「黒鎧の正体。世界の秘密。そして“勇者の敵は救世主”」
戦いの号砲となる唸り声が、観客席の悲鳴と混じって響いた。
黒鎧の男が一歩踏み出す。
その足音だけで大地が震える。
まるで存在そのものが“災害”。
観客の避難が始まり、教師陣と騎士団が防御結界を展開する。
ローゼリアは震える指を構えながら俺の隣に立つ。
「……ブランデー様。
怖いんじゃなくて、悔しいです……
せっかく、幸せな場所だったのに……!」
アルティナは鋭い眼光で男を睨む。
「こいつ……舞台を壊し、感情を壊し、幸せを奪う気ね。
許さない。今日この場で殺す」
二人の感情を受け取った俺は、黒鎧の男へ一歩踏み出した。
「おい。
なんで俺を狙う」
黒鎧は低く呟いた。
『理由?
――お前は絶対神だろう』
観客席の時間が止まった。
教師も、仲間も、息を止める。
だが黒鎧は続けて言った。
『勘違いするな。“神だから”狙うんじゃない』
剣を地面に突き刺し、黒い魔力が周囲に広がる。
『――お前が、世界を救うから殺す』
空気が凍り付いた。
俺が救う?
それを理由に殺す?
理解が追いつかない。
黒鎧は叫ぶ。
『この世界は、救われると滅ぶ!
“救済”は“破滅”と同義なんだよ!!』
ステージ上にいた全員の動きが止まった。
ローゼリアは震える声で問う。
「ど、どういう意味ですか……?」
『救済が起きれば――人は苦しみを失う。
苦しみを失えば、願わなくなる。
願いを捨てれば、魂は止まる。
魂が止まれば、魔力は消え、世界は崩壊する!』
黒鎧の声は怒りでも憎しみでもなく――
悲鳴に近かった。
『お前は世界を救う。それは確定だ。
お前が正しいほど、優しいほど、人は甘える。
甘えた世界は、止まって死ぬ!!
だから――救う前に殺すしかないんだよ!!!』
観客のざわめきが恐怖の渦に変わる。
救世の英雄ほど世界を殺す。
だから救世主は“人類史最大の脅威”。
黒鎧の男は剣を引き抜き、俺を指す。
『俺は未来を見た。
世界を終わらせたのは――お前だ、ブランデー!!!』
――未来視。
この男は未来を知る存在。
アルティナが牙を剥くように叫ぶ。
「そんな未来、私がブランデーと一緒に否定する!!」
ローゼリアも涙を浮かべたまま魔力を展開する。
「“救う”ことをやめろだなんて……そんなの、絶対に間違ってます!!
誰かの幸せを守るために誰かの幸せを奪うなんて!!」
黒鎧の声が震える。
『俺だって……本当は……救いたかった……。
家族を、仲間を、世界を……失いたくなかった……。
だが俺は救えなかった。
だから――お前が救う前に殺す。』
観客席から「やめろ」「戦うな」という声が飛ぶ。
だけど、これは避けられない戦いだ。
俺は深く息を吐き、剣を構えた。
「黒鎧。
お前の過去も、未来も、理由も否定しない。
だけど一つだけ言える」
剣を振り下ろすでもなく、突くでもなく、ただ構えるだけで――
地面が悲鳴を上げる。
「俺は“世界を救って終わらせるような救い方”は絶対にしない」
黒鎧の目が大きく揺れた。
『……優しすぎる救世は、最悪の破滅だ!!!』
空気が破れ、黒鎧が音速で突っ込んでくる。
だが俺は一歩も動かない。
「俺が救うのは“世界”じゃない。
――“俺の大切な人たち”だ」
黒鎧の剣が俺の首に届く――
その瞬間。
“超低速世界”
空間ごと俺を中心に停止した。
黒鎧の一撃は紙のように遅い。
観客の叫び声も止まっている。
時間さえ凍り付いた。
ゼロの声が静かに響く。
(マスター。この戦いは勝てます。圧倒的に)
(だが黒鎧の男は“敵であり、救われたい存在”です)
(――どう殺しますか?)
数秒沈黙して、俺は答えた。
「俺は誰も殺さない。
でも誰も死なせない。
敵だって味方だって関係ない。
俺の大切な世界で誰も泣かせない」
空間が解ける。
黒鎧の大剣が俺の首に届いた瞬間――
俺はその剣を素手で止めた。
バキィィン!!
黒鎧の鎧にヒビが走り、男は後方に吹き飛ぶ。
観客の悲鳴。
ローゼリア、アルティナの叫び。
教師陣の驚愕。
俺は静かに歩きながら言う。
「黒鎧。
お前は未来視で“救えなかった未来”を見たんだろ?」
沈黙。
「あの未来は“絶対”じゃない。
お前が救えなかったなら――
今度は俺が“一緒に救う”」
黒鎧の瞳が揺れた。
『……なぜだ……?
救いは破滅だと知ったはずだろ……!』
「違う。
救い“だけ”を与えるから破滅したんだ」
黒鎧が息を飲む。
「人には苦しみも痛みも必要だ。
全部奪ったら腐る。
全部与えたら壊れる。
何も助けないのも地獄。
全部助けるのも地獄。
だから――ちょうどいい距離で支え合うんだ」
黒鎧の剣が手から落ちる。
『そんな答え……聞いたことがない……』
「なら今日から覚えろよ。
“幸せは、みんなで獲るものだ”」
黒鎧は震える声で呟く。
『……俺にも……そんな未来があったのか……』
『そんな希望が……あったのか……』
解析不能な感情の光が、鎧に走った。
鎧が砕けていく。
光の破片の中から現れたのは――
まだ若い、少年に近い顔の青年だった。
瞳は涙で濡れている。
『……俺は……
救われたかっただけなのか……』
――それ以上は言えなかった。
青年は意識を失い、崩れ落ちた。
観客席からは震えるほど静かな拍手。
安堵の泣き声。
嗚咽。
祈り。
黒鎧という脅威は終わった。
だが事件はこれで終わりじゃない。
ゼロが低い声で告げた。
(マスター。最悪の情報があります)
(――黒鎧の男は“未来のあなた”です)
息が止まった。
(世界を救った結果、全員を失った未来の“金宮悠人”です)
思考が弾けた。
じゃあ今倒れた青年は――
“俺が間違えた未来の姿”。
これを聞かずにいられなかった。
「ゼロ……俺はどうなるんだ」
ゼロの声はいつになく優しい。
(大丈夫です。
マスターは“未来を変えた”。
黒鎧はもう未来のあなたではありません)
(だが――敵はまだ終わっていません)
(世界を破滅させる“本当の原因”は別にいる)
息を呑む。
「誰だ?」
ゼロが答える。
(――恋です)
理解不能。
だがゼロは続ける。
(恋が走りすぎれば、感情が暴走し、世界が割れます)
(ヒロインの心の崩壊が“世界の崩壊”に直結します)
俺は血の気が引いた。
ゼロは静かに宣告する。
(マスター。
これからあなたは――
“世界最難関の戦い”に挑むことになります)
「……まさか」
(はい。
――ヒロイン全員を幸せにしながら世界を守ってください)
舞台より難しい戦い。
魔王より残酷な戦い。
“誰も傷つけずに恋を守る戦い”。
ローゼリアとアルティナが泣きながら俺に抱きついてきた。
「無事でよかった……!」
「怖かった……本当に……!」
抱きしめ返しながら思った。
この世界は平和じゃない。
戦争はまだ始まってすらいない。
俺は――決意する。
「絶対にこの世界で誰も泣かせない。
敵だろうと味方だろうと関係ない。
俺が全員を幸せにして――世界ごと救う」
ローゼリアもアルティナも涙の笑みを浮かべた。
ゼロの声が響く。
(それができた者をこう呼びます)
(――“真の勇者”)
舞台は終わった。
ここから先は、恋と戦争の物語。




