冒険者ギルド
朝食を食べ終え、クルトは自分の部屋へと戻った。自室で安物の直剣を腰に装備し、ステラに挨拶をしてから扉を開けて出ていく。日差しが一層強くなり、クルトは軽く目を細めるが、すぐに慣れ親しんだ道を歩き始める。
クルトは宿泊街を抜け、繁華街に入る。その瞬間、熱気がぶわっとクルトの顔にかかる。比較的静かだった宿泊街とは違い、繁華街では大勢の人が自店の宣伝をし、客を呼び寄せていた。繁華街を通る客もその熱気にあてられ、盛り上がったりしている。その中をクルトは通り、五年間毎日通い続けた建物へと向かっていく。
繁華街を抜け、家屋が立ち並ぶ居住区に入って数分後、クルトは目的の場所へと到着する。
剣と槍が交差した巨大な看板を天井に飾り、その体のすべてを木で造られた巨大な建物。頻繁に鎧をまとった人やローブに杖を装備した人が出入りする、最も人気な職場。冒険者ギルドへとクルトは到着した。
躊躇なく大きな扉を開け、
「おはようございます」
とクルトは挨拶する。それに対して丁寧にお辞儀をする受付嬢、雑に「おう」とジョッキをもって挨拶する禿げ頭、クルトの足から頭に上り、あくびを一つしてうずくまる猫のミケ。誰かかしらがクルトの挨拶に反応する。
クルトはそのまま挨拶を返してくれた茶髪ショートカットの受付嬢――シャルの元へと足を運んだ。シャルはおはようございます、とかわいらしい笑顔で挨拶をし、クエスト依頼表を机の中から取り出す。
「本日もウール平原での薬草の採取ということでよろしいですか?」
五年間欠かさず受けてきたクエストを提示されるも、クルトは首を振った。それにシャルは内心驚くが、見事な営業スマイルで顔に感情が出るのを防ぐ。しかし驚いたのは周囲の冒険者も同じだった。
「く、クルト!?どうしたんだ!?お前が薬草採取のクエストを受けないなんて!?」
クルトの肩を掴んで揺らす者、頭を触り熱がないかを確認する者、天変地異の前触れじゃ~と騒ぐ者。三者三様の態度を見せるも、そのどれもがクルトがおかしくなったと断定しているものだった。
「お、落ち着いてください。別に何にもないですよ。ただ、なんか今日は平原に行くことを体がためらっているんですよ。だから、別のところへ行こうと」
宥めるように手をあたふたさせ、クルトは事情を説明した。それに納得はしないものの理解をした冒険者はどこに行くかを聞き始める。
「そうですね。ステラさんがこの前ヒカリゴケが切れてしまったと言っていたのでパール洞窟にでも行こうと思います」
クルトの発言にシャルはクエスト依頼表のページをめくり、ヒカリゴケの納入依頼があることを確認し、クルトに提示する。その間、冒険者たちは渋い顔をしていた。
「じゃあそれでお願いします」
「わかりました。ヒカリゴケの納入、錬金術ギルドに四日後の夕方までとなります。頑張ってください!」
依頼承諾の紙を受け取り、意気揚々と外に出ようとしたクルトの肩を、禿げ頭の冒険者が掴んだ。彼はクルトが冒険者ギルドに入ったときに挨拶をした男で、ツルクという名前だった。
「クルト、お前ひとりでパール洞窟まで行けるのか?無事にヒカリゴケを手に入れて戻ってこれるのか?」
彼の眼には不安の色が見て取れた。だからクルトは大丈夫ですと笑顔でそういった。
その笑顔と自信満々な彼の瞳に、ツルクは何も言えなくなってしまった。
「それでは、行ってきます!」
大きく手を振り、クルトは冒険者ギルドを飛び出していった。
そしてツルクは、彼の後姿をどこか不安げな視線で見つめていた。