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屍術師、渡辺公平の幸福  作者: 小佐原 藤秋
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渡辺公平と襲撃者たち #1


 十月二十日。いつもどおりの金曜日の夜だった。

 仕事帰りに妻とショッピングモールで待ち合わせ、夕飯を済ませた。二階にある本屋で新刊を漁っているときに“いつもどおり”は終わった。


 ふと気がついた。

 人が奇妙に少ない。というよりは、誰もいない。レジカウンターを見ても、店員がいない。意識して見ても、いつもうるさいほどいる死者たちすら、どこにもいない。

 一気に冷や汗が吹き出した。急いで奥の漫画コーナーに行くと、立ち読みをしている妻の姿が見えた。まだ異変には気づいていない。

 話しかける前に携帯電話が震えた。画面を見ると『永井行雄』とあった。前職の相棒で幼馴染だ。ここ四年は連絡を取っていない。

「もしもし」

 私の声は上ずっていて、他人のもののように感じた。妻が振り返った。

「今、何階にいる? 何の店の近くにいる?」

 あの行雄が切羽詰ったような声を出している。

「な? なん… …いや、すまん、二階だ。本屋の漫画のところだ」

 意味のないことを言いかけたが、持ち直した。嫌な予感が強くなる。妻が怪訝な顔で私を見て、それからあたりを見回す。

「お前はこれから襲われる。命を狙われてる。四人だ。すぐ来るぞ」

 行雄が言った。ほらやっぱり。

「わかった」

 声が甲高くなっている。漫画コーナーから出て行こうとする妻の肩を掴んで止めた。

「下手に逃げるとやられる。アホがぶくぶく太りやがって。すぐに行くから持ちこたえろ」

 電話が切られた。妻が何かを感じ取ったらしく、怯えた表情で私を見た。

「行雄からだった」

 妻がうなずく。

「これから襲われる」

 またうなずく。自分の顔に怯えが出ているのが分かった。

「カウンターの奥にしゃがんで隠れて。なんとかする」

 笑顔を作った。無理があるのは分かっている。

「大丈夫だから」

 それを聞いたか分からないぐらい、妻の動きは速かった。さっさとカウンターの下に隠れた。さすがだ。


 武器は、たくさんの本と、技術書の詰まったビジネスバッグと、スーツの胸ポケットに挿した金属製のボールペンだ。

 腕に覚えはある。今でもたまに稽古をしている。実戦からブランクはあるが、戦える。伸びをした。腰が痛い。呼吸をしろ、と自分に言い聞かせた。緊張が呼気と共に抜けていくイメージ。肩の力を抜く。胸に手を当てる。

 夕飯を食べ過ぎたことを呪った。現役のころと比べて、十キロ以上太ったことを後悔した。いや、これは悪い面ばかりじゃない。


 私はひとつ深呼吸をして、自問自答を始めた。

 目的は? 生き延びること。

 目的を妨げる障害は? これから来る敵。

 障害を排除する方法は? 暴力。

 絶対に避けるべきことは? 殺されること、妻を人質に取られること。

 直近の目標は? 行雄が来るまで時間を稼ぐこと。あいつは便利な能力があるから、もうすぐそこにいるかもしれない。

 有利な点は? こちらが気づいたことを、敵は気づいていない。この本屋は入り口がひとつしかないので、ルートは予測できる。


 私は本屋の出入り口より二メートルほど内側に立った。大半のショッピングモールと同じように中央は吹き抜けになっているため、正面からは来られない。両側には、新刊と平積みされた雑誌の置かれた棚がある。ここなら何人か来ても、囲まれるようなことはない。

 足元にビジネスバッグを置く。左手には三冊文庫本を持ち、右手は開けた。本棚から頭が出ないように身を屈める。

 そして待った。


 男が本屋の入り口にきた。チェックのシャツとコーデュロイのパンツ姿の、茶髪の若い男だ。年齢は二十歳そこそこに見える。むかつくことに、美形だ。さらにむかつくことに、身長は私とさほど変わらないが、ウエイトは遥か下だ。


 文庫本をそいつの顔面にまとめてトスした瞬間に気づいた。右手に銃を持っている。小さめのリボルバーだ。油断しきっていて、銃口は下を向いている。

 そこからはほとんど無心だった。両手でビジネスバッグを掬うようにして茶髪に投げつけた。それを追うように私は胸ポケットからボールペンを引き抜いて握りこみ、突進した。

 茶髪は文庫本を左手で払おうとしたが、失敗して目の辺りにヒットした。追って、ビジネスバッグが顔面をかすって、吹き抜けの柵の手前に落ちた。茶髪は持ちこたえて私に銃を向けようとした。

 が、私の方が少しだけ早かった。銃を左手でつかみ、茶髪の右手にボールペンを突き立てた。そのまま左手で銃をひっぱりながら、ボールペンを茶髪の顔面に突き立ててえぐった。さらに茶髪の足の間に大きく踏み込み、中華式の体当たり。綺麗に馬歩の姿勢を取れた。 一八〇センチ九〇キロの威力。

 二メートルほど吹っ飛び、茶髪は動かなくなった。スイッチを切ったみたいに視界がブラックアウトしたはずだ。


 左手に銃が残ったので、本屋の奥に滑らせるようにして捨てた。使い方のよく分からないものは持ちたくない。

 左右を見渡した。右から男が二人、左からは男が一人、小走りで向かってきていた。右はスキンヘッドの大人と、長髪の子供かと思ったが、違う。大きい方が大きすぎるのだ。大きいほうは無手だが、小さいほうは木刀を持っている。 そして、すぐ後ろに懐かしい坊主頭が見えた。行雄だ。MA-1と履き慣らしたデニム、バイク用のブーツ。趣味は変わらないらしい。私と目が合うと、頷いた。コンビはまったく気づいていない。便利な能力だ。行雄は小さいほうに後ろから組み付いた。こっちは任せて問題ない。


 左の男は金属バットを持っている。こいつは美形でも痩せてもいない。ぽっちゃり系であばた面だ。

 私はあばた面の方に向き直った。茶髪がやられていることにあばた面は少し驚いたようだが、私が銃を持っていないことに安心したのか、金属バットを振りかざして殴りかかってきた。

 私はその中途半端な態度にぶちぎれた。ボールペンを投げつけ、子供みたいな罵声を浴びせながら無造作に距離を詰めて、当たりの浅くなった金属バットを左の肩口で受け止め、そのまま左腕を絡めて金属バットを奪い取り、それも投げ捨てて更に詰め寄った。

 あばた面に素手で何発か殴られたが、アドレナリンのせいで何も感じなかった。組み付いてきたところを喉の急所に親指を突きたてて引き剥がし、肘と膝と拳槌で吹き抜けまで追い込み、持ち上げて階下に投げ捨てた。


 鈍い音がした。一気に冷静になって、あわてて下を覗き込むと、驚いた表情のまま大の字になっているあばた面と目が合った。死んではいないように見える。

 のわー、という野太い悲鳴が聞こえ、行雄に任せた二人組みのでかい方が突進してきた。というよりは、バランスを崩して突っ込んできた、というのが正しい。

 私があわてて避けると、でかぶつは吹き抜けの分厚いガラス製の柵にぶち当たって止まった。

「よっこらせっと」

 行雄はでかぶつを足元からひょいと掬い上げて、吹き抜けから落とした。でかぶつはあばた面のすぐ脇に大の字に落ちた。

「し、死んだ?」

 私が言うと、行雄は知ったことか、という感じで肩をすくめた。

「これで打ち止めだ。すぐに前原さんたちが来る。俺は別件があるからもう行くぞ」

「ありがとう。マジで助かった」

 行雄は私の全身を品定めするように見た。

「マジで痩せろ。な?」

 そう言ってぽんぽんと私の二の腕を叩き、行雄は通用口に消えていった。

「ひいっ」

 茶髪の声だ。そちらを見ると、吹き抜けの柵にもたれ掛かっている茶髪に、妻が銃を向けていた。表情は完全に消えている。本当に怒った時の顔だ。血の気が引いた。

「ちょっと!」

 私は叫んだ。今日、一番慌てた瞬間だった。

 妻にさっきまで私を殺そうとしていた奴の命乞いをし、その間に茶髪に逃げられた。というより、体を張って逃がした。自分でやるならまだしも、妻にやらせられる訳がない。

 前原さんが来るころには、でかぶつとあばた面も消えていて、捕まえられたのは行雄が仕留めた長髪の木刀使いだけだった。


お読みいただきありがとうございます。

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