巻き込まれ戦闘
もう少ししたら設定?のようなものを出そうと思っています。
二人を取り巻く重すぎる空気は、外野であるクルトですら感じられるほどのものだった。いつ10m近い巨体から爪撃が振り下ろされるのか、いつ女性の身長をゆうに超える青龍刀が振られるのか、クルトは対峙する二人を固唾を飲んで見守る。
「あれ、あの女の人......」
クルトは対峙する2m近い女性の背中に目が行った。土まみれ、泥まみれ、ところどころに穴が開き、スカートの丈は太ももの半分も隠せていない。そんな、女性が着ているにはあまりにも汚い服の背中は、何かを強引に閉じ込めているかのように隆起し、さらにはもぞもぞと生物かのように蠢いている。
――多腕族? いや、ならあんなに背は小さくないはず......
クルトが女性の素性を考察している間に、一つの強烈な足音が空洞内にパァン!と響く。クルトの意識はそちらに引っ張られ、女性がハングリーベア巨種の足首目掛けて開戦の一撃を打ち込んだ瞬間を目撃する。青龍刀の重さと長さを活かした中距離からの豪快な一撃は丸太のように太い足首に、一切めり込むことなく衝撃をすべて吸収された。
ハングリーベア巨種の足元に留まる女性。その頭上から巨大な鉄槌が振り下ろされる。猛烈な勢いで振り下ろされる拳を女性は軽々と避け、その腕を伝ってハングリーベア巨種の頭部まで一気に駆け上った。
両者の視線と殺意が10mもの上空で交錯し、一瞬の躊躇なくハングリーベア巨種が女性の体目掛けて食らいつく。クルトの眼には残像しか残さないほどの速度で放たれた攻撃は易々と女性を呑み込んだ。
「この程度で、私は死なないよ」
はずだったが、その女性は生きており、さらにはハングリーベア巨種の頭頂部に立っていた。
――かっこいい!
クルトは無意識に手を強く握り、その戦闘に見入っていた。ほとんど一瞬のうちに行われた動作を、影でしか追うことはできなかったクルトだったがアクロバティックな動きに憧れた。
ハングリーベア巨種は突然眼前から消えた標的に戸惑い、動きが止まる。が、それも一瞬のこと。ハングリーベア巨種は自身の頭頂部にかかる微かな圧力を捉え、拳を放つ。
迫る巨拳に対し女性は青龍刀をその場に突き刺して持ち手をしならせ、棒高跳びの選手のように拳を飛び越える。さらに彼女は空中で姿勢を整え、落下の位置エネルギーを利用した縦斬りを敢行する。
刃と頭部が衝突する寸前、ハングリーベア巨種が急に上を向く。女性はそれに構わず突貫する。
ドンッと鈍い音が鳴り、クルトの真横で地面が爆ぜる。見れば、先程まで十数メートルも先で戦っていた女性が地面に背中を半分以上めり込ませて吐血していた。
「だ、大丈夫ですか!?」
考えるより先に手が動き、クルトは女性の肩を揺すり始める。その揺れでひときわ大きくせき込み、喉に詰まる血塊も吐き出した彼女は、命の恩人であるクルトを視界に映すなり胸倉をつかんで口を開いた。
「名前は、なんだ」
「く、クルトです!」
突然すぎる出来事に目を白黒させながらもクルトは自分の名前を叫ぶ。その叫びを聞いてハングリーベア巨種がクルトたちの方向を見る。突如向けられる桁違いの殺気にクルトの背中が粟立つ。
「私の名はフィーネだ。出会って即こんなことを頼むのは失礼だとわかっているが、力を貸してくれ。今のままでは何度戦ってもあいつに勝てる未来が見えない」
翡翠色の煌めく瞳がクルトの瞳を射抜く。フィーネの眼は恐怖も、怯えも何もなかった。ただ、勝つための道が見えた希望に満ちた瞳でクルトを見ていた。
クルトの頭にロクサス英雄伝という英雄譚が浮かび上がる。何度も何度も読んで、聞いて、話して、考えた、記憶に深く根付くある言葉がクルトの脳裏で存在を主張する。
『オイラが、おっとうを助けちゃダメなのか!?守る力がなかったら戦っちゃいけないのか!?』
不死の軍勢と呼ばれる無数の骸骨騎士が村に攻めてきた時、戦えなくなった父親を後ろにして剣を構えた幼い少年の、親不孝な叫びがクルトは大好きだった。
「わか、わかりました」
この言葉が好きだったから、幼かったクルトはとにかくみんなを助けた。何を言われてもよっぽどのことがない限り見捨てなかった。それは、10年と経った今でも変わっていない。
クルトの瞳に勇気が宿る。戦闘経験皆無の体に闘志が湧く。目の前の女性を助けようと頭が冷静になっていく。
「二言はないな。ならば武器を持て」
力強く拳を握り、フィーネは衝撃が強く残る体に鞭を打って立ち上がる。その間にクルトは腰に下げた安物の直剣を鞘から引き抜く。未だ使用したことのない刀身は鏡のようにやる気に満ちたクルトの表情を映し出す。
「クルト、といったな。死にたくなければ私の名前を心の中で叫べ」
その隣に青龍刀を構えたフィーネが立ち、深く目を閉じた。それに倣ってクルトもぎゅっと目を瞑り、フィーネの指示通り心の中でクルトは叫ぶ。
――フィーネさん!
叫んだ瞬間、剣を持つ手が軽く揺れた。わずかな振動だったが、クルトは気になって目を開ける。
「え?」
そこには桃色に光るクルトの剣と同じく桃色に光るフィーネの青龍刀が十字を作っていた。