4.戦闘開始
音も無く銀髪の少女の両肩横から巨大な氷の両腕が伸び、人など軽く握り潰せるほどの手を広げてアッシュへ襲い掛かる。
「くそがっ……!」
氷の右手に殴られる寸前でアッシュは噴水から飛び出し難を逃れた。
(属性魔法か。しかも氷……。面倒くさいことこの上ないな……)
自然界の力を使う属性魔法は他二つの魔法とは異なり、戦う環境に大きく戦局を左右される場合が多い。例えば水の魔法ならば雨天であったり湖等の水場が近くにあれば自分の魔力が枯渇するまで無限に魔法が使用可能となる。逆に炎を使う魔法使いが森の中で戦う場合、魔法を使うことで森が焼け自身にも多大なダメージを負う可能性があるため魔法が使いにくい。
では氷はどうなのか。
現状季節が冬というわけではないし、雪や雹が降っているわけでもない。
話は簡単である。
アッシュのすぐ傍には噴水があり、先程までアッシュは噴水の水に浸かっていて衣服も含めた全身が一部の例外もなく濡れている。
つまり、銀髪の少女が放つ氷の魔法が少しでも当たれば簡単に凍り付き動きに制限がかかる。加えて氷の元は水。流れがある水が凍りにくいとはいえ、水場である噴水の傍で戦えるメリットは大きい。
「避けるなッ!」
「普通避けるだろ! そんなヤバそうな攻撃喜んで食らうとかどんなマゾだ!」
「ならそっちに目覚めさせてあげるわよっ!」
氷の右手が再度アッシュを襲うが、掴まれる寸前でアッシュは軽い横跳びで難なく攻撃を避ける。しかし握り拳を作る左手が連続技のように上から振り落とされる。だが、その攻撃も初めから察知していたのか、難なくバックステップで回避した。
「はんっ。そんなでっかい手がゆっくり攻撃してきたところで捕まらねえっての」
しかも手のひらを広げての攻撃ともなると空気の抵抗が激しい。その分攻撃スピードが落ちるのは必至。氷手の大きさに惑わされず落ち着いて攻撃を見定めれば回避するのはたやすい。
「あっそ。そう思ってるなら余裕ぶっこいてなさいよ。《空虚な氷手》!」
「また同じ攻撃かよ……」
再度ただただ真っ直ぐ氷の右手がアッシュ目がけて繰り出され思わずため息が漏れる。
氷の魔法使いだという固定概念で面倒臭い相手だと考えていたが、案外そうでもなさそうだった。
(こんな単調な攻撃なら魔力切れ待つよりもあの痴女を直接押さえた方が早いか?)
そう考えたアッシュは襲い掛かる右手をあっさりとステップで回避し、銀髪の少女の元へ走るため一歩を踏み締めた。
「……は?」
避けた右手の付け根から突如左腕が生え、アッシュ目がけて振り下ろされた。
最小限の動きで回避行動を取っていたため、潰される直前で辛うじてスライディングで攻撃を避けることに成功したが、氷手が地面に叩きつけられた衝撃で吹き飛ばされる。
追撃を逃れるためにすぐに態勢を整えるアッシュだったが、僅かに出来る隙を銀髪の少女が見逃すはずもない。
「《氾濫する氷湖》」
氷の巨腕が地面に叩きつけられた衝撃で音を立てて砕け散ったかと思うと、その残骸が空中で制止し切っ先を鋭く刃へと化した欠片たちが飛散した。
すぐさま起き上がり距離を取ろうと地面に手を突くも、ここで懸念していた予感が的中する。
「……ざっけんな」
衣服が地面の草と張り付き合い僅かに態勢を戻すラグを発生させてしまった。
回避行動もとれないアッシュは歯を食いしばり両腕を顔へ持っていき飛翔する小さな氷塊をガードする。
しかしそんな些細な努力の程は火を見るより明らか。氷塊のつぶてが通り過ぎた後には顔、腕、腹、足と全身から血を流しながら片膝をつくアッシュの姿。
「ま、これでさっきの件はチャラにしてあげるわ。こっちから攻撃しといてなんだけど、さっさと医務室行って治療しなさいよね」
満足げに勝ち誇った銀髪の少女は疲れた疲れた、と肩を回しながらこの場を去ろうと歩みを進める。
「おいおい、銀髪縞パン痴女。まさかこれで終わりじゃねえだろうな」
「誰が銀髪縞パン痴女だ! 私にはシャーリィっていう名前があるのよ!」
「シャーリィねぇ。まぁ、名乗られたなら名乗ってやるよ。俺はアッシュだ。アッシュ=ヴァレンティ。……っていうか、この歳になってまだ縞パンってどうよ。もう少しオシャレにレースとか付いたの穿いたらどうだ?」
「……やっぱり潰す!」
「……なんの騒ぎです?」
ベンチに腰かけて食い入るように粉塵巻き起こる戦いを見つめていた男子生徒に夕焼け色の髪を持つ女子生徒の澄んだ声が掛かる。
何らかの煙によって中心事物たちの姿は窺えないが、余程興奮する趣があったのだろう。
男子生徒は声高らかにまるで自分が中心にいたかのように話し始めた。
だが視線は未だ煙の先にある。
「氷の魔法を使う見たことない銀髪の女子が戦ってんだよ。まぁ、対戦相手は噂のアレだけどな」
「野良試合なのですか。で、誰も止めてないのですね?」
「属性魔法の使い手だぜ、見なきゃ損だろ。あんたも災難だな。もう終わっちまうかもしれないぜ。ってあれ、お前……」
「……ホント毎回毎回世話をかけてくれるのです」
男子生徒の質問を無視して夕焼け色をした髪の少女は戦いの中心へ迷いなく歩いていく。