「学園祭前夜祭は波乱の幕開け。夜の校庭で交錯する想い」
学園祭前日。
夜、王立アルクス学園の中央庭園――
巨大な噴水とイルミネーションライトで彩られた幻想的な会場に、生徒達が集まっていた。
ステージでは音楽、軽食の屋台、夜空に魔法で描かれる星の模様。
普段の訓練の空気とは違う、まさに“青春”そのもの。
だが――俺には心の準備が必要だった。
なぜなら前夜祭は毎年こう呼ばれている。
「本命指名の夜」
学園祭でパートナーを優先して行動する相手を、
前夜祭で“指名”する暗黙の文化がある。
指名=恋愛フラグ確定みたいな風習。
指名されなかった人は爆死コースみたいな空気。
俺は静かに呟く。
「俺は今日、誰も泣かせたくない。
それだけは絶対に避けたい」
(マスター、今日それを言う時点で死亡フラグです)
(言わないともっと死ぬ)
◇
前夜祭が始まって数十分――
俺は屋台の近くで焼きチキン串を食べながら過ごしていた。
すると、背中をつつく感触。
振り向くと――ローゼリア。
淡いピンクドレス、肩と背中が少し出た露出低めの上品な服。
そして新しい髪飾りが揺れている。
「……あの、少し……一緒に歩きませんか……?」
声はいつものふわっとした可愛さだけど、
瞳には覚悟と不安が両方宿っていた。
俺は頷き、並んで歩き始めた。
◇
静かな中庭。
光の花が咲く“魔法ガーデン”を歩きながら。
ローゼリアが深呼吸し、勇気を振り絞るように言った。
「わ、私……弱いのかもしれません。
誰かから選ばれたいって、願ってしまいます。
本当は……そんな自分のこと嫌いだったんです」
ローゼリアは俺の方を見られないまま続ける。
「でも……ブランデー様と過ごす時間があって……
迷宮も、食堂も、練習も……どれも全部……すごく幸せで……
自分の心を隠せなくなって……」
胸に手を当てて、小さく震えながら笑う。
「選ばれたい、って思ってしまう私は……変ですか?」
一言で、胸の奥に響いた。
俺はちゃんと向き合いたくて、言葉を選ばずに返した。
「変じゃない。
選ばれたいって思うのは、“大事にしたい相手がいる”ってことだろ?」
ローゼリアは涙を浮かべながら微笑んだ。
「……ありがとう。
私……前に進めます」
最後に彼女はこう言った。
「明日、私は全力で“あなたのヒロイン”になります。
たとえその先にどんな結果が待ってても」
そう言って、ローゼリアは謝らず逃げず、しっかり頭を下げて去っていった。
強くなったな、本当に。
◇
ローゼリアを見送った直後――
背後から冷たい風。
「……ずいぶん綺麗な雰囲気だったわね」
振り向くと、アルティナが立っていた。
深い青のドレス、銀髪が月光を反射して輝く。
表情はいつもの無表情……だが、胸元のアクセが震えるくらい心が揺れてる。
「歩くわよ。ついてきて」
拒否権なかった。
けど、それでいい。
◇
学園の高台――
夜景がすべて見渡せる“展望庭園”。
アルティナは夜空を見つめたまま、口を開く。
「私はずっと“強くなれ”“完璧でいろ”と言われてきた。
自分の弱さを見せたら、捨てられると思ってた」
風の音が小さく響く。
「でも迷宮で……あなたに抱き寄せられて……
怖いって、思ってしまった」
俺は小さく息をのんだ。
「怖いのは、失うこと。
“あなたの隣にいたい”って思ってしまった自分に、驚いた」
アルティナは初めて、完全に感情を見せた顔を向けてきた。
「認めたくないのに、あなたに惹かれてる。
譲りたくないし、独占したいし、誰にも触れてほしくない。
好きとか愛してるとか、そんな言葉で片付けたくないくらい」
近づいてくる。
一歩、また一歩。
腕が触れる距離で止まる。
「明日、私は“あなたの隣は私の場所”って証明する。
誰にも渡さない。
でも……結果がどうなっても、ちゃんと受け止める」
それは愛であり、覚悟であり、願いだった。
俺は苦しくなるほど心臓が鳴った。
アルティナは最後に一言だけ。
「あなたを好きになって……よかった」
囁くように呟き、去っていった。
◇
――二人とも背負っているものが違う。
想いの強さも、愛の形も違う。
なのに同じくらい真剣だった。
泣きたくなるくらい嬉しくて、苦しくて、温かい。
そんな感情が混ざって胸の奥で渦を巻く。
(マスター、気づいてますよね)
(……ああ)
――もう逃げて済む段階じゃない。
◇
寮に戻る途中。
誰もいない裏庭で立ち止まって空を見上げた。
星がきれいすぎて、ふと涙が出そうになる。
「俺……何を守りたいんだろうな」
戦う力はずっと前からあった。
でも、心の答えはまだ出ていない。
“選ぶ”って言葉がこんなにも重いなんて。
そこへ――背後から声。
「坊ちゃま」
イルミナだった。
夜風に髪が揺れ、いつもの優雅な微笑み。
「……泣きそうな顔ですね」
「泣いてねぇよ」
「泣いていいんですよ。
人を大切に想うことは、弱さじゃありません」
イルミナは俺の頭にそっと触れた。
その手は暖かい。
「坊ちゃまは“誰かを幸せにしたい”と本気で考える人です。
だからこそ、選べず苦しむ。
でも――それでいいんです」
「俺の気持ちも……そのうち決まるのかな」
「はい。
人を想う気持ちは、焦って選ぶものじゃありません。
誰の手を握りたいのか――
自然に、答えは見つかります」
そう言って、更に続けた。
「ただし――
その答えが見つかる前に“誰かを傷つけるなら、私は止めます”」
言葉は優しいのに、瞳は強い意志を宿している。
俺は少し笑った。
「ほんと、お前って怖いのに優しいよな」
「私はあなたの味方です。
それだけは永遠に変わりません」
月明かりの中、イルミナの微笑みはどこまでも穏やかだった。
◇
そして――
学園祭当日の朝を迎える。
運命の劇が始まる。
そこで必ず誰かの心が動き、何かが決まる。
これはもうイベントじゃない。
運命の舞台だ。




