第7章 第17話
2日間の学園祭を終えて、今グラウンドでは後夜祭が行われていた。
グラウンドの中心ではキャンプファイヤーのような焚火が行われていて、それを中心に人だかりができている。
教師陣がテントを張り、飲み物や軽食などを配っている様子も窺える。
「……………………」
その様子を修也はグラウンド……ではなく校舎内で見ていた。
「どこに行ったのかと思えば、こんなところにいたのか」
「ん?」
そんな修也に呼びかける声がしたのでそちらを向く。
そこには瑞音が立っていた。
「おお、相川か。どうしたこんなところで」
「ちょっと忘れ物があってな。それにそれはこっちのセリフだ。こんなところで何やってんだよ」
問いかける修也に対し呆れた表情で返す瑞音。
「……いやぁ色々あった学園祭だけどもう終わりなんだなーって思ってな」
「……お前そんな感傷にふけるタイプだったか?」
「やかましいわ。前にも言っただろ、前の文化祭はとんでもなくつまらなかったと」
茶化すように言う瑞音に修也も軽い口調で応える。
「……それはどっちだ? つまらないから参加しなかったのか、参加しなかったからつまらなかったのか」
「……どっちかで言うならつまらないから参加しなかった、だろうな」
瑞音の問いかけに少し考えてから修也は答えた。
「正確に言うと『つまらないものになると分かってたから参加しなかった』だな」
「それは……前に聞いた『力』のせいで除け者にされていたってやつか?」
「まぁな。文化祭に限らずあらゆるイベントに参加できなかったんだよな」
「ヒデェやつらもいたもんだな。まぁ私の立ち位置からすれば何とも言えんが」
瑞音も修也と似たような『力』を持っている。
だから修也の気持ちは理解できても、修也を見る普通の人の気持ちは理解しにくい。
結局のところ、修也も瑞音も普通とは少し違うのだ。
「でも今の舞原をはじめとした周りの人たちはそんなことねぇだろ」
「ああ。だからこそ学園祭にも参加できたし」
「だな。お前のホスト姿を見た時は笑い過ぎて息ができなくなるかと思ったぜ」
「俺もお前のメイド姿を見た時は床を転がりたくなったわ」
お互いの学園祭での姿を思い出し笑い合う2人。
「ま、楽しめたのなら良いじゃねぇか」
「……俺が楽しんで良いのかって思いが無くはないんだがな……」
そう言って修也はグラウンドに目を向ける。
そこでは今も生徒や教師がこの2日を振り返り楽しそうに騒いでいる。
「訳分かんねぇこと言うやつだな……ダメな訳無ぇだろうが。どうせお前のことだから、自分が普通じゃねぇことを気にしてるんだろ」
「でも事実だろ?」
「んなもん気にしても仕方ねぇ。気にして事態が好転するなら話は別だがな。そもそもお前の周りは普通じゃねぇやつがうようよいるじゃねぇか」
「……まぁそうなんだが」
修也の周りには色々個性の強い面々が揃っている。
全くの普通と言えるのは彰彦くらいではなかろうか。
「……確かに『力』を目の当たりにしても誰も全く態度を変えなかったもんな。うん、何かスッキリした」
「ほら問題が解決したならとっととグラウンドに来い。2-Cの面子や舞原たちが探してたぞ」
「ああ、そうすっか」
瑞音の言葉に修也は頷き、並んでグラウンドへ向かうのであった。
●
「……あぁっ! 見つけましたわよ土神さん! 一体どこにいらしてたんですの!?」
「探しておりましたぞ! 先程陽菜教諭に後夜祭に参加すると言っていたのに姿が見えなかったので」
グラウンドに来た修也を見つけた白峰さんと黒沢さんが声をかけてくる。
「悪い悪い、ちょっと教室に忘れ物をしてた気がしてだな……結局忘れ物なんて無かったけど」
今まで爪弾きにされてばかりだった過去がフラッシュバックして何となく輪の中に入ることに抵抗があった……と正直に言う訳にも行かず修也は適当な理由を作る。
「あぁ確かにそういう経験はありますな。出かけた後ガスの元栓閉めたかどうか気になって家に戻ったは良いものの結局閉めてあっただとか」
「で、ガスの元栓はちゃんと閉まってたので再び出かけたら今度は玄関の鍵をかけたかどうか気になってまた家に戻ったけどちゃんと鍵はかかっていただとか」
「さらにブルマの並び順が違ってた気がして三度家に戻ったけどちゃんとマイベストポジションだったとか」
「それはアンタだけ……ってか複数あるもんじゃねぇだろ」
突然話に混ざってきた陽菜に修也は突っ込みを入れる。
「あら? 私は2つ持っていますわよ?」
「自分もですな。連日使う機会もあります故に1つでは洗濯が追い付きませぬ」
「……あ、言われてみれば俺も体育用の短パン2つ持ってるな……」
だが白峰さんと黒沢さんにそう言われ修也は考えを改める。
「そうそう、だから10着くらい持ってても何もおかしくないってことさ!」
「それはおかしい。持ちすぎだ」
「そんなこと無いよ。実用・保存用・布教用・予備のそれぞれS・M・Lを揃えれば普通にそれくらいは行くよ?」
「実用以外いるか? そもそもアンタには実用すらいらんと思うが」
「えー? 体育の時に使うじゃん。私体育教師だよ?」
「別に教師はブルマ穿かなくても良いと思うんだが?」
さも当たり前のことのように言う陽菜に修也はジト目で返す。
「それは別に穿いたって良いってことでもあるでしょ」
「だからって用途別とサイズ別で揃えんでも」
「そこからそれらを色別で揃えれば100は下らないし」
「明らかにいらねぇだろそんなに! そんな揃えて何する気だ!」
「分かってないなー土神君。揃えることに意味があるんだよ! コレクター魂っていうのかねぇ?」
「分かりたくねぇよそんなもん!! ……あ、いやコレクター魂の部分だけは分からんでもないような」
陽菜の言うことにいつものように突っ込んでいた修也だが、一部だけ理解できるところもあったので訂正する。
修也も小さい頃お菓子のおまけを集めていたことがあったからだ。
何とかコンプリートしたくてもなかなか揃わず、被ってしまったおまけがいくつも並んでいた記憶が呼び起こされた。
「しかしこれだけ揃えてるのに白いブルマだけ全然見つからないってのが謎だよ。世界の七不思議だよ」
「七不思議に謝れ。そんなもんと同列にすんな」
真面目に不思議そうな顔をしている陽菜に修也は再びジト目で突っ込みを入れる。
「さぁ今回の主役の土神君も来たことだし、2-Cでの後夜祭を始めるよっ!」
「おぉーーーーっ!!」
陽菜の声に合わせ、周りのクラスメイトから大きな掛け声が巻き上がる。
「……って、え? 俺が主役?」
「そりゃそうでしょ。1日目と2日目両方で貢献度1位だったのよ? 土神君がメインじゃなきゃ誰をメインに置くのよ」
「どっちもほぼ休憩なしで頑張ってたもんな。誰も異論は無いだろ」
呆気にとられる修也に爽香と彰彦が答える。
他のクラスメイトも同じ考えのようで、反対意見は出てこない。
「……で、主役と言われても何をすれば……」
「ん? 特に何も無いよ? それとも『アンタが主役』って書いたタスキでも欲しかった?」
「いりませんよ」
「じゃあ主役っぽく黄金に輝くブルマを」
「球技大会の時と同じじゃねーか! もっといらんわ!!」
「そうそう! この突っ込みこそ土神君だ! 皆ー、テンション上がってきたかー!?」
「おおおぉぉぉーーーっ!!」
陽菜の呼びかけに何故かさらにボルテージが上がるクラスメイトたち。
「こ、これが祭のテンションってやつなのか……恐ろしい……」
「そうともさ。これが祭ってものだよ! ……土神君には是非ともこの空気を味わってほしかったんだよね」
「え?」
陽菜の声のトーンが急に真面目になったのを感じ取り、修也は虚を突かれる。
「君がこの学校に転入してきてからというものの、君の周りではおかしな事件ばかり起きてきた。ほぼ被害ゼロで抑えたとはいえ、まだ高校生の君が背負うには重すぎる事象だよ」
「まぁ確かに……普通じゃ絶対に味わえない経験をしてきましたね」
今まで自分の周りで起きてきた事件を思い出して修也はげんなりとする。
ひったくりくらいならまだ分からなくもないが、他の事件はまず関わり合いになることすらありえないものばかりだった。
「いつか言ったと思うけど君はまだ学生だ。クラスメイトの皆と騒いだりイベントを楽しんだり、そういう思い出を増やすべきなんだよ。その為なら私はいくらでも全力を尽くすよ」
迷いなくそう言い切る陽菜。
確かに陽菜はこの学園祭の為に全力で宣伝活動をしていたと彰彦が言っていた。
今言った通り、それは修也だけでなくクラスの皆がこの学園祭を心の底から楽しめるようにという陽菜なりの努力だったのだろう。
「でもそれだと先生も大変なのでは?」
「何言ってんのさ。私は教師だよ? 生徒の為になるならそんなの大変でも何でもないよ」
修也の問いかけに陽菜は何でもないことのように言ってのける。
(……やっぱりこの人、教師としては超が付くほど優秀なんだよなぁ……)
それを見た修也はしみじみとそんなことを考える。
「……だからさ! 女子生徒のブルマを嘗め回すように見つめてもバチは当たらないんじゃないかな!?」
「当たるよ」
「それどころかダイレクトに頬擦りしてもワンチャン許される可能性が!」
「むしろ当たれよ」
だがおかしなことを主張しだしたのでジト目で突っ込む。
「ふぉぉぉぉぉ! やはり土神殿の突っ込みは天下一品ですなぁ!」
「全くですわ! ただ声を荒げるだけでない、要所をピンポイントでスナイプするその正確性! 他の誰にも真似できないものですわ!!」
それを見ていた黒沢さんと白峰さんから謎の歓声があがる。
(……ただ性格というか嗜好に難がありすぎる。それさえ直せば言うこと無しなのに)
そう思い内心でため息を吐く修也だが、真面目で品行方正な陽菜はそれはそれでつまらない気もする。
それに陽菜が型破りでフリーダムでなかったらここまで学校生活が愉快なことにはならなかったとも思う。
修也が求めていたのはごく普通のありふれた日常だったのだが、今となってはこれこそが修也にとっての日常となっているのだろう。
(……それだけ俺もここでの生活に慣れたってことなのかね)
思い描いていたものとは違うが、これはこれで悪くない。
修也はそう思い自然と口角が上がる。
「さぁ皆、祭はまだ終わっちゃいない! むしろこれからが本番だ! 気合入れていこうぜー!」
陽菜のテンションは留まるところを知らない。
それにつられ周りの生徒のテンションもさらに上がっていく。
「……やれやれ、今日くらいは普通に付き合うのも良いか」
修也はそう呟き、周りの熱い空気を楽しむのであった。
●
「…………あっ! 修也さーん!」
グラウンドをうろついていた蒼芽は修也の後姿を見つけて駆け寄る。
「おお、蒼芽ちゃん。君も後夜祭に参加してたのか」
「私、こういうのはとことん参加するタイプなので。詩歌は帰りましたけど」
「まぁ詩歌はあまりこういう騒がしいのは好きじゃないだろうしな」
「修也さんもあまりそういうのは得意じゃなかったと思うんですけど」
「……せっかくだし俺も祭の空気を味わいたくてな。ただ俺のクラスはテンション高くなりすぎてついていけなくなったけど」
「あ、あはは……それで1人で焚火を見ていたんですね」
修也の言葉に苦笑いを浮かべながら蒼芽は隣に立つ。
「今蒼芽ちゃんが言った通り、俺はやっぱり騒がしすぎるのはあまり得意じゃないみたいだしな。これくらいが落ち着く」
「えっと……それじゃあ私も邪魔しない方が良かったですか?」
「いや、そんなことは無い。蒼芽ちゃんはそばにいても全く邪魔だとは思わん」
「なら良かったです」
修也の言葉にどこかホッとした様子を蒼芽は見せる。
「そういや蒼芽ちゃん、今回は色々とありがとな。俺たちの出店に足を運んでくれたり昼休みに同行してくれたりして」
「いえいえ。修也さんのお役に立てたのなら嬉しいです」
「この学園祭は俺にとって間違いなく楽しい思い出になった。その半分以上は蒼芽ちゃんのおかげだと俺は思ってる」
「私も、修也さんのおかげで楽しかったですよ」
「うん…………なぁ、蒼芽ちゃん」
「はい、何でしょう?」
「…………」
修也は蒼芽に話しかけようとしたが、口に出す寸前で止まる。
「? どうしました?」
「いや……これからも楽しい思い出ができれば良いなー……ってな」
「ですねぇ。大丈夫ですよ。私だけでなく周りの皆さんもいるんです。絶対楽しい思い出がたくさんできますよ」
「だな。詩歌に華穂先輩、由衣ちゃんや相川……そしてクラスメイトとか学外の知り合いも含めると、今の俺の周りには良い人がたくさんいるんだもんな」
「はい。でも1番は私です。こればっかりは他の誰にも譲りませんよ?」
「ははは、それは心強い」
蒼芽の言葉に修也は軽く笑って応える。
(……やっぱずっと一緒にいてくれ……ってのは過ぎた願いだよな)
笑いながら修也はそんなことをぼんやりと考える。
以前似たようなことを言ったりプロポーズの真似事をしたりはしたものの、修也の中には、自分が居候の立場であるということが根強く残っている。
いずれは舞原家を出ることになるだろう。
そうなれば今ほど一緒にいるということは不可能になる。
(ならせめて、後悔しないように良い思い出をたくさん作るべき……なんだろうな)
修也は自分にそう言い聞かせはするものの、心のどこかで引っ掛かりのようなものを感じずにはいられないのであった。




