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異世界植物探検記~永遠に消えない冒険者~  作者: 鋼の翼
地下深い洞窟の奥底で
2/14

始まりの朝

 一つ大きな背伸びをして、彼は布団から這い出た。軽く寝癖が付き、ぼさぼさになった髪を適当に直しながら、彼は部屋に設置されているタンスを開け、中にあった深緑のT シャツとベージュのコートを取り出す。身長160cm程度の小柄な体から脆弱な筋肉が姿をのぞかせる。服を着た後、彼は窓にかかっていた厚手の布を勢いよく開き、その体に朝日を浴びる。

「うん。今日もいい朝だ」

 黒髪が新たに、ピンっと跳ねるが、それを気にせず彼は部屋を出た。部屋を出た直後、彼は押し寄せる朝の騒がしさに靄がかった思考を覚まさせる。

「クルト、珍しく遅い起床だね」

 両手両腕に皿を乗せた恰幅のいいおばさん――ステラが彼の前を勢いよく通り過ぎ、ピースボアの角煮と若鳥の薄焼き、二つずつ頼んだのは誰だい。と騒がしい部屋に入っていく。


 彼――クルトは彼女の後を追って騒がしい空間、朝の食堂に足を踏み入れた。

 たくさんのテーブルが並べられ、奇抜なファッションの人たちが皿に山のように盛られた料理をほおばり、ものすごい勢いで人が入れ替わっていく。調理場と食堂を行き来するステラおばさんたちは大盛りの料理を持てるだけもってひっきりなしに移動する。そんな中をクルトは進み、空いていた席に着席する。クルトと相席することになった三人の鎧をまとった男たちは露骨に嫌な顔をした。

「なあなあ、あいつってもしかしてクルトか?」

「そうだろ。黒髪なんて珍しい髪色を俺はあいつ以外で知らねえからな」

「え?クルトって五年も冒険者やってるのにFランクから上に行けない雑魚のことか?」

 わざとクルトにも周囲にも聞こえる声量で彼らは会話をした。彼らの声で周囲の視線が強まったことを感じたクルトは身を強張らせた。どうじに周囲の視線も憐れみを含んだものと面白がるものへ変わっていく。

 彼ら三人もそれを感じたのか、その点俺らなんかは――と自身の自慢話をしながら、それに比べて......といった感じでクルトを見下す。それが続くにつれ、周囲は笑いをこらえるかのように顔をゆがませていく。

 そんな時、食堂の扉が開かれ、料理を腕に頭に乗せたステラが入室した。

「鳥頭のから揚げ、ベアシチュー、ボアタン、山菜詰め。頼んだのは誰だーい?」

 そういった直後に、ステラは眉を寄せた。全員の視線が一点に集まていること、その視線の先にクルトがいることを確認し、ステラは料理を運びに行った。


 三人の冒険者に自分のことを悪く言われたクルトはうつむいてどうしたらよいか考えていた。彼らを無傷で追い出すにはどうするのが最適か。クルトにはただ彼らの自慢話と嘲笑を耐えるしか思いつかなかった。

 そうして冒険者三人が自慢話を続けるその背後から

「へえ。あんたたちすごいんだねえ」

 ステラの声が異様に冷たく響いた。

「でしょ?おばさんわかってるねそれに比べてこのクルトって冒険者はさあ」

 ステラが現れたことでクルトの表情は一気に凍り付き、周囲の笑いは最高点に達し始める。

「うんうん。クルトがどうしたんだい?」

 優しく笑うステラの眼は一切笑っていない。空は快晴で食堂に燦燦と陽光が降り注ぎ、白いタイル張りの床を輝かせていたが、クルトの座っているテーブル回りだけ異様に暗くなっていた。

「五年も冒険者やってるのにまだ最低ランクのFランクなんだよ。笑っちゃうよな」

 そういった冒険者の一人の顔にアツアツのシチューが投げられた。

「う、おああああ!!」

 椅子の倒壊音と男の叫び声が朝の食堂に響く。それと同時に周囲から笑い声が聞こえ始める。

「な、あんた何してんだ!!」

 シチューを投げられた冒険者の仲間の一人が立ち上がってステラを指さすが、その顔に鳥頭のから揚げが皿ごと投げられ、流血する。

「何してんだ、はこっちのセリフだよ!」

 ステラは持っていた山菜とボアタンをテーブルに置き、鬼神の形相で怒鳴った。怒声に空気が震え、三人の冒険者をひるませる。

「どうした?さっきまでの威勢はどこ行ったんだい!」

 男よりも男らしいと評判のステラを、彼らは知らなかったのだ。そして、ステラが実の子のようにクルトを可愛がっていることも。

 ステラの逆鱗に触れた冒険者は、蛇ににらまれた蛙のように硬直する。一言も発さなくなった彼らにしびれを切らし、ステラは三人の襟首を掴んで窓から外へ放り投げた。

「あんたらみたいな人の存在意義を何かの値でしか判断できないような人間に食わせる飯はない!今日のクルトへの発言は見逃してやるから、今後一切家とかかわるな」

 ステラの怒りにあてられた彼らは、一目散に逃走を開始した。その途中に覚えてろ、などという捨て台詞は一切なく、生存本能全開で彼らは逃げていく。その背後に一連の流れを見ていた冒険者たちが煽りや嘲りの声を浴びせる。


「あーあ。私ったらまたやっちまったねえ」

 あらあらと困り顔のステラに

「またいいもの見させてもらいましたよ」

 と周囲の人々はいい、金銭を床に投げていく。さながら路上ライブ終了後の景色である。

「そ、そうかい?」

 少し頬を赤くしながらもステラは金銭を拾い、調理場へと引っ込んでいく。


「また、やっちゃったな。どうにかして僕だけの力で追い払えないかなあ」

 クルトはそんな考えを席に着きながら考え続けた。

 その間、ステラは

「はい、さっきのメニューを頼んでくれたのは誰だい?」

 先ほどの倍近い量の料理を運び続けた。本人曰く物騒なものを見させてしまったお詫び、らしい。当然お代は同じなため、クルトを馬鹿にする客が現れたときはスカッとするし料理もたんまり食える、ということで一部の冒険者には人気だ。


「ほらクルト、朝飯だよ」

 しばらくして目の前に運ばれてきた玄米のごはんに山菜付け、フライホースと呼ばれる魚の煮つけにクルトは手をつける。いつも食べる朝の味にクルトは軽く笑った。

「今日も楽しく過ごせそうだ」

もし誤字、脱字等が見つかりましたら教えていただければ幸いです

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