17.アッシュの秘密
警備員や教師に止められることなく図書館を後にした三人は難なくアッシュの部屋にたどり着いた。
理事長の言ったある程度のことには目を瞑る、というところに入っていたのかもしれない。
アッシュがキャロルをベッドに寝かせているとシャーリィが壁一面に設置された本棚を物色し始めた。
「誰でも分かる魔法制御に五大元素読本、薬学と爆薬、それに魔法大全……何でこれだけ同じもの何冊もあるのよ」
「おい、勝手に見るな。プライバシーの侵害だぞ」
「これだけ多種多様な本読んでれば知識も付くわね。炸裂魔甲弾を作れるのも理解出来るわ。それにあの陰険教師が言ってたテスト学年一位の理由も。一位を取り続けるっていうのは実技の授業を受けない代わりってところかしら」
本棚に満足したのかシャーリィはアッシュに向き直るとそのまま本棚の蓋に体を預け腕を組む。
「何が聞きたい」
そう聞きながらアッシュは椅子に腰掛けた。
「そうね、まず手始めに。あんた魔法は使える認識でいいのよね。コリンなんちゃらと陰険教師は落ちこぼれやら魔法使いもどきやら酷い言い方をしていたけれど。実際私と戦った時も牢屋壊した時も使ってたわよね」
「ああ、そうだな。使うことは出来る。そうじゃないとこの学園の入学試験なんて受けられないだろ」
「使うことは出来る? 妙な言い回しをするわね」
シャーリィは即アッシュの何かを含んだ物言いを指摘する。普通なら使えると一言で済む質問のはず。
「戦闘後の血に染まった服と関係あるの?」
「相変わらず良い着眼点をお持ちで。その通りだ。俺が魔法使いとして欠陥品になったのは体内で練り上げた魔力がなぜか自然と外に出ず、皮膚を裂くという物理的な外傷を負わなければ発動できないところにある」
つまり魔法を使うたびに怪我が増えて行くということ。まるで自傷行為である。
「幸い副産物として得た能力なのか傷の治りはめっぽう早い。ただ失った血液は戻らないから魔力切れよりも貧血を注意する必要があるのが難点だな」
「なるほど。だから戦闘後衣服に血は付いてるけど傷はなかったのね。それで、どのくらいの時間戦えるの?」
「そりゃその時の状況にもよる」
「私は真面目に聞いてるのよ」
悪戯っぽく茶化すアッシュの態度をシャーリィが嗜める。その時々で戦闘持続時間が変化するなど当たり前のこと。シャーリィが聞きたいのはそこではない。
「あんたが戦える最長時間と最短時間を教えなさい」
この質問にアッシュの表情が強張り、口元に手を当て何かを思考し始めた。
数秒で口元から手を離しシャーリィへ視線を戻す。
「魔法の使用と出力さえ抑えれば長時間の戦闘は可能だ。実際前回の実習は半日行動してた。だが全力を出せば一分と保たずに良くて気絶、悪くて死ぬだろうな」
「なによハンデしか抱えてないじゃない。それでデイヴィッドとスティーブンに勝つつもりだったの?」
「付け入る隙はある。不確定要素にはなるがな」
「不確定要素? 魔導書を使った時のデメリットってこと?」
強大な力を使用するということはそれなりの反動が生じるはずである。倒し切るのではなく相手の自爆を待ち続けるとでもいうのか。
「魔導書と契約すると何かしらの欠陥が生じる。俺が魔法の発動に負傷を伴うのはそれが理由だ」
「そこを突くってわけ? そんなの大したアドバンテージにはならないわ。あんただってリスクはあれど強力なのを打てるんでしょ。攻撃特化型魔導書の本気を一発でも受けたら一瞬で終わるわ」
「それは大丈夫だ。デイヴィッドの魔導書は有機物を変化させるものらしい」
やけに確信的に否定を口にするアッシュにシャーリィは怪訝な表情を向けた。
なぜそれが分かるのか。
実は保管庫にある魔導書全てを記憶していてあの数分でどれが持ち出されたのか判別をつかせたとでも言うのか。
「妹が教えてくれた」
「はぁ? 妹って言っても魔導書でしょ。剣が喋るとでも?」
完全に疑ってかかるシャーリィの顔を見てアッシュは困惑気味に笑う。
「時折り話しかけてくる。ちなみに俺があいつを鞘のまま使うのは抜かないんじゃなくて抜けないからだ。人間の時でも魔導書になっても気まぐれなやつだよ」
アッシュはどこか遠い思い出に浸るように上を向く。
「それで妹さんはどうやってデイヴィッドの魔導書の性質を調べたのよ?」
「さぁ? あの中の魔導書にでも聞いたんじゃないか」
「ちょっと! こっちは真剣に聞いてるのよ」
「問題ない。今回あいつは協力的だ。現に保管庫でお前に危険が迫ったことを注意喚起してくれた。おそらく誰か一人かけてもデイヴィッドは倒せないと踏んでるんだろう」
魔導書すらもデイヴィッドを危険視している状況にシャーリィは一抹の不安を覚えた。
相手の能力がある程度絞れるならば対策もそれなりに立てられる。だがアッシュはさらりと口にしたが有機物を変化させられる、というのは範囲が広すぎる。
もし作戦が的を外したら苦戦どころの話ではない。相手は魔導書なのだ。過大評価し過ぎても足りはしない。
「心配するな。デイヴィッドには同じ魔導書所持者の俺がぶつかる。お前はスティーブンの相手をしろ。キャロルも補佐についてもらう」
「私たちの心配をしてるっての? 余計なお世話よ。私そんなにやわな鍛え方してないわ」
「違う。俺が全力で戦えないからだ」
「私たちを庇いながら戦うって? 舐めるも大概にしてもらえる?」
「……アッシュ言い方が悪いのですよ」
ベッドに寝かされていたキャロル目覚め、寝起きのフォローが入った。




