2.アッシュ=ヴァレンティ②
理事長が口にした先日行った討伐戦。
人が魔力を内包しているのならば、この世界の生きとし生けるもの全てにおいて魔力を内包している可能性がある。それは動物であり植物であり、自然物でも変わりはない。
その中で自身の内包する魔力の強大さに負け、暴走が起こることがある。暴走というのは自身を凶暴化させるだけでなく、周囲の魔力を持たない物へも何かしらの影響を及ぼすことが多い。
人や自然界に大きく影響を及ぼす場合は、各地の魔法使いたちが現地に赴き原因を討伐、もしくは正常に戻すことで暴走の影響を鎮静化させている。
イシュティアルではその鎮静化を課外授業と称して生徒たちに行わせていた。
アッシュが赴いたのはアカデミアから少し離れた街。その街を襲っていたのは全長三メートル程ある暴走する闘牛の集団。
生徒たちは自身の魔法や武器を用いて暴れ牛どもを討伐していったが、実力のない者や力が発揮できなかった者たちも当然いた。アッシュも何体か討伐はしていたものの、どちらかといえば後者の分類に入っている。その後者たちが遅々とした討伐を行っていたため、街には少なからず被害が出ていた。
とはいえ、所詮は学生の討伐隊。街側もアカデミア側もある程度被害が出ることは承知している。当然討伐戦の事前説明に被害に応じた債務を負うなどという説明はないし、過去の過程で負債を負った学生など聞いたこともない。
「通常生徒に負債を負わすことはないのだがね。今回は街の住民と教師との話し合いで特別に、ということになった」
「ちょっと待ってもらっても? 確かに闘牛の突進を防ぎきれず仕方なく家や道を壊しましたが、そこまでされる覚えは――」
「そうだな。家屋や道路が破壊されるのは致し方ないことだ。だが、暴れ牛の足を止めるという名目で自ら破壊行動を取ることは仕方ないことなのだろうか、アッシュ=ヴァレンティ?」
闘牛と相対している中で自身の力では完全に突進を防ぎきれないと判断したアッシュは、家屋を倒壊させ道路を破壊し、闘牛の足を止めることで自分に優位な状況を生み出し見事複数体の討伐に成功していた。
「だとしても、闘牛たちを討伐しなければ更なる被害が出ることは間違いなかったと思われますが。その代償に一部街を破壊したとしても安いものでは?」
「一区画全ての家と道路を破壊しても安いと言えるのかね?」
ギクリとアッシュは体を硬直させ、顔を引きつらせた。
何を隠そうアッシュは闘牛たちを手っ取り早くまとめて始末しようと考えたため、討伐担当になった一区画全てをとある方法で破壊し、降り注ぐ瓦礫や突如現れた障害物に激突したことによって弱体した闘牛たちに持ち込んだ武器で止めを刺す。なんとも魔法使いとしてあるまじき戦い方である。
「けど、事前の説明にはなかったし、過去の例にも生徒が請求されるなんて話きいたことがない!」
「ああ、その通りだ。だから今回のことを教訓にして次のルールに生かそうとしているわけだよ。お分かり頂けたかね?」
「…………」
これは非常にまずい展開。どう言い訳をしても切り返されている。このままだと本当に莫大な借金を負わされる羽目に。そんなことになれば学費を払えず退学はもちろん、所持金全てから所有している魔法具まで全て没収になる。
それだけは避けねばならない。
「そこで相談なのだがね」
「相談……?」
「ああ、条件によってはこの負債を全てなかったことにしよう」
まさに絶体絶命の窮地に一筋の希望。もたらされた人工の希望に一瞬反応するアッシュだったが、理事長の不敵な笑みでその真意に気づく。
しかし、断りを入れる余地などはない。仮に断ったところであの手この手を使い理事長は無理矢理こじつけてくるだろう。
アッシュは胸中で舌打ちしながら、
「……分かりましたよ。受けますよ。受けりゃいいんでしょ!」
「話が早くて助かるよアッシュ=ヴァレンティ」
「……完全に強要だろうが」
「人聞きの悪いことを言うな。私は可愛いアカデミアの生徒を何とか救済しようとしただけのことだ。実際に君は莫大な負債を負わず普段の生活を続けられるし、こちらも仕事を一つ片づけられて一安心だ。お互いの利益になり得ただろう?」
「毎度毎度人の弱みに付け込みやがって……」
「まぁ、そう言うな。これは君にとっても悪い話じゃない」
「アカデミアの落ちこぼれに優秀な編入生をつけて評価を上げさせようとでも? 残念ながらご存知の通りの力量なので、どんなことをしても周囲からの評価は上がりゃしないと思いますが」
自分が落ちこぼれだということは既に周知だろうというのに、それでも救い上げようとする理事長の優しさにアッシュは込み上げてくる笑いを堪えざるを得なかった。
いくら優秀な魔法使いに教えを乞うたところで自分の魔法技術が上がるわけがない。そもそもそれ以前の問題なのだから。
「相変わらず君の早とちりは治らないな」
「……それはどういう意味で?」
「なに、単純な話だ。私としてはいつも頑張っている君達をたまには応援してやろうと思っていてね。この機会にアカデミア最弱クラスのチームに優秀な人材を増員してやろうというだけだ。ついでに編入生の面倒も見てくれればそれでいい」
「胡散臭さしか残ってないんですが……?」
「きっとすぐに君達のチームに馴染むはずだ」
「訳ありかよ……」
「ほぅ察しがいいな。その通り訳ありだ。だが訳あり同士ならばヘタな遠慮もいらないだろう。それは君が一番よく分かっていると思っていたが?」
訳あり生徒の筆頭だと全く遠慮のない物言い。自覚はしているがこうもはっきり言われると腹も立たなかった。ただただ苦虫を噛み潰したような微妙な表情を作るだけ。
「ではもう一度聞こうアッシュ=ヴァレンティ。負債を背負うか編入生と仲良くアカデミア生活を送るか、どちらを選ぶかね?」