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ジャン・シュナイダーside 前編

【毎日投稿】

(全く……。剣も魔法も使えないのにギルドに入ろうなんざ、すぐ死んじまうに決まってんだろうが……)


 『シュナイダーズ』のギルドマスターであるジャンは、先ほどギルドを訪れてきた訳の分からない青年のことを思い出して、呆れながらポキポキと首を鳴らした。

 ジャンはメンバーの命を預かるギルドマスターとして、あの少年をギルドに加入させるわけにはいかなかった。

 そんなことを思っていると、ふと部屋の扉がノックされた。


「入れ」


 部屋に入ってきたのは受付嬢のノエルだった。


「マスター、少しお時間よろしいですか?」

「ノエルか。どうした?」

「あ、そういえばさっきの黒髪のイケメンさんはギルドに入るんですか?」

「あいつはだめだ。剣も魔法も使えないらしい。使い物にならん」

「そうですか……。イケメンだったからちょっと期待したのに」

「面なんざ関係ねえよ。それより何か用があってきたんだろ? 用は何だ?」

「実はこの依頼を見てほしくて」

「ん……?」


 ジャンはノエルが差し出した依頼書を手に取った


──────

【依頼名】黒龍討伐。

【依頼難度】Sランク。

【報酬】四千万G。

【詳細】この国の近くの村が黒龍によって壊滅させられたのを確認した。至急、村付近にいるであろう黒龍を討伐せよ。

──────



「黒龍……?」


 聞いたことのない魔物だった。

 ジャンはこれまで何度かドラゴンの討伐は経験している。

 だが、黒いドラゴンなど、見たことも聞いたことも無い。

 ジャンはこの依頼書を見て、悪い予感を覚えた。

 この黒龍とやらは普通の魔物とは何かが違う気がする。


「今、国があらゆるギルドにこの依頼を申請してるみたいです」

「そうか……」


 ただのドラゴンであれば何も問題はない。どこかのギルドがそのうち討伐してくれるだろう。

 しかし、ジャンの冒険者としての長年の経験が、この黒龍という存在に対して激しく警鐘を鳴らしていた。

 この黒龍を放置するのはまずい気がする。

 なぜだろう。

 すごく引っ掛かる。

 直接黒龍を見れば何かわかるかもしれない。


「……俺がこの依頼を受ける」


 ジャンはノエルに依頼書を返しながらそう言った。


「え!? マスターが直々に動くんですか!?」


 ノエルは驚いていた。

 マスターが依頼を受けるのなんかもう数年も見ていなかったからだ。


(“鬼殺しのジャン・シュナイダー”が動く……!)


 ノエルは心を打ち震わせた。

 それと同時に、マスターが動くということはこの依頼は相当危険なものなのではないかと気づき始めていた。


***


 『シュナイダーズ』というギルドは、ジャンが一人で立ち上げたギルドだ。

 ジャンがギルドを立ち上げたことが公表されると、すぐさま加入希望者が殺到した。

 なぜそんなにも加入希望者が殺到したか。その理由はただ一つ。

 “鬼殺しのジャン・シュナイダー”というこの男こそが理由だった。

 ジャンはその武骨な見た目とは裏腹に、魔法使いである。

 魔法には下から順に、下級魔法、中級魔法、上級魔法、超級魔法、神級魔法といったランク分けがある。

 その中でも神級魔法を使える人間はほとんど存在しない。超級魔法ですら習得するのが困難なのだ。ましてや神級魔法など、才能あるものが努力しても身に付けることができるかどうかのレベルだ。

 ジャンはその神級魔法を使える希少な魔法使いであった。

 ジャンはその魔法の才能を遺憾なく発揮し、名を上げてきた。

 さらにジャンは自分の魔法を常に民衆のために使っている。人々からの支持も厚かった。

 そんなジャンのギルドに志願してくる者は少なくなかった。


 こうして結成された『シュナイダーズ』であるが、今回ジャンの命令によって、『シュナイダーズ』の中でもトップクラスの実力を持つ五人のメンバーが黒龍討伐隊に選出された。

 魔法使いのルーシャ、ジャック、ジュリア。

 剣士のルーク、ソフィア。

 以上の五人だ。

 五人全員が猛者と呼ぶにふさわしい冒険者だった。


 『シュナイダーズ』はざわついていた。

 マスターが久しぶりに討伐依頼を受けるらしい。しかもギルド最強のメンバーを引き連れて。

 ギルド内はその話で持ち切りだった。

 同時にギルドには弛緩しきった空気が流れている。

 マスターが出向くのだから何も問題はないのだろう。

 ギルドメンバー全員がそう思っていた。


***


 即席で結成された計六人の黒龍討伐隊は現在、馬車に乗って、黒龍が発生したという村へ向かっている。

 村へ向かいながらジャンは、嫌な予感がだんだん強くなっているのを感じていた。

 しかし、その嫌な予感を感じているのはジャンだけのようで、他の五人はどこか楽しそうな雰囲気すら出ている。


「お前ら、いくらこのメンバーが揃っているとはいえ相手はドラゴンだ。絶対に油断はするな」


 ジャンは五人のメンバーに、そう声をかける。


「わかってるっスよ、マスター。けどマスターがいるんですからドラゴンぐらい余裕だと思うっスけどね~」


 そう返事をしたのは、剣士のルークだ。

 ルークは、剣聖に届きうると噂されている非常に実力ある剣士である。ルークは自分の剣に自信があるのはもちろん、今回は傍にあのマスターがいるのだから負ける要素がないと考えていた。むしろマスターの魔法を見られることにワクワクすらしていた。


「おい、俺を信じてくれるのは嬉しいが、頼むから油断はやめろ」


 やはりこいつらは俺がいることでどこか安心してしまっているな、とジャンは思った。

 しかしまぁ、今回はこの心強いメンバーが揃っているし、ジャン自身も本気を出すつもりだ。たしかに負ける要素はひとつもない。


(俺が心配しすぎなだけか……)


 この嫌な予感が、ただの杞憂で終わればいいのだが。

 ジャン達がそんな会話をしていたその時だった。


「おい、あれ!」


 メンバーの誰かが声をあげた。


 見ると、漆黒の鱗に身を包んだ巨大な龍が、空から迫ってきていた。


***


 悠々と広げられた大きな翼。

 漆黒に染まった全身の鱗。

 威風堂々たるその巨体が、うなりを上げながら『シュナイダーズ』の馬車を押し潰した。

 しかし『シュナイダーズ』のメンバーもやはり猛者。全員、馬車から飛び降りて黒龍の攻撃を回避している。


「こいつが黒龍か……」


 黒龍を見据えながらジャンはそう呟く。

 ジャンは、黒龍が放っている禍々しいオーラを感じ取っていた。

 なんという魔力だろう。黒龍の前に立っているだけでピリピリと肌を刺されるような感覚すら覚える。この黒龍は今まで倒してきたドラゴンとは比にならない。


「お前ら、こいつはヤバい! 全力で行くぞッ!」


 ジャンは大声でメンバーにそう声をかけた。

 メンバーも黒龍の放つ恐ろしい魔力を感じ取っているようで、全員真剣な顔つきになっていた

 もう油断は一切無い。


(一体何なんだこいつは……? なぜこんな魔物が突然現れたんだ?)


 ジャンはそう疑問に思った。

 しかし、すぐに考えることやめる。

 戦闘に集中するためだ。

 刹那。

 黒龍が口を大きく開いた。

 この場にいた人間の中で、いち早く黒龍のその動作の意味に気づいたのはジャンだった。


咆哮ブレスが来るッ!)


 ジャンはとてつもない反応速度で詠唱を行った。


「聖なる力を宿す光よ。我全てを護らんとする者なり。今その光を宿したまえ。我が名はシュナイダー。『ホーリー・シールド』」


 ジャン達の目の前に光の壁が出現するのと、黒龍の口から禍々しい魔力が感じられる黒い咆哮ブレスが放出されたのは、同時だった。

 ジャンの作り出した光の壁によって、黒龍の咆哮ブレスは掻き消される。

 しかしジャンはその咆哮を目にして、背筋が凍るのを感じていた。


(溜め無しの咆哮ブレスだったのになんて威力だ……! もし溜め有りの咆哮を打たれたら防ぎきれねえ!)


 ジャンは頭の中で瞬時にいくつもの戦闘パターンをシミュレーションした。


(少しでも黒龍に余裕を与えたら終わりだ。溜め有りの咆哮ブレスを打たれたら終わる。それに長期戦もダメだ。魔力量では人間の方が圧倒的に劣る。やるなら相手に隙を与えず、一気に押し切らねえと)


 ジャンの冒険者としての真骨頂は、魔法ではなくその思考力にあった。

 ジャンはその武骨な見た目や態度から、力でごり押しするタイプの戦闘スタイルだと思われやすい。

 しかし実際は逆だ。

 ジャンは指揮官としての資質が非常に高かった。

 戦場状況を一瞬で把握し、最適な一手を生み出すことに長けていた。

 この戦いにおいてもジャンは高い集中力を発揮し、最も有効な戦略を考えついていた。

 そしてメンバーに的確な指示を出す。


「神級魔法で一気に押し切る! お前らは五分時間を稼いでくれ! そいつを倒す必要はないッ! なるべく間髪入れずに攻撃し続けろ!」


 ジャンはそう叫んだ。

 その言葉を聞いた五人は、瞬時にジャンを守るように立ち位置を変える。

 そして剣士のルークとソフィアが一気に黒龍へと距離を詰める。

 魔法使いのルーシャ、ジャック、ジュリアは魔法でその後方支援を行った。


 ポジション取り、役割分担、連携速度、どれをとってもこの上ない完璧な連携だった。

 最初に黒龍に攻撃を当てたのはルークだった。

 ルークの横一閃の剣が黒龍の胴体に斬りかかる。

 しかし、ルークの剣は黒い鱗によって弾かれた。


「なんだよ、この堅い鱗はッ……!」


 次の瞬間、ルークの死角からドラゴンの尻尾が薙ぎ払われる。

 尻尾とルークの間にソフィアがなんとか入り込み、剣で尻尾をガードした。

 しかし、ソフィアとルークは恐ろしい勢いで吹っ飛ばされる。


「ソフィア、大丈夫っスか!?」


 ルークはソフィアの元へと駆け寄り声をかける。


「ええ、大丈夫よ……。それより早く追撃しないと……!」


 ソフィアはすぐさま立ち上がり、黒龍の方を向いた。

 前衛が吹き飛ばされていたその間、後衛の魔法使いが黒龍に途切れることなく魔法を浴びせている。

 黒龍は翼を盾にするようにしてその攻撃を防いでいる。

 黒龍にダメージはほとんど無さそうだった。


「──全てを喰らい尽くす光。邪悪なる者に天の裁きを。我が求めるところに汝あり。汝が訴えるところに我あり──」


 五人の背後ではジャンが目を瞑り、詠唱を行っていた。

 ジャンは極限まで集中していた。今のジャンには周りの戦闘の音すら聞こえていない。ただ神級魔法の詠唱を完成させることだけに全神経を注いでいる。

 この状況で一切周りの影響を受けないその集中力の高さは、日々の鍛錬を行い、また数々の死線をくぐり抜けたジャンだからこその芸当だった。


 ジャンの神級魔法が完成するまでの間、ひたすら五人は黒龍の気を引いた。

 しかし黒龍の防御力は異常だった。その黒い鱗は、剣と魔法すべての攻撃を弾き返していた。

 五人はダメージがほとんど入らない黒龍に対して焦りを感じていた。

 幸運なことに黒龍にはそこまでスピードがあるわけではなかった。おかげで五人はなんとか黒龍に対して致命傷を負うことなく立ち回ることができている。

 だがこのままじゃいつかやられる。


(けど、ジャンさんの魔法さえ完成すれば……!)


 五人は神級魔法の完成をとにかく待った。

 鬼すら殺すというジャンの神級魔法を。


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