清く正しい魔王軍の前途多難な採用活動での一幕
昨今、世界的な不況により世の中は就職難である。誰もが働き手を求め、働き先を求めるが誰もが望み通りに行くというわけでもなく、煮え湯を飲ませれている、というのが現状だろう。
一昔前は命のやりとりをする故にブラック職業とされた冒険者になるのだって一苦労の世の中なのだ。そして、それは正義の味方に限った話でもない。
これはとある魔王城での人員募集の一幕である。
魔王は一息つこうにもつけず、テーブルに両肘を打ち、頭を抱えていた。
「ニート、殺人鬼、犯罪組織の構成員、窃盗の常習犯、人生舐め切ってるお気楽馬鹿、俺への狂信者、オカルト宗教者、それに漫画見て悪役に夢見てたオタクに魔王軍を出会いの場にしようとしてたチャラ男にチャラ女…………どいつもこいつも魔王軍にふさわしくないような奴ばかり…………なんなんだ最近の若い奴らは……!」
ぶつぶつと呟きながらすぐそばに立っていた銀髪の女性へと振り向き、乱暴に言葉を投げる。
「おい、これ何人目だ?」
魔王はぼろい木で出来た質素な小さなテーブルをドンと平手で叩いた。テーブルがガタンと揺れ、やや狭いこの面接室内で音が壁や床や天井で反響し、すぐに落ち着く。魔王が座っていた同じく木で出来た少々小さめの椅子も一瞬だけ震えたがこちらもすぐに落ち着いた。男の問い掛けに、傍で直立不動で立っていた銀髪長身の女性が凛々しく答えた。
「三十七人目ですね」
「はあ? もっとまともな奴はいないのか!? 世の中頭のおかしい奴らばかりなのか!?」
「それを我々魔王軍が言うのはいかがなものかと推測できますが、ましてやあなたは魔王軍のリーダーの魔王様なのですよ?」
女性は体一つ揺らさずに魔王と呼ばれた男にそう返答を出した。それを聞いて、魔王は深く溜め息を突いた。
「魔王軍は冒険者と敵対していても一般的には悪役とされてるが別に悪人じゃないんだよ。一般人は基本的に殺さないし、卑怯な真似はしないし堂々と王都を攻めてるんだぞ。それに比べてここの採用面接を受けに来た連中と言えば…………酷すぎて笑えん。漫画の読み過ぎとしか思えないぞ」
「私達は国の中枢である王都を攻め落として手中に入れるための集まりですよ? 今更、悪人じゃないというのは見苦しいかと思いますが? ……その顔に似て」
「おい、お前今最後なんて言った? 大体、俺達は悪役であっても悪人じゃない、魔王軍の信条は『清く正しく真っ当な悪役』だ、そこは徹底して主張しておくぞ。だから、魔王軍には屑とキチガイとヘタレはお断わりだ」
「魔王様、先日部下を一人殺してましたわよね? 残忍さの演出かと思っていましたが?」
女性は鋭い目付きをそのまま魔王に向ける。それは悪い顔というべきか、瞳の奥に何を考えてるか分からないような不気味さを感じる目だ。しかし、魔王はその鋭い目線を気にせず溜息を付いて、ふんと鼻を鳴らした。
「あれはあの馬鹿が悪い。魔王軍の掟を三回も破ったんだ。魔王軍の威信と秩序を乱す奴は許さん。ところで、お前魔王軍の掟言ってみろ」
銀髪の女性は何を今更と言った風にはっきりと答える。
「一つ、魔王軍を裏切るべからず。二つ、魔王軍を勝手に脱退するべからず。三つ、一般人に危害を加えるべからず。四つ、魔王軍の一員として誇りを持つこと。五つ、命を大事にすること。他にもいくつか決まりはありますが掟はこの五つですね」
「さすがお前は俺の右腕だけあって優秀だ。そして、先日のあの馬鹿は平穏に暮らしている無関係な人間を森で合計三度に渡り殺している。二回は命を取らなかっただけ大分温情だ。二回目は相当に厳罰をくわえてやったんだがな。あれはもう治らんだろう、だから殺した」
「そういえばそうでしたね。彼、快楽殺人者の癖があったようですから。――私なら二回目で殺してます」
魔王は更に溜め息、銀髪の女性を見上げるように見た。
「俺よりかお前の方がよっぽど残忍なんだよなあ……。お前、容赦が基本的にないからな。お前は魔王軍の次期魔王と目されてるが、正直なことを言うと俺はお前を魔王にはしたくない。お前は魔王のサポートをしているのが一番似合っている」
「失敬ですね? 私は残忍でも容赦がないわけでもないのですが。手加減と甘えは許さないだけですので」
「それを容赦がないって言うんだ。全く……まあ、とにかくだ。ここのところ魔王軍の消耗も激しいから人員募集をかけてはみたが、全く不作だ。これじゃあ、街も就職難だろうなあ……」
魔王は面接室の壁越しに街のある方角を見る。そして、ちょっとばかりではあるが各人事の者に同情心が芽生えた。敬礼。
「ところで、最近あの勇者のガキを見ないな。あの小僧見所あったからまた勝負してみたいのだがな」
「最後に戦ったのは半年前でしたっけね。あの時も、わざわざ見逃しましたよね。全く甘い」
「あれほどの逸材を殺すのはもったいない。次来たら勧誘してやろうかとすら思ってるのだからな……。あーなんか改めてそう思ったらわざわざ採用活動する必要ないんじゃないかとすら思えてきたな。今から直接勧誘しに行ってみるか」
「駄目です魔王様。あなたがいきなり直接に街に出向かれては混乱が起こります両者に」
魔王は名案とばかりに椅子から立ち上がったが、すぐ様に銀髪の女性から待ったが掛けられてしまい、魔王はそのまま椅子にだらりとだらしなく座り込む。
「そっかあ……一般人に迷惑を掛けるわけにはいかんからなー。仕方ないこの案はなしにするか」
「それに、まだ一人面接に来る人がいます。その人の面接を行わなければなりません」
魔王様は露骨に面倒くさそうな表情を浮かべ、銀髪の女性を見た。
「えー? そんなの門前払いしろよー。正直もう気分が乗らないから面接したくないんだけど? というか大体なんで俺が直接面接なんかしなきゃならんのだ。部下にやらせろ部下に」
「『これから仲間となる者、俺が直接見極めてやろう』って息巻いて魔王軍の面接官を押し退けてきたのはどこの誰でしょうかね? 子供ですか? いえ、精神年齢は子供でしたね。失礼しました。後、最後の方は絶対面接してもらいます。私からの命令です」
「お前、本当に口が悪いな。魔王に命令する部下がどこの世界にいるんだ全く……、正直ここまで来る奴来る奴おかしな奴ばかりだとは思ってなかったんだよ。あまりにも疲れた、お前が代わりに応対してくれ」
「それは出来ません。志望者自ら魔王様とお話しされたいとのことでして……。志望者の情報を見たらとても興味深いので是非とも魔王様に見てもらいたく思いました」
「お前にそこまで言わせる相手か、それは興味が出てきた。それでいつ来るんだ?」
「そろそろかと…………来たようですね」
その時、ドアが三回短くノックされた。それを聞いた魔王はすぐに佇まいを整え、椅子にしっかりと座り、机に手をゆったりと綺麗に置くと「入れ」と一言だけ言った。そうすると、ドアがゆっくりと開けられ、一人の男性が入ってきた。男はドアを後ろ手に閉めると一礼をする。魔王はその男の顔を見て目が大きく見開かれる程仰天した。
「椅子に掛けたまえ…………ってお前勇者じゃないか! 何しに来た!? いや、堂々単身で乗り込むとは中々やるじゃないか。どれまた相手してやろうか? 今度は死ぬかもな」
魔王は一瞬仰天し、呆気にとられたもののすぐに気合を入れ、戦闘態勢に入る。しかし、銀髪の女性がそれをすぐ様に制止する。
「お止めください魔王様、ここで戦われては困ります。彼が最後の面接に来た人です」
「は? 勇者が魔王軍の採用面接に来たって? 冗談はお前のそのきつい性格だけにしておけよ」
「何を言っているんですか、この単細胞魔王は。大体、あなたさっき『勇者を勧誘しに行くか』とかなんとか言ってたじゃないですか? 忘れたんですか? ぼけ老人ですか?」
「なあ勇者、そこの空いた椅子に座っていいがその前にこの女を一発殴っていいぞ」
魔王は親指で銀髪の女性を指しながら勇者にそう言った。勇者はにこやかに笑いながらテーブルに近づいた。
「いやあ、楽しい職場だねえ。でも、こんな美人なお姉さんを殴るのは遠慮しておくよ。綺麗な顔に傷でも付いたら一大事だ」
勇者の最後の言葉に一瞬、魔王が眉根を上げるが勇者は気付かなかった。魔王はそのまま勇者を椅子へと促す。
「ふん、まあいい。まあ掛けてくれ」
椅子へ座るのを促され、勇者はゆったりと椅子に座る。背筋をピンと伸ばし、姿勢だけは真面目な就職活動生、そういった雰囲気だ。
「で? なんで魔王軍のところに来た?」
「あー、私は弊社の…………やっぱ慣れない堅苦しい口調はなしだな。単刀直入に言うと王都で勇者業やるよりこっちの方が労働環境いいっぽいから。見せてもらったよ、掲示板に張り付けてあった募集要項。あそこでいろいろ情報探ってたら、随分とホワイト企業だったんでね。それで来た」
一呼吸置き、勇者は言葉を続ける。
「ここは確かに拠点も若干ぼろいし、資金面も少々難航気味のようだが、糞の掃き溜めではないと感じた、それはこの城に入ってここに来るまでにもよく分かる。はっきり言って、王都はそこそこ給料良かったけど、義理を感じられるほどの熱い奴らでもない。その点は魔王軍には割と期待している」
即座に敬語を諦めた勇者がすらすらと語っていく。段々と魔王の顔が引き攣っていた。
「うわあ…………勇者ですら逃げる労働環境ってやばいだろ……。でもいいのか?」
「何が?」
勇者はキョトンとした表情で聞き返してきた。自分の行動に何も疑問を持っていないという表情だ。
「お前、一応何年も修行して勇者職に就いてそれで王都の為に城に就いて働いてたんだろ? 俺とも実際に何度か戦ってるし。その勇者が魔王軍の一員になろうなんて……。まあお前を勧誘しに行こうとしてた俺が言えたことじゃないかもしれんが」
「確か魔王軍の信条は『清く正しく真っ当な悪役』だったっけ? いいじゃん、悪役。悪人になるわけじゃない」
「よし、こいつ採用」
魔王は背もたれに踏ん反り返り、すぐに採用を決定した。審査なしのいきなりである。さすがに焦ったのか銀髪の女性が魔王に慌てて考え直すように提言をする。
「ちょっとお待ちください魔王様、些か雑すぎるかと。何をそんなに簡単に決めてるんですか? 考え直してください、馬鹿なんですか? 死ぬんですか?」
「馬鹿を言うな。こいつは魔王軍を悪役としてみてくれている。今までの三十七人とはまるでわけが違う。強くて理解もあるんだ、採用しない手はないだろう?」
「全く、あなたはそうやって行き当たりばったり……。その軽い行動のせいで魔王様が滅びかけたことが過去に五度ほどありましたが、全く反省というものをしないのですか?」
「ぶっちゃけ、そのあとのお前の折檻で死にかけた方が辛かった」
銀髪の女性は呆れて細目で魔王を睨むが、魔王は目を閉じ、こめかみを押さえてぼそりと呟いた。こめかみを押さえる手は震えており、明らかに
「あの程度のことで何を言っているんですか……」
銀髪の女性は再び呆れてそうぼやく。それを聞いた勇者は二人を指差して、にこやかに笑った。
「あんた達仲良いな」
「良くない!」
魔王と銀髪の女性は二人して口を揃える。
「まあいいや、これからは仲間だ。仲良くやろうぜ魔王さんよ。そこの銀髪のお姉さんもな」
勇者は身を乗り出して、右手を魔王に差し出した。それに魔王も応じ、右手を差し出しがっちりと握手を交わす。
「ああ、勇者。協力して王都を落とすぞ!」
「せいぜい魔王軍の足を引っ張らないことですね」
銀髪の女性も二人に近づくと、右手と交差するように左手を女性に差し出す。銀髪の女性は渋々ながらも握手を交わす。
勇者は新しい職場を得て、期待を胸にワクワクを感じていた。
ここに魔王と勇者の協力体制がばっちりと引かれたのだった。