第7話
「本来、このような事を頼むべきではないのは分かっている。しかし…頼めるのはそなたしかおらぬのだ。
一生とは言わぬ。半年後の舞踏会まででいい!
愚息にばれた時の咎も一切ないように手配する!!!
だから、どうか…!!!」
そう言って陛下や宰相は私に頭を下げた。
一騎士として国に…王家に忠誠を誓った身としてはこの上なく気まずい。
頭を上げて欲しいと伝えても頑として譲らない。
ルドさんに至っては断ってもいいという始末。
「もともと王家で解決しなければならない問題です。」
断ってくださっても構わないのですよ、というルドさんと陛下、宰相を見つめる。
困っているのにこのまま見過ごすことも出来ない。
半年ということだしエルには怒られそうだけど…
「…分かりました。護衛の話、改めてお受け致します。」
「本当か!ありがとう!!!」
改めて護衛の話を引き受けると決まり、今後半年間の誓約書を制作した翌日。
私は王太子殿下に会うために再び王宮に来ていた。
「はぁーーー…」
自分で引き受けると決めた以上、しっかり護衛の任務は完遂するつもりだ。
任務途中で女だとばれ、切りかかられたりしないようサラシだけでなく腰に詰め物をし骨格も男に近づけた。密偵として敵の情報を掴むため姿形を変えることはよくあるのでヴァレンタ私兵団の隊長である私にとってこのくらいの変装は造作もない。
しかし相手は大の女嫌い。いくら男装をしたところで分かってしまうのではないかと思っている自分もいる。
ちなみにエルや私兵団には状況を伝えるために手紙を書いて伝令に渡した。陛下にも許可を貰ったため洗いざらい全てだ。
…どうせエルの事だから詳細を書かなくとも勝手に情報を集めて把握してそうだけど、誠意をみせる為にも必要だと思ったから。
帰ったあとの報復が怖いが…今は忘れよう。
「あっ!いたいた!!! 君がレオリクエス・アリア・ヴァレンタだよね?」
半年後を想像して震え上がっている私を呼ぶ声が聞こえ、青年が走ってきた。
「初めまして! 俺、ナック・ハリトン。カルライトの乳兄弟で側近してんの。事情は父さんから聞いてて君の手助けするように言われてるから安心してよ。
これからよろしく!!!」
そう言った彼は茶色の瞳と髪に愛嬌のある顔立ちの見た目を裏切らない溌剌とした挨拶をして手を差し出してきた。
「こちらこそ。レオリクエス・アリア・ヴァレンタです。半年間お世話になります。ハリトンということは宰相の?」
「はい!息子です。側近もカルライトの補佐をする為であんまり武芸は得意じゃないから、期限付きとはいえ“黒狼”が護衛についてくれるのは心強いよ。」
ヴァレンタ私兵団の中でも黒狼は特に俺たち貴族の憧れだからと嬉しそうに笑う彼に適当に相槌を打つ。謙遜してはいるが握り返した彼の手はかなり鍛えられた者の手をしていた。
強者と言われる殿下に及ばずともそれなりの実力者であるのは確かだ。
見覚えのある道を通っていると感じつつもナックの後をついていくとまたもや王宮の執務区に入ったらしい。相変わらず黒の軍服の私は注目の的だった。
「あはは、すごい見られてるね。
まぁ、皆すぐ慣れると思うよ。
はい、ここがカルライトの執務室だよ。」
扉の前で深呼吸をして頷くとナックがドアをノックした。
「カルライト殿下。ナックです。
レオリクエスをお連れしました。」
「入れ。」
流石に殿下の前では真面目なんだと変な感動を覚えていると若い男の声がした。
「失礼します。本日より殿下の護衛を務めさせて頂く事になりました。レオリクエス・アリア・ヴァレンタと申します。」
「堅苦しいのは嫌いだ。頭を上げろ。」
顔を上げた先にいたのは…
短く刈り上げた赤褐色の髪に猛禽類を思わせる琥珀の瞳。精悍でどこか野性味ある整った顔と鍛え上げられた身体。
堂々とした佇まいは王者の風格を滲みださせながらも品を感じる。
なんというか…私よりも狼の言葉が似合う青年。
不機嫌そうな表情に女だとバレたのでは無いかと体をすくませた瞬間…
「お前が本当にあの噂の騎士なのか?
…期待はずれだな。」
そう言って目の前の男は鼻で笑った。
初対面で噂から想像していた男とは違う人物だからと落胆するものは多い。
こちらとしては勝手に期待して勝手に裏切られたと思われるのは癪だが相手にするだけ無駄だ。
無視するに限る。
ただし
「ヴァレンタ私兵団のトップがこんな奴とは…最強の名も地に落ちたものだな。」
「実際に殺りあった事もないのに勝手に決めつけないで頂けますか?
貴方では相手の実力を推し量るなど出来ませんよ。
王太子殿下。」
仲間を侮辱された場合は別だ。
笑顔で吐き捨てた言葉に殿下の眉がピクリとあがった。
「ちょ、ちょっとちょっと!
対面数秒でこの険悪ムードはなんなの!?
レオリクエス、“やる”って“殺る”じゃないよね!?」
私たちの会話に慌てて間に入ったナックの質問を満面の笑みで黙殺する。ナックは短い悲鳴を上げて後ろへ下がった。
元来、私は負けず嫌いな上に喧嘩っ早い性格だ。
自分が言われる分には我慢出来るものの家族と仲間については地雷と言ってもいい。
「分かった。そこまで言うなら相手をしろ。
お前が勝ったら実力を認めてなんでもしてやる。
代わりに…俺が勝ったらヴァレンタ私兵団の隊長を降りろ。」
「構いませんよ。負ける訳ありませんので。」
ナックが何か騒いでいるが殿下と私は無視して睨み合う。最初に感じていた緊張は消え去っていた。