「剣を置く理由 ――“強い私”じゃなくても、そばにいていい?」
朝の空気は、いつもより澄んでいた。
学園の訓練場から聞こえる、金属がぶつかる音。
規則正しく、無駄がなく、そして力強い。
――間違いない。
「……アルティナだな」
ゼロが脳内で即答する。
(はい。
本日早朝5時12分から自主訓練を開始しています)
(本日のデート予定時刻は10時。
すでに3時間以上、剣を振り続けています)
「デート前に修行ってどういう感情だよ……」
(アルティナ様にとって
“剣を振ること=心を落ち着けること”です)
なるほど。
戦士らしいと言えば、戦士らしい。
◇
【訓練場】
俺が訓練場に足を踏み入れた瞬間、
空気がピンと張りつめた。
アルティナが、汗に濡れた髪を揺らしながら
黒剣を振り抜いている。
一撃一撃が、正確で、重くて、速い。
(……やっぱ、強ぇな)
最後の一振りを終え、
アルティナは気配に気づいて振り返った。
「……来たわね」
息は少し荒いが、
表情はいつも通りの強気。
「待たせたか?」
「別に。
勝手に振ってただけ」
そう言いながらも、
剣を地面に突き立てて、深く息を吐く。
その横顔は――
“戦士”じゃなくて、ただの少女みたいだった。
◇
【アルティナの提案】
「で、今日のデートだけど」
アルティナは腕を組み、俺を見る。
「街とか、甘い場所とか……
そういうの、得意じゃない」
「だろうな」
即答したら、睨まれた。
「だから――」
アルティナは一瞬、視線を逸らしてから言った。
「……訓練、付き合いなさい」
「デートで?」
「デートでよ!!」
即キレ。
だが、その顔は少し赤い。
「私にとって、剣を振ることは“生き方”なの。
それを見せないでデートとか、ズルいでしょ」
なるほど。
これはアルティナなりの“本気”。
「いいよ。
俺も剣、少しは振れるし」
「本気で来なさい。
手加減したら……嫌だから」
その一言が、妙に胸に響いた。
◇
【模擬戦】
木剣を手に取り、
訓練場の中央に立つ。
アルティナは、いつもの黒剣ではなく
少し軽い訓練用の剣を選んだ。
「いくわよ」
合図はない。
一歩踏み込み、
風を切る音とともに剣が迫る。
速い。
だが、殺気はない。
“見せる剣”。
俺も応じる。
ガンッ、と木剣がぶつかる。
数合打ち合ったところで、
アルティナがふっと笑った。
「……悪くないじゃない」
「褒め言葉として受け取っていいか?」
「当然でしょ」
だが――
徐々に、アルティナの動きが荒くなる。
力任せ。
速さも増している。
「……どうした?」
「……っ」
答えない。
一瞬の隙を突いて、
俺は剣を弾き――
カラン、と音を立てて
アルティナの剣が地面に落ちた。
勝負あり。
……なのに。
アルティナは、動かなかった。
◇
【剣を置いた少女】
「……ねぇ、ブランデー」
背を向けたまま、
アルティナが低い声で言う。
「私ね。
ずっと“強い私”でいなきゃいけなかった」
風が吹き、
汗に濡れた髪が揺れる。
「弱いと、捨てられる。
役に立たないと、必要とされない」
ゆっくり振り返る。
その瞳は――
戦士の鋭さじゃなく、
傷ついた少女の色だった。
「だから、剣を置くのが怖かった」
俺は、剣を下ろした。
「……置かなくていい」
「違う」
アルティナは、首を振る。
「“置ける場所”が欲しかった」
そして、俺をまっすぐ見る。
「ブランデー。
あんたは……強くなくても、そばにいさせてくれる?」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
◇
【答え】
俺は、ゆっくり歩み寄る。
アルティナの前で立ち止まり、
そっと手を差し出した。
「剣を持ってても、
置いてても」
手が、少し震えている。
「アルティナは、アルティナだ」
一瞬、時間が止まったように感じた。
次の瞬間――
アルティナは、
思い切り俺に抱きついた。
「……っ、バカ……」
声が震えている。
「そんなの……
ずっと欲しかった言葉じゃない……」
俺は、そっと背中に手を回す。
しばらく、誰も喋らなかった。
◇
【“デート”の続き】
少し落ち着いた後、
二人で訓練場を出る。
アルティナは剣を背負っているが、
さっきよりも軽そうだ。
「……この後、どうする?」
「甘いもの、嫌いじゃないんだろ?」
「……知ってた?」
「なんとなく」
少し照れた顔で、そっぽを向く。
「じゃあ……
街で、甘いの食べる」
「それ、デートっぽいな」
「うるさい」
◇
【街の菓子屋】
小さな菓子屋で、
二人並んでパフェを食べる。
アルティナは最初、
ぎこちなくスプーンを動かしていたが――
「……美味しい」
ぽつりと呟いた。
「剣振ってる時と、
全然違う顔だな」
「見るな」
だが、その声は柔らかい。
「ねぇブランデー」
「ん?」
「私、まだ負ける気ないから」
「恋の話か?」
「全部よ」
小さく笑う。
「でも今日は……
剣を置いても、私は私だって思えた」
それは、
勝敗よりも大きな一歩だった。
◇
【別れ際】
夕方、学園の門の前。
アルティナは少し考えてから、
俺の袖を掴んだ。
「……今日は、ありがとう」
「こちらこそ」
一瞬、躊躇ってから――
額に、軽くキス。
「これは……
戦士の挨拶だから」
耳まで赤い。
俺は笑った。
「次は?」
「次は……
負けない」
剣を背負い、
振り返らずに歩いていく。
◇
【ラスト】
部屋に戻ると、ゼロが報告する。
(マスター。
本日のデートにより――)
(アルティナ様の“戦闘力”は微減しましたが、
“存在安定値”が大幅に上昇しました)
「良い変化ってことか?」
(はい。
“壊れにくくなった”という意味で)
俺はベッドに倒れ込む。
剣を置いた少女。
未来を捨てた少女。
優しさを選んだ少女。




