第六話
~2100年4月9日 4:00 国立太平洋学園国際空港~
昨晩の会議は大変なものであった。なにせNPOC創設以来初めての事態だ、誰もどう対応すればよいか分からないのだから仕方ないのだが…。
だが昨日の一連のシステムトラブルやそれを引き起こした不正アクセスが終わりとは考えにくい。きっと何か別の目的があるに違いない…。
「統括学園長、お時間です。ご搭乗お急ぎ願います」
「あぁ、分かった」
私はどこ知れぬ不安を感じつつ日本本島へ今回の一件を報告するためプライベートジェットに乗りこんだ。NPOCは国立であるがゆえに管轄は内閣府と文部科学省、あと…。
通常は文部科学大臣に報告に出向くことが多いのだが今回は事がことだ、直接総理に報告することにした。ただ何故昨晩急に連絡し、時間を作ってもらったため、お忙しい総理からいただけたのは6:15から30分間だけであった。
「統括学園長、まもなく離陸いたします。シートベルトをお締めください」
私の秘書をしてくれている近藤秋が言った。彼女は長く私の秘書をしてくれていて、とても頼りになる自慢の秘書だ。
「わかった。近藤君も座りたまえ」
「畏まりました」
ピンピンピン。シートベルト着用サインが点滅し始めた。どうやら離陸が近いようだ。
「当機はまもなく離陸します。ご搭乗されている皆様方は安全のためシートベルトをしっかりとお締め頂くようコックピットからお願い申し上げます」
~4:30 太平洋上空~
飛行機が離陸して数分経った。NPOCから羽田空港までは1時間もかからない。昔は飛行機であってもかなり時間を有していた時聞いている。文明の発達とは目まぐるしいものだな…。
「統括学園長、少しお早いですが朝食の準備をさせていただきます」
「あ…あぁ…頼むよ」
「畏まりました」
近藤がテキパキと朝食をテーブルに並べてくれた。パンにスクランブルエッグ、ポークウインナーにレタス、コーヒーとごくごく一般的な食事だ。私はパンをほおばりながら思想を巡らしていた。
やはり気がかりなのは昨日のサイバー攻撃は何だったのだろうか、ということだ。そもそもNPOCにサイバー攻撃を仕掛けるなど不可能に近い。それがなぜ出来たのか、非常に不可解である。
【NPOCサーバーセキュリティシステム】
NPOCは絶海に浮かぶ孤島がゆえに交通、電子決算などの生活インフラや防衛システムなどをすべてNPOC内で賄う必要がある。これらの管理を一手に担うのがNPOCサーバーであり、管轄はNPOC司令部システム管理課(部長:東時雄)である。
もしサーバーがダウンしてしまえば100万を優に超す人間の命に関わってくるため、様々な対策が施されている。
・予備サーバー
NPOCサーバーは通常稼働しているメインサーバーとは別にメインサーバーがダウンした際NPOC内で暮らす人々の暮らしに影響が生じるのを防ぐ予備サーバーが存在している。
予備システムでは生活インフラはメインサーバーとなんら変わりなく使えるが、防衛システムはディジタル防御(=外部からの不正アクセスをブロックする)のみ使用でき物理的防御(=NPOCを物理的攻撃から防御する)は制限される。
・NPOCサーバーセキュリティシステム
ここでは主にディジタル防御について説明していく。NPOCサーバーは前記の通り非常に重要な役割を果たしているためサイバー攻撃等によりダウンさせるわけにはいかない。よって世界最高水準のセキュリティーシステムが導入されている。
NPOCへ外部から何かを送信する際はまず防衛省にある検閲サーバーを経由し、米国防総省にある検閲サーバを経由しなければならない。この2段階の検閲サーバーを経由することでNPOCへのサイバー攻撃は未然に阻止されている。
・セキュリティバージョン
NPOCのセキュリティーシステムにはバージョンαとβが存在している。それぞれ情報の暗号化のされ方が異なっている。
NPOCになんらかのシステム異常があった際はバージョンをαからβに移行することが義務付けられている。
世界最高水準と称されるNPOCサーバーに外部からサーバー攻撃を仕掛けるなどできるはずがない。なぜこれが出来たのか…。
サイバー攻撃を仕掛けたシステムにも疑問がある。確かに鉄道の自動運転制御システムや学園内通貨システムなどの生活インフラがダウンすればNPOC内は大混乱に陥ることは否定できない。言い方が正しいとは思わないが、どうしてついでに防衛システムへもサイバー攻撃を仕掛けなかったのか。一度サイバー攻撃を仕掛けるだけでもリスクは大きい、であれば一度ですべてのシステムをダウンさせようとするのが妥当だろう。だがそれをしなかった。これには何か理由があるのか…
「まもなく東京羽田国際空港に着陸します」
機内アナウンスがかかって我に返った。結局結論はでないままか…。私はカップに残ったコーヒーを一気に流し込んだ。
~4月9日 6:15 首相官邸~
首相官邸には2,3度ではあるが訪れたことがある。何度来ても総理に会う前の緊張感は変わらない、というより今回は一番緊張しているかもしれない。
それもそのはず、私が総理に報告という名目で会うのは5年に一度の定期報告の時くらいだ。今回のようにあまり気乗りしない報告をするのはこれが初めてである。
コンコン「総理、西郷でございます」
「入りたまえ」
「失礼します。おはようございます児玉総理、ご無沙汰しております。朝早くから申し訳ございません」
「久しぶりだね西郷君。まぁまぁ西郷君座りたまえ」
「失礼します」
私は総理に勧められ席に腰かけた。すかさず近藤が後ろから資料を手渡してくれた。
「今日は急にお時間を頂戴し申し訳ありません」
「まぁまぁ朝早くから頭を下げることはよしなさい、まぁ西郷君が急ぎで報告したいと言うからね、私も時間を作らないわけにはいかないんだよな、はははは!」
総理は朝からご機嫌の様だ。児玉総理はNPOC創立時、文部科学大臣として様々ご尽力いただいた。それ以来西郷家と総理とは家族ぐるみの付き合いが続いている。
たかが一学園の長である私やその家族をとても気にかけ、良くしてくださる総理や総理婦人には感謝してもしきれない。
「いつもありがとうございます」
「いや、気にすることはないよ。それでは西郷君、時間もないようだ、早速要件を聞かしてもらおうか」
「はい、それでは報告させていただきます。昨日19:30頃NPOC内の鉄道自動運転安全装置の作動及び学園内通貨システムの不具合が発生しました」
「君がわざわざ報告に来るくらいだ。故障やシステムエラーなどではないのだな」
「その通りです。鉄道自動運転システムを管理するJR学園線中央コントロールセンター及び学園内通貨システムを管理する総務課からシステムトラブルの報告を受けシステム管理課が鉄道自動運転システム、学園内通貨システムを含むNPOCサーバーの総チェックを直ちに実施したところ、不正アクセス、つまりサーバー攻撃を確認したという事です」
「なんと…」
流石の総理も言葉を失っている様子だ。後ろに並んでいる政府関係者もざわついている。それもそのはずであろう。ここにいる人間は全員NPOCサーバーのセキュリティーシステムについて理解している。このセキュリティーが世界最高水準であり外部から不正アクセスができることなどあり得ない事も含めだ。
「だ、だが西郷君。NPOCのサーバーには防衛省と米国防総省のサーバーを経由しないとアクセスできないのだろう。外部からのサイバー攻撃など可能なのか?」
「私も飛行機の中で考えたのですが、やはり外部からの不正アクセスは不可能に近いと思われます」
「ではどうして…どうして不正アクセスなど起こったんだ!」
「そうですね…これからお話しすることは私の、一個人の意見としてお聞きいただきたいと思います」
「分かった…話したまえ」
「私が考える可能性は二つです。まず一つ目は『革命国の通信技術が飛躍的発達を遂げている』ということ。我々が現在、革命国の通信技術として目安にするデータというのは2年も前のものです。2年と聞くと短いように感じますが情報技術を発達させるにはあまりにも長すぎる月日です。これは我が国の先人たちの功績が物語っているので総理にも想像していただきやすいかと。
確かに2年前のデータを基準とすれば革命国にNPOCサーバーのセキュリティーシステムを突破することなどまず不可能でしょう。でもこの2年で飛躍的に情報技術を発達させたと仮定してみたらどうでしょうか…」
「君は今回のサイバー攻撃を革命国からのものだというのかね?」
「そうですね…私はその可能性がやはり高いかと。流石にUG3を隠し通すのも限界が近づいてきていると感じますし、革命国に情報が流れててもなんら不思議はないですから」