表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
屍術師、渡辺公平の幸福  作者: 小佐原 藤秋
4/6

渡辺公平とチョコレートケーキ #1


 父母の遺言どおり、死亡届を出しただけで、葬式はしなかった。墓も永代供養をやっているお寺と既に話がついていた。火葬のあとに一緒に骨を拾ってくれたのは、前原さんと行雄だけだった。兄は裏で何かをやっているだろうし、弟は、下手すると父母の死も知らないかもしれない。


 ごたごたが済んだ、十一月の中旬、私は前原さんに呼び出された。時間は十五時過ぎ、場所は駅前のファミレスの喫煙席だ。我々の他に客はいない。


 前原さんの身長は、一九〇センチを超えている。年齢の割りに肥満とは無縁だ。髪型はオールバックで、目つきは尋常じゃないぐらい悪く、今日は三日分ぐらいのまばらな無精ヒゲを生やしている。 服装はいつもの喪服みたいなシングルのヨレたスーツに革靴だ。もう少し寒くなると、それに痛んだカシミヤのコートが加わる。

 対する私の格好は、グレーの縦縞のワークシャツにデニムのペインターパンツにワークブーツ。それと、裏地がブランケットになっているブラウンのチョアコートを着てきたが、失敗だった。一連の出来事で少し痩せたとは言え、デブにはまだ時期的に早い。


「お前の兄貴の公成なんだが」

 煙草の煙を吐き出しながら前原さんが言った。声は、人のそれよりも荒い金やすり同士をこすり合せている音に近い。

「はい」

 私は渡辺家襲撃の黒幕と、兄の所在の調査を前原さんにお願いしていた。

「あれから何人も殺してる」

 腹に重いものを落とされたような感じがした。

「渡辺家襲撃の関係者を全員殺すつもりだろうな。たぶん、黒幕にかなり近づいてる」

「ストイックですね。兄貴らしいな」

 軽口を叩いた私を、前原さんはじろりと見た。おそらく、兄は屍術を使って死者から情報を無理やり引き出したんだろう。

「屍術だけじゃねえな。あれは裏に誰か付いてる」

 その先は察することができた。

「心当たりはないです、ごめんなさい。知ってると思いますけど、親密ではないので」

 兄は内にこもるタイプで、誰にも心を開かない。

「だろうな。じゃあ、公成が婚約してたことは知ってるか?」

「初耳です。兄が結婚てのが、想像付かないな」

 兄は特定の女性と真剣な関係になるようなタイプではない。よっぽどいい人に出会ったんだろう。

 それでも、結婚となると……。考えながら、ぞっとした。その人は今、どうなってる?

 前原さんは何も言わず、じっと私を見ている。

 ああ。

「その先は、言うのが憚られるみたいですね」

 本当に動揺している時の習慣で、私は無理やり笑顔を作った。

「殺された。妊娠していた」

 私は天井を見上げた。

「お前はどうしたい?」

 しばらくして、前原さんが言った。

「たとえば、兄が黒幕を殺したとして、それで終わるんですかね。そんな簡単な話なんですか、これ」

 私は言った。前原さんは何も言わない。兄がこのまま進めば進むほど、状況は複雑になる。

「お前の希望に沿うよう努力はしてやる。連絡しろ」

 そう言って前原さんは席を立った。


 何も注文していなかったので、チョコレートケーキとドリンクバーを頼んだ。

 店員が注文を取りに来なかったのは、呼び鈴を押さなかったせいもあるが、前原さんがいたからだ。よくあることだ。

 心を落ち着けようと、ココアを飲んだが、効果がなかった。チョコレートケーキはとても食べる気が起きなかったので、持ち帰りにしてもらった。


 兄と兄の婚約者のことはいったん考えるのをやめ、 コーヒーを飲みながら今後のことを考ようとした。

 私はまた、妻と一緒に暮らしたい。それも、安全に。

 両親と兄の妻と子供を亡き者にした黒幕は許せない。死んだ方がいい。そう思ったときにもやもやするのは、あくまで感情ではそうだというだけだからだ。復讐と憂さ晴らしは近いが、違う。


 思考がまとまらない。どうしても、兄のことを考えてしまう。今どんな気持でいるのか、とか、次に会うことがあれば、なんて話しかけるか、とか。考えても意味がなく、気が滅入るだけのことだ。

 父母の死は仕事柄、覚悟していた部分があった。言い聞かされてもいた。だがもし、私の妻が殺されていたら? そして妊娠していたら?


 すべてが真っ黒に染まったような気分になった。


後書きはいつも悩みそうですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ