6.ようそこ魔法学園へ
昼食時だということもあって、色取り取りの花々で囲まれる木で組み立てられたカフェテリアは多くの学生で賑わっている。
だが、若者たちの喧騒を避けるかのようにアッシュ達は一番奥にある窓際の席に座っていた。それでも先程の騒ぎのせいで、チラチラと他の生徒から視線は投げられているのだが。
普段からこの髪色のせいで人に見られることが多かったせいでそれは気にならない。
「どうして私まで連れて来られるわけ?」
ぶすっとした表情で注文したハーブティーをマドラーでかき混ぜながら、目の前に座るアッシュとキャロルへ問いただす。
だがアッシュはその声を無視し細長いフライドポテトを口に運びながら窓の外をぼぅっと眺めて、キャロルは相当お腹が空いていたのか三人前のサンドウィッチを次々に口へ放り込み小動物のように頬がパンパンになるほど頬張っている。これではまともに喋れまい。
その前に一心不乱に咀嚼をしているので話すら聞いていないような気もするが。
さすがに今キャロルと会話が出来ないと判断すると、視線だけを僅かに平行移動させアッシュを視界の真ん中に捉える。捉えるのだが、どうしても会話をする気にはなれず幾度となくマドラーで中のハーブティーをかき混ぜる。
傍から見ればよほど猫舌なのかそれとも相当な甘党なのか奇妙な目を向けられることだろう。
(そろそろここを立ち去ろうか)
そもそも彼女に連れられてわざわざここに来る必要はなかった。単純にあの場で別れた後野次馬共に囲まれたくなかっただけ。実際に戦闘後生徒達に取り囲まれあれやこれやと質問攻めにされかけたのだ。初対面の人間に絡んでくるのは好奇心旺盛で勉強熱心。けれどこれはよく言えばの話し。自分にとっては馴れ馴れしく失礼な連中である。
このまま沈黙したまま居心地も良くないこの場にいても有意義な時間は過ごせない。
冷めたハーブティーを一気に飲み干し、席を立ちあがろうとしたその時。
「ふぅ、ご馳走様なのですよ」
三人前のサンドウィッチ六枚をペロッと平らげたキャロルがナプキンで口元を拭う。
「シャーリィは紅茶のおかわりなのですか?」
「……しないわ。もう私行くから。ここにいても仕方ないし」
「え、ちょっと待ってなのです。せっかく知り合ったのですから少し談笑したいのですよ」
キャロルの言葉にシャーリィの顔が怪訝そうに歪む。
談笑したいと言う割にさっきまで一言も喋らず食事していた。普通昼食時の談笑というのは食事をしながら行うものではないのか。全く以て言っていることとやっていることが矛盾している。そんな自分勝手な人にこれ以上付き合う気はない。
シャーリィは椅子から立ち上がり踵を返そうとした。
「お前編入生だろ。なら色々と聞きたいことあるんじゃねえの?」
意外な人物からの言葉にシャーリィは思わず振り返る。
「どうして私が編入生だって思ったのよ?」
「はぁ? そんなもん一目見れば分かんだろ。そんな髪の色してるやつお前以外にこの学院にいねえよ」
「確かに見たことないのですよ! しかも可愛い!」
「か、可愛い……?」
あまり面と向かって容姿を褒められたことがないのか、シャーリィは両手を頬に添えて顔を紅くさせていく。
「可愛いか? ただの暴力女だろ?」
「あ? 何て言った金髪! もう一回ボッコボコにしてあげようか?」
「はぁ? ボッコボコにされたのはお前ですけど? 都合よく事実を捻じ曲げてんなよ。爆発の恐怖で脳髄鼻から漏れ出て頭おかしくなりましたかー? だから下着もお子ちゃまなんだよ」
「その金髪全部むしり取って穴という穴に突っ込んでやるわ!!」
「じゃあ俺が勝ったら中庭で全裸になって恥部晒してブリッジしながら自分の魔法で氷像になりやがれ!」
食堂にも関わらず汚い言葉のオンパレードを口にしながら互いに杖と剣を相手の喉元に突き付けあう。
そんな一触即発の雰囲気に周囲の生徒はそそくさと徐々に距離をとって行く。
アッシュはともかくシャーリィの実力は中庭での戦いを見た生徒たちから多くに伝聞されている。無駄な争いを見ることは好きだが、巻き込まれるのは遠慮するようだ。
「はいはい、二人ともやめるのですよ。また派手に暴れて器物損壊なんてしたらペナルティなのですよ」
ペナルティという言葉が出た瞬間アッシュの肩が僅かに跳ね、シャーリィの首元に突き付けていた剣を仕舞うと乱暴に椅子に座った。そしてどこかふてくされた表情のまま食べ途中のポテトを口に入れる。
「じゃあ私もう行くから。ここにいても気分が悪くなるだけだし」
「シ、シャーリィ、ちょっと待つの――」
「まぁ待てよ銀髪。盛ってる奴はイクのも思い立つのも早いのな」
「は? 誰が盛ってるですって! っていうかさっきからそのセクハラ何なのよ!」
「このままどっか行ってくれたほうが清々していいけど、後々恨まれても面倒くせえ。そもそもアカデミアのルールも知らないやつが適当に生活して生き残って行けるとでも思ってんのか?」
「おあいにく様。手加減されてることすら分からなかったアンタには分からないでしょうけど、あんなの力の一部しか出してないわよ。アンタがこのアカデミアでどの位置にいるかは知らないけれど、アンタ程度の生徒がうじゃうじゃいるのなら余裕で全員倒せるわ」
「そうかよ。人がせっかく親切に教えてやろうってのにお前は自ら不利な状況に踏み込んでいくんだな。とんだマゾヒストだ」
「何ですって!」
「ま、まぁまぁ! アッシュの言い方はともかく! このアカデミアのシステムとルールは絶対に聞いておいて損はないのですよ」
席を立ったキャロルがわざわざテーブルを回りこんでシャーリィ横に立ち、そのまま上目使いで彼女の顔を覗き込んだ。
そのあざとい仕草にシャーリィは若干たじろぎ半歩足を後ろに下げた。
だが依然怒りが治まることのないシャーリィは杖を握る手をより一層強めながらアッシュを睨みつける。
「まぁいいわ、聞いてあげる」
ため息を吐いて気持ちを僅かに落ち着かせたシャーリィは、スカートが皺にならないよう手を添えながら再び椅子に腰かけ話を耳にする準備を整えた。
「ま、まずはシステムについてなのですよ。ほらアッシュ説明するのです!」
「はぁ……。よく聞く話ではあるがイシュティアルでは生徒一人一人の成績から順位を付けていくランキング制を取り入れている。当然ランキングが上になるほどアカデミアでの待遇は上がっていく。例えば……そうだな、学費の免除や支給物のグレードアップなんかがいい例だ」
「授業料の免除は大きいわね……」
「その中でも上位十人、通称『至極の十人』。アカデミアのトップたちにはさらに特別な権限が用意されている」
「十人……随分少ないのね」
「それはこのシステムを作った奴らに文句を言ってくれ」
「まあ別にそこまで気にしてないけど。それで? その十人にはどんな権限が与えられるっていうのよ。そこまで大層な名前が付いてるんだからよほど価値があるんでしょうね」
「価値の捉え方は人それぞれだとは思うが、このアカデミアに通ってる三分の二のやつらには喉から手が出る程欲しい権限だろうさ」
「三分の二?」
「ああ、このアカデミアに来るやつは基本三種類に分かれる。純粋に魔法の研鑽、安定と高収入の職業を求めて、そしてその他別の理由。この三種類だ」
「ちなみにわたしは安定した職業に就きたいグループなのですよ」
「お前はどれに属するんだろうな」
「そんなプライベートな事あんたに言う必要ないでしょ。それより勿体ぶってないで早く言いなさいよ。これで大したことなかったら容赦しないわ」
おお怖い、とアッシュは肩を竦める。