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第2章 第9話

「それでは行ってきます」

「行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


翌朝、修也と蒼芽は紅音に見送られて学校に向かう。

このやり取りはまだ片手で数えられるほどしかしていないが、少しずつ慣れてきたような気がする。


「昨日のパジャマパーティー、楽しかったですね、修也さん」

「そうだなぁ、貴重な経験だったよ。それにしても、まさか俺に女性に興味が無い疑惑が立つとは……」

「そ、そこまでは言ってませんよ!?」

「そりゃあ引っ越してくる前までは浮いた話の欠片も無いような生活だったけどさ……と言うかそれ以前の問題か」

「引っ越す前の修也さんの周りにいた人たちはもったいない事をしましたねぇ」

「……え? そ、そうかな?」

「そうですよ。今の私のクラス、もうずっと修也さんの事で話題が持ちきりですよ?」

「そ、それはそれで落ち着かない……蒼芽ちゃんのクラスだけに留まっているのがせめてもの救いか」

「まあ一過性のものでしょうけど、今の修也さんは、扱いがアイドルとかヒーローとか、そのくらい凄いんですよ」

「へ、へぇー……」

「一部では神扱いされてましたよ」

「神!? それは行き過ぎ! 変な宗教でも興す気か!?」


自分の知らない所で自分の評価がうなぎのぼりになっていることに焦る修也。

今までが今までだったせいで非常に落ち着かない。


「極端すぎるだろ……俺は普通が良いんだよ、普通が」

「あはは……なのでそんな修也さんに同性が好きだという噂がたとえ事実無根だとしても流れるのはよろしくないので……」

「ああ、スキャンダル的な意味でな」

「…………あと、個人的にも」

「ん? 何か言った?」

「い、いえっ! ただの独り言です! 気にしないでください!」

「? ……まぁそれは置いといて、もし実際に俺にソッチの気があったらどうする?」

「え? あるんですか?」

「ねーよ!? 仮定の話だよ!」

「んー……その場合は力づくで矯正、ですかね?」

「物騒!!」

「社会的に理解が得られつつあるというのは分かってますけど、個人的にはちょっと……」

「あーまぁ、言いたいことは分かる」


一般論としてそういう嗜好の人がいるというのは理解できるしそれをとやかく言うつもりは無いが、身近にいるとなると話は変わる。

つまりはそう言うことなのだろう。


「にしても、俺のこの『力』は平気なのにそっちはダメなのか」

「それこそ個人の嗜好の問題ですよ。それに修也さんの『力』は、どちらかと言うと特技の話ですから」

「……特技」


蒼芽にそう言われ、修也は自分の手を見下ろす。

今までこの『力』を見た人たちは口をそろえて『化け物』『怪物』『異常』と囁いていた。

もちろんそこに良い意味など微塵も無い。

時々尊敬や畏敬の意を込めてそのような言葉を使うこともあるが、修也の場合は明らかにそうではない。

そこにあるのは恐怖と侮蔑だけだ。

それに慣れてしまった修也は、自分の評価を下に見てしまう癖がついていた。

しかしこの町に引っ越してきてからは、そんな人はあの黒ずくめの男以外は誰もいない。

特に一番近くにいる蒼芽は、『力』の事を知っても態度が一切変わらない。

しかも特技の一言でまとめたのだ。


「……俺さ、この町に引っ越してきて、そして蒼芽ちゃんに出会えて本当に良かったと思う」

「え、どうしたんですか急に」

「理解者がいるってことが知れたからな」

「……はい。私は何があっても、絶対に、修也さんの味方です」


改めて蒼芽はそう宣言して、修也の横に並んで学校への道を歩くのであった。



通学路を進むにつれ、同じ学校へ向かう生徒の数が増えてきた。

学生だけでなく、会社に向かうサラリーマンと思わしき人もいる。

中には修也たちとは反対方向へ向かう人も少なからずいる。


「昨日も思ったけど、結構人通り多いよなこの辺」

「駅が近いですからね。そこに向かってる人たちでしょう」

「なるほど、それで俺たちとは反対方向へ向かう人もいるのか」


学校は舞原家とは駅を挟んで反対側にある。

なので、駅を通り過ぎた辺りで修也たちとすれ違う人も出てくるという訳だ。


「……っと、蒼芽ちゃん、ちょっと左寄って」

「え? あ、はい」


突然修也にそう言われた蒼芽は一瞬疑問顔をしたが、すぐに意図を理解して左に一歩寄った。

修也も同じ距離左に寄る。

するとまもなく、修也がさっきまでいた位置を反対方向に歩いてきた人が通過した。

二人が横に寄っていなければぶつかっていただろう。


「……よし、もう良いかな」


通り過ぎて行ったのを確認して、修也は元の位置に戻る。


「危なかったですね。ぶつからなくて良かったです」

「蒼芽ちゃんが俺の意図を察してすぐ左に寄ってくれたお陰だ」

「いえいえそんな……それにしても今の人、そこまで混んでる訳でもないのにぶつかりそうになるって……それに避ける素振りすら見せませんでしたけど……」

「蒼芽ちゃん、良い観察眼だ。あれは多分わざとぶつかりに来てた」

「えっ?」


修也の言葉に驚く蒼芽。


「わざとぶつかって難癖つけて金品を巻き上げようとしてたんだと思う」

「普通にカツアゲじゃないですか……」

「現にすれ違いざまにこっち睨んできてたからな。意図的だったのは明白だ」

「もしぶつかってたらと思うと……怖い話ですね」

「まぁめんどくさい話になるよな。でも大丈夫、蒼芽ちゃんの事は俺が守ってみせる」

「えっ……」

「何があっても俺の味方って言ってくれたからな。それに報いる為にも、な」

「……ありがとうございます、修也さん」


修也の言葉に、少し頬を赤く染めて微笑んで返事をする蒼芽。


「そういや『人にぶつかる』で思い出したんだけどさ、どっかの国の研究で、色んな国籍の人に道でぶつかってどんなリアクションを取るかって統計をまとめたっていう物があるらしいぞ」

「へぇー、なんか面白い研究ですね」

「怒ったり逆に謝ったりスルーしたり……反応は色々あったらしいけど、その反応の割合はそれぞれの地域で偏りが出たんだって」

「怒りやすいとか全然気にしないとか、そういうお国柄ってやつなんでしょうか?」

「かもな。ただ、その研究を進めるにおいて、日本人を相手にした時だけはかなり難航したらしい」

「え、どうしてですか?」


蒼芽は修也の言葉に疑問を呈する。


「避けるんだよ日本人は。こう、ぶつかる直前にスっと」

「あぁ、なるほど……現に修也さんもさっき避けましたもんね」

「ぶつかった時のリアクションのデータが取りたいのにぶつかれない。だから苦労したんだってさ」

「それは確かに……」

「研究チームの中には『あの身のこなし……やはり日本人はニンジャの末裔なんだ!』とか言い出す奴もいたらしい」

「えぇー……なんかその人の中の日本人像を知りたい様な知りたくない様な……」

「たまにいるらしいぞ、忍者に変なリスペクト抱いてる外国人」

「一部の日本人がヨガに変なイメージ持ってるのと似たような感じですかね? 手足が伸びたり火を吹いたり……」

「それは何か違う気がする……ってか蒼芽ちゃんよく知ってんなそんな事」


そんな雑談をしながら修也と蒼芽は学校へと足を進めた。



その後は特に変わった事は何も無く学校についた。


「それでは修也さん、今日も頑張りましょうね」

「ああ、蒼芽ちゃんもな」


階段で蒼芽と別れ、修也は自分の教室へ向かう。

初めてこの学校に来た時は間取りが意味不明で迷ったものだが、一度覚えてしまえばなんてことは無い。

とりあえずしばらくの間は先日のように校舎内で迷子になるということは避けられるだろう。

程なくして自分の教室に着き、修也は中に入る。


「よぅっ、土神」

「おはよう、土神君」


先に来ていた彰彦と爽香が修也に声をかけてきた。


「おはよう二人とも。来るの早いんだな」

「いやぁ、俺たちも今さっき来たばかりだよ」

「ところで土神君、今日のお昼も学食で良いわね?」

「朝来て早々昼の話かよ……しかも決定事項かのように」

「別に良いじゃない。早い方がスケジュールに空きもあるでしょうし」

「確かにそうだけどよ……購買がどんな所なのかもちょっと気になってたんだけどなぁ」

「それは今度で良いじゃない。それじゃ、よろしくね」


そう言って爽香は席を立ち、他のクラスメートの所へ行った。


「……俺まだ返事してないんだけど」

「爽香はちょっと強引なところがあるからな……」

「で、何の意図があるんだこれ? 転校生の俺が早く学校に馴染むようにっていう配慮?」

「それが無い訳じゃないだろうけど、爽香の主目的は別の所にある」

「と言うと?」

「ほら、詩歌いるだろ? 爽香の妹の」

「ああ、昨日の……」


彰彦に言われ、昨日蒼芽と一緒に来た女子生徒を思い出す修也。

背丈はほぼ蒼芽と同じだが、随分と華奢で控えめな印象だったのを覚えている。


「昨日放課後にちょっとだけ話したよ。それがどうかしたのか?」

「そう、その『話した』ってのが結構重要なポイントなんだ。詩歌は人見知りが強くて、特に男とはまともに会話ができないんだ」

「ふーん……?」


彰彦の言葉に相槌を打つ修也。


(そう言えば蒼芽ちゃんも、人と話をするのが苦手って言ってたな)


修也は昨日蒼芽が言っていたことを思い出す。

一言お礼を言うだけなのにやたら言葉に詰まり、吃っていた。

それでも最後まで諦めずにキチンとお礼を言ったことから、修也の詩歌に対する心象は割と良い方である。


「そんな詩歌が自分から話しかけに行こうとした。これは詩歌の男に対する苦手意識を和らげるきっかけになる、と爽香は考えたわけだ」

「まぁ分かるような分からんような……」

「その第一段階として昼食を一緒に食べさせよう、と言うことで土神に昼の予定を聞いたんだ」

「はぁ、なるほど……」

「……と思う」

「予測かよ!」


そこまで事細かに解説しておいて彰彦の想像だったのか、と修也は突っ込む。


「でも9割9分これで合ってるぞ」

「高っ!?」

「何年爽香の幼馴染やってると思ってんだ? これくらいは簡単に分かる」

「重みが違うなぁ、言葉の」

「まぁ詩歌の男に対する苦手意識については俺も思う所があったからな。無理のない範囲で克服させてやりたいとは思う訳よ」

「……大丈夫なのか? 昨日のマイペースっぷりを見る限りだと不安が拭いきれんが」

「……それを抑えるのが俺の役目だ」

「お、おぅ……?」


更に重みを増した彰彦の言葉に何も言えなくなる修也。


「……という事だから、悪いようにはしないから協力してくれないか?」

「まぁ……俺に何ができるか分からんが、それでも良いってなら……」

「助かるよ。これで詩歌がちょっとでも男に対する苦手意識が和らげば万々歳だ。それに付随して爽香に振り回される事も減って俺の精神衛生は保たれる」

「……なんかそれが一番切実のように聞こえるが」

「否定はしない」

「よく分からんが、仁敷も苦労してるな……」

「……それはさておいて、土神の方は変に気負わないで普通にしてくれりゃ良い」

「とりあえずは分かった」


そこでホームルーム開始のチャイムが鳴りだしたので、彰彦との会話を打ち切る。

爽香も自分の席に戻ってきた。


「やーやー諸君、おはよう! 昨日はいい夢見たかな?」


チャイムが鳴って1分もしないうちに陽菜が教室にやってきた。


「いやー、昨日はついつい熱くなっちゃったね。しかし充実した時間だったよ!」


そういう陽菜の顔は妙に艶がかかっているように見える。


「白峰さん、黒沢さん、また熱く語り合おうねっ!」

「喜んで。陽菜先生のまたのご来訪をお待ちしておりますわ」

「また下校時刻ギリギリまで語り合いましょうぞ、ドゥフフフフ……」

「……下校時刻ギリギリまでやってたのか、アレを」

「考えるな土神。考えたら負けだぞ」

「それじゃあホームルーム始めるよっ! とは言っても今日は特に連絡事項は無いから……」

「じゃあこのまま1限の授業か」

「時間いっぱいまでブルマの素晴らしさを布教するよっ!」

「なんでそうなるっ!?」


堪らず修也はツッコミを入れる。


「およ? どうした土神君。朝から元気だねぇ」

「隙あらばブルマをねじ込んでこないでくださいよ」

「好きなものだけに? ……って、やかましいわ!」

「誰がうまい事言えと……いや、別にうまくもないけど」

「でもねぇ土神君、好きなものを好きだと言えるって、思ってるより難しいし、大事なことなんだよ?」

「そうですわよ土神さん。陽菜先生の言う通りですわ」

「もしかしたら自分の嗜好は一般的には受け入れられないものかもしれない。そう考えるとどうしても踏み出す勇気は持てませぬからな」

「…………」


陽菜と白峰さんと黒沢さんに言われ、修也は考え込む。

自分の『力』の悩みと似通った部分があったからだ。

この『力』が一般的に受け入れられるかは分からない。

引っ越してくる前の時のようにまるで腫物のような扱いを受けるかもしれない。

そう思うとなかなか打ち明ける勇気は持てなかった。

蒼芽や紅音に話したのも、もう隠し通すことはできないという所まで来たから仕方なく、という背景がある。

二人は何事もなく受け入れてくれたが、他の人も同じだとはとても思えない。

なので修也は今後も『力』の事は極力伏せていくつもりだ。

そう考えると好きなものを好きだと隠そうともせず全力で公開しているこの三人は凄いのかもしれない。


「だからさ、ソッチの気があるってことも隠さなくて良いんだよ、霧生君!」

「なっ!? えっ、お、俺!? はぁ!!?」


急に話を振られ、しかもありもしないレッテルを貼られて慌てふためく戒。


「いやぁ意外だったよ。霧生君にそういう趣味があったとはねぇ」

「いや無いですよ! 誰だそんな根も葉もない事言ってるのは……!」

「…………うふふふ」

「…………ドゥフフフ」

「やっぱアンタらかーーーー!!!」


意味深に笑う白峰さんと黒沢さんに詰め寄る戒。

今日も2ーCは騒がしく始まるのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ゆるゆると進んでいく日常的なお話ですね、読み進めていけばコメディ要素たっぷりでした! 主人公修也の前の生活はあまり良い環境では無かったですが、新しい場所では個性豊かな登場人物に振り回される…
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