からないが。


「まあそれはともかく、修也さんは優しい人だよ。詩歌もそれは分かったんじゃないかな?」

「う、うん……! それは……私も、そう思う……!」


蒼芽の問いかけに対し、詩歌にしては珍しく強い口調で同意する。

自分が困っているところに助けに来てくれて、詰まってばかりのグダグダなお礼もきちんと聞き入れてくれて、しかも誉めてくれた。

これを優しい人と評しなくてどうすると言うのだろうか。

もう詩歌は、修也に対しては怖いという感情は全く湧かなくなっていた。

初めは何故なのか疑問だったが、今なら納得できる。


(でも、面と向かって話せるかって言われたら……はぅ~~…………)


修也の顔を想像して、頬を紅潮させる詩歌。

修也限定で苦手意識は消えたものの、あがり症についてはまだまだのようだ。


「……良かった、修也さんの事を良い風に思ってくれる人が増えて」


詩歌の返事を聞いて、蒼芽は軽く笑みを浮かべて到着していた1-Cの扉を開ける。


「……え? それって、どういう……」


蒼芽の言葉を不思議に思った詩歌が、意味を問いただそうとした時……


「あっ! 帰ってきた!!」

「待ってたよー! 舞原さん、米崎さん!!」


教室内にいた生徒全員の視線が蒼芽と詩歌に集まった。


「ひぃっ!!?」


確かに詩歌は修也への苦手意識が無くなった。

しかし逆に言えばそれだけなのだ。他は何も変わっていない。

もちろん男への苦手意識も変わっていないのだ。

それに加えて大量の視線が自分に注がれるなんて経験のしたことの無い詩歌は、悲鳴を上げてすくみあがる。


「あ、何かデジャヴ……」


それに対して蒼芽は少し前に同じような経験をしている。

当然次に起こることも予測できる訳で……


「やっぱり米崎さんも土神先輩と知り合いだったんだね!」

「さっき学食で一緒にお昼食べてるの見たよ!」

「いつ知り合ったの? どこで知り合ったの!?」

「なぁなぁ、今日土神先輩は何食べてたんだ?」

「や、やっぱりこうなるんだね……!」

「あ、あぅあぅあぅ…………」


蒼芽の予想通り、クラスメート全員による質問責めが始まった。

詩歌はもう完全にテンパっていて、目を回している。


「み、みんな落ち着いて! お姉さんがクラスメートだからその流れで一緒に食べただけだよ!」


テンパっている詩歌の代わりに蒼芽が対応する。


「あ、そうなんだ。身内がクラスメートとか羨ましすぎる!」

「それと、何食べてたかなんて知ってどうするの?」

「そんなの決まってるだろ?」


蒼芽の質問に対し、聞いてきた男子生徒が当然とばかりに答える。


「明日同じものを食べるためだ!」

「あ、ずるい! 俺も!」

「私も!!」

「え、えええぇぇぇ……」


蒼芽と詩歌以外のクラスメート全員が、自分も自分もと手を挙げる。

その光景に蒼芽は呆れて言葉を失う。


「で、土神先輩は何を食べたんだ?」

「か、唐揚げ定食……」

「よっしゃ! じゃあ俺も明日は唐揚げ定食だ!!」

「俺も!」

「私もー!!」

「な、何かミーハー度上がってない? これ……」


アイドルの重度のファンみたいな言動をするクラスメートを見て呆れる蒼芽。


「あぅあぅ……」


ちなみに詩歌はまだ目を回していた。


「……あ、でも私、全部食べられる自信無い……」


クラス中が大騒ぎする中、そんな小さな声が聞こえてきた。


「今の声は……佐々木さん?」


蒼芽はその声に聞き覚えがあった。

クラスの中で一番背が低い女子生徒の佐々木さんだ。

黒髪のショートボブで、一番小さいサイズの制服でも彼女には大きいらしく袖が余ってしまっている。

そして見た目通りの小食らしく、普通のサイズの定食でも食べ切る自信が無いという。

それでも諦めるつもりは無いらしく、どうすればいいか必死に考えている。


「……だ、だったらさ、食べ切れない分は……ぼ、僕が食べてあげる!」

「……えっ?」


そんな佐々木さんに声をかけたのは、男子生徒の中で一番背が低い(それでも蒼芽よりは高いが)陣野君だ。

少しでも背を高く見せたいのか、ヘアワックスを使って赤い髪を逆立てている。

陣野君も佐々木さん同様制服がぶかぶかだ。

しかしこれは、今は成長期だから敢えて大きめの制服を着ているんだ、と以前本人がそう言っていた。

そんな陣野君は佐々木さんの前に立ち、いっぱいいっぱいの様子で語りかける。


「僕、こんな小さなナリだけどさ、いつかは土神先輩みたいな大きい男になりたいんだ!」


(いや、修也さんは特筆するほど大きいわけじゃないけど……多分平均よりちょっと上くらいだと思う)


蒼芽が心の中でツッコミを入れる。

口に出すような野暮な真似はしないが。


「だから今の僕にできることはいっぱい食べることだと思うんだ!」


(……ただ、たくさん食べれば良いってわけじゃあ……ちゃんと、栄養バランスも、考えないと……)


何とか復帰した詩歌が心の中で呟く。

割って入る勇気が無いので口には出さないが。


「だ、だから佐々木さん……! 明日からは……僕と一緒に、お昼ご飯を、食べませんかっ……!?」


まるで告白するかのようなテンションで佐々木さんに頭を下げて手を差し出す陣野君。


「う、嬉しい……! ありがとう、陣野君……! よろしく、お願いします……!」


そんな彼に対して佐々木さんは、瞳に涙を浮かべながらも、笑顔でその手を握った。


(……え、良いの? アレで)


蒼芽は呆然としながらその光景をぼんやりと見つめていたのだが……






ウオオオオオォォォォォ!!!






物凄い歓声が教室内に響き渡った。


「ひっ!?」


急な大音量に、詩歌が縮こまる。


「やるなぁ陣野! クラスの皆がいる所で公開告白とはな!」

「大した男気だよ、見直したぜ!!」


陣野君は男子生徒に揉みくちゃにされ……


「良かったね佐々木ちゃん! 前から陣野の事気にしてたもんねぇ!!」

「事ある毎にチラチラ見てたよね。いやぁ良かった良かった! 見てたこっちはずーっとやきもきしてたんだからね!!」


佐々木さんの所には女子生徒が群がってきた。


「う、うんっ、ありがとう……えへへっ」


佐々木さんはとても嬉しそうに笑っている。


「……え? 告白って……え?」


ただ、陣野君の方は何やら唖然としている。

実は、陣野君は純粋にただ佐々木さんが食べられないなら代わりに貰おうと思っただけなのだ。

そこには下心など無く、本当に親切心だけ。

陣野君には小さい弟や妹がいて、食べきれなかったおかずを代わりに食べる事が何度かあった。

今回もそんな感覚だったのだ。

そしていっぱい食べて大きくなりたいというのも本心である。

ならば佐々木さんが毎回昼食を残してしまうなら自分が貰おう、となったのだ。


(自分はいっぱい食べられて、佐々木さんは無理せず土神先輩と同じメニューが食べられる。フードロス削減にも繋がる! 一石三鳥!!)


……と、陣野君は考えたんだとか。

しかし蓋を開けてみれば自分が想像していたのとは全く違う展開になってしまった。

ただまぁ、佐々木さんはとても嬉しそうなので悪い気はしない。

そして偶然とはいえ、可愛い彼女もできた。

昼ご飯の件は本当にただの親切心だが、陣野君も佐々木さんの事は多少なりとも好ましく思っていた。

それが小さい者同士のシンパシーなのかそれ以上の感情があったのかは分からない。


(…………うん、成り行きに任せとこ!!)


結論。陣野君は流されることにした。


「にしても、やっぱり土神先輩は凄いな!」

「そうね、なんたってカップルひと組成立させちゃうんだもの!」

「俺も恩恵にあやかりたいぜ!!」

「陣野君、今度一緒に土神先輩にお礼言いに行こうね?」

「え? あ、うん、そうだね……」


そして再び修也を賞賛する声があがり始める。


(……うん、陣野君と佐々木さんについては修也さんは関係無いと思う)

(…………土神先輩は、何もしてないと思うんだけど……)


クラス中が興奮と熱気に包まれる中、蒼芽と詩歌だけは冷静にそんな事を考えていた。



「という事がありまして……」

「いや意味が分からん! 何でそんなことになってんの!?」


放課後、校門の前で蒼芽は修也を待っていた。

程なくして修也が学校から出てきたので声をかけて一緒に帰る。

その道中で先程の出来事を修也に話した。

その答えがコレである。


「とりあえず陣野君と佐々木さんはおめでとう! でも、俺全く関係無いと思うな!!」

「ですよねぇ……とりあえず修也さん、明日は私と一緒に購買に行きませんか? 多分学食は大変な事になってますよ?」

「だろうなぁ……分かった。購買がどんな所か気になってた所だし、明日は購買に行こう」

「やったっ! じゃあ明日午前の授業が終わったら学食棟の前で待ち合わせしましょう」

「了解。にしても、段々酷い事になってないか? 蒼芽ちゃんのクラス……」

「あ、あはは……全く否定できません……」


修也のぼやきに蒼芽は引きつった笑いを浮かべながら帰り道を歩くのであった。

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