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5.魔法合戦

 本来ならばアカデミアに来て早々、こんな観衆の前で戦闘を行う気などなかった。目的のために目立つことなくアカデミア生活を送るつもりだったはず。

 

 なのにどうして自分はこんなところで魔法を大盤振る舞いしているのか。

 決まっている。目の前の変態金髪野郎から受けた二つの恥辱を晴らすためだ。


「《空虚な氷手アマデウス》!」


 再度氷の巨腕が姿を現すが、その大きさは最初放たれた時のおおよそ二倍は。たかだか人間の脚力程度で左右上下どこに飛ぼうが間違いなく捕まえることが出来る大きさ。


 いくら変態金髪野郎……アッシュといったか。彼の回避能力が高かろうと指の一本にでも当たれば、ダメージは必至。


「……行くか」


 アッシュが腰に手を伸ばし赤い鞘付きの長剣を引き抜く。

 だがその剣を鞘から抜くことはなくそのまま右手で柄を握りしめた。


 いくら今まで使っていなかった得物を取り出そうと誰がどう見ても剣一本で対処できる状態ではない。そんな絶体絶命の中、アッシュはまさかの行動に出た。


(真っ直ぐこっちに走ってきた……!?)


 氷の巨腕を恐れることなくアッシュはシャーリィ目がけて全力で走り始める。

 確かに攻撃を避けることなく襲い来る手の平を抜けて術者に向ってしまえば氷手に捕まることはない。口では簡単に言えるが、氷手の隙間を瞬時に見つけ潜り抜ける必要がある。


 それでもアッシュは足を止めない。右手の小指を踏みつけ、薬指を剣で押し弾き、僅かに開いたスペースへと滑り込んだ。

 僅かでもタイミングが狂えば瞬時に敗北が決定するほとんど博打とも言える行動。


 しかし一度避けてしまえば二の手は遅くなる。自らと術者の位置を直線状にすることで自分の《氾濫する氷湖バングウェイル》も使用を躊躇わずにはいられない。


 あと数秒で金髪は自分の元へ辿り着き、剣を首に当てるだけで勝利が確定する。

 奇跡の逆転劇に周囲のギャラリーが一際盛り上がりを見せた。

 

 だが驚くほどシャーリィには一切の焦りがない。

 眼前を真っ直ぐに見据えた。


(そんな弱点とっくの昔に見つけて克服してあるわよッ!)


 大きく一息吐き出すと、右巨腕の中腹が盛り上がる。


「まじ……か!!」


 向かい来る敵の速度と出現位置を完全に合わせ、アッシュの真横から現れたのは三つ目の氷手。

 完全に想定外の攻撃にアッシュは目を見開き、無理矢理な方向転換を試みるがもう遅い。


 氷手は獲物を横から掻っ攫うように大きく手を開き、アッシュの体を丸ごと握りしめる。

 これにて決着。周囲のギャラリーから興奮の混じる大きな歓声が沸き上がった。

 だが対称的にシャーリィの顔には怪訝な表情が浮かぶ。


(何で赤く……?)


 太陽に照らされ青白く光る氷手の中央が不自然に赤く染まる。

 対峙しているシャーリィだけがすぐ様それに気づき杖を眼前にかざす。

 直後、空気を切り裂く様な破裂音と共に氷手が砕け落ちた。


「…………ッッッ!!」


 空気を激しく震わすその爆発音に思わず構えていた杖ごと耳を塞ぐ。

 一瞬走った恐怖で目を固く瞑ってしまうが、無理矢理力を入れて視界を確保した。


 そこには黒煙に包まれ煤で汚れたアッシュの姿。

 自爆覚悟で爆発の魔法でも使ったのかと考えるシャーリィだったが、アッシュの右手に握られた黒い物体を見て即座にその考えを切り捨てた。


「まさかアカデミアの魔法使いが……? 嘘でしょ……?」


 魔法使いというのは己の魔法と魔力を最大限に発揮できる魔法具のみを使用する。己の研鑽した魔力を何よりも誇り、魔法というもの自体を崇拝している存在。それは子供であろうが若者であろうが老人であろうが、魔法使いとは何かと問われれば皆すぐにそう答える。


 しかもここはエリートが集う魔法アカデミア。だからこそシャーリィは目の前のあり得ない状態に驚愕せざるを得なかった。

 魔法も魔法具も世の中に知られざる物を含め多種多様として存在しているが、あれは明らかに魔法に準ずるものではない。


 確かに魔法に準じないものを使う魔法使いは少なからず存在する。だが、そんな邪道とも外道とも言える行為に及ぶのはよほど道を外れた者か、強敵との戦いで魔力が枯渇した際苦肉の策の最終手段として用いられる程度。


 ここは若輩が集うアカデミア。しかもこれは命のやり取りすらない野良試合。そんな場所でそんな環境で使われるものではない。


「まさか……炸裂魔甲弾……?!」


 炸裂魔甲弾とは簡単に言い表すと爆弾。火薬を内包させ外部から受けた衝撃によって破裂する単純な仕組みになっている。形状や表皮の素材はそれぞれ異なるが、一貫して炸裂魔甲弾に共通するものがある。それは爆弾の胆となる火薬。


 唯一、そして最大の特徴が魔法への透過。つまり魔法では防ぐことの出来ない爆弾というわけである。

 過去にイシュティアルであった魔法大戦で最も魔法使いを葬った道具として知られているのがこの炸裂魔甲弾。


 それ以来この炸裂魔甲弾は魔法使いの中で忌み嫌われるものとなり、使用者は魔力を持たないただの人間か外法の道に進む魔法使いくらいになっていた。

 確か中核となる火薬の作成方法は世に出回ってこそないが、金さえ積めば非正規ルートから手に入れることが出来ると噂では聞いたことがある。


 そんなことあり得ないと思っていたが。

 しかし事実あの爆弾はシャーリィの魔法を木端微塵にした。目の前で起こっていることこそが真実。


「ほらどんどん行くぜ!」


 渾身の力で投げられた爆弾がシャーリィ目がけて一直線に走る。


(さすがにビックリしたけど、あんなもの空中で潰せば何の脅威にもならないわ)


 シャーリィは間髪入れず《空虚な氷手アマデウス》でそれを握りつぶす。

 瞬時に黒い物体は朱色に弾け氷手を四散させていく。同時に周囲に黒煙が流れ視界を狭めた。


「…………え?」


 不意に視界の左端に何かが転がり込むのに気が付き視線を下に落とす。

 本来ならば行動の妨げになる障害物として注意だけしておけばいいだけのもの。

 だが今この時この瞬間それはあり得ない。数瞬前自身の眼前で起きた事象がそれを物語っている。


(くそっ……油断した……!)


 それは投げつけられた危機を回避したことから生じた一瞬の緊張の緩和のせいかもしれない。もしくは逆に張り詰めた集中力が視野を狭めていたからかもしれない。

 

 どちらにせよ気がつくのが遅すぎた。

 この状況をどのように打破すればいいのか、人生でもトップクラスに数えられる程のスピードで思考を巡らせる。


 しかしどれだけ答えを導き出そうともこの先の未来は一つ。

 ――死のみであると。


 一瞬で恐怖が全身を駆け巡る。


(こんなところで負けられない……。こんな所で終わるわけにはいかない……!)


 後悔と絶望とが入り混じった感情を呼吸として吐き出してシャーリィは歯を食いしばった。

 恐怖の黒い塊は視界の端に確認できるギリギリで止まるなり音も無く中央を境に割れ、爆発ではなく目も眩む光が周囲を包んだ。


「……取った!」


 刹那、背後から逆手に剣を振りかぶったアッシュが光りを切り裂いて現れる。

 体を硬直させたままの体を傾けた自分に剣の先端が触れる――寸前だった。


「なっ……!」

「私を舐めるなよ外道が!」


 自身の前方を包み込む様に分厚い氷の壁が生成され、投げつけられた閃光弾の光と熱を防いでいた。

 こんなことで自分は動じない。こんなイレギュラーは何度も遭遇してきた。


 こんなところで得体の知れない奴に負けるわけにはいかない。

 自分に課した試練。目標を果たすまでは誰にも負けるわけにはいかない。


 反射的にシャーリィは瞬時に右手へと魔力を集中させ、振り向きざまに杖を突き出す。


「《冥府の――》」


 魔力を帯び青白く光るシャーリィの杖と、アッシュの剣が交錯する――寸前。


「そこまでにしておくのですよ二人共」


 何者かによって両者の視界が黒色の何かで遮られた。


「……えっ!?」

「……うげっ!」


 第三者の介入で危険を察知した二人は強制的に攻撃行動を押さえつけ……ようとして、勢い余って前のめりに黒色の何かへと顔から突っ込んだ。

 幸か不幸か黒色の何かはかなりの弾力を持っていたようで、二人はすぐに弾き返され尻もちをついた。


 打ち付けた尻に鈍い痛みを感じながらシャーリィが介入者を見上げると、黒の傘を差した夕焼け髪の少女が一人。

 黒い日傘を頭上に構え直しながらこちらに向けて笑みを浮かべて一言、


「お腹が空いたのでカフェに行くのですよ」


 そう呟いた。


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