15.犯人の目的は
「いい推理を聞かせてもらった。私が零した僅かな言葉から連鎖的に流れの考察。最終的に実行犯人を特定しただけでなく共犯の存在を明らかにし、且つ仲間の真実を証明する犯行の手口まで解き明かすとは。素晴らしい生徒に育った」
その言葉を聞いてアッシュは背筋に悪寒が走り、シャーリィは僅かに頬を朱色に染めた。
嫌な流れを感じ取ったアッシュは理事長の前からどうにか去ろうとキャロルに視線を送るが、仲間が褒められ誇らしそうに笑顔を浮かべるだけで意図を察知してくれる様子はない。
二人を置いて一人だけ逃げようかと思った瞬間、何かを察知した理事長に肩を掴まれる。
「どこへ行く気だアッシュ=ヴァレンティ。話はまだ終わっていない」
「相手は元とはいえ至極の十人だぞ! 俺のような一般生徒が太刀打ちできるとでも? はっ……!」
刹那アッシュは自分の失言に気づき思わず口を覆った。
「相変わらず話の理解が早くて助かる。心配しなくてもいい、同じ至極の十人ならそこにいるだろう。加えてデイヴィッド=スエードを倒して入れ替わった張本人だ」
焦りのあまり聞かれてもいないことに対して否定を口走り、理事長の思惑にはまってしまった。
この無機質な人間を前にするといつも冷静であろうとするアッシュですら心をかき乱される。
「アッシュ=ヴァレンティ、キャロル=エバーグリーン、シャーリィ=スプリングテイル、以上三人に命ずる。速やかにデイヴィッド=スエード及びその共犯者を捕らえ魔導書を取り返せ」
学院最高責任者である理事長の名の下に命令が下された。これでは拒否は叶わない。
この命令が聞こえたのか、初めから様子を窺っていたのか周囲で慌ただしく動いていた教師三人が駆け寄ってきた。そしてこのメンバーに任せて大丈夫なのかと執拗に理事長へ詰め寄る。
だが当の本人は一切気にした様子もなく、
「では君たちが彼らの代わりに魔導書を捕まえるかね」
と意見を一蹴。理事長へと苦言を呈していた教師らはたじろぎながら後退りする。
魔法使いとしての実力も魔導書も持っていない彼らでは荷が重い命令であることは明らか。彼らの頭にあるのは失敗の二文字だが、それを自らが背負う気はさらさらないようだ。
理事長は再度アッシュたちに視線を戻し、
「此度の行動で発生するルール違反や諸問題に関してはある程度目をつぶろう。また命令を達成した暁には出来る範囲で君たちの要望を一つ叶えよう」
その言葉にアッシュたち三人は顔色を変え、
「了解した」
「分かりました」
「承知なのです」
と二つ返事で了承する。
どの程度まで願いが叶えられるかは分からないが、僅かな可能性があるならそれに賭けたいと願う気持ちは三人とも同じだった。
「それでは健闘を祈る」
最後に一言残して理事長はアッシュたちの前から立ち去っていく。
三人にとっての大ミッションがスタートした。
とはいえ、まず何をしていいのか分からないシャーリィとキャロルはいつもの流れでアッシュへと視線を注ぐ。
さすがに毎度毎度同じであればアッシュもうんざりする。
「お前らたまには自分で考えろよ。特に銀髪お前だ! 第六位なんだから頭もある程度いいはずだろ!」
「あんた馬鹿ね。ペーパーテストに使う頭と推理に使う頭は全く違うのよ。なら能力を発揮できるやつに任せるのが得策じゃない。適材適所よ」
「もっともなこと言ってそうに聞こえるけど、それ単に自分が出来ないことを相手に押し付けてるだけだろ!」
「はぁ? あんたに見せ場を作ってあげてるんじゃない。早くさっきみたいにデイヴィッドなんちゃらの居場所を推理しなさいよ。時間ないんだから」
シャーリィの上から目線にまだまだ反論したりないアッシュだが、時間がないということには賛成するしかない。
こうしている間にもデイヴィッドとスティーブンは逃亡する準備を進めているだろう。
そこでキャロルが疑問を口にした。
「二人はどうして犯人がまだ逃げていないことを前提に話しているのです? 普通目的を果たしたらさっさと行方をくらますのですよ」
もっともな質問だった。
なるべくリスクを負わない行動を取るのが人間。なのに目的を果たした今も敵の本拠地にいるのは危険極まり行為だ。
キャロルの質問に対してアッシュが解説を始める。
「あいつらの目的は金じゃなく魔導書だ。金が必要なら魔導書一冊じゃなく他の物を盗んだ方がリスクが圧倒的に少ない」
「でもその魔導書を売るのが目的なのかもですよ。とんでもない値が付くのは明白なのです」
魔導書は基本的に公的機関でしか売買は出来ないが当然深い闇も存在する。
犯罪組織などと取引をすれば一生遊んで暮らせる金を手に入れることが出来るだろう。
だがそれでもアッシュはその意見を否定する。
「俺たち魔法使いは魔法の探求者だ。そう易々と奇跡の産物を手放すことはしないだろ。さらなる魔法の研究が出来るんだ。それにああいうプライドの塊のような連中は優越感にも浸りたがる傾向がある。だからあいつらの目的は金じゃなく……」
「魔導書なのです!」
キャロルが自身で導き出した結論に驚き、図書館の最奥に視線を送った。
昨日は入ることが叶わなかったが、そこにはまだ図書館が保有する魔導書が多く眠っている。
やつらは今夜中にも再度図書館を襲撃するだろう。
アッシュは拳を堅く握り魔導書相手をどう倒すか思考を巡らせた。
だが未知の強大な相手に答えは出ず、イメージは悪循環してしまい歯を食いしばる
「でも楽勝なのですよ」
「まぁそうね。楽そうな仕事でよかったわ」
「はあぁ?」
キャロルとシャーリィの軽い物言いにアッシュは呆気に取られる。
「お前らな、相手分かってんのか魔導書だぞ。ある種究極と戦うってのにどうしてそんな呑気に……」
「だってアッシュも同じく究極の魔導書のホルダーなのですよ。それに第六位のシャーリィもいるのです!」
「何なら私一人で戦績上げるからあんたの出番はないわよ」
なんとも楽観的な二人の物言いにアッシュは思わず笑みが溢れる。
魔導書という目的に近づき過ぎたせいで気負ってしまったか。
アッシュは一度眼を閉じ、頭を空っぽにしながら息を大きく吸って吐き出す。
「よし、奥に行って魔導書の情報と防衛方法を時間が許す限り探していくぞ」
「おー! なのです!」
「意見を出すのはいいけど、命令しないでもらえる?」
「じゃあお前は素晴らしい作戦を考えてくれるんだろうな」
「はいはい喧嘩しないで行くのですよ」
いつもの凸凹トリオの雰囲気を出しながら三人は犯行現場である魔導書保管室へと足を進めた。




