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14.推理ゲーム

 その言葉にアッシュは口の両端を大きく釣り上げ、左手に持っていた長剣を右上に振り抜いた。

鉄格子が分断され地面へと崩れ落ちる。


「ちょっと危ないじゃない! 剣で斬るならあらかじめ言っておきなさいよ!」

内心ドキドキが止まらないシャーリィが胸を押さえながら苦言を申し出る。

「うるせえ。鞘から出してないんだから大丈夫だろ。そんなことよりとっとと出ろ。キャロルが心配してたぞ」


 その言葉にシャーリィはバツが悪そうに唇を尖らし、床に転がる鉄格子を跨ぐ。

 迷惑をかけているという自覚を少しは持っているようだ。

 シャーリィに視線で上に登ると合図しアッシュが足を進める。


「出せとは言ったけど勝手に抜け出して大丈夫なの? 鉄格子まで壊したし」

「知らん。冤罪で捕まえてるんだからこれくらいで何か言われる筋合いはない」


「あんた私のこと信じてくれてるの? 意外なんだけど……」

疑いの眼差しを向けるシャーリィに対してアッシュは、

「当たり前だろ。図書館の閉館時間や警備体制を知らないお前が簡単に忍び込めるなんて思ってない。どうせノープランで外壁をうろついてる時に運悪く警報に出くわして警備に捕まったってところだろ。容易に想像が出来る」


「やっぱあんたムカつくわ! ……ムカつく!」


 まるで見ていたかのように行動を言い当てられたシャーリィは、恥ずかしさのあまり語彙力を無くし地団駄を踏むように階段を上がった。

 監視塔の入り口を出ると、真っ先にキャロルがシャーリィへと駆け寄ってくる。


「シャーリィ! 大丈夫なのですか! どこも痛くないのですか! 怪我はないのですか!」

「だ、大丈夫よ。そこまで心配しなくても怪我なんてしてないわ。まぁ気持ち的にはちょっと衝撃があったけど……」


「……アッシュ? シャーリィに何を……?」

「勝手な妄想して銃口を取り出すのをやめろ!」


 キャロルが取り出したハンドガンを震える手でアッシュに突きつけようとして、アッシュは両手を上にあげる。

 範疇を超える冗談を見てキャロルを怒らせてはいけないとシャーリィは心の中で固く誓った。


「アッシュが何をしたかは後で聞くとして、図書館へ行くなら今なのですよ」

「ああ、今から行くぞ」


「ち、ちょっと待ちなさいよ。今からってそれこそ警備が厳重になってるんじゃないの?」


 シャーリィの疑問は至極正論。普通は侵入者が現れた現場に昨日の今日ですんなり入らせてくれるものではない。

 学生が野次馬気分で行っても門前払いが目に見えているだろう。


 だがシャーリィの心配とは裏腹に当然そこにも抜け道はあるのかアッシュを先頭にキャロルがシャーリィの手を引いて図書館へと足を進めた。



 案の定図書館の入り口は警備員に囲まれており、近づく者全てにチェックを入れている。

当然野次馬の学生は門前払いを受けていた。

 

 中に入れるのは教師や警備の人間といった一部の関係者だけの様子。

 しかしそんなことお構いなしにアッシュは足を進めていく。


 そして警備員に向けてどこか嫌そうに、


「アッシュ=ヴァレンティとその一行だ」


 ここでも生徒手帳を見せ、いとも簡単に中に入っていく。

 さすがにシャーリィは気になったのかキャロルへと尋ねる。


「至極の十人でもないコイツにどうしてこんな権限があるの?」

「えーっとアッシュは……」


 シャーリィの質問に言葉を詰まらせるが、アッシュが視線を送ってきたことでホッと胸を撫で下ろし説明を声のトーンを落として続けた


「魔導書を所持しているからなのです。また改めて説明しますが魔導書を持っていれば至極の十人とまではいかないのですがそれなりの権限を持つのですよ。アッシュはあまり使いたがらないのですが」

「じゃあなんで使ったのよ。さっきも嫌そうだったわね」


「たぶんシャーリィの存在を入り口前で大っぴらにしたくないんだと思うのですよ。まだシャーリィの犯人疑いは晴れたわけじゃないのです。口にはしないけれど心配してくれてるんだと思うのですよ」

「ふーん、そう」


 シャーリィはどこか照れ臭そうにキャロルから視線を逸らし髪の毛をいじり出した。

 その様子をキャロルがニヤニヤと見つめる。


 和やかな雰囲気を持ったまま図書館に入った矢先、肌を刺すような緊張感が三人を襲った。

先にいた十数人の教師や警備員たちが静かに淡々と現場の状況確認や犯人の痕跡を探している。しかしその表情は皆鬼気迫るものだった。


「来たのかね君たち」


 理事長がアッシュたちに声をかけてきた。

 この人だけは皆とは違い焦りや怒りを感じさせない。違う。感じさせないのではなく抱いてすらないのかもしれない。


「新人が犯人扱いされたんでね。関係者として調査に参加しないとダメでしょう」

「いいだろう。簡単に概要だけ説明しておく」


 理事長いわく、犯人はあらかじめ図書館内部に侵入しており閉館後警備員が入れ替わる深夜二時前後に犯行。魔法で張った結界や罠をくぐり抜け魔導書を一冊盗み出した。

 この説明にアッシュが驚愕する。


「魔導書が盗まれた? そんな馬鹿な!」

「事実だ。魔導書の盗難は魔法学院が設立されて以来初となる」


 アッシュが驚いたのも無理はない。

 学院設立当初から魔導書を奪うため襲撃者や盗賊が侵入を試みているが全て未遂に終わり皆拘束か無惨な最後を遂げている。

 そんな完全防衛を誇る警備システムを見事に攻略したというのか。


「じゃあ犯人は学園と図書館をよく知る人物ってことなのです?」

「なら内部の犯行ってこと?」


 キャロルとシャーリィが推理ゲームを始めた。

 しかしそのゲームも理事長の一言で即座に中止になる。


「犯人の目星はついている」


 理事長の言葉に三人が首を捻った。

 犯人の目星がついているということは、ほぼ捕まえているようなものではないか。


「まず君たちは犯人が警備システムを掻い潜って魔導書を盗み出したと考えているだろうがそれは違う」

「でも昨日警報は鳴り響いてた。警備システムが起動したってことでは?」


「警報は魔導書が所定の位置から動かされた時に反応したものだ。警備システムが起動した痕跡はない」

「何だそれ。犯人は正規の方法で保管庫に入り込んだとでも? それなら至極の十人が犯人ってことになるのか? それこそ馬鹿馬鹿しい」


 アッシュが自分の推理を鼻で笑って否定するが、理事長はそれを否定しない。

 どこか愉快そうに口の端を僅かに釣り上げた。


 その様子にアッシュが信じられないものを見たように黙り込んだ。

 本当に至極の十人の誰かが犯人なのか。理事長の反応からすると正規の方法で入ったのは間違いない。


 それならば保管庫への立ち入り記録が残っている。だから理事長は犯人の目星がついていると言ったのか。そうだとしたらなぜそいつを捕まえないのか。

 逃亡したとしても追手を向かわせるはず。だが館内の様子からはその素振りすら見せていない。犯人を捕まえられない理由でもあるのか。


「ねぇ、それって私が捕まったことと何関係あるの?」


 シャーリィがアッシュの思考を破って疑問を口にした。


「警報が収まった後に図書館の周りをウロウロしていた私も少しは悪いと思うけど、問答無用で牢屋に放り込まれるとは思わなかったわよ」


「もしかしてシャーリィ生徒手帳無くしたとかじゃないのです? それを誰かが拾って使ったとか」

「私がそんなヘマするわけないわ。ちゃんとここにあるわよ」


 そう言って上着の内ポケットから生徒手帳を取り出してキャロルへと見せる。

 そのやり取りを見たアッシュが何か思いついたように険しい表情を浮かべ、理事長を睨みつけた。


「……保管庫に侵入したのは第六位か。だから外壁をウロウロしてた銀髪を有無を言わさず捕まえて投獄したんだな」

「ど、どういうことなのです? 第六位が犯人って、シャーリィはそんなことしてないのですよ!」


「あんたやっぱり私のこと疑ってたの!」

「違う」


 その否定を聞いて今にもアッシュへ掴みかかろうとしていた女子二人が首を傾げる。


「犯人は元六位のデイヴィッド=スエードだ。保管庫へ侵入した時……おそらく今もそうだろうが第六位としての権限は未だデイヴィッドのままだろうな」

「でもシャーリィの生徒手帳には第六位の表示があったのですよ? アッシュも一緒に見てるのです!」

「ああ、だからそれは見た目だけだ。権限に関しては使ってみないと分からないからな。理事長あん

たならもう調べてあるんじゃないか? だから目星はついてるなんて言ったんだろ」


 理事長は何も言わない。アッシュの言葉の続きを待っているようだった。


「これには教師も絡んでるだろうな。ランク変動後の処理は基本教師たちが行ってる。それを遅らせるだけでこの犯行は簡単に実行可能だ」

「教師ねぇ。デイヴィッドなんちゃらが犯人ということはグルの教師は昨日の陰険眼鏡ってこと?」

「そうだろうな。デイヴィッドと繋がりも強いし何よりこの現場にいないのはおかしい」こんな大事件が起きて教師陣が集まっている中、不在な理由が思いつかない


 深夜に起きた事件だからすでに犯人を追って外に出ているという可能性はあるが、デイヴィッドに疑惑がかかっている今関係者を外に出すとは考えにくい。

 監視対象の一人と名目をつけた大多数の中で現場調査をさせるのが得策だろう。


「それに昨日あいつが俺たちの前に現れたタイミングに違和感があった」

「違和感なのです? あれだけ騒げばさすがに誰か来ると思うのですが……」


「そうだな。だが早すぎた」

「ああ、そういうこと」

「え、え、え」


 アッシュの推理にシャーリィが納得した。

 自分だけ理解ができていないことにキャロルが慌てるが、シャーリィがキャロルの肩に触れて落ち着かせる。


「あの時図書館の入り口は最初から最後までコリンなんちゃらたちが陣取っていたのよ。中に人はちらほらいたけど誰も外に出てないわ。警備システムが働いて館内の様子が陰険眼鏡に伝わったとしても、そこまで長い時間私たちは戦ってたわけじゃないし。私たちが出るタイミングに合わせてあれだけの警備を引き連れて入り口前をすでに固め終わってるなんてどう考えてもおかしいわ」


「たぶん最初から監視されてたんだろうな。入学直後の銀髪が権限を使うとは考えにくいが万が一を考えて行動をしていたってとこか」


 シャーリィの横にはアッシュとキャロルがいた。もし権限が使えなければすぐに異常事態を学園側に申し出ていたはず。そうなれば彼らの計画はその時点で崩れ去っていたことだろう。

 シャーリィとアッシュの長い説明が終わった瞬間、理事長が音の軽い拍手を二人に送った。


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