第5話
連投失礼します!!!
「会議が長引いてな…待たせてしまったな。」
「い、いえ……」
「あぁ…書類がまた……仕事が…あぁ……」
慌てて入ってきた男の一人がそう言って応接セットのソファに座るように促し自身も向かい側に腰を下ろした。ロマンスグレーの髪に王族のみが受け継ぐ金の瞳…リートラフ王国の国王、ガイゼル・ロスト・リートラフ国王陛下だ。
以前視察で訪れていた際、遠くから見かけた時は鋭い眼光に圧倒的な存在感を放っていたが憔悴しきって俯く姿に今は見るかげもなかった。
もう一人の書類の山を見て嘆いていた方はこの国の宰相を務めるクロス・ハリトン閣下。こちらはソファに座ることなく書類の片付けを始めている。
最初にソファを勧められてから何も言われることなく時間だけが過ぎていく。二人の様子に声をかけることすら出来ない。俯く陛下に呻きながら書類を捌いていく宰相閣下…はっきり言ってカオスだ。
ちなみに陛下は部屋に入ってから一度もデスクに目を向けていない。
この状況をどうすればいいのか打開策が思いつかないまま耐えること数分。本気で助けて欲しいと思い始めていた時。
「失礼致します。」
救世主が入ってきた。
「る、ルドさん…! 」
「おや、これはこれは……」
私はお茶の用意をして戻ってきたルドさんにこれ幸いと泣きついた。私の様子に驚いたようだったが部屋を見て察したのかひとつ頷くとお茶とお菓子の準備をしていく。
「陛下、急に微動だにせず寝るのはおやめ下さい。
ハリトン殿も書類はおいてこちらへ来なさい。」
陛下のあれは寝ていたのか…
衝撃の事実を知って固まるルドさんは私の前にカップを置きお菓子のケーキを勧めてくれた。
「ふごっ…!」
「っ…!あんぐ…!!!」
ルドさんが気にしないでくれと言ったので彼が陛下の頭を叩いて起こしたことも、何か言おうとした宰相にお菓子を突っ込み何かを囁いて頷かせていたことも見なかったことにしてケーキを堪能した。
ケーキを半分ほど食べたところで(完全に)目を覚ましたらしい陛下がそれまでの弛緩した空気を引き締めるように咳払いをした。大事な話が始まるのだと分かった私は居住まいを正し、ルドさんはお辞儀をして部屋を出ていった。
「先程は失礼した。ガイゼル・ロスト・リートラフだ。
今日、謁見の間ではなくこの部屋に呼んだのは黒狼であるそなたに極秘で任務についてもらいたかったからだ。」
陛下はそこまで言うと一旦話を区切り私を見た。その目はこれを受けるかと問うている気がした。誰の目に触れるか分からない召喚状や人の目のある謁見の間では話せない極秘任務。国王率騎士団ではなくわざわざ辺境にいる“黒狼”に声をかけたくらいだ。この先を聞いたら最後、完遂するまで私の拒否権はない。エルや仲間を守る…つまり国を守る為に騎士になった。任務の内容がどんなものであろうと国を守る事に違いはない。
「私は生涯、国のために動くと誓った身。どのような内容でもお受け致します。」
「“黒狼”レオリクエス・アリア・ヴァレンタ、そなたを我が愚息、カルライトの護衛の任につける。」
そう言われて首を傾げる。カルライト殿下はこのリートラフ王国の王太子で常日頃色々な刺客から狙われていることは理解出来る。しかし文武両道で剣の腕も騎士団と同じかそれ以上と言われる殿下に今更私をつける意味は無い。そもそもそれを私的な空間で極秘任務として伝える理由が分からない。陛下の意図が読めず黙っていると陛下は溜息をついた。
「最近、王宮の生活区に侵入者がおってな。その対策として護衛をつけるのな奴より強くなくては意味がないということで最強と名高い黒狼に話が来た。表向きは。」
どうやらここからが本題らしい。
「そなたには我が愚息から数多の令嬢を守ってもらいたい!!!」
「私からもどうか…!!!」
そう言って陛下と宰相はテーブルに額がつきそうなほど勢いよく頭を下げた。
???
「ご令嬢を殿下から守るのですか?殿下をご令嬢から守るのではなく?」
聞き間違えたかと思ったが二人は揃って肯定した。混乱してきた頭を抑えながら詳しい説明を求めるとそれまで黙っていた宰相が話し始めた。
「殿下は元々女性を得意としておられませんでした。しかし三年前…殿下が正式に社交界デビューをなされた年から女性嫌いが酷くなり…つい先日決定的な出来事が起こったのです。
殿下が執務から自室にお戻りになった時、とある伯爵家の令嬢があらぬ姿でベッドに横たわっており…怒り狂った殿下がその娘に剣を向け令嬢の叫び声を聞きいた騎士たちが駆けつけ事態が発覚致しました。」
「それでは先程話していた王宮の侵入者というのは…」
お恥ずかしながらと宰相は頷く。
「はい。そして殿下はその令嬢はもちろんのこと、家にも監督不行届だといい爵位を取り上げてしまわれました。それ以来さらに女嫌いが加速し、城の使用人でも無意味に近づいてくる女性がいると剣に手をかけるようになってしまい…私どもは殿下の起した問題解決に走り回る日々…」
そこでちらりと宰相が積み上げられた書類に目を向ける。…あれの何割かは殿下の女性関係の報告書ということだろう。陛下と宰相はこのことにかなり精神を削られていると察した。遠い目をしたままブツブツと呟き始めた宰相に変わり陛下が言葉を引き継いだ。
「愚息が令嬢に傷を負わせたとなれば国が割れるほどの問題となってしまう。かといって奴を止められる人間は騎士団の団長と副団長のみ。その二人も今は別の任務で離れていて期待が出来ぬ。そこで“黒狼”と言われるそなたにこの任務を頼みたいのだ。どうだ?受けてくれるか?」
「それは、お受け致しますが…」
副団長を務める兄が殿下は自分と実力が拮抗していると言っていたのだ。その言葉が事実なら騎士団に殿下を止められる者はいないだろう。私に話を持ってくる理由も分かる。しかし殿下がそこまで女が嫌いだとは思わなかった…
「私がこの任務につくのは問題にはなりませんか?」
女嫌いなのにその女がつくことで流血沙汰になるなんて本末転倒もいいところだ。
「女は嫌いだが女顔だからと切りかかるようなことは無い。」
ん?
「あぁ、初恋の相手は女だったからの…男色家という訳では無いのだ。そこは安心してくれて構わない。」
んんん?
オンナガオ?ダンショクカ?
…ダンショクカってあの男色家!?
衝撃の事実に目の前が真っ暗になる。フカフカのソファに体がどんどん沈んでいく気がした。確かに今日はヴァレンタ私兵団の“黒狼”として呼ばれたため黒い軍服で髪も低い位置でまとめただけだ。胸もいつもの様にサラシで潰している。
だからって声を変えているわけでも仕草や言葉使いを変えたわけでもないのに…
「あの…すみません。」
一気に居心地が悪くなるのを感じつつ喜び合う陛下と宰相に声をかける。
「どうかなさいましたかな?」
笑顔を向けてくる宰相に怯むもこのまま看過できるものでないため覚悟を決めた。
「私は男ではなく女です。」
そう言った瞬間、ピシリと部屋の中が凍りついた気がした。