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「迷子…ですかね?それとも逸れてしまった?」
さっきから一人ブツブツ呟く男性は、どうも私の肩に行儀よく座るこの子に話しかけているようだ。
ちょっとびっくりし過ぎて声が出なかった。
だって、この子の存在が見えているって事が信じられなかったから。
おまけに話しかけているし……。
色々と聞きたいことはある。
あるのだけれど…とりあえずは確認だ。
「おじさん、この子見えるの?」
この子が私の傍にいるようになって三年。
私以外にもこの子が見えるかも…そう期待をしつつも誰にも聞けないできた言葉を放つ。
思わず大きな声が出てしまった事を謝り、再び同じ質問をしてみる。
「ええ見えますよ。この子は…元は本についていた子ではないでしょうか?」
ニッコリときれいな笑顔が、とてつもなく胡散臭く見えてしまったことはとりあえず置いておいて…このチャンスを逃すまいと、勢いで約束を取り付ける。
「色々と聞きたいことがあるので、連絡先教えてください!っと…先にこれ、私の名刺です!初対面でこんなことを言うのも何なのですが…時間がある時に会っていただけませんか?」
●○●○
会う約束と連絡先をゲットし、勇樹と姉にお土産のタコ焼きとかき氷を買って、出店している場所に戻る。
「ただいまぁ~。遅くなってごめん」
予定より十分程遅れてしまった事に罪悪感を抱きながらお土産を渡すと、ニヤニヤした姉と勇樹の顔があった。
「ナンパ…上手くいった?美里ちゃんって枯れ専だったの?」
最初こそ何を言われてい居るのか分からなかったけれど、最後のその一言で分かって思わず赤面してしまった。
比較的離れた場所にあったはずの古書店周辺には、姉の知人が多くいたようで、あの時の私の様子があっという間に姉に知らされていたらしい。
「ちがう……違うよお姉ちゃん。この子の事見える人にあったの!」
自分には見えない『この子』の存在を信じてくれている姉に、慌てて報告する。
勢い込んで言う私に、思いがけず冷たい言葉が返ってくる。
「美里姉ちゃん、まだそんなこと言ってんのかよ。いい加減現実見ろよ。またコロッと騙されんじゃないのか?」
私の代わりに店番をしていた勇樹だった。
勇樹のデリカシーのない一言にカチンと来つつも、とりあえずは躱す…未だ学生の弟にムキになる程でもないし、実際勇樹の言う事も当たっているから。
「あら、勇樹ったら美里ちゃんの事言えないんじゃない?この間の女の子、他の人と仲良く歩いていたわよ?」
思わぬ方向からの心を抉る事実にショックを隠せない弟は不貞腐れたように呟く。
「俺と一緒にいるとドキドキがないんだとよ…」
そう言って下を向く弟は、姉の私が言うのもなんだけど、顔もそこそこだし頭もまぁまぁ良く、通っている大学は自宅から電車で一時間程の国立の大学だ。
自宅から通えると言うだけで受験するには、だいぶレベルが高い大学な筈なのに、割と苦労せずに入れたらしい。
まぁ…恐らくだけれど色々とそつなくこなす弟は、一緒にいると劣等感を刺激されてしまうのかもしれない。
なんてったって、家事スキルはこの三人の中ではダントツの一位だから。
姉と弟のやり取りを眺めつつ、店番をしていると、肩に乗っている子が私の頬をつんつんしてきた。
どうやら、先程の古書店の『おじさま』がこちらに来てくれたらしい。
「先程はお買い上げありがとうございました。交代の者が来たので寄らせて頂いたのですが……中々良い物を揃えてありますね」
先程の胡散臭い笑顔とは違い、楽しそうに笑っている。
古書を扱っているせいもあるのだろう。アンティークも好きなようだ。
「こちらのランプと…このペン立てを頂きたいのですが……差し支えなければ、これを選んだ方を教えて頂けますか?」
「それはどちらも、この子が海外に買い付けに言った時のお土産で貰ったんです。お土産なので、売るのを迷ったんですけど、この子がもう手放した方が良いって言うので」
今まで聞かれた事がない質問が来て、咄嗟に返せない私の代わりに何故か嬉々とした姉が答える。
姉の言葉を聞き、視線が私に向く。
「買い付け…ですか。どちらにお勤めか聞いても?」
だんだん居心地が悪くなってきたので、席を外そうかと思っていたら、質問されてしまいタイミングを逃してしまった。
「以前ですよ以前……今はプー太郎なので…」
ちょっと恥ずかしいけど、事実なのでしょうがない。それに、今は辞めてまだそんなに経っていないこともあって、就活する気にならないのだ。だから…
「もしよろしければ、ウチで働きませんか?」
こんな誘いがあっても、当然お断りさせてもらっている。いつもなら……。
そう…いつもなら断る案件。
だって私…仕事ならなんでもいい!っていうタイプじゃない。
はたから見ればだいぶ我儘に見えると思うけれど、先の目標の為ならなんのその!
なので、このお誘いは……
「ホントですか?ホントに?やっぱり無しとかってダメですよ?」
そう言って、『おじさま』の手を取り握手をする。古書店への就職……まじラッキーである。
ちなみに、私の前職はアンティークショップを経営、美術品なども扱い、個人の資産家もお得意様にいる、古物商としてはかなり大手の会社に勤務していた。
好きな事を仕事にできる…。
こんな幸せな事はない♪なんて思いながらやっていたせいか、私の営業成績はうなぎ登り。
お客様受けもよいとの事で、入社以来五年程で順調に昇進してきたのだけれど…これ以上昇進すると、実務の仕事から外されるらしいので、先月付けであっさりきっぱり辞めてきた。
「あら、美里ちゃんお仕事始めるの?約束は忘れていないと思うんだけど……お手伝いはよろしくね?」
すっかり忘れていた姉との約束を念頭において、スマホの予定表とにらめっこしていたらおじさまから提案があった。
「正式入社は来月の頭から…それまでは時々アルバイトでいらっしゃいませんか?もちろん、お休みは希望通りの日に取れますので…」
ありがたい申し出に感謝しつつ、今度は姉の予定を聞こうかと思っていたら、姉からストップがかかった。すっかり忘れていたけれど…今出店中だった……。
とりあえず、古書店の『おじさま』に名刺を頂き、後日改めてお店に寄らせてもらうことにした。
ちなみにこの間、いつもなら肩に座っているあの子は、なぜか『おじさま』の周りをフヨフヨと飛んでいた。飛んだのなんて初めて見たからちょっとびっくりしたけれど、妖精とかの類であれば飛んでも違和感はないのかもしれないなんて思いつつ、今年のフリマは終了した。
もちろん…売り上げに関しては、私の古物商の免許が必要になるほど盛況でした。
チラッと出した姉の絵も残らず売れ、三人ともほくほく顔で帰宅となった。