シリアル
「……っ」
喉元に突き付けられた剣。
魔王と呼ばれ、世界から恐れられていた"者"の最期が訪れようとしていた。
誰もが動けずに居る中。穏やかな表情を浮かべて魔王は、静かに目を閉じた。
まるで歓びを歌うように花が咲き誇る中、勇者の育成を目的としたこの学院の正門をくぐる1人の少年がいた。
少年の名前は、バーム=メラルキャ。光の加減で何色にも見える不思議な髪色。でもその髪が目立たないくらい整った顔立ちの彼の表情は、新入生のそれらしく輝いていた。
この時代、勇者は若者の憧れの職業だ。これから最短で2年間みっちり学んで、勇者になれる者はわずかだという。
ちなみにその“わずか”に入れなかった者は、勇者を支えるパーティの一員を目指すことになる。
掲示板の前に人だかりが出来ていた。クラス割が発表されているのだろうと、バームはそちらに向かう。
しかし、人垣をかいくぐって貼り紙を見てみると、書かれているのはクラス割ではなく。
「……適性試験?」
これから入学試験とは別にクラス分けのための試験を行うことが、そこには書かれてあった。だが、内容については全く書かれていない。書かれているのは、試験を受ける順番は先着順とのこと。
先着順とはいえ、人数制限は無いので全ての入学者に試験が行われることが注意書きされており少しホッとする。だが、これだと始めの方に受ける生徒が不利なのではなかろうか、とバームは思案する。例えば後の方になれば、先に受けた者から情報を得て対策を錬れるかもしれないではないか。
カーンカーンカーン!
激しく耳を貫き刺すような鐘の音。その後、間髪入れずにスピーカーからアナウンスが流れる。
「これより、大講堂にて適性試験を行う。さぁ、勇者候補諸君、入りなさい」
咆哮を上げながら地鳴りが起こるほどの騒々しさで、大多数が駆け出す。
「キャッ……」
近くで大群衆の波に乗れず倒れそうになる少女が目に入り、バームは手を伸ばして身体を支えた。
「あ……ありがとう。」
人波が少し落ち着いてから、バームはその少女と共に列に並んだのだった。
バームたちがようやく試験会場を垣間見れたのは、開始してから1時間も経ってからだった。
しかし、先に受けた者達から試験内容の情報を得られる機会は皆無だった。どうやら会場の先にある教室へと通されているようだ。
1度のざわめきと、ほんの数回カランカランというまるで抽選に当たったかのような音が聴こえていた。もしかしたら勇者の判定を受けた者を告げる音かもしれない、と少女(リゼ=マトカッス)は言う。
絹糸のような色をした長い髪が、彼女の動きに合わせてサラサラ流れる。待ち時間中、彼女とは心地よく会話していた。もしかしたら2人は生きるテンポが合っているのかもしれない。バームは少し……いや、かなりリゼを気に入っていた。
「お先にいいかしら?」
「お望みならどうぞ、お嬢さん。」
「あら、随分と紳士ね。」
クスクスと笑いながらリゼが壇上へと数段を登っていく。
程なくして、「魔導師のクラスへ」という言葉が聴こえた。バームはリゼの落胆を想った。昼食を共にする約束をしてあるので、その時にでも沢山リゼの思いを聴いてあげようとそっと決めた。
遂に自分の番が来た。壇上に上がると、教員達が少し動揺するのをバームは見逃さなかった。
しかし、それが何を意味するのかは分からない。
「バーム=メラルキャくん。箱に手を。」
促されるままに、バームは中身の見えない箱の中に手を入れる。確かこれは、勇者の剣を出すことが出来れば良いはずだ。
グッと、握りしめたモノに確かな手応えを感じる。
バームは重量感のするソレを一気に引き抜いた。
現れたのは……
ガシャンと無機質な金属の音と共に格子が降りて、中の者を外界から完全隔離した。
両手両足を動かすと、ジャラジャラと耳障りな音と共にその重みが悲しさを与えてくる。
(……リゼはちゃんと昼ご飯食べただろうか。)
先に教室に入ったリゼは、多分バームの今の状況は知らないだろう。昼休みになって、約束の場所に現れない自分を探しているかもしれない。怒っているならまだしも、心配させてはいないだろうか……。
ジャラ……。まだあの剣の感触の残る右手を見つめる。
バームが箱から引き抜いたのは、何とも禍々しい姿をした剣だった。それは、教員や後ろに控えていた生徒数名に気分の悪さを訴えさせるモノだった。
バーム自身、顔面蒼白になって膝から崩れそうになった……しかしそれは禍々しい気にやられたのではなく単なるショックだったのだろう。
勇者を目指した自分が、まさか魔王だとは思いもしなかった。
だが諦めて認めてしまえば、その後に告げられた、“殺処分”という言葉はバームにとってショックとはなり得なかった。よく考えてみなくても魔王に対して当たり前の決定だったからだ。今まで独自に培ってきた勇者としての思考回路がそう納得させた。
魔王だというのならば、世界を滅ぼしてしまう前に消えよう。それがバームにとって、今まで勇者を目指して生きてきた自分を裏切らずに最期に出来るただ一つのこと。
そう決意した時だった。
ガタン、と見張りの男が急に崩れるように座り込んだ。
格子に近づいて男を見ると、寝息が聴こえる。その不自然さと彼女の姿で、これが魔法によるものだと容易に気付いた。
「……リゼ、なんで」
「バームくん、伏せててっ」
爆発音と共に、格子が砕ける。手枷と足枷も砕けた。金属破壊の魔法か。
「立って、走ってっ」
彼女に手を引かれて、バームは砂煙の中を駆けていった。
「……バーム様、どうか……」
ご無事で。死なないで。
リゼが言外にそう言うのを、バームは聴いた。その気持ちは純粋に嬉しかった。だが、そういう訳にもいくまいと分かっていた。
バームは、自分の亡き後の仲間達のことが気がかりだった。
「勇者たちが来たよっ」
幼い子達が、窓から双眼鏡で覗きながら叫ぶように知らせる。
リゼに手を引かれ学院を出たあの日から、バームは悪役の手札を引いてしまった者達を匿うように暗躍した。
皆が皆、望んで悪さを振りまくような人間ではないことをそうして知った。自分と同じなのだ。
何が正義で何が悪なのか。
そう問うこと自体がどこか違うことも分かってきた。
正義の存続のために、そこに悪が必要なのだ。
「……皆のことは任せた、リゼ」
零れるリゼの涙を拭ってしまうと、きっとお互いがお互いの枷になると思い、バームは笑いかけたまま背を向けて階段を降りていった。勇者のもとへ向かうため。
城の前では、勇者達が仲間を次々と倒していた。想像していたよりも、正義とは優遇されているらしい。
バームは深く息を吐いてから、沢山の酸素を一気に吸って叫んだ。
「動くな、勇者共!!」
振り上げた右手には、かつて箱から引き出したのと寸分違わぬ剣。これを一振りすればこの辺一体の全てを枯らすことは容易い。
ピタリと動きを止めた勇者と目が合う。お互い息を呑むのが分かった。
相手は星空の様な髪色をしていた。だが、そこしかバームとの違いが見当たらないのだ。
「「お前は誰だ」」
同じ声が同じことを問う。
少しの間があってから、先に動いたのは勇者だった。互いの剣がぶつかり悲鳴をあげる。
「……お前が誰かなんていーよ、どっちにしろ魔王だろ?」
激しい攻防は、そう長くは続かなかった。バームの剣が、勇者に弾き飛ばされる。
刹那、喉元に切っ先が突きつけられる。
リゼの悲鳴が聴こえた気がした。
「俺の……勝ちだ、魔王。」
弾んだ息に、嬉しさが滲んでいた。ゲームをクリアした時の高揚感に支配されている表情が、すぐ近くにある。
「そうだな……」
目を閉じて微笑むバームを訝しむこともなく、正義の剣はバームを貫いてその身体を霧散させていった。
そうしてバームの願いを嘲笑うように、仲間達も塵となって悪は根絶し……世界に"平和"が訪れるのだった。
悪が居なければ、正義の意味が無い。
否、力を持った時点で、その者は弱者にとって危険な存在になってしまう。ならば、悪を作り出さねばならない。己と同じく力を持ち、だが己には勝てない存在を。
そうだろう?勇者諸君。
この度は読んで下さりありがとうございます!
戦隊モノでも悪役に目が行く私。
魔王をこのように描くのは、当方が中学生の時からなのですが…やっと人様の前に出せた!って感じです。
スピンオフ作品も同時に投稿してますので、そちらも読んで頂けると嬉しいですwww




