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13.魔導書の正体

 アッシュ=ヴァレンティの朝は早い。

 休日だろうと早朝六時から起床し机に向かう。

 

 開く本のタイトルは魔法大全。その他にも十数冊の本がアッシュ左手が届く範囲にバランスよく積まれている

シャーリィによって噴水に落とされデロデロにされたもの……ではなく全く同じ別もの。正確にいえば実用、布教用、観賞用の中の布教用である。


 すでに何百回と全てのページに目を通し一文字一句暗唱出来るまでに記憶しているが、記憶を呼び覚ますのと実際に目を通すのとは大きく違う。学園で使用する教材や魔法文献などを照らし合わせればまだ新しい発見があるかもしれないと心が躍る。当然それらも全て暗記しているのだが。


 この勉強は趣味の一環ではあるが、この学園では生きていくための最低限の手段でもあった。

 

 左手で書物をめくり、右手に握ったペンが頭の中で描く考察をノートへ止まることなく走り続ける。


 時折り集中のしすぎで時間を忘れてたり周囲の変化に一切気が付かなかったりしてしまう。


 今日は後者だった。


「アッシューーー!」


 耳元で突如悲鳴にも似た甲高い声が叫ばれ、脳が震える感覚を覚えた。そして続いて鼓膜が鋭い痛みが走り、そこでようやく意識が引き戻される。


 痛む耳を押さえて右を向くとそこには目を潤ませながら赤く染まる頬を膨らませるキャロルがいた。


「な、なんだお前こんな朝っぱらから! それにここ男子寮……どうやって入った」

「そんなのはピッキングしたとでも思っておけばいいのです!」


 したのか……? というよりも出来たのか……。

 なんという特技を持っているんだコイツはとアッシュの中で近年驚愕ランキングが更新されている。最近更新されたのは昨日だが。


「そんなことよりも大変なのです! シャーリィが、シャーリィが!」

「銀髪がどうしたって? 図書館に侵入でもして捕まったか?まぁいくらあいつがアホでもそんなことしないか」


 と笑うアッシュは途中でやめていた考察を続けようと再びペンを取り、


「そのまさかなのですよー!」


 ペン先をノートの上で押しつぶした。

 ペンに染み込んでいたインクがノートを容赦なく黒く塗りつぶしていく。


 アッシュがゆっくりキャロルへと顔を向けると、神妙な顔で頷かれた。


「あのトラブルメーカーめ!」


 アッシュの悲痛な叫びが男子寮に響き渡った。



 アッシュとキャロルが息を切らしながら急ぎ向かったのは、男子寮から走って五分ほどにある監視塔。

 名前の通り監視をする建物である。


 魔法で強化されているのか石造にも関わらず風化している様子はない。

 塔の構成として外敵を見張る上層階や魔法で遠距離を調べる中層階、そして捕虜や問題のある人間を閉じ込める下層階がある。


 名前のまま監視に特化した建物。

 今回用があるのは当然下層階。


「止まれ。学生がここに何用だ」


 入り口前に立つ守衛に声をかけられた。


「ここにチームメイトが捕まってると聞いたので話を聞きに来たのですよ!」

「許可は得ているのか?」

「えっと……許可は……」


 当然の質問ではあるが、これを突破する策がないキャロルは助けを求めるようにアッシュへと視線を向ける。

 仕方ないなと肩をすくめるアッシュは、


「俺はアッシュ=ヴァレンティです」


 と自分の名前を口にし学生証を提示した。

 すると守衛は少し驚いたように目を細め、学生証とアッシュの顔を何度か見比べると、


「アッシュ=ヴァレンティのみ入塔を許可しよう」


 そう言って守衛は半端下がり道を開ける。


「やっぱりわたしはダメだったのです……。アッシュ頼んだのです! 喧嘩しちゃダメなのですよ!」

「分かった分かった。今回だけはちゃんと話し合ってやるよ。せっかくのチャンスを自分でふいにはしねえよ」


 キャロルの言葉を珍しく茶化さずに飲み込んだアッシュは監視塔に足を踏み入れた。


 その瞬間どこから微かに聞き覚えのある罵声が耳に入り込む。

 どうやらこれ以上なく元気なようだ。


 少しは弱った姿を見てみたいとも思ったが、それはそれで後々フォローが面倒くさい予感がした。

 アッシュはため息を吐きながら階段を下りる。


 地下に広がるのは六つの鉄格子が嵌められた牢屋。


「出しなさいよこの! こんなところ魔法でぶち破ってもいいんだからね! ちょっと誰か話聞くやつはいないの!」


 鉄格子を蹴る鈍い音と共にシャーリィのドスの効いた声が一番左奥の牢屋からフロア中に響き渡っていた。


 アッシュがそのまま近づいていくが、シャーリィが撒き散らす騒音で気が付いていないよう。


「お前は捕まっててもうるさいな」

「キャーーーーー!」


 そのためアッシュが牢屋を覗き込んだ拍子にシャーリィが驚きのあまり悲鳴を上げながらひっくり返った。

 耳をつんざく声にアッシュは顔をしかめる。


「おい痴女。これ見よがしに見せびらかすな。一応ご馳走様とだけ言っておいてやる」


 その言葉にハッと気がついたシャーリィはすぐさま起き上がりスカートの裾を押さえた。

 僅かに潤んだ上目で見られても睨まれていては可愛くもなんともない。


「この変態!見てないでここから出しなさいよ!」


 見せてきたのはお前だろうとアッシュはため息を吐く。最近ため息を吐きすぎて幸せが逃げていないか心配になる。


「心配すんな。最初からそのつもりで来てる」

「なら早くーーー」


「その代わり俺の質問に答えろ」

「……質問?」


 シャーリィが怪訝そうに眉をひそめた。

 このタイミングで質問をしようとする意図が理解出来ないといった表情。

 

 だがアッシュからすればこのタイミングでしか出来ないと思っている。

 他人の目がない閉鎖空間に加えて二人きりの状況。

 

「お前がこの学園に魔導書を求めて来たのは分かっている。どうして魔導書を求める?」

「何のことを言ってるのか分からないわ。私は魔導書なんてーーー」


 アッシュが鉄格子を蹴り飛ばし、金属が擦れる耳障りの悪い音が響いた。

 それと同時にシャーリィの体が跳ねる。


「何度も言わすな。お前が魔導書に固執してる目的を言えと言っている」


 嫌っているアッシュがいるチームへの加入、魔導書の保管場所の聞き出し、図書館侵入での拘束。誰が見ても目的は明らかだろう。


 だがあまりに高圧的な態度を受けシャーリィも感情のボルテージを上げた。


「何よその態度! 助けに来てくれたことには素直にお礼を言おうと思ってたけど、やっぱりあんたムカつくわ! そもそもそれが人に物を尋ねる態度なの。そんな威圧的な物言いで私が答えるとでも?」

「立場分かって言ってんのかお前……」

「あんたじゃなければもっと違う態度取ってるわよ」


 圧倒的に弱い立場であるにも関わらずシャーリィは強気に腕を組んでそっぽを向く。

 アッシュは何か考えるように目を細め、


「分かった」


 そう一言呟き何もない空間に右手をかざす。すると赤を基調としたの蔦のような装飾が施された鞘に収まったままの長剣が突如出現した。


 それを手に取ると地面に先端を叩きつける。

 昨日見た長剣の姿にそれが何だとシャーリィが目で訴えた。


「これが俺の魔導書だ」 

「は?」


 予想外の展開にシャーリィがポカンと口を開ける。

 思考が停止したのか視線をアッシュと長剣の間で泳いでいた。


「どうせ理事長から俺かキャロルが魔導書を持ってるとか吹き込まれてるんだろ。よかったな正解だ」

「で、でもあんた。図書館で魔導書の保管場所に行けるって子供みたいにはしゃいでたじゃない」

「はしゃいでねぇよ! 捏造すんな!」


 笑顔くらいは浮かべたかもしれないが、子供みたいに飛び跳ねて喜んだ記憶はない。そもそも先頭にいたシャーリィにアッシュの様子は見えていないはずである。

「けど嬉しそうにしてたじゃない!」

「……お前と同じだからな。俺も魔導書を求めてここに入学した。あの時ようやく掴んだチャンスを目の前にしたんだ、喜ばないわけないだろ」


「あんたの目的って何よ」

「次はお前だ。俺は一つ秘密を見せた」


 うぐ……、とシャーリィは言葉を詰まらせた。

 魔導書というジョーカーを見せられ見事にアッシュのペースに飲み込まれている。


 意識に僅かな抵抗を持ちながらも、聡明な頭で分が悪いと即座に判断すると悔しそうに前髪をかき上げた。

 諦め方が少し男前だなとアッシュは心の中で呟く。


「……いいわ話せばいいんでしょ」


 シャーリィはゆっくり立ち上がると、包帯でぐるぐる巻にされた左手を抱きしめる。

「あんたの言う通り私の目的は魔導書よ。でもそれを手に入れに来たわけじゃない」

「……へぇ違うのか」


「私の目的はこの世に存在する全ての魔導書を消し去ること! だから多くの魔導書が集まるこの学園に入学したのよ」


 アッシュはその言葉を聞いて、何か悩むように右手で顎を撫で始めた。

 そして一瞬ちらっと自分の左手にある長剣に目をやり、すぐにシャーリィはと戻す。


「……お前にそこまでの覚悟があると思わなかったな。世界でも恨んでるのか?」

「ええ恨んでるわ……。何の罪もない家族を殺した魔導書を、助けてくれなかったこの世界を!」


「なるほど、それがお前の行動理由か。けどそれだけの理由で殺戮者になるのはどうかと思うがな」

「それだけの理由で……? あんたに家族を奪われる気持ちが分かるっての! それに殺戮者って何よ、私はそんなものになる気はないわ!」


「……お前。ああ、そういうことか。どうりで話が噛み合ってないと思った」


 アッシュは手にした長剣をシャーリィの眼前に突きつける。


「一つ言っておくが家族が行動理由だってことに関しては何一つ文句はねえよ。俺も同じだからな」


 シャーリィは、じゃあどうしていちゃもんを付けてくるのかとアッシュを睨みつける。


「俺が魔導書を求めるのはこの剣を……妹を元の姿に戻すためだ」

「……妹? 何言ってんの。それは魔導書ってあんたがそう言ったんだけど。頭おかしいんじゃない?」

「やっぱりか……。お前魔導書についてどのくらい知識持ってる」


「普通にあるに決まってるでしょ! 魔導書とは魔法使いが自身の知恵と魔力と一生を懸けて作り上げた物。その魔法使い自身ともいえる代物は強力な魔道具となる」


 その答えにアッシュも頷いて正解を同意する。


「お前魔導書を見たことがあると言ったな。なのに何も感じなかったのか?」

「あんな怪物に殺されかけて何も感じないわけーーー」


「違う。違和感を感じなかったのかって聞いてんだ。お前も知っての通り魔道具は杖や腕輪、剣などただの道具だ。けど魔道書はどうだ。殺されかけたって言ったな。ただの道具が意思を持って人を襲いに来るか? もしそんなことがあるなら今頃街中が大騒ぎだ」


「待ってよ、意思? ……確かにアレは明確に私たちを襲ってきた。でも魔導書は単なる強力な魔法の道具でしか……ないじゃ……ない」


 シャーリィは何かに気付き始めたのか、徐々に下を向いていき、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。

 そして力が抜けていくようにゆっくりと膝をついた。


「魔導書とは言葉の通り魔法使いが自らの姿形を変えて生み出した物。つまり人間そのものだ。元々は自分を作り替えて永遠の命を得ようとしたらしいが、そんなもの神の領域に人間が到達出来るわけがない」


 だからアッシュはそれを壊すと宣言したシャーリィのことを殺戮者と呼んだ。

 それほどのことで自分の手を汚し続けることが出来るのかと。

 

「嘘……、嘘よ……。あれが人間……? あんなおぞましいものが?」


 シャーリィは項垂れながら地面へと右拳を振り下ろした。

 そして顔を上げ立ち上がった。

「……だから何だってのよ」

「はっ! そうこなくちゃ。俺もお前に諦められたら困るんだよ」


 顔を上げたシャーリィのその表情は先程までの困惑と恐怖から覚悟を決めたような目力の強い表情へと変わっていた。


「あんたのことはどうでもいい。私は魔導書を消し去るためにあの時から今まで生きてきたのよ。殺戮者にくらい……なってやるわ!」

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