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8.探し物と探し者

 そこに現れたのは金髪おかっぱを先頭にした三人の男子生徒。

 三人ともニタニタと弱いものいじめの対象を見るような気持ちの悪い表情を浮かべている。


「何か用か。コリンなんたらと……モブ一号二号」

「ちょっとアッシュ。状況が状況でもちゃんと名前で呼んであげるのですよ」

「だって俺あいつらの名前知らんもん」


 そのやり取りに思わずシャーリィも小さく笑いを漏らすも、咄嗟に咳払いで誤魔化した。

 だが嫌味を返されというのにコリンなんたらたちからは反応がない。反応どころかアッシュには視線の一つも送っていない。まるで何も聞こえていないような反応だった。


「どうもフロイライン。僕はコリンズ=イーファ。学園序列六十三位にしてイーファ家の嫡男でございます」

「……はぁ。それで?」


「いやはや貴女のその透き通るような心地良い声に惹かれてやって来てみれば枯れた大地に咲く見目麗しい一輪の花が――」

「それでって聞いたんだけど?」


 シャーリィの威圧と氷のように冷たい眼光に一瞬慄いたコリンズだったが、すぐに取り繕うように前髪をかき上げた。


「まだまだ貴方に贈る言葉は言い足りませんがいいでしょう。単刀直入に申し上げます。貴方はこんなゴミ同様のチームに相応しくない。我々のような高貴なチームに入るべきだ」


 そうやって手を差し出されたシャーリィだったがその手に一瞥くれることもなく、


「それ私にメリットあるの?」


 面倒くさそうなため息混じりの声音で返した。

 その返答が信じられなかったのかコリンズは笑顔を引きつらせる。


「メ、メリット? そ、そんなもの僕のチームに入れること自体がメリットだと思いますが……?」

「たかが六十三位のチームに?」


「何を…何を言って…? この僕をたかが……だって……?」

「私自分より弱いやつらに興味ないの。私を仲間に入れたかったらランクをせめて十位以内に入ってからにしてちょうだい。ああ、あとそのダサイおかっぱ頭も変えて出直して来てもらえる?」


 その言葉に思わずキャロルが吹き出す。

 シャーリィの挑発にも似た嫌味にとうとう堪忍袋の緒が切れたコリンズは、懐から杖を取り出しシャーリィに突き付けた。

 その行動を見て後ろのモブ二人が慌ててコリンズを羽交い締めにする。


「離せお前たち!」

「あらやらないの? 私はいいわよどこでやっても――痛った!」


 そう不敵な笑みを浮かべるシャーリィの頭上にアッシュがチョップを繰り出した。


「やめろ銀髪。お前もだコリンズ=イーファ。ペナルティを喰らいたいのか」

「黙れこの平民風情が! 貴族であるこの僕がここまでコケにされて黙っていると思ったのか!」


「沸点低すぎだろお前」

「黙れと言っているのが聞こえないのか! お前のような学園のゴミが容易に声を掛けていい存在じゃないんだぞ僕は!」

「はいはい。悪かったって」


 アッシュは聞き慣れた言葉にうんざりしながら手を振ってあしらう。

 どうして貴族というのは皆典型的な文句が基本スタイルなのか。ここまで来ると遺伝子に刻み込まれているとしか思えない。

 そしてこれは軒並み負け犬の遠吠えだと気付かないのもテンプレート。


「とりあえずお前は杖を下ろせ……」


 アッシュが先から立ち上がりコリンズの杖に向かって右手を伸ばすと、突如アッシュの右手に無数の切り傷が生まれ鮮血が飛び散った。

 

 風の魔法。

 威力はかなり弱いものの人間の皮膚を裂くなど容易い。

 アッシュは鋭く走った痛みに表情を歪め赤く染まる右手を抑えた。


「こいつ……!」

「いい。気にするな」


 杖を構え直したシャーリィの前にアッシュがテーブルを迂回して割って入る。


「……あんたねぇ」


 シャーリィはまだ何か言いたげにしているが、ここでヒートアップしてしまえばアッシュにとっては怪我をした甲斐がない。

 

 貴族というのは大層な名前とは裏腹に大半の人間が蛇のようにねちっこい性格をしている。もしこのまま続け恨みを買おうものなら今後の学園生活に少々面倒くさい影が落ちる可能性がある。普段ならまだしも容姿で目立つシャーリィがいるなら尚更だ。


「コリンズ=イーファ。このことは黙っていてやる。だから早くここから立ち去れ」

「ふざけるなっ!どうしてこの僕がお前の指図を受けないと――」

「理解出来ないか? とっとと行けって言ったんだ」


 とアッシュが一歩前に踏み出すとコリンズたちが顔を引き攣らせながら、


「覚えてろよこの田舎娘が!」


 と、これまた見事な捨て台詞を吐き退散していった。

 さすがにこのやり取りを見ていた周囲の生徒たちからは笑いが漏れる。


「これだから貴族は……。お前も面倒ごとに巻き込まれたくなかったらいちいち構わず――おわっ!」

「そんなことより怪我! 医務室行くわよ!」


 なぜか襟首を鷲掴みにされそのまま引っ張られる。


「気が早いんだよお前は! こんなん皮膚が軽く裂けただけだ。怪我のうちに入らねえよ」

「そうですよシャーリィ。傷は男の子の勲章なのです。このくらいなら水で洗っておけば大丈夫なのですよ」


 おもむろにキャロルがテーブルの上に置いてあったカップに入った水をアッシュの傷ついた手に浴びせる。

 傷の程度はどうあれ痛みは皆同様らしい。

 アッシュは声にならない声を上げて右手を押さえながら床に膝から崩れ落ちた。


「もう仲良くなったのか。若者はさすがだな」


 感情などまるで込められていない上っ面の言葉がカフェテリアに響いた。

 それまでこの空間を包み込んでいた和気あいあいとしていた言葉たちが一斉に鳴りを潜める。

まるで本能が警戒心を発し出したように。


 げ……、とアッシュが小さくうめいた。

 後ろ手に手を組む妙齢の白髪女性がカフェテリアを奥に進んでいく。


 初めから相対する人物が決まっているらしく他には一瞥もくれない。


「キャロル=エバーグリーンも壮健そうで何よりだ。それに今日は朝から忙しい日のようだなアッシュ=ヴァレンティ」

「ごきげんよう……なのです」

「……おかげさまで」


 困惑しながらスカートの端をちょこんと持ち上げ挨拶するキャロル。そしてほぼ全部あんたのせいだけどな、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるアッシュ。


 しかしアッシュが朝から忙しくしていると口にするということは全てを把握しているのだろう。余計にタチが悪い。


「お忙しい理事長様がこんなところに何のようで? まさかのんびりお茶を楽しみにきたわけじゃないでしょう」

「君がシャーリィ=スプリングテイルか。私はこの学園の理事を務める者だ。今後もよろしく頼むよ」


 アッシュの皮肉などまるで無かったように理事長は注意を移した。

 相変わらず機械のような人間だ。


「無駄な時間を使うのもアレだ。単刀直入に言おうシャーリィ=スプリングテイル」

「な、なんでしょう」


「この二人のチームに入りたまえ。これは命令だ」

「は……ぁ……?」

「以上だ。今後の躍進を祈る」


 シャーリィの素っ頓狂で理解が追い付いていない声を完全に無視して話を完結させた。

 踵を返し立ち去ろうとした理事長を捕まえたのはシャーリィ本人ではなくキャロル。


「待ってくださいなのです。シャーリィは第六位なのですよ。どうしてわざわざこんな下位で……しかもたった二人のチームなのですか。もっと他に強いチームはあると思うのですよ!」

「私の話は終わった。君がどう言おうとこの話が覆ることはない。本人も反論はしてこないだろう」

反論してこないというよりも呆気に取られて何も言葉が出てこないだけではないだろうか。


「ア、アッシュは何か言うことはないのですか」

「そういうことになるだろうとは思っていた」


 転校生の面倒を見るというのはこの学園の注意事項を教えて施設を案内してやれ、なんて事ではない。

 もちろんそれも含めているだろうが、本当の目的はこの学園の利益になれるよう面倒を見ろということだろう。

 落ちこぼれでも第六位にこの学園の常識くらいは教えて少しは役に立てと言われているようなものだ。


「ああ、そうだ忘れていた。シャーリィ=スプリングテイル、少し耳を貸したまえ」


 そう言うと理事長はシャーリィの左肩に手を置き顔を近づける。


「え……ひゃん」


 シャーリィは耳に吐息でもかかったのか小さく悲鳴を上げたが、次の瞬間顔を強張らせ眉間に強く皺を寄せた。


「……本当ですか?」

「嘘なものか。この学園で私が知らないことはない」


「分かりました。彼らのチームに入ります」

「え?!」

「はぁ!?」


 シャーリィの快諾にアッシュとキャロルが同時に声を上げた。

 アッシュとあれだけやり合った後で、かなり異議申し立てで騒ぎ立てると思っていた二人だったがこれには驚きを隠せない。


「不本意ではあるけれど、これからよろしく」


 シャーリィは笑顔で二人に向けて手を差し出した。

 だがその笑顔は決して本心で笑っていないのは明らか。


 瞳の奥にゆらゆらと揺らぐそれが物語っている。

 キャロルはそれを気にもとめず嬉しそうに手を握り返した。


 ――彼らのどちらかは君の探している魔導書のホルダーだ。


 シャーリィの頭の中でその言葉が反響し続けた。


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