第6章 第16話
「あいたたた……いやぁ優実のチョップってこんなに痛かったんだねぇ」
「そうだよそれを私はことある毎に食らってたんだよ。その大変さが分かったか!?」
「それは避けられない瀬里の鈍臭さに問題がある! 当たらなければどうということはないのだよ!!」
「……食らうような言動を慎むという発想は……」
「そんなものがこの2人にあるなら私はこんなに苦労してないわ」
「ですよね」
話に一区切りがついた修也たちはファミレスを出るために席を立つ。
「まぁそれは置いといてとりあえず精算だね。と言っても全員ドリンクバーだから計算しやすいけど」
一旦全員分のお金を出す為にこの集まりを企画した陽菜が伝票を持つ。
「ドリンクバーは140円だったわね。はいこれ」
「そらよっ! 持ってけドロボー!」
そう言ってそれぞれ140円ちょうどを陽菜に渡す2人。
「それじゃあ俺も……」
「あぁー、良い良い! 土神君は払わなくて良いよ!」
財布を出してお金を払おうとした修也を陽菜は手で制する。
「え? いや自分で頼んだ分は払いますよ」
「それだと私らが年下にお金出させる甲斐性なしに見えるでしょ」
「そーそー、これくらいのお金を出す位は余裕で稼いでるんだし気にしなさんな!」
「奢られるということに納得いかないのなら、情報提供してくれたお礼だと考えてくれれば良いわ」
瀬里と優実も陽菜の意見に同意のようだ。
「ただそうなると……ひとつ問題が出るんだよね」
訝しげな表情でそう言って、自分の意見なのに懸念を示す陽菜。
「問題?」
「ドリンクバーは140円……これを割り勘するにしても3じゃ綺麗に割れないんだよね……」
「なるほど……これは由々しき問題だ……」
陽菜の示す懸念に同じく神妙な顔をする瀬里。
「……言うほど深刻な問題ですかね?」
「激しくどうでも良いわね。50・50・40で分ければ良いじゃないの」
修也の質問に優実は首を横に振って即答する。
「それじゃあ1人だけ10円得するでしょうが! 全員平等でないとおさまりがつかないってもんだよ!!」
「そうだよ優実! たとえ10円だとしてもバカにしちゃいけない。10円を笑う者は10円に泣くんだよ!!」
「今回10円安く払った人は次のプチ女子会の時にでも10円多く払えば良いじゃない」
「えー覚えとくのめんどくせー」
「ホントめんどくせー。優実ってば器も胸もちっさいねー」
「……頭に風穴空けてあげましょうか?」
口を尖らせて不満を零す陽菜と瀬里に静かにキレる優実。
「……やっぱり自分の分は出しますよ。手持ちには十分余裕ありますので」
修也は現在学校関係の費用が一切かからないから懐は暖かい。
そうでなくても高々140円だ。
普通の高校生でも余裕で出せる。
これ以上無駄に話を長引かせない為に修也は早々に自分の財布から140円を出して陽菜に手渡すのであった。
●
「何はともあれ相談に乗っていただきありがとうございました」
精算を終えてファミレスを出て、修也は優実と瀬里に礼を言う。
「良いのよ。これくらいならいつでも相談に乗るわ」
「そだね。私としても新しい情報を仕入れられたからお互い様ってやつさ」
そんな修也に対し優実は軽く微笑んで、瀬里は明るく笑いながら返す。
「それじゃあ今日はこれで」
「あーっ! おにーさんだー!!」
「んげふぉおおお!!?」
用が済んだので解散しようとしたとき、修也の背後から声と衝撃が同時にやってきた。
「こ、この登場パターンは……由衣ちゃん?」
「うんっ! 私だよー」
首だけ後ろに回した修也の視界に、にこにこ笑顔の由衣が修也の背中に飛び乗っている姿が映った。
「いつの間に……相変わらず由衣ちゃんの気配は読めん」
「……あっ、こんなところにいた! 急に姿が見えなくなったと思ったら、やっぱり土神先輩を見つけたのね?」
「おぉースゲーなゆーちゃん! 聞いていた通り兄さんがいると物凄く足が速くなるんだな!」
そこに由衣を追いかけてきた亜理紗と千沙もやってくる。
それに続いて一緒に買い物に行っていた面子もぞろぞろとやってきた。
「ねーねー何でおにーさんはお買い物に来なかったのー?」
修也が蒼芽たちの買い物に同行してこなかったことに対して由衣は不満そうに頬を膨らませて唇を尖らせる。
「蒼芽ちゃんたちから聞いてないか? 他に用事があったんだよ」
「で、その用事ってのは年上の美人のお姉さま方とファミレスで楽しくお茶することだったんですか?」
修也の回答に対して亜理紗が含みを持たせた言い方で返す。
「……あのな、3人中2人が変人なんだぞ? たとえいくら美人であろうとも楽しいもんじゃない。気疲れするわ」
「おいおい言われてんぞー優実に瀬里。変人だって」
「何言ってんの、陽菜と優実のことでしょ? 変人は」
「…………」
「…………」
修也の言葉ににやけながらそれぞれの返答をする陽菜と瀬里。
それに対し修也と優実は無言で額を押さえて首を横に振る。
「……とりあえず俺のことは置いといて、買い物は無事終わったのか?」
「えぇまぁ一応買えましたよ」
「あたしも買ったぜ! 瑞音ちゃんや他の人たちも気に入った水着があったしなー!」
「何ぃっ!? 君ら水着を買いに行ってたってのか!?」
千沙の言葉に大げさな反応を見せる瀬里。
「うんっ! 今度の夏休みに海に遊びに行く時用に買ったんだよー」
「あら良いじゃない。夏休みにそうやって思い切り遊べるのは学生の特権よ」
嬉しそうに言う由衣を見て優実は微笑む。
「何言ってんの優実! 大事なのはそこじゃないよ!!」
そんな優実に対して瀬里はものすごい勢いで振り返りながら詰め寄る。
「買ったのが水着ってことは試着したんだよね!?」
「そりゃそうですよ。試着もせず買ってサイズが合ってなかったら悲惨以外の何物でもないでしょうに」
「それで見栄張って少し大きいサイズの水着を着て来た結果何かの衝撃でポロリしちゃうのも夏の海の醍醐味じゃないか!!」
「どんな醍醐味よ」
変なことを力説しだした瀬里に優実は冷めた目線を送る。
「しかもこれだけの子がいるってことは水着売り場はそりゃーもう桃源郷を体現したかのような光景が広がっていたはずさ!!」
「んーまぁありちゃんはともかく、華穂さんや美穂さんは凄かったなぁー。女のあたしからでも見ごたえあったもんなあのビキニは。ありちゃんはともかく!」
「そーだよおにーさん。華穂おねーさんと美穂おねーさんっておっぱいすっごくおっきいんだよー!」
「こらこら由衣ちゃん、そういうことを外で大きな声で言うもんじゃない」
「まぁまぁ土神くん、今は周りに他に人がいないから。……それに実はここだけの話、私より美穂ちゃんの方が大きいんだよ」
千沙や由衣に続くように修也に耳打ちする華穂。
「いやそれ俺に言ってどうすんの。どんなリアクションを期待されてんのよ俺」
「その前に千沙、何で私はともかくって2回言ったのよ。あと美穂先輩、胸が大きくなる秘訣というか生活習慣的なものにもし心当たりがあるのでしたら私にご教示いただけないでしょうかマジで」
それに対して修也と亜理紗はそれぞれ怪訝な顔で返答する。
亜理紗については美穂に割と切実に願い出てもいた。
「そうですね……普段から姿勢良く過ごして十分に栄養を取ることでしょうか」
「なるほどなるほど……メモメモ」
美穂の言葉を亜理紗はスマホのメモアプリに書き込んでいく。
「あとはご飯をいっぱい食べることです」
「え? あ、あの……流石に美穂先輩ほどの量を食べるのは私にはちょっと……」
だが追加で出てきた言葉に亜理紗の指が止まる。
「もちろん私と同じ量である必要はありません。亜理紗さんのペースで無理の無い範囲で問題ありません。応援してますよ亜理紗さん」
「は、はい! 頑張ります!!」
「まー頑張った結果が今なんだろうけどなー」
「うっさいわ千沙!!」
横槍を入れる千沙に突っかかる亜理紗。
「土神君……君はあんなユートピアからのお誘いを蹴って私らと事件の情報共有なんて色気の欠片も無いことしてたってわけかい!?」
「いや俺にとってはただの針の筵ですよ」
「はぁー!? 照れ隠しで言うならともかく本気で嫌そうじゃねぇか! テメェそれでも男か! タマついてんのか、アァン!?」
修也の回答を聞いてマジギレした輩みたいな絡み方をしてくる瀬里。
「いや土神君の立場になってみなさいよ瀬里。どう考えたって居た堪れないでしょうが」
「そだねぇ、確かに土神君1人では荷が重すぎるね。役得感より息苦しさを感じるだろうさ」
「あら珍しいわね陽菜。私の意見に同調してくるなんて」
普段は大体瀬里に加勢して場をかき乱す陽菜だが、今回は優実に加勢した。
そのことに優実は意外そうな顔をする。
「まぁこれがブルマだったら私も瀬里みたいに発狂してただろうけど」
「…………ブレないわね」
だが続けて出てきた陽菜の言葉に呆れと納得が入り混じったため息を漏らす。
「……でも土神君、せめて舞原さんにだけはその塩対応はやめてあげてほしいのだけど」
「…………七瀬さんもブレませんね」
そしてそっと耳打ちしてくる優実に今度は修也がため息を漏らす。
優実はやたらと修也と蒼芽の仲を推してくる傾向にある。
大体は真面目でまともなのだが、特定の話題だけは残念になるのだ。
「しかしそっかー。そうなると後顧の憂いはしっかりと絶っておかないとね」
先程のマジギレ振りが嘘のように瀬里がさらっと言う。
「そうなんですよ。たとえ海に遊びに行く話が無かったとしてもさっさとこの件を片付けてスッキリしたいんです俺は」
「よっしゃそう言うことなら私も全面的に協力するよ!」
「私も今日の話を署に持ち帰って不破警部と共有しておくわ」
「すみませんお願いします」
自信ありげに胸を叩く瀬里と優実に頭を下げて礼を言う修也。
「……だから解決して海に遊びに行った暁には皆の水着に関するレポートを詳細に頼むよグフフフフフ」
「……私は舞原さんと良い感じになった時に教えてくれればそれで良いわ」
「台無しですよ2人とも」
欲望に濁っている瀬里と期待に輝かせている優実の顔を見て修也はため息を吐く。
「ところでこれから私たちどこかでお茶しようと思ってるんですけど、七瀬さんたちもいかがですか?」
そんな優実たちに蒼芽が誘いの声をかける。
「お誘いは嬉しいのだけど……まだ私は勤務時間内なのよ。土神君との話に関しては仕事の一環だったから問題なかったけど」
「私も優実と同じでまだ業務時間だからねぇ……本音は是非とも皆がどんな水着を買ったのか聞きたいところなんだけど……聞きたいところなんだけど!」
蒼芽の誘いに対し、申し訳なさそうに断る優実と瀬里。
優実は社交辞令っぽさを感じるサバサバしたものだったが、瀬里は本気で名残惜しそうである。
「じゃあ私も退散かな。1人だけ大人が混ざってても気まずいでしょ」
陽菜もこのまま帰るようだ。
陽菜は普段フリーダムを体現したような存在ではあるが空気は読める。
……敢えて読んでないと思しき時もあるが。
「そうですか……それは残念です」
「まぁ仕事だからね、仕方ないよ蒼芽ちゃん」
それを聞いて残念そうに呟く蒼芽をフォローする華穂。
「それじゃあ皆また明日な。蒼芽ちゃんと由衣ちゃんは家で」
「何言ってるんですか。修也さんは一緒に来るんですよ」
「え」
「そーだよー、今度こそ一緒に行くよおにーさん」
「え」
優実たちと同様に解散して舞原家に帰ろうとした修也だが、右手を蒼芽に、左手を由衣に掴まれてしまった。
「わ、私も……その……せ、先輩が来てくれたら……嬉しいです……」
「そうだねぇ、今度の旅行の予定を簡単にでも詰めておきたいしね」
「それにやっぱ土神がいねぇと張り合い無いんだよな」
「いや詩歌と華穂先輩は分からんでもないがお茶するのに張り合い求めんじゃねぇよ相川」
続々と蒼芽と由衣に追随してくる詩歌たち……特に瑞音に物申す修也。
「あっははは、愛されてるねぇ土神君!」
「まぁお茶しに行くくらいなら土神君も大丈夫でしょ。他の皆も土神君には来てほしいみたいだし」
その様子を見て瀬里は面白そうに笑い、優実は軽く微笑む。
「まぁ土神君、君には普通の学生としての生活をもっと堪能するべきだと思うな。こんな事態になってるなら尚更に」
「俺の知る普通の学生生活はこんなに女の子に囲まれて放課後にお茶しにいくようなものじゃないんですが」
「あぁ? 自分はこんなにモテますって自慢か!? チクショウ君なんて口内炎になって毎回ご飯食べるのに苦労するようになれば良いんだ!!」
「そして治ったと思ったら別のところに口内炎がまたできて苦しむ期間が延びれば良いんだっ!!」
「変なやっかみしないでくださいよ。そして何ですかその地味に嫌な現象は」
おかしな絡み方をしてくる陽菜とそれに便乗してくる瀬里に苦言を呈する修也。
「2人ともいい加減にしなさいよ。土神君を応援したいのか妬みたいのかどっちなのよ」
「そりゃー担任としての前に人として応援したいのが当たり前ってもんだよ」
「でもさ、これだけ周りの女の子から人気があるんなら多少僻んでも許されて然るべきじゃないかな!」
「んなわけあるか」
真面目な顔でそう主張する陽菜と瀬里を修也は一言で切って捨てる。
「頼むよ土神くーん、私らが味わえなかった高校生の青春の残り香をかがせておくれよーぅ。若い空気に中てられたいんだよーぅ」
「言い方が気色悪いわ!」
「それに私を含めないでもらえるかしら。一応学生生活は謳歌したんだから」
「彼氏1人もできなかったくせにー」
「……人のこと言えないでしょうが」
「私らは作れなかったんじゃなくて作らなかったんですぅー!」
「そーだそーだー!!」
「何よその小学生みたいな言い訳は……」
頭痛がしてきたのか額を押さえこめかみをひくつかせる優実。
「だ、大丈夫ですよ! 七瀬さんならきっと素敵な人が見つかりますから!!」
「……ありがとう舞原さん。気休めでもそう言ってもらえて嬉しいわ」
「いえそんな、気休めだなんて……」
「…………私もあなたにとっての土神君みたいな人が見つかれば良いんだけどね」
「え……えぇっ!?」
「ふふっ」
最後のセリフだけは他の人には聞こえないようにそっとささやいてきた優実に顔を赤くさせて驚く蒼芽。
その反応を見て優実は軽く微笑む。
「それじゃ、そろそろ本当に失礼させてもらうわ。旅行楽しんでね」
「思いっきり楽しんでくるんだよー」
「土神君! レポート! レポート忘れんなよー!!」
それぞれ思い思いのことを言いながら大人組は帰っていった。
「……俺の周りの大人は『自重する』という言葉を知らんのか」
「あ、あはは……」
3人を見送りながら疲れた声で呟く修也に苦笑する蒼芽であった。




