20.相対
夜が更ける。
半壊した図書館から光源を確保することは叶わず空から降り注ぐ月灯りだけが視界を開いていた。
シャーリィは杖を右手に握り、壊れた図書館の正面入り口に立ち正面の林を睨みつけ敵を待ち構える。
まさか本当にアッシュの予想通り深夜まで襲ってこないとは。
いくら夜が犯罪を成功させやすいという時間帯とはいえ、ここまでセオリー通りに行動するのも不可解である。
それに学園側も後処理で忙しいのは分かるが全てを生徒三人に丸投げするのもどうかと思う。
警備の人間くらい配置しているかと思えば蓋を開ければ誰もいない状態。
警備員は普通の人間が多い。
魔法使い同士の戦いに巻き込まれる危険性があるのは分かるが、教師の一人くらい加勢してくれてもいいのではないだろうか。今のメンバーでも負ける気はしないが囮がいれば戦況に余裕が出る。
教師陣もそれを考え影に隠れていいとこ取りを狙っているのかもしれないが、今更ぼやいても仕方がない。
だが後ろにはキャロルが狙撃位置で待機している。援護狙撃があるだけでもかなりの牽制は出来るはず。
相手の出方次第であるが先行して各所に罠を張ってあるし、思惑がハマれば数分もかからず無力化出来る。
控えている第二ラウンドに向けてどれだけ体力と魔力を残しておけるかが今回の鍵。
とはいえ実力者相手に手加減して勝てるとは思ってーーー。
(今何か動いた……?)
林の中に差し込む月あかりを何かが遮ったように見えた。
シャーリィは杖を眼前に構え臨戦体制を取ると、
「《氾濫する氷湖》!」
即座に遠距離攻撃魔法を発動した。
包丁ほどの大きさの切先を鋭くした無数の氷刃が目標一点目掛けて飛ばされる。
あれが敵であれば上等。それ以外であってもこの状況であそこにいる方が悪い。
先手必勝である。
再度林の中で黒い影が動く。
やはりピンポイント攻撃では標的に当てるのは難しいか。
(ならば次は広範囲で!)
シャーリィが杖を横になぎ払おうと腕を振りかぶったと同時、林から突風が吹き荒れた。
巻き上がる砂埃に目を細めた刹那。
月明かりが陰った。
「シャーリィ後ろに下がるのです!」
その声に釣られ反射的に後ろへ大きく下がった瞬間、巨大な質量も持つ何かが空から落ちてきた。
先程の突風とは比較にならないほどの風圧が衝撃としてシャーリィを襲う。
踏ん張りが効かず吹き飛ばされたシャーリィは数メートル地面を転がった。
鈍い痛みを感じながらもすぐに起き上がり視線を上に向ける。
「なによ……これ……」
目の前に立っていたのは液体のように表面が波打っている巨大な青い何か。大きさは五階建ての建物ほどもある。
頭部と思わしき部位にある赤い瞳のような物と目があっただけで体に警告を告げるかのような震えが走った。
これは間違いなく魔導書だ
ということはスティーブンが裏口に回っているということ。
事前に話し合っていた理想とする作戦が破綻した。
しかしシャーリィは薄く笑みを浮かべる。
それがどうした。
もともと作戦などあってないようなもの。
結局は自分がとどめを刺す作戦であったことは変わらない。先か後かの違いだけだ。
ならば誰にも邪魔されない今の状況の方がお得というもの。
シャーリィは口の端をペロリと舐めていくつもの行動手順を頭に浮かべる。
地に降り立ったこの魔導書はまだ動きを見せない。
ならば最も効率が良いと導き出せる行動は……。
(セオリー通り術者を潰す!)
決断と同時に魔導書の化物と並行に走り、林の中へと魔法を打ち込む。
「《空虚な氷手》!」
林へと水平に繰り出された氷手は木々を薙ぎ倒し視界を開く。
「……は?」
シャーリィはそこに立っていた人物に目を見開いて絶句した。




