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16.侮蔑と蔑称

 保管庫は前回とは違いセキュリティが解除してあるらしく、シャーリィの権限を使わなくとも入ることが出来た。


 四方を無機質な白い壁に囲まれた通路を少し進むと直ぐに開けた場所に出る。

 薄暗い空間に無数の光の塊が浮かんでいた。おそらくこれが魔導書なのだろう。


 まるで夜空を間近に見てる感覚に感嘆しながら足を一歩踏み入れた瞬間三人の手足が震え出す。

 一瞬にして全身に鳥肌が立ち、背筋に冷たいものが走った。体が重くなり足に意識を集中させなければ見えない何かによって押し潰されそうな感覚に陥る。


 これは恐怖だと本能で悟った。

 今まで星々のように感じていた光の粒が、こちらを刺すように見つめる瞳のように錯覚する。


「浅ましい尖氷!」


 シャーリィが叫び、杖を振るうと十五本の鋭い氷の棘が光の塊たちを貫く。

 しかし光の塊は一度霧散するもすぐに同じ形を取り戻していった。


 シャーリィの悔しそうな舌打ちが聞こえる。

 だがおかげで三人の体から先程の恐怖感が薄れていく。


 キャロルが呼吸を荒くし、力なくその場に座り込んだ。

 シャーリィがキャロルを心配して背中をさする。


 おそらくこのプレッシャーはここに足を踏み入れたものなら誰しもが感じるものだろう。


(魔導書所持者の俺と相対したことのある銀髪にはある程度耐性があるようだが、一般人は足を踏み入れただけで命の危険に晒されるのか……)


 限られた者しか入室が許されていないことにも納得が出来た。

 それともう一つアッシュには気になることがあった。


「お前らあの光の塊どれか一つでも他の形に見えるものがあるか?」

「どれも同じ光ね」

「……同じくなのですよ」


 これが魔導書だとしてもアッシュたちの目には全て光の塊にしか見えていない。

 ということは魔導書の適合者にしか本当の姿が見えないような仕掛けがされているのだろう。


 不意にシャーリィが立ち上がり歩き出すと、近くに浮いている光の塊へ手を伸ばした。


ーーあの子死んじゃうよ?


アッシュの頭の中に少女の声が響いた。

その声に反応してアッシュが、


「銀髪、それに触るな!」

「え?」


 呼び止められたシャーリィは動きを止めたが、光の塊がシャーリィへと近づき出した。

 光の塊とシャーリィの伸ばした手の間は僅か。アッシュが駆け寄っても間に合わない。


 瞬間、耳をつんざく破裂音が部屋に響き渡り光の塊が霧散する。

 その隙にシャーリィが手を引っ込め距離を取った。


「シャーリィ大丈夫なのです?」


 地面にへたり込んだまま銃を構えるキャロルが息を荒げながら声をかけた。

 ベストな状態ではないにも関わらず瞬時の反応と命中力には恐れ入る。


「この子もう限界よ。ここにはまた来ましょう」

「そうだな……。知りたいことも大体は分かった。さっさと出るぞ。キャロルは俺が運ぶ」


 アッシュがキャロルの首の後ろと両足の下に手を入れ、お姫様抱っこで抱え上げる。


「ア、アッシュ……」


 さすがのキャロルもこの体勢は恥ずかしかったようだが、それ以上何も言わず顔を赤らめていた。

 保管庫から出た三人は手頃な階段に腰を落ち着かせ、キャロルに休息を取らせる。


 申し訳なさそうに謝るキャロルだったが、もう用は果たしたとアッシュがフォローを入れた。


「さっきも言ってたけど分かったってどういうことよ。これでデイヴィッド対策になるの?」

「そうだな。デイヴィッドの魔導書がどんなものでどんな対策が必要かは正直直接見ないことには分からん」


「なによそれぶっつけ本番ってこと? じゃあ何も分かってないんじゃない」

「まあ分かったのはーーー」


「分かったのは保管庫の魔導書は適合者にしか見えない、触れないってこと。デイヴィッドは適合者として認められて正式な所有者になったこと。この図書館内部で魔導書の試し打ちをしたこと。その魔導書が図書館の修復システムを遥かに上回る力を持ってること。このくらいかしらね」


 指折り判明したことを口にしていくシャーリィ。

 その考えは全てアッシュの考えと一致していた。


 ちょくちょく頭の良さを発揮してくる。これでどうして濡れ衣を着せられて捕まるという失態を犯すのか。


「アッシュ=ヴァレンティ」


 不意に名前を呼ばれ、アッシュは後ろを振り返る。

 そこには白髪混じりの男性教師がどこか面白くなさそうな表情を浮かべ立っていた。


 この後の展開が読めているのか、アッシュは返事をすることなく黙って視線を送る。


「何だその目は。保管庫で魔導書を直に見れたからといって調子に乗るなよ。お前のような落ちこぼれにデイヴィッドが倒せるものか。後から泣いて許しを乞うくらいなら今泣いて謝ってもいいんだぞ、ん?」

「何ですって?」


 シャーリィが食ってかかろうと一歩踏み出したのをアッシュが手で制する。


「泣いて謝ったら代わってくれんの? ああ、それが出来ないから俺たちが選ばれたんだっけ。だからあんたら教師はスティーブンの金魚の糞にしかなれないんだよ」

「金魚の糞なの? だから排泄物みたいな顔してるのね」

「お、お前たち! 生徒の分際で誰に向かってそんな口を利いている!」


 顔を茹蛸のように真っ赤に染め上げアッシュたちを威嚇する。


「あんたこそ誰に向かってそんな口利いてんだよ。こいつは至極の十人第六位様だぞ」

「ははは、そんな誰が聞いても分かる嘘を吐いたところで脅しにもならんわ」


 アッシュがシャーリィに目配せすると、シャーリィは胸ポケットから生徒手帳を取り出し教師たちに突きつける。


 生徒手帳に書かれた順位を食い入るように見る教師三人はそこに書かれた数字に動きを止めた。


 おそらくスティーブンの順位更新不正のせいで第六位が入れ替わったことは一部の教師にしか伝わっていなかったのではないだろうか。


 教師の顔色が目に見えて青ざめて行く。赤くなったら青くなったり忙しいことだ。


「だ、第六位はともかく。お前はワーストスリーだろう! 実力不足を隠すために実技の授業に一切出ないことを我々は認可していない。ペーパーテストで常に一位を取ろうとも実技の点数が無いお前がそこから這い上がることは出来ないと知れ!」


「はんっ。別にあんたら教師のために頑張るわけでもプライドのためにしがみついてる訳でもない。俺は俺の目的のためにここにいるんだ」


「お前の目的など知ったことか! 魔法が使えない魔法使いなど我々の学園に必要ない。この『灰塵アンチフェイカー』が!」


 アッシュの耳にシャーリィが杖を取り出した衣擦れの音と、キャロルが銃の安全装置を解除した金属の音が聞こえた。


 その音のせいかアッシュの感情に怒りは湧き上がらず、代わりに教師への憐れみが込み上げる。


「あんたは俺がワーストスリーに止まらざるを得ない本当の理由すら知らないんだろうなぁ。可哀想に。だから生徒をいじめて追い詰めることにしか意味を見出せないんだ。心中察しするよ。この学園から本当に必要とされていないことに気づき始めているあんたたちの心境に」

 

 あくまでも上位の立場を持ち相手を嘲笑うスタンスを崩さないアッシュの態度に教師は怒りと同時に恐怖を覚える。


 当然第六位と銃火器が攻撃モーションに入っていることも要因の一つだろう。


「ふ、ふんっ! 魔法使いもどきが吠えていろ。貧弱なスナイパーと傷物の第六位が加わったところで魔導書にはーーーはぐぅ!」


 教師が捨て台詞を言い終わる前にアッシュの右拳がその醜悪な顔面にめり込んだ。

 よほど不愉快だったのか、体重全部を乗せたその威力は重たそうな腹を持つ教師を後ろへ吹き飛ばすほどだった。


 教師は鼻血を出しながら意識を失う。

 殴った瞬間にアッシュは最近鼻血出して気絶するやつをよく見るな、と心の中で薄く笑った。

 

 だが流石に生徒が教師を殴り飛ばしたこの状況は良くない。

 周囲の警備員ら目撃者がざわつき始めた。


「あーあ、ちょっと休めると思ったのに。また移動しなきゃいけないじゃない」

「悪いとは思ってない」

「……あんたに言ってないわよ。あんたに今悪態つく必要ないでしょ」


 そう言いながらシャーリィは包帯が巻かれた左腕を右手で抱きしめた。


「キャロル動ける? 無理ならおぶって行くけど」

「大丈夫なのですよ……」


 キャロルがシャーリィの声に合わせてゆっくり体を起こす。だがまだ顔色が白く完全に調子は戻っていない様子だった。

 まだ休ませた方がいいと判断したアッシュは提案を一つ挙げる。


「俺の部屋に行くぞ。ここからだったら男子寮が一番近い」

「いいわ。そこで改めてミーティングね。今後の戦闘のためにもあんたがこんだけ侮辱される理由やあの流血のことも聞かせてもらうわよ」

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