「影は愛を狙う――暗殺襲来。そして初めて漏れた“勇者の弱音”」
学園祭2日目。
昨日の盛り上がりはそのままに――
出し物のクオリティも競争心も、さらに熱を帯びている。
だが今日の空気は違った。
熱、興奮、期待。
その裏に――“冷たい視線”が混ざっている。
ゼロが低い声で告げる。
(マスター、本日から本格的に“敵が学園内へ侵入”しています)
(合計8名。全員、勇者狩りと同じ“対勇者スキル保持者”)
(狙いは――あなたの命)
胸が重くなる。
そんな状況でも、学園祭の時間は動き続ける。
ヒロイン四人は“可能性”を勝ち取るために闘っている。
俺が不安そうにしたら、誰かの努力を曇らせてしまう。
戦いながら、守られながら、想われながら――
俺は進むしかない。
◆
【午前:ローゼリアの変化】
喫茶フロアに行くと、今日のローゼリアは昨日以上の活気だった。
失恋、片想い、夫婦問題、嫉妬、依存、自己嫌悪、家庭問題――
相談内容は重いものばかり。
だがローゼリアは逃げず、否定せず、肯定だけでもなく。
優しく、残酷なくらい現実的に、
その人が前に進める“答え”を与えていた。
相談者の女の子が泣きながら言う。
「怖いの……嫌われたら、生きてる意味がなくなる……」
ローゼリアは少女の手をそっと握り、
まるで自分に言い聞かせるように微笑んだ。
「“愛されないから価値がない”なんてことはありません。
誰かに依存しないと生きられないほど弱い自分を認めて――
その上で、誰かを愛していいんです」
少女は泣きながら抱きついた。
ローゼリアは微笑みながら、でも目が少し震えていた。
俺を見るなり、ホッとしたように微笑む。
「ブランデー様……わたし、ちゃんと人の役に立ててますか?」
「もちろん。
ローゼリアは本当に強くなってる」
そう言うと――
彼女は一瞬だけ、涙が出そうなほど嬉しそうな顔をした。
だがすぐ、周囲の客の方を向き、優しい受付スマイルに切り替える。
“弱音を一番言いたい相手にだけは言わない”。
ローゼリアは、そういう強さを選んだ。
◆
【午前後半:アルティナの異変】
闘技場へ向かう途中――
観客席に座るアルティナを見つけた。
鎧を脱ぎ、剣も持たず、ただ静かに観客席の端に座っている。
「……どうしたんだ?」
アルティナは答えず、少し視線を落とす。
「昨日の勝利が……嬉しかった。
でも同時に気づいてしまったのよ」
「気づいた?」
アルティナの瞳の奥に――不安。
「私は“勝てるから選ばれる”と思ってた。
でもブランデーは、勝てるから好きなんじゃない。
強いから好きなんじゃない。
優しいから好きなんじゃない」
「……」
「じゃあ――私は何で“選ばれたい”んだろう?」
自分の中の矛盾と向き合っていた。
俺は隣に座り、言葉を絞り出す。
「アルティナが、自分で気づきたい答えなんだろう。
俺が決めるんじゃなくて」
アルティナは――少し震えながら笑った。
「……やっぱり好きよ。
その言い方、ずるい。
私の心を導くのに、絶対縛り付けない」
そして立ち上がる。
「……答え、探してくる」
それは涙ではなく、決意だった。
◆
【昼:リュミエラ姫の異変】
舞踏ショーの準備エリアへ行く。
だが今日は姫は稽古も衣装も中断していた。
王城の使者が来ている。
「“帰還命令”だと……?」
リュミエラの父――国王からの正式な召喚。
使者は冷たく告げる。
「第三王女。
恋愛行為は国家の利益を損ないます。即刻帰還を」
姫の肩が震える。
しかし一歩も下がらず、堂々と言い放った。
「いいえ。
わたくしは“政治の道具”として生まれましたが、
“恋をする権利がない”とは言われていません」
使者は顔色を変え、声を荒げた。
「許されると思うな!!これは国命――!」
リュミエラは遮る。
「これは、わたくしの人生です」
静かだが、絶対に折れない声。
使者は怒りと動揺のまま退けられた。
俺が近づくと――
姫は大きく息を吐いて微笑んだ。
「……怖かったです。
でも諦める方がもっと、怖かった」
姫は震える手を、俺の手の上に重ねた。
「ブランデー。
あなたのおかげで、人生を生きてみたいと思えた。
それだけでも――恋をした意味があります」
その瞳は泣き出しそうに潤んで、でも涙はこぼさなかった。
そして小さく囁く。
「……今日のショー、必ず見てください」
願いではなく“お願い”。
大切すぎる約束になった。
◆
【午後:ルナの異変】
未来予知カジノは昨日以上の混雑。
しかしルナは客を相手にしながら、何度も俺の方を見ていた。
落ち着かない表情。
焦り。苛立ち。痛み。
客を丁寧に捌き終えた後、
ルナは俺の腕をつかみ、外へ連れ出した。
「……未来が変わってる」
ただ一言。
「今までずっと“ブランデーと結婚する未来”は確定してた。
でも昨日から――“確定じゃなくなった”」
声が震える。
「負けたくない。
でも、負ける未来が初めて見えた」
嫉妬でも絶望でもなく――恐怖。
「未来視ってね、すごく残酷なんだよ?
幸せな未来が見えなくなるたびに、心が壊れそうになる」
俺はルナの手を握る。
「未来が変わるのは、今が本気だからだ」
ルナは涙をこらえた声で笑う。
「ねぇブランデー。
私も“幸せになっていい”?」
その問いは、胸を刺した。
俺と同じ疑問を――ルナも抱えていた。
“誰かを傷つけるくらいなら幸せになっちゃいけない”
そんな呪いに縛られていた。
俺は答えた。
「幸せになれ。
誰が何と言おうと、俺がそう望む」
ルナは一瞬で涙がこぼれそうになり、慌てて顔をそらした。
「……ずるいよ。
そんな言い方、泣くに決まってるじゃん……」
◆
【しかしその直後】
ゼロが警告を叫ぶ。
(敵襲――!!)
校庭上空。
黒い霧の塊が形を取り――
“影の暗殺者”が無詠唱で襲撃。
四人のヒロインが瞬時に動く――はずだった。
しかし暗殺者の狙いは違った。
四人じゃない。
――俺でもない。
暗殺者は観客席の無関係な生徒へ向けて呪いを投げた。
『勇者の幸せを壊す最速手段――
“周囲の大切な人間を殺す”!!!』
最も卑怯で、最も戦略的。
俺は一瞬の迷いもなく叫んだ。
「――ゼロ!!」
(了解)
身体が光に包まれ、意識が爆発した。
《恋心共鳴》
四人の感情が力として注がれる。
視界が白く輝いた――
そして俺は呪いすら超えた速度で観客席に飛び込む。
触れた瞬間――呪いは無効化される。
その反動で膝が崩れた。
ゼロが焦る。
(マスター!?補助魔力が追いつきません!!)
視界が揺れる。
胸が締め付けられる。
呼吸が苦しい。
そんな俺を見て――
ローゼリアが叫ぶ。
「守ってばかりじゃダメです!!」
アルティナが怒鳴る。
「自分を犠牲にして幸せを守ろうとするな!!」
姫が泣きそうな声で叫ぶ。
「あなたを失うくらいなら恋などいりませんわ!!」
ルナが震えながら叫ぶ。
「お願いだから!!“自分も幸せになっていい”って言って!!!」
四人の声が胸に突き刺さる。
――そして。
俺は、生まれて初めて“弱音”が漏れた。
「怖いんだよ……!」
全員が静まる。
俺は拳を握りしめ、歯を食いしばりながら告白した。
「誰かを守れなくなるのが怖い。
誰かを悲しませるのが怖い。
選んだら誰かを傷つけるのが怖い。
俺が幸せになったら、誰かが泣くんじゃないかって――
ずっと怖かった!!」
胸が焼けるほど苦しい。
「だから、自分の幸せを願っちゃいけないって……
勝手に思ってたんだ……!」
四人は――泣きながら笑った。
ローゼリア
「それでいいんです。弱くていいんです」
アルティナ
「やっと言ったじゃない……!」
リュミエラ
「弱さを見せられる相手に出会えたなら、それは運命ですわ」
ルナ
「もう一度言って。
“俺も幸せになっていい”って」
俺は震えながら言った。
「――俺も幸せになりたい」
四人は同時に抱き締めた。
「じゃあ幸せにするわ」
「一生守るわ」
「愛してみせますわ」
「勝ち取ってみせるよ」
涙、笑顔、震えた声。
それでも全員、強かった。
そして同時に宣言する。
「ブランデー。
――“初デート権”は必ず勝ち取る」
愛は、涙では終わらない。
愛し合うために戦う。
幸せになるために戦う。
そして――命を守るために戦う。




