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屍術師、渡辺公平の幸福  作者: 小佐原 藤秋
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 昔、私の恩人が言っていた。

「人間と、人間の空想上の“アレ”や“コレ”やを、まとめて同じ構造にぶち込んだ奴がいる。でなきゃ、今の世界は不自然すぎる」

 喉にやすりでも入っているんじゃないかっていうぐらいひどいガラガラ声。確か近所の居酒屋で、彼はべろべろに酔っていた。 この言葉は、確信を突いているように感じた。が、考えるほどよく分からない。そもそも、この人の言っていることをすべて理解するのは不可能だ。


 子供のころ、私の師匠が言っていた。

「この世界には、人間も、神も天使も悪魔も妖怪も妖精も幽霊もいる。超能力もある。お前はそれらの相手をする。めんどくせえのは、ほとんどみんな人の形をしてるってことだ。家族も仲間もいる。戸籍もある。もう死んでんのは別だが、殺せば別の問題を抱えちまう。こりゃあ本当にめんどくせえことなんだぜ。覚えとけよ、安易な解決はその程度の価値しかねえんだぞ」

 声は朗々としていて、年齢を感じさせない。あれは、稽古で死ぬほどしごかれた後だったか。この言葉は、後に実務を通して身に沁みた。とても沁みた。


 私の父が言っていた。

「我々の家系、渡辺家は呪われてる。お前ら息子たちが思っているよりずっとな。俺はもう思い残すことはほとんどないが、この呪いはせめてもう少し軽くしてやれたんじゃないかと思えてならん」

 よく耳に馴染んだ声で、すぐに思い浮かべることができる。これは、我々兄弟三人とも何百回も聞いた。最後に聞いたのは、業界から抜ける宣言と、結婚と、それから就職の報告をしたあとだった。場所は実家の縁側だったと思う。


 私の名前は渡辺公平。屍術を使う家系に生まれた。

 まずは、屍術とはなにか、という説明からしたほうがいいように思う。屍術とは、死者と対話し、操り、時には打ち倒す術のことだ。いくつか流派があり、私の家系が扱う屍術は、生まれつきの才能を必要とする。渡辺家に生まれたすべての人間に対してその才能が授かるわけではないので、存続させるためにある程度の工夫があったのだろうと推測している。ちなみに、私の世代の場合は兄と私は才能があったが、弟にはなかった。


 話を戻す。

 ウチの家系の屍術の前提となっている“生まれつきの才能”とはなにか。それは、例外を除いてほぼ全ての死者から畏れられることだ。

 感じ、聴こえ、見え、触れ、操れ、畏れられ。という段階がある。レベル1からレベル6といったほうが分かりやすいだろうか。その、レベル6の状態を生得していることが渡辺家の屍術の前提なのだ。

 どうだ凄いだろう。などと自慢するつもりはない。努力を伴わないものなんて、自慢しても悲しくなるだけだ。三十を過ぎてからはなおさらだ。


 ざっくり言うと、レベル1から6までと肉体と精神を必死に鍛え、死者といかにあらゆるコミュニケーションをうまくとれるようになれるか、が基礎だ。応用は、どうやって死者とコミュニケーションを取れる状態まで持っていくか、に終始する。


 死者を呼び出す難易度が低い順に列挙すると、


 1.幽霊(特に呼び出す必要なし)

 2.死にたての死体

 3.死んでから時間がたった死体

 4.死体の一部

 5.死者の思い入れが高い遺物、または場所

 6.死者の遺物

 7.なにもなし


 こんな感じになる。「7」になると、それはもうとんでもない話なので、到達したご先祖様は少ないんじゃないかと思っている。

 屍術についての説明は以上にしておく。


 次に、渡辺家の家業とはなにか。

 主として、揉め事を屍術を使って処理することだ。

 もちろん、とても高くつく。家業から離れて一番後悔したのは、そこだ。


 また、正式にではないが、警察を手伝うこともある。

 これには、いち市民として無償で協力することがほとんどだ。

 言い換えると、貸しをたーーっぷり作っている。


 最後に、私の個人的な話を少しだけしておく。

 私は前述の“レベル6”を生得していた。言い換えると、生まれつき幽霊が見えた。とはいえ、まわりと価値観の差異に悩むようなことはなかった。そもそも家業からして真っ当ではなく、ウチはヨソと違うんだ、という事実を、物心ついたころから認識できていたからだ。

 子供の頃から他人を観察し、表向きだけでもうまくやれた、と言い換えてもいい。私には三つ上の兄と七つ下の弟がいたため、間に入ってうまくやる術はさらに磨かれた。そして家業を手伝うようになってから、それは屍術よりもはるかに役に立つ能力だと分かった。私の場合は屍術を使わずに、中間管理や仲裁をすることの方が多かった。


 私は七年間、家業から離れている。結果として実家とはほとんど絶縁状態になった替わりに、私は人並みの生活を嫌というほど味わった。スーツを着て通勤電車で揉まれ、仕事に追われ、体力を奪われ、地元に買ったマンションのローンを組み、車のローンを組み、食べる量は減ったのに、すっかり太った。

 子供はできなかったが、妻とは仲が良かった。というか、はっきり言って私のすべてだ。


お試し版として、何話かまとめて投稿します。

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