第7章 第8話
「それじゃーさー、せっかくだから選手宣誓もやろーよー!」
「……選手宣誓?」
「もしかして新郎新婦の誓いの言葉のことですかね?」
由衣の言い出したことに修也は首を傾げ、蒼芽はアタリをつけてそう推測する。
「あぁ……まぁ確かに新郎新婦役に加えて神父役までいるもんな」
「それじゃあ始めるよー! まずは新郎のおにーさん!」
横に並んでいる修也と蒼芽の正面に立った由衣が修也に向かって話し始める。
「おにーさんはー、元気な時もそうでない時もおねーさんと一緒に仲良く暮らすことを誓いますかー?」
「…………あぁ、誓うよ」
これはただ結婚式を模したものである。
だがそれを抜きにしたって蒼芽とはこれからも仲良く一緒に暮らしていきたい。
これは紛れもない修也の本心だ。
そう考えた修也は由衣の問いかけに頷く。
「じゃあ次、新婦のおねーさん! おねーさんは……えっとー、どんな時もおにーさんと一緒に仲良しで楽しく暮らすことを誓うよねー?」
「……うん、もちろんだよ」
何やら由衣流に改変が加えられているが、そこは今突っ込む所ではない。
そう思ったのか蒼芽は少しだけ間を置いてから頷いた。
「やったー! じゃあおにーさんとおねーさんと私はこれからもずっと仲良しだよー!」
「あれ、さりげなく由衣ちゃんが混ざってる」
「まぁ……間違ってはいないんじゃないですかね?」
しれっと自分を含めた由衣に苦笑する修也と蒼芽。
「じゃあ最後は私の番だねー!」
そんな2人をよそに由衣はそんなことを言いだした。
「……ん? なぁ蒼芽ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「こういうのって新郎新婦が誓いの言葉を言えば次に行くんじゃなかったっけ? 神父の番があるとか俺知らないんだけど」
「えーっと……私も知らないですね」
自分だけが知らないのであればただの世間知らずということになるのだが、蒼芽も知らないのであればそうではないのだろう。
恐らくこれは由衣独自のものだ。
「私はこれからどんな時もおにーさん・おねーさん・ありちゃん・ちーちゃん・華穂おねーさん・美穂おねーさんに他のお友達皆と仲良くすることを誓いまーす!!」
右手を高く挙げながらそう宣言する由衣。
「……本当に選手宣誓みたいになったな……」
「でも、凄く由衣ちゃんらしいですよ」
「あれ、私たちも入れてくれるの由衣ちゃん?」
「うんっ! もちろんだよー!」
「ふふ、ありがとうございます由衣さん」
由衣の突然始めた宣誓に、修也と蒼芽だけでなく華穂と美穂もほっこりさせられるのであった。
「それでえっとー……次は何やるんだっけー?」
由衣を含めた誓いの言葉が終わったので次に進もうとした由衣だが、何をやるか分からないようで首を傾げる。
「次は指輪の交換とかじゃないかな?」
「幸い土神さんも蒼芽さんも指輪を持っていることですし、それを代わりにしてはいかがでしょうか?」
「あれ? 美穂さんどうして俺たちが指輪を持っていることを知っているんですか?」
蒼芽は現在進行形で着けているので分かるだろうが、修也は今は着けていない。
見せたことも無いので知らないはずなのだが……
「祖母に聞きましたので」
「うわぁ身も蓋も無い」
あっさりとネタバラしする美穂に修也は何とも言えない気持ちにさせられる。
「……まぁ、確かに丁度良くはあるか」
「でも修也さん、指輪持って来てるんですか?」
「ああ、一応出かける前に蒼芽ちゃんが指輪着けてるのを見たからな。ずっと着けてるのは落ち着かないけど持ち歩くくらいならどうってこと無いし」
そう言って修也はスタジオの隅に行き、置いていた自分のショルダーバッグから指輪の入っている箱を取り出す。
「珍しいですね? 修也さん、よほどのことじゃないとこういう装飾品は着けないと思ってました。ネックレスも滅多に着けないですし」
「自分でもそう思うよ。でも何でかな、蒼芽ちゃんが着けるならせめて持っておくくらいはしておいた方が良い気がしたんだよな」
自分でも理由が分からず頭をかく修也。
「そうですか……ふふっ」
修也の言葉に対し、蒼芽はそう言って微笑む。
「何か嬉しそうだな蒼芽ちゃん」
「それはそうですよ。修也さんとお揃いですから」
「……そういうもんか」
本当に嬉しそうな蒼芽を見て、修也は気恥ずかしくなり視線を外す。
「うわぁー、すっごい綺麗な指輪だねー! しかもおにーさんとおねーさんでお揃いだよー!」
一方で由衣は修也が持ってきた指輪と蒼芽が着けている指輪を見比べて目を輝かせている。
「えーと……指輪を交換するなら一旦外さないといけませんね。で、どこに置きましょうか?」
「指輪交換を行うのでしたらこちらをどうぞ」
指輪を外した蒼芽が置き場所を探していると、店員が小さなトレイのようなものを差し出してくれた。
よくある無機質なシルバーの物ではなくリボンやレースで飾り付けられた、まさに指輪を置くために作られたようなものだ。
「あ、リングピローですね。可愛いです」
「……そんな小道具まで揃えてるんですか」
「お客様のご要望に応えるのは当然ですから」
「ピンポイント過ぎませんかね?」
「そうでもないですよ? 結婚式のデモンストレーションをしたいというお客様は思いのほかおりますので」
「こういう所があるからこのお店は人気があるしうちも懇意にしてるんだよ」
「本当にかゆい所にまで手が届く、行き届いたサービスを提供してくれるので私個人としてもお気に入りなのです」
「まぁ確かにここまでやってくれたらな……」
華穂と美穂の説明に納得しながら修也は自分の指輪をリングピローに置く。
蒼芽もその隣に寄り添うように自分の指輪を置いた。
「それじゃーおにーさんはおねーさんの指輪を取っておねーさんにー……」
指輪交換を進行しようとした由衣だが、途中で言葉を止める。
「? どうしたの由衣ちゃん?」
「ねーねーおねーさん、おねーさんは今この指輪を小指にはめてたよねー?」
「うん、ピンキーリングだからね」
「それじゃー薬指に入らないんじゃないかなー? 薬指の方が太いしー」
「いや由衣ちゃん、別に薬指にはめなくても良いんだよ。本当の結婚式じゃないんだから」
困ったような表情で悩む由衣に声をかける修也。
「あっ! おにーさんの指輪だったら入るんじゃないかなー? おにーさん指もおっきいしー」
「それだと俺は蒼芽ちゃんの指輪をどこにはめれば良いんだ? 小指ですら入らんぞ」
妙案を浮かんだと言わんばかりの由衣に修也は突っ込みを入れる。
「あ、そっかー。うーん、それじゃー……」
「まぁまぁ由衣ちゃん。薬指にはめるのは本番の時のお楽しみということで、今日は小指にしておこうよ」
考え込む由衣を宥める蒼芽。
「……そーだねー。じゃあ本番の時も呼んでねー?」
「いや呼ぶのは呼ぶだろうけど……本職の人じゃないとできないんじゃないかな。資格とかもいるだろうし。知らんけど」
「でも由衣ちゃんにやってもらうのも面白そうじゃない?」
「それに教会で式を挙げるのであれば確かにそこの牧師や司祭が執り行うのが普通ですが、式場で挙げるのであれば有志の友人などでも問題ありませんよ」
「あ、そうなんですか?」
「いわゆる人前式というものでして、それなら神職である必要は無いのです」
「わーい、じゃあ私でもできるねー! おにーさんともおねーさんとも友達だもん!」
美穂の言葉を聞いて由衣は両手を挙げて喜びを表現する。
(というか普通に俺と蒼芽ちゃんで挙式する前提で話が進んでるけど………………まぁ良いか)
未来はどうなるか誰にも分からない。
正式に婚約している訳でもないしたとえしていたとしても必ずしも結婚式を挙げる訳でもないので、今あれこれ言ったとしても何の意味も無い。
ただ敢えてそれを指摘して空気をぶち壊す意味も無い。
そう思い修也は何も言及しないことにする。
(あれ、修也さんが何も突っ込まない…………ということは、私と結婚することに不平不満は無いってこと!?)
一方で蒼芽はそんな考えに至り内心悶える。
修也はおかしいと思ったことや不服に思っていることは即座に突っ込みを入れる。
それが無いということは修也も蒼芽のことを……
(……っていやいや単に空気を読んでるだけだよね。結婚云々の前に付き合ってすらいないんだから)
だがすぐ冷静になって思い直す。
流石にそれはいくら何でも都合が良すぎる。
(でも付き合ってすらいないのに同じ家に住んでるんだよね……? 改めて考えるとどういう状況なんだろう……)
自分の状況を再確認したことで蒼芽は思考の沼にはまりかける。
「……まぁそれは置いといて、指輪交換しちゃいましょうか」
これはいくら考えても明確な答えは出ない。
そう結論付けた蒼芽は思考を振り払い、進行を促す。
「あぁえっと……まずは俺が蒼芽ちゃんに指輪をはめるのか」
そう言って修也は蒼芽の指輪をつまんで蒼芽の左手を取る。
「……何だろう、ただ指輪を指にはめるだけなのに物凄く緊張する」
「あはは、修也さん、手が震えてますよ」
緊張のせいか指が震えてなかなか指輪がはまらない。
それでも何とか修也は蒼芽の左小指に指輪をはめることができた。
「じゃあ次は私の番ですね」
そう言って蒼芽は修也の指輪をつまむ……が、緊張で震えているのが明らかに分かる。
「蒼芽ちゃんも人のこと言えねぇじゃねぇか」
「こ、これ思ったより緊張しますね……」
狙いが定まらず何度か修也の指にぶつけてしまったものの、蒼芽も修也の左小指に指輪をはめる。
「それじゃー指輪交換も終わったからー、最後は誓いの……」
「えっ!? ちょっと待って由衣ちゃん、それは流石に……」
お互いの指輪をはめたことを確認した由衣が次に進めようとしたが、蒼芽が慌てて止めようとする。
「……指切りだよー!」
「………………へ? 指切り?」
だが続けて出てきた由衣の言葉に蒼芽の動きが止まる。
「うんっ! さっきの選手宣誓をちゃんと守るための指切りー!」
「…………そうだったっけ? 確か一般的な結婚式って……」
「そ、そうだね指切りだね!! じゃあ修也さん指出してください! 指切りしましょ!!」
「お、おぅ……?」
何か違ったような気がした修也だが、蒼芽の剣幕に押されて狼狽気味に頷いた。
(……まぁ由衣ちゃんと蒼芽ちゃんがそう言うんならそれが一般的なんだろうな)
自分の持つ常識に全くと言って良いほど自信の無い修也はそう自分に言い聞かせ納得する。
「しかし指切りとか懐かしすぎる。最後にやったのはいつだったかな」
「私も遠い昔にやったような……くらいの記憶ですね」
そう言いながら修也と蒼芽は先程お互い指輪をはめた左小指を絡ませる。
「ゆーびきーりげーんまーん、うそつーいたーらはーりせーんぼーんのーます! ゆびきった!!」
歌う由衣のリズムに合わせて2人は手を上下に振り、最後に指を離す。
「はいっ! 指切りしたから、これからおにーさんとおねーさんは絶対にケンカとかしちゃダメなんだからねー?」
「あーまぁ……指切りとかしなくても蒼芽ちゃんと喧嘩とかあり得んわな」
「ですねぇ……修也さんと仲違いするとか想像つきませんもん」
「もし約束破ったらはりせんぼん飲ませるからねー? ところでおにーさん、『はりせんぼん』って針を千本なのー? それともハリセンボンっていうお魚なのー?」
「え、それは考えたこと無かったな……どっちなんだ?」
「普通に考えたら針を千本でしょうね。それくらい重い罰を与えるって意味でしょうから」
「でも魚のハリセンボンも面白そうだよ? 土神くん、機会があったらやってみない?」
「ものは姫本家で用意いたしますので」
「やらないよ! 用意しなくて良いですよ!! そもそも約束破る気無いから!!」
妙にノリの良い華穂と美穂に修也は突っ込みを入れる。
「これで結婚式は終わりだよー! おにーさんおねーさん、末永くお幸せにねー!」
「おめでとー!」
「おめでとうございます」
「いやこれ本当の式じゃなくて真似事だから」
「あ、そう言えばそうでしたね。私もすっかり忘れてました」
「おいおい……」
当事者の蒼芽まで忘れていたことに修也は呆れてため息を吐く。
「それではそろそろお写真を撮らせていただいてもよろしいですか?」
「あ、そうだ本来の目的は写真撮影だった」
「土神くんも忘れてるんじゃない」
修也自身も本来の目的を忘れていたことを華穂に突っ込まれてしまう。
「それではまずは新郎新婦で撮らせていただきますね。新婦様、新郎様と腕を組んでください」
「あ、はい。これで良いですか?」
そう言って蒼芽は修也にそっと寄り添い腕を組む。
「はいバッチリです! それでは行きますよー」
そう言って店員は本格的なカメラをセットして何枚も撮影する。
「神父役の子もお嬢様たちもどうぞ入ってください」
「はーい!」
「せっかくだったら私たちもドレス着ちゃおうか美穂ちゃん」
「そうだね、その方がもっとそれっぽい空気になるかもね。すみません、そういう訳なので私たちも着替えてきます」
「あっ! じゃあ私もドレスにするー!」
「では一緒に行きましょうか由衣さん」
「超特急で着替えてくるからねー!」
そう言って華穂と美穂と由衣の3人は控室の方へ駆け出して行った。
「お嬢様たちが着替えに行っている間に1つご確認したいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
3人が出て行った後、店員が修也に尋ねかけてきた。
「何でしょう?」
「もしよろしければお2人の写真を宣伝用にSNSに掲載させていただけないでしょうか? もちろん顔は隠しますので」
「写真をかぁ……蒼芽ちゃんはどうだ?」
「私は構いませんよ? こんな素敵なドレスを着せてもらったわけですし。顔を隠してもらえるなら身バレの心配もなさそうですしね」
「蒼芽ちゃんがそう言うなら反対する理由は無いな」
「ありがとうございます」
修也と蒼芽の了承を貰い深々と頭を下げて礼を言う店員。
「着替えてきたよー!」
「お待たせしました」
そこにドレスに着替えた華穂と美穂と由衣が戻ってきた。
「早っ!」
「今までもこういうドレス着る機会は結構あったからね。慣れたもんだよ」
「そういう所はちゃんとお嬢様なんだな……」
「私はさっきのドレスを置いといてくれてたからすぐだったよー」
「それでも早いような……にしても皆煌びやかだなぁ……俺浮いちゃわないか?」
「そんなことありませんよ。修也さんも十分素敵ですよ」
修也の横に立って微笑みながらそう言う蒼芽。
「では撮りますよー! 皆様笑ってくださーい」
そう言って再びカメラを構える店員。
その後たくさん撮ってもらった上に何枚かは記念ということでプリントアウトしてもらったことで、蒼芽と由衣はこの日はずっと上機嫌のままなのであった。




