第7章 第21話
「……へぇー、それじゃあ今は土神くんと瑞音ちゃんたちは放課後皆で勉強会やってるんだね」
翌日の昼休み、屋上で昼食を食べながら華穂が聞いてくる。
「メインの目的は低すぎる霧生の成績を押し上げる為だけどな……」
「そのまま放っておいたら赤点くらって補習になって今度の旅行に1人行けなくなる可能性がありますので」
それに補足を入れる修也と瑞音。
「でもそれだったら補習の無い日に予定を組めば?」
「そこまで優しくしてやる義理は無いですよ姫本先輩。アイツの為になりません」
「で、でも……霧生先輩が赤点を取らないように……土神先輩たちが何とかしてあげようとしてるのは、十分優しいことかと……」
「まぁ置いてけぼりにするのは寝覚めが悪いからな……美穂さんにもなんか悪い気がするし」
詩歌の言葉に修也は頭を掻きながら誤魔化すように答える。
「ねぇねぇところでさ、その勉強会って私も参加して良い?」
「え? 先輩も参加したいのか?」
「『も』?」
「いや、昨日蒼芽ちゃんも参加したいって言いだしてな」
「私、1人で黙々と勉強するのってなんだか苦手なんですよ。なので参加させてもらえたらなぁー……と思いまして」
「あ、あの…………舞原さんが参加するなら、私も……」
蒼芽が参加したがってると聞いて詩歌もおずおずと手を挙げる。
「え? 大丈夫か詩歌? 俺たちがメインだから2年ばっかりだけど」
蒼芽や華穂は社交性が高いから平気だろうが、詩歌はそうではない。
人見知りの強い詩歌には荷が重いのではないかと修也は思ったのだが……
「え、えっと……舞原さんや土神先輩がいるなら……それに、お姉ちゃんやアキ君も……いるんですよね……?」
「あぁそうか。それに他のメンバーも知らない顔じゃないもんな」
いくら詩歌でも実の姉や幼馴染相手なら平気だろう。
それにこうやって何度も昼食を食べたり色々遊びに行ったりして人見知りも緩和されてきているようだ。
「ただ俺の一存で決めるわけにはいかないから、一応他の面子の意見も聞いてからな」
「まぁ十中八九大丈夫だろ。別クラスの私だって参加してるわけだし」
「別クラスと別学年じゃ事情が違う気もするがな……まぁでも特に問題は無いとは俺も思うけど」
昨日塔次がやったのは勉強する気にさせるよう啓発しただけだ。
その後は各自で勉強するというスタイルだったので、別学年の蒼芽たちが混ざったところでどうということは無いだろう。
「ただ……昨日はあの2人が非常にやかましかったが……大丈夫かな」
「あぁ、あの2人な……」
そう言って修也と瑞音は昨日の勉強会の様子を思い出し頬を引きつらせる。
あの2人とは言うまでもなく白峰さんと黒沢さんだ。
塔次の話を聞いて非常にテンションの上がった2人は終始興奮状態で勉強会に臨んでいたのだ。
「……まあとりあえず話はしておくからまた放課後な」
「はい。修也さんの教室で良いんですよね?」
「確か2-Cだったよね。それじゃあまた後でねー」
丁度予鈴が鳴ったので華穂は立ち上がりそう言って校舎に戻り始める。
修也たちも続いてそれぞれの教室へ向かって歩き始めるのであった。
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「……まぁそういう訳で蒼芽ちゃんたちも来たいと言ってるわけだが」
「別に問題無いんじゃない? 学年が違ったらダメな理由なんて何も無いし」
「むしろそんなのがあるなら逆に聞いてみたいな」
修也の言葉に対して爽香と彰彦はさらりと返す。
「うむ、学年が違うことによって発生する問題はテスト範囲が違うという程度だからな。今回のように各自で勉強するスタイルなら何も問題は無かろう」
「ただ……華穂先輩だけ1年分先に進んでるから、分からないところが出て来ても教えることが」
「その程度なら俺ができる」
「……何となくそんな気はしてたけどさぁ……」
修也たちは2年なので3年のテスト範囲はまだ理解できないことが多い。
そんな懸念が修也の中にはあったのだが塔次がそれを速攻で叩き潰した。
「3年の勉強が分かるとか、お前なんでまだ2年やってんの?」
「日本の学校は飛び級制度があまり浸透していないからな。まぁ学習自体は学校に頼らずともできるから焦る必要も無い」
「……じゃあ何で高校通ってんの? 俺も詳しくは知らんけど高卒認定とか取れば良いんじゃね?」
「うむ、高卒認定を取ることも不可能ではない。だがそれでは勉強以外のことは体験できないだろう」
「勉強以外……?」
「例えば先日の球技大会とか学園祭とか……あとは今のように学友らと共に勉強会を開くなどもだな」
「言われてみれば確かに」
「いくら知識を積み重ねようが人との関わり合いを疎かにするようでは意味が無い。人間は集団を作り生活する生き物だ。1人では生きてはいけん」
「…………俺には何か心に刺さる言葉だな……」
塔次の言葉に修也は顔をしかめて呟く。
修也は引っ越し前は『力』のこともあり周りから爪弾きにされてきた。
ずっとそんな状態だったので次第に慣れていき、1人で生きていくのも何の問題も無いと思っていた。
しかしよくよく考えてみれば生活費を稼いでくれる父や家事をやってくれる母がいなくては生活はままならない。
引っ越し後の今となると特に、蒼芽をはじめとした周りの人がいない生活などとても考えられない。
「もしも飛び級していたりそもそも高校に通わず高卒認定を取っていた場合はまた違う未来もあったであろう。しかしそんなことを言っていてはキリが無い」
「まぁ確かにたらればの話をしても仕方ないよな」
「ん? タラのレバーが何だって?」
「…………」
ややSFチックではあるが割と良い話をしていたっぽいのに、戒の一言で一気に空気が変わってしまった。
「……お前は食い物か筋トレの話しかできんのか」
「そもそもタラのレバーって食えるのか?」
「食えるぞ? 『海のフォアグラ』と呼ばれていてアンコウの肝に似ている割に安価で一部界隈では人気だ」
「…………マジか」
修也と彰彦が苦言を呈するが、塔次の解説に唖然とさせられる。
「ほほぅ……流石氷室殿。そのようなこともご存じとは」
「飽くなき知識への探求心がなせる業ですわね」
「へぇー良い事聞いた! 今度美穂さんと食べてみるか!」
「……普通のデートじゃ敬遠されそうなチョイスだが……」
「……あぁ、コイツと美穂さんに置いてはその限りじゃないってのがな……」
黒沢さんや白峰さんに続いて真面目に関心している戒を見てげんなりとする瑞音と修也。
「あのー、修也さんからここで勉強会やってると聞いたんですけど……」
「そ、その……どうして、タラのレバーの……話を、してるんですか……? ちなみにタラのレバーは血抜きと臭み取りをしてから一口大に切って中に火が通るまで下茹でしてから冷やして刻みネギや紅葉おろしを乗せてポン酢をかけて食べるのが簡単かつ美味しいですよ」
「おぉー、流石詩歌ちゃん! タラのレバーなんて珍しい食材の調理方法も熟知してるんだね!」
そこに蒼芽たちがやってきた。
「ああ、よく来たな蒼芽ちゃんたち。やっぱ学年が違ってても別に何の問題も無いってさ」
「それは良かったです。で、どうして……」
「これが俺らのクラスの平常運転だ」
「は、はぁ……」
何故勉強会の場でタラのレバーの話が出ているのかを疑問に思った蒼芽だが、修也にそう言い切られて何も言えなくなってしまう。
「いやぁホント面白いね土神くんたちのクラスって!」
「何か毎度毎度変な方向に脱線してる気がするんだよなぁ……まぁ全員揃ったことだし今日の勉強会を始めるか」
「うむ、そうだな。では面子が増えたから改めて説明するが、肝要なのは勉強をしようという意思を持続させる気概だ。モチベーションと言えば分かりやすいか」
「モチベーション……ですか?」
「そうだなぁ、例えば……」
「黒沢さん黒沢さん! 私昨日帰宅してから調べたのですが、かの有名なミケランジェロも男性に向けた恋愛的な詩をいくつも残しているそうですわ!」
「なんとっ!? もしかしたらダビデ像製作の裏には我々垂涎の展開があったのかもしれませぬな! 『これも芸術の為……一糸纏わぬ生まれたままのあられもない姿を隅々まで私に見せてくれ』というような」
「ほああああああ!! 妄想がっ! 妄想が止まりませんわああぁぁぁ!!」
「ふぉおおぉぉ! テンション上がってきましたぞぉぉぉぉぉ!! もっと! もっと調べるのですぞ白峰殿ぉぉぉ!!」
「合点承知ですわあああぁぁぁ!! 世界の歴史に斯様な事象があったと知った以上私たちの情熱と書いて欲望と読むこの思いは止められませんわよおおぉぉぉ!!」
「…………この2人のようにな」
「これは大分特殊な例の気がするんですけど」
「あっははははははははは!!」
今日もテンション爆上げの2人を例に出す修也に蒼芽は突っ込みを入れ華穂は大笑いする。
「まぁこの2人は大分極端ではあるけど……同じやるなら気持ちは前向きの方が良いだろってことだ」
「うん…………そうだね。どうせなら楽しくやりたいのは分かるな……」
彰彦のまとめに頷く詩歌。
「へぇ、意外だな。詩歌は1人で静かに勉強するタイプだと思ってたが」
「あっ、いえ……どちらかと言うと、1人でやる方が集中できますけど……楽しくやるというのも、その……嫌いじゃなくて……」
それを聞いた修也の呟きに対して詩歌は慌てて訂正を入れる。
「お、詩歌も1人で黙々とやるのが苦じゃないタイプか。俺と同じだな」
「あ…………せ、先輩も……そうなんですね………………ふふっ、土神先輩と一緒…………」
修也と同じと聞いて詩歌は嬉しそうに微笑む。
「ほああああああ!? く、黒沢さん! これを見てくださいまし!!」
「如何なされた白峰殿ふぉおおおおお!! こ、これはあああぁぁぁ!!」
「ひぅっ!?」
だが突然奇声をあげた白峰さんと黒沢さんに驚きすくみ上ってしまう。
「オイそこの2人、ちったぁ自重しろ。今日は他学年の人間もいるんだから」
「2ーEでもこのクラスの評判は届いてるが、流石に学年を隔てるとな……」
「えっ、何それ。その評判の内容は何か聞きたいような聞きたくないような」
「……はっ!? それは申し訳ありませぬ。湧き上がる情動を抑えきれずついつい」
「しかし私たちのモチベーションを維持するためにはこれが一番効果的なのですわ。どうかご容赦を」
「自重する気無ぇのかよ……」
謝りつつも改める気の無い2人を見て修也はため息を吐く。
「それじゃあ仕方ありませんね……一緒に勉強しましょう修也さん」
「いや何でそう繋がんの?」
「だって私のモチベーションを維持させる一番良い方法がこれなんですもん」
「えぇ……」
真顔でそう言う蒼芽に修也は二の句が継げなくなる。
「あ…………じ、じゃあ私も……」
「あっ、私も私も!」
「いや詩歌はともかく先輩のテスト範囲の内容は俺はさっぱり分からんのだが」
「いーのいーの、近くにいるだけで良いんだよ! 土神くんが近くにいると何だか落ち着くんだよねぇ」
「ですよね、分かります姫本先輩」
「前々から思ってたけどどう考えてもおかしいだろそれ……」
また自分が癒し系的な扱いをされていることにげんなりする修也。
「確かにな。私は土神が近くにいても落ち着くといった感情にはならん」
「おっ、だよな? 良かったやっと普通の感覚のやつが」
「土神が近くにいると興奮と高揚感が湧き上がってくる……! 血沸き肉躍るとはこのことか」
「いやそれはそれでおかしい」
やっと癒し系以外の評価がもらえたことに喜びかけた修也だが、瑞音は瑞音でおかしなことを言いだしたことに突っ込みを入れる。
「それじゃあ机寄せますねー」
「あ……て、手伝うよ舞原さん」
そうこうしている間に蒼芽と詩歌が机を4つ向かい合わせになるように移動させる。
「……あ、ところで修也さん。ひとつ気になることができたんですが」
「ん、何?」
「あのお二方……白峰さんと黒沢さんのモチベーションを上げる方法は分かりましたし、それが最善の方法であることについては何も言う気は無いのですが……日本史と世界史以外で通用するんですかね?」
「甘いぞ蒼芽ちゃん。あの2人は無生物だろうと文字だろうとも組み合わせてテンション上げられるようなやつらだ。むしろそうできないものなんて無いんじゃないかな」
「え、えぇ……?」
「あ、そう言えば前に教えてくれたよね? ケチャップとマヨネーズとであはははははは!!」
修也の言葉を聞いて一例を挙げようとした華穂だがその途中で大笑いを始めてしまう。
「……これ華穂先輩の勉強妨害にならないか?」
「だ、大丈夫大丈夫。腹筋の鍛錬も一緒にやってると考えれば……!」
「敢えてそんなややこしい状況を作り出さんでも」
「ま、まぁ……集中力は付きそうですよ?」
蒼芽の言う通りこんな騒々しい環境下で勉強するとなるとそれなりの集中力が養われそうではあるが……
「……いるか? そんな集中力」
「あ、あはは……」
修也の一言に蒼芽は困ったような顔で苦笑することしかできない。
「じゃあアレだよ! マラソン選手が高地でトレーニングするように、負荷がかかってる状態を普通になるようにして本番にその負荷を外してパフォーマンスの向上を狙うってやつ!」
「理屈としては納得できなくも無いけど勉強でそれやる必要あるのかなぁ……?」
華穂の言うことに首を傾げながらも時間は限られているので修也は勉強の準備を始めるのであった。




