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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

寡黙な勇者は魔女を愛でる

作者: 成瀬 せらる



私はルリアという名前を与えられた、14歳までは普通の村娘だった。


素朴で温厚な村に住む、ごく普通の娘だった。両親と畑を耕し、一年に一度のお祭りを楽しみに待っているような、そんな娘だった。平和で長閑な村だった。


そんな村を、突如魔物の群れが襲った。

真っ赤に燃える村。物騒な刃物で刺し貫かれる村人。私を逃がそうと懇願する両親。みんな死んでいった。


魔物は私と数人の娘を攫って集落に帰って行った。魔族との子を成すために乙女を穢され、そこで何人かの娘は舌を噛み切って死んだ。私にはそこまでの根性がなかった。ただ生きていたかった。


その日は、孕むためには体を半分魔族化しなければならないと解り、魔族化の儀式を受けていた。逃げても嫌がっても、それは断行された。

身体に魔族の力を取り込む刺青を彫り込まれている最中に事は起こった。刺青が胴から首筋、腕と太ももに伸びたところだった。


勇者・メルヴィンが現れた。

勇者は魔物を薙ぎ払い、颯爽と娘たちを助けた。私以外の娘たちは、穢されてはいたが魔族化の儀式を施される前だった。勇者は彼女たちを仲間に預け、儀式の最中でぐったりしている私を魔族か、人か判断しかねていた。半端な刺青では魔族とも、人とも言えない。


「お前、ヒトか?」

「にん、げん…わたし、まだ、」


勇者は裸の私に己のマントを被せ、抱き上げた。


「そうか」


勇者はぶっきらぼうにそう言った。私は頬に熱い涙の雫が伝うのを感じた。


「しかしそれでは人の社会にはもう溶け込めまい。仕方ないから俺の側にいろ」


勇者の言葉が胸に沁みた。

私にはもう居場所がない。魔族の慰み者になり、半端に魔族化した私には、もう普通の村娘として生きる事はできない。結婚することもない。私が生きるには、勇者の側にいるしか道がなかった。


半端に魔族化した女を魔女と呼ぶということを、その日初めて知った。魔女がいかに生き辛いかを知るのはすぐだった。



-----



あれから10年と少し。

私は24歳になり、5つ年上の勇者は29歳となった。勇者の冒険は、ようやく魔族の生まれる根源となった歪みの泉を破壊し、終わりを告げようとしている。

残った魔族を殲滅しながら国へ戻る道ももう僅かしかない。


こんな身体になって以来、魔族の刺青を隠すために夏でも首元の詰まった服と長袖が手放せない。魔女には魔族の象徴である破壊力のある魔法が使え、もちろんそれは勇者の助けにはなったけれど、この力は魔族のものだから、聖なる加護は一切受け付けなかった。神殿の類には近づけず、王都を守る結界の内側にすら入れない。人に刺青や魔法を見られれば、魔族に身も心も明け渡した魔女と蔑まれ、罵られる。

私には、居場所がない。勇者がいなければ、私には何もない。


魔族が消えてしまえば、勇者は戦いを終える。

戦いを終えて、王女を娶り、次の王となるらしい。これは風の噂で聞いた。勇者も良い年だからそれが良いだろうと、誰もが言った。

勇者が嫁取りをすれば、邪魔な私はどうなる。


勇者に捨てられてしまえば、私はどこに行けばいいの。


魔族でも人でもない魔女は、どこへ行くの。


勇者は、多分慰めのつもりだったのだろうけれど、一度行き場がないと嘆いた私に「だったら俺の妻になれば良い」と言ってくれた。本気にしていたわけではないけれど、行き場のない私にはまさしく救いの言葉だった。勇者に相応しい妻が迎え入れられれば、その妻の側仕えでもできれば1番だと思っていた。

だけど、王女を娶るなら話は別だ。王都には私は入れないもの。どうしたって側には居られない。


「どうした、暗い顔をして」


夜。

森の中で夜営をするときは、パーティにいる僧侶が聖なる加護でテントをすっぽり覆って魔物から身を守る。しかしながら私はその加護を受け付けないから、1人加護の外で---即ち焚き火の周りで眠る。自分の身は自分で守れと言うわけだ。勇者だけは私を心配しているのか、いつも加護から出てきて一緒に眠ってくれた。いつものように木の幹にもたれ掛かってぼうっと焚き火を見ていると、勇者は私の隣に座り込んでそう言った。


「これからどうしようかな、って」

「どうって」

「みんなそれぞれの道に進むでしょ?」


僧侶は神殿へ。剣士は国の騎士団へ。勇者は、王へ。じゃあ半端者の魔女は?


「どこか身を寄せられる場所があれば良いけど」

「お前」

「魔女の集落ってあるかしら。魔物かぶれでも生きられる場所がないと困るわ。…でも、こんな体を見られたら討伐対象になってしまうのかな」

「俺から離れるつもりか?」


勇者はぽつりとそう言った。


「やっと、でしょ?」


王になるのなら。王都に行くなら。

物理的にどうしようもないことだもの。今まで加護を受け付けない私の体のせいで散々な目に遭ってきたのだから。勇者は私の面倒を見なくて済むのだから、万々歳のはず。

…加護が私を受け入れてくれないのだから、仕方ないじゃないか。


そっと目を閉じて、いつものように勇者の逞しい肩に頭を預けて眠った。





「メルヴィンに何言ったの?」


朝、目が覚めると僧侶のシャズナが私を覗き込んでいた。はて、何のことか。私は分からなくて首をかしげる。シャズナは困ったように首を傾げた。


「なんだか早朝から暗くて困っているの。あの神経太い男をあそこまで弱らせられるのはルリアくらいでしょ?」

「…私、また何か重荷になったのかな。あ、魔女の集落とかないかな、って言ったから…探さなきゃって思ったのかも。…自分で探すから、いいのに」

「魔女の集落?なぜ、どうしてそんなものを?」

「だって……私、他に行き場が、ないから」


シャズナは口をぽかんと開いて、そのまま静止した。


「行き場…?あいつ、責任とらないつもりなの…?」

「メルヴィンのこと?責任なんて、そんな。 迷惑かけてばかりなのにこれからもなんて言えない」


一体何の責任なのだろうか。私を生かしたことに対する責任なら、とっくの昔に取っているとおもう。冒険者として生きていけるだけの力はついたような気がする。


「ねえシャズナ。みんなは王都に行くんでしょう?私はどこまでなら近付けるのかな。あの辺りの街も大体ダメだったと思うのだけど」

「ああ、それね。話し合っていたところなのだけど、スリニアの街はどう?王都からそこそこ近いし、聖なる結界もないし、遊べるところもあるし、しばらくの滞在なら苦労もないと思う」

「スリニア?そういえばあそこにはギルドがあったよね。うん、悪くない」


加護のない街ということは、雑多で訳ありの人がいるということだ。そこでなら私の存在はそう目立つこともない。そういう街では魔女も時折現れる。


そこで捨てられるなら、まだ生きていける気がした。そこまで考えてくれたみんなに感謝した。


「いつかみんなの凱旋パレードが見れたらいいな」

「…うん?」


シャズナは首を傾げただけだった。



2日かけてスリニアの街に到着した。

スリニアの街はやはり雑多で、すれ違う人の中に魔女が1人いた。少し安心した。私は魔女とバレないようにぴっちりと刺青を隠しているけれど、彼女は堂々としていた。刺青を見せびらかすように、面積の少ない布を纏っていた。

そういう生き方もあるのかと、私は感心した。


「ルリア」

「うん?」

「…そろそろ危ないな」


メルヴィンはじいっと私の目を見つめてそう言った。


その日は宿を取って、久しぶりに寝台を使えることになった。

いつも通り、神官と戦士は個室を取って、私は勇者と2人用の部屋に入った。

あの地獄とも言うべき場所から助けられたすぐ後---自分の身体が恐ろしく、それ以上に恐ろしい経験をした、たった14歳の子供が1人で眠れるはずもなく、助けてほしいと泣き叫んでいた。メルヴィンが宥めてくれないと、今でも恐ろしい魔物が私にのしかかるのを感じる。


メルヴィンに寝かしつけられて眠るのがいつものこと。メルヴィンは私を寝かせると、自分はソファで眠る。


…なのに、朝起きると寝台にメルヴィンがいた。


「ひっ」


思わずずり、と後ろにずれてメルヴィンから距離を取る。

私の声でメルヴィンが目を覚ました。


「ん…」


メルヴィンが呻いて、私を見て頬がさっと朱色になった。メルヴィンは裸の上半身を起こして私にシーツを押し付けた。


「そ、その、すまん」

「………なにこれ」


ふと自分の身体を見ると、見事なまでの全裸だった。醜い刺青が身体を張り巡っている。

いやまって、よくよく見ればメルヴィンも全裸…?全裸の男女が2人で寝台に…ってこと、は。


「う、うそ、わたし…メルヴィンと…?」

「覚えていないのか」

「え、どうして、」


全然記憶にない、本当にわかんない。そもそもメルヴィンが私なんかを相手にするなんて信じられない。どこの街に行っても、無口だけど精悍でそこそこ顔が整っていて、誰よりも強いメルヴィンは女たちに大人気だった。誘われっぱなしで、私なんか眼中には無いはずだった。基本的に女性に優しいメルヴィンが嫌がる女を相手にするはずがないし、眠っている私を襲うとも思えない。


だとすれば。


「わ、私、から…?」


メルヴィンは小さく頷いた。


半分魔族化して以来、定期的に一晩意識が飛ぶことがある。完璧に心が魔族となる1日がどうしても存在してしまう。それは避けられないことだ。その間のことは残念ながらほとんど記憶がない。伝え聞いた話によると、私は魔族らしく自制心が全く無い、欲望にのみ従う子供のようになるという。泣きたい時には周囲など気にせず泣き叫び、寂しい時には誰彼構わず抱きつき嬉しい時は奇声をあげて喜び---そういう気分の時は自ら男に跨るのだとか。


そうならないように、魔族化しそうな日は…自分でそうなりそうだと思う日は、睡眠薬を飲んで眠っていた。眠っていればやり過ごせるからだ。


「あ、は」


呆然と笑う。メルヴィンは気まずそうに目を逸らした。


こんな気持ち悪い身体の女を相手にして、メルヴィンはさぞ辛かっただろう。そういう気分の時の私はそこらの娼婦たちより余程淫乱だという。どれくらい引かれたか、怖すぎて考えられない。


---何より恥ずかしすぎて今すぐ死にたい。


「とにかく…ごめんなさい。こんなことになるなんて思わなくて…気持ち悪い身体で迫って本当にごめんなさい。殴って黙らせても良かったのに…」


起き上がり、さっと青ざめた顔で謝罪の言葉を述べて、頭を下げた。


「お、おい」


これ以上ないほど最悪なのは、心優しいメルヴィンが責任を感じていそうなことだ。私に無理やり迫られただけなのに、女に優しいメルヴィンが申し訳なく思っているなら…殴って寝かしつけてくれれば良かったものを、そんなことできるはずもないだろう。私こそ死ぬほどに後悔している。


「あ、私…知ってると思うけど元々処女でもないんだから、大丈夫。責任とかないし…」


魔物に散々嬲られているから、今更綺麗な身体が〜なんてことはない。


「今更…だけど、忘れてほしいな、なんて…」

「何故…?責任なら喜んで取るつもりだ」

「な、なんの責任…?」

「子供が出来ているかもしれないだろう」

「で、できないよ!魔族化してる最中なら特に問題はないから!」


魔族化してる時は魔族相手じゃなければ孕んだりしない。ただ欲望のためだけの行為でしかないから。堕落した欲望のため、だけの。


「俺では不足か?」

「ちょ、ちょっとまって、とりあえず服着ていい?」

「っ、済まない!」


メルヴィンが後ろを向いて、床に散らばった私の服をかき集めてそっと寝台に置いた。メルヴィンは自分の服を床から拾い上げて着ていく。服を着るために寝台から降りて立ち上がると、足の間をどろりと液体が伝った。


「あっ…」


うわ、かなり、やらかしたらしい。これ何回襲ったんだろう私…

メルヴィンがなるべくこちらを見ないようにタオルを手渡した。自分で身体を拭くと、なんだか切なくなった。本当、こんな身体を引きずって生きるなんてできない。同じ悩みを持つ魔女と生きていきたい。


「ああ、もう…消え去りたい…」


ただの欲望の解消のためだけに仲間に手を出すなんて、最低すぎる。自分の身体を呪っても呪い足りない。

うちのパーティで一番強いのは勿論勇者たるメルヴィンなのだから、真っ先に誘惑しに行ったんだろうな、なんて…魔族化したら強い人に擦り寄ってごますりしまくるのもいつものことだし…魔族は生きることに貪欲すぎる。

大体メルヴィンは王女を娶るのに、こんな薄汚れた女を嫌々相手にして、あまつさえ責任を取らねばと思わせるなんて。私って本当に最低…


「着替えたか?」

「あ、うん」

「…本当に全く覚えていないんだな」


メルヴィンは念押しするように尋ねる。私は真剣に考えながら答えた。


「…夕方までは記憶があるけど、その後のことは全然思い出せない」

「そうか。これまでのことも覚えていないんだな」

「こ、これまで、って、まさか、」

「…まあ、そういうことだ」

「もしかしてみんな知ってたり」


勇者は無言で頷いた。

シャズナが責任がどうこう言っていたのはまさかこれ…?ありえない、本当にありえない。これが一回の過ちじゃなかったなんて。常習犯だなんて…!!


将来の王様に手を出したなんて、うっかり世に知れたら私の首飛ぶ…?王女様の夫に、婚前とはいえ襲いかかるなんて不敬も良いところ。殺されても文句も言えない。ざっと顔から血が降りていくのを感じて、寝台にすとんと座り込んだ。


「っ!そんなに俺が相手では嫌だとは…知らなかった。それなら申し訳ないことをした」

「嫌とか、そんなことより、仲間に手を出した自分が許せない…」

「だが俺は…」

「もう良いから!本当にごめんなさい!今日からみんな王都に行くんでしょ?私のことなんかもう忘れて!ほらほら!」

「おい」


メルヴィンの背中を押して部屋から出す。私は軽くメルヴィンの荷物を纏めてから、みんなの見送りをするために部屋から出た。



宿屋の食堂には、仲間たちが集まっていた。シャズナは私を見てニヤニヤしていた。メルヴィンに荷物を押し付けて、シャズナの隣に腰掛ける。


「昨夜はお楽しみだったようで」

「…知ってたんだね」

「うん、メルヴィンが宿取ろうっていう日は必ず魔族化する日だから」

「最悪……」

「いいじゃん、メルヴィンが責任取るんだから」

「魔族化してる間は人間相手なら妊娠しないんだから、責任なんか取る必要ない」


吐き捨てるように言うと、シャズナは「あらら」、と残念そうに眉を下げた。


「当面魔族化しないように浄化の魔法をかけておくね」


シャズナが慰めるように私の肩を叩いた。ありがたい。できれば一生魔族化しなければいいのだけど。


「これ、当面の生活費ね。1人で街の外に出ちゃ駄目よ?」


シャズナに重い袋を渡され、中を見るとたくさんの金貨が詰まっていた。手切れ金だろうか。


「ありがとう」


魔女の村を探すための資金にしよう。何不自由なく1人で冒険をするならもう少しお金が欲しい。しばらくギルドに身を寄せて…


「みんなにもう会えないの、さみしいな」

「…うん?」


シャズナはまた首を傾げた。



見送りのために街の出口まで同行した。

メルヴィンが最後の最後になって急に私の手を握りしめ、じいっと私の目を覗き込む。


「メルヴィン、今まで色々ありがとう。最後まで迷惑をかけてしまって申し訳なかったわ。貴方と過ごした10年はとても楽しかった」

「まだ怒っているよな…?昨日のことは…悪かった。あまりに可愛いことを言うので余裕がなかった」

「…うん?」


なんだろう、この噛み合わない感じ。


「俺のことは嫌いか」


メルヴィンは勇者に似合わない気弱な瞳で私を見つめた。縋るようにすら見える。


嫌いじゃない。絶対に。

勇者は私を地獄から救ってくれたひと。最初は兄のように慕っていたけれど、いつしか1人の男として見ていた。勇者の妻にはなれやしないけれど、ずっと側にいたいと思っていた。


「大好きよ」


心から。だけどこれでもうさようなら、なのね。


勇者は嬉しそうに破顔して、私の顎を掬い上げた。そして、そのまま私の唇に口付けを落とした。まるで離れたくないとでもいうように。愛おしいというように---


「ん、は、」

「…っ…離れ難いな」


これが最後。これが、最後。

次期王に口付けしてしまったことに対する罪悪感よりも、寂しさが胸に沁みた。ぎゅ、と私を抱きしめる勇者の逞しい胸に顔を埋めながら、私はこっそり泣きそうになっていた。


「…では、行ってくる」

「さようなら、メルヴィン、シャズナ、ニューマン」


仲間の3人に明るく手を振る。シャズナは元気よく、戦士のニューマンは明るく手を振り返してくれた。私は3人の背中が見えなくなるまで見送った。




---------



あっという間に1ヶ月が過ぎた。


私はギルドに自分の名前を登録し、毎日魔物の討伐などの依頼を受けて日銭を稼いでいた。順調にお金は溜まりつつある。元々十分なお金を貰っていたから、すぐにでも魔女の集落探しに出かけたい。今は情報収集も兼ねてギルドの酒場に入り浸っている。


「そういえば聞いたか?ついに勇者と姫が結婚するらしい」

「なんでも王都に戻ってすぐに決まったそうだ」


…ギルドの酒場は聞きたくない情報まで手に入る。

知っていたことにいちいち傷付くな、わたし。メルヴィンが王になることは分かっていたこと。妻として王女を娶ることも。私なんか…眼中にはないことを。最後の日にキスをして離れ難いと言われたのもただの挨拶だと。


(10年も世話してもらったんだから、もう十分じゃない。…魔族化してメルヴィンを襲う、なんていう最悪の恩返しまでしたんだから。もう二度と会うわけがない)


ずき、と勝手に痛んだ心臓に向けて言い聞かせると、余計にずきずきと痛んだ。


「ああ、魔女の集まり?定期的に集会があるらしいな。みんな一般社会に溶け込んで生きているけれど、月に一度だけ集まるんだとか」

「それどこでやっているの?」

「ここからそう遠くはない」


やっと魔女の情報を得られ、私はほっとした。魔女のことを考えているときだけ、メルヴィンを忘れられる。


魔女の集会の場所は、確かに遠くはなかった。遠くはないけれど、歩いて3日はかかる。集会の日は丁度5日後だということまで分かった。だったら明日からゆっくり歩いていけば間に合う。

朝になると宿の代金を支払い、荷物を纏めて街を出た。街から出てはいけないとシャズナに言われたけれど、もうみんなのパーティにはいないのだから、好きにしていいだろう。


ゆっくり3日歩いて、ようやく目的の集会所が見えそうなほどに近づいた。

近くの街で宿を取り、1人用の狭い寝台に寝転がる。ようやく、ようやく同じ悩みを抱えた人と話せる。言い知れない不安や辛さを共感してくれる人が。これからどうやって生きていくのか、やっと相談ができる。


興奮しているのか、身体がむずむずした。魔族化の前兆だ。睡眠薬を探し、食堂で水を貰って薬を飲もうとした瞬間---宿屋の入り口が騒がしくなった。

魔族化前の好奇心旺盛な体は喧騒を見たいと思った。素直に欲望に従って、睡眠薬を机に置いたまま歩き出す。


宿屋の入り口にはよく知った戦士がいた。正確には後ろを向いていたので戦士の服が見えた。


「ニューマン?」


私が声を掛けると、戦士は振り向いた。不機嫌そうに眉を寄せた男の顔が見えた。


「…め、メルヴィン?」


戦士の服を着た勇者だった。

メルヴィンは私の腕を強く掴んで、私の部屋まで一直線に歩き出す。狭い部屋に2人で入り、メルヴィンは小さな椅子に、私は寝台に腰かけた。


「…何故ここに?」

「メルヴィンこそどうしてここに?王女との結婚は?」

「王女と結婚するのはニューマンだ。王が勇者を望んだから戦士役と交代した」

「そ、そうなんだ」

「俺の話より、お前だ。スリニアから出るなと言っただろう」


メルヴィンはいつになく不機嫌だった。


「だ、だって…みんなそれぞれの道に進んだわ。私だって…」

「…何がしたかったんだ?」

「魔女の集会に行って…これからどうやって生きていけばいいのか相談がしたくて」

「っ、お前!」


至極真面目にそう言ったのに、メルヴィンは傷付いたように声を上げた。


「だってこんな体じゃ、1人じゃどうやって生きればいいのか分からないもの」

「だから俺と一緒に生きればいいと」

「メルヴィン、私の面倒を10年も見てたのよ?…なのに、恩を仇で返したわ」

「………本当の本当に何も覚えていないんだな」


メルヴィンは残念そうに俯いた。


「済まない、俺が勘違いしていたようだ。…魔族化していた間は、別人だと考えた方が良いのか?」

「ど、どういう、こと?」

「魔族化している間は…抑圧していた心を解放して素直になっていたのだとばかり思っていた。…だが、本当のお前の気持ちが伴っていないなら、俺は酷い勘違いをしていた」


メルヴィンは頭を下げる。


「わたし、魔族化している時に何かメルヴィンに縋ったの?」

「俺を愛していると言ってくれた。…どれほど嬉しかったことか。だがそれも魔族化していて、魔族の生命本能がそうさせたなら…俺はお前に無理を強いていただけだ」


愛している、と言っちゃった、のね。

魔族化している間は…おそらく異常に素直になっている。だからメルヴィンに言ったことは真実だ。ど、どうしよう。今更それ本当ですーー!なんて恥ずかしすぎて言えないし---


いや、言ってしまえばいいんじゃない?そのままメルヴィンを押し倒して、孕んでしまえば責任感の強いメルヴィンがわたしから離れるなんて思えない。そうすればメルヴィンとずっと一緒に---


「ルリア…お前、魔族化しているな」

「し、してないよ…?」

「自我があるのか」


いつもならこの状態になれば、夢現なのに。

メルヴィンはそう小さく言った。体の刺青が痛む。まるで締め付けられているよう。身体が熱い。心臓のどきどきが止まらない。

---どうしてメルヴィンに対する想いを我慢しなければならないの?ずっと一緒にいたいのに、なぜ?


「ルリア」


メルヴィンが手を広げた。


「おいで」


普段の私なら絶対にそんなことをされても恥ずかしくて飛び込んだりできなかっただろう。なのに、今日の私はやはり魔族化しているからか、自制心がなかった。ふらり、と寝台から立ち上がり、椅子に座るメルヴィンの膝に座り込む。メルヴィンの逞しい太い首に腕を回し---


「わ、私!一体なにを!」


一瞬我に返ってメルヴィンからすばやく離れて寝台に戻って、小さく丸まった。


「…ルリア、俺の事が好きじゃなくてもいい。利用しろ。そういうつもりなら---相手が誰でも良いわけでは、ないだろう?」

「あ…や、やだ…メルヴィンには、お世話になってるのに、こんな気持ち悪い身体、見せたくない…嫌われたく、ないよお…」

「嫌いになどなるものか。お前の弱みに付け込む俺の方がどうかしている。俺のことは嫌いか?」


ぞくり、背筋を奇妙な感覚が撫でていく。ふるりと首を振ると、メルヴィンはぎし、と寝台に体を乗せた。


「どうしても他の魔女と会いたいなら、それに付き合う。…それが終わって、魔女の生き方に納得したら、俺の故郷に来てくれないか」

「メルヴィンの故郷…?」

「妻として、隣にいて欲しい」


どくり。心臓が音を立てた。


「俺はルリアが好きだ。愛している。…結婚してほしい」


心臓が痛い。真剣な顔で覗き込まれて、求婚された。

頭で考える前に口が勝手に答えを述べる。


「めるぅ…愛してる…孕みたいよぉ…」


どろ、と理性が溶けて自制心が空の彼方に飛んだ。







あーーーー!!!

ばっちり記憶にある!!!どうしようどうしようどうしよう!

朝狭い寝台で2人ぴったり寄り添って眠っていた。起きた瞬間に昨日の夜のことがまあ見事にプレイバックした。普段の魔族化した私がそういう感じになるということを、やっと思い知った。魔族化してもそれは別人じゃない。完璧に私だ。私が異常に素直になっただけだ。本当にもう、隠し事が一切できない。何もかも包み隠さず話してしまう。もはや病気だ。


「おはよう…」


メルヴィンが起きて、私に微笑みかけた。


「お、おは、」

「覚えているんだな?」

「…あ、はい」


メルヴィンが私の頭をよしよしと撫でる。


「一生かけて幸せにするよ」

「…それ100回くらい聞いた」


だから結婚して、離れずに側にいて、と。

そんなことを囁かれ続けたら身も心もドロドロになるに決まってるじゃないか…っ。


「素面の時に返事が聞きたい」

「うぅ…っ、」


恥ずかしい…!

色気という色気全てがダダ漏れしているメルヴィンに真剣な目で言われると、勢いでまた魔族化しそうになる。


「あ、あい、してる。幸せに、してください」


なんとか返事をすると、メルヴィンはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。



服を着て、宿の食堂で2人で朝ごはんを食べた。


「そもそも、俺はお前に迎えに行くからスリニアで待っていろと言ったはずだが」

「…へ?」

「シャズナからも再三説明したと思うが」


こてん、と首を傾げる。記憶にない。


「……お前、魔法を使った後はぼうっとしてることが多いが…魔族化一歩手前の状態で記憶が薄いんだな」

「確かに魔法使うとその後のことはあんまり覚えてないなあ…」

「妙に物分りが良いと思った」


結婚とか、単語だけ拾って勝手に話を作っていたようだ。


「結婚しようと言って、頷いてくれたのに、急に離れるなんて言うから…」


うわあ、私ほんと最低…

多分、歪みの泉を破壊した後の話だと思う。あの後のことは…魔法を使いすぎて記憶がぼんやりしているから。体の疲労と、歪みの泉から漏れる瘴気は魔族化と直結するし…


「消え去りたい…」

「そうされては困る」


メルヴィンは強くそう言った。




結局、魔女の集会には行かなかった。

というのも、魔女の集会は---自ら魔族化する薬剤を使い、欲望の限りを尽くす狂乱の宴なのだとか。彼女たちは自らの体の欲に素直に生きることこそが魔女としての使命だと思っているらしい。私は馴染めない。だからやめた。


その後メルヴィンの故郷に2人で移り住んだ。

度々魔族化する身体には悩まされたけれど---魔族化したらメルヴィンにどろどろに甘やかされた。存外魔族化も、悪くはない。







スランプなのでオチのないゆるいアホ話書きたくなっただけ。

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[良い点] えっちだ.....w [一言] 面白かったです 欲を言うなら、戦士と王女と僧侶の事をもうちょっと掘り下げてほしい
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