9話
「……あの、その……『端末』をください……!」
声をかけられた『ドラコ』は、ほんの一瞬だが、あらゆることをすべて忘れた。
だって――声をかけてきた少女が、あまりにもかわいかったから。
少女の種族は、エルフだろう。
ウェーブしたふわふわの金髪。
大きく澄んだ青い瞳。
ただとんがっているだけの耳でさえ、すさまじくかわいらしい。
たぶん人類がほこる『かわいさ』を全部詰めこんでヒトガタにしたらこんな風になるんじゃないかというような、それはいまだかつて『ドラコ』が見たことのないような、完璧な『かわいさ』の結晶だった。
その少女は子供に見えた。
身にまとっている緑色のドレスはちょっと露出が多いものの、スカートなんかふわふわにふくらんでいるし、そもそもエルフなら露出多めの服装は常識みたいなものだし、子供に間違いないだろう。
だから『ドラコ』はその少女に『お父さんとお母さんは? もしかしてはぐれたの?』と聞きたかった。
しかし――できない。
なぜならば。
『ドラコ』は悪夢と絶望の園『まおうじょう』のマスコットキャラクターなのだった。
マスコットキャラクターはしゃべってはならないという、『まおうじょう』の掟がある。
その見た目はデフォルメされた真っ黒なトカゲ――ドラゴンである。
それが二足歩行で歩くのだ。
ちなみに伝説上のドラゴンは火を噴き空を舞うらしいが、このきぐるみにそのような機能は搭載されていない。
あと、伝説上のドラゴンは鋭い鱗で全身がびっしり覆われているらしいが――このドラコは太い、というか、全体的に丸くてふんわりしたデザインになっている。
クッション素材が多く使用されているので、お子様に体当たりされても最悪転ぶだけで済むという機能的な面もあった。
お子様のマスコットへの体当たりは『暴力行為』『迷惑行為』にふくまれず、障壁が展開してくれないので、そのような措置が必要なのだ。
ちなみに、きぐるみの内部はクソ暑い。
そのため活動時間は三時間が限界とされていた。
もっとも――『ドラコ』には、『中の人』などいないということになっている。
そのため『中身』をうかがわせる言動をとってはならない。
だからドラコの中身は、耳につけたマイクで「超かわいいエルフの少女と接触しました。ご両親はいない模様です。迷子か一人で来たのかわからないので、ドラコ3号がご案内します。どうぞ」と連絡をしてから――
もふもふと、両手を動かした。
これは『ドラコダンス』と呼ばれる行動であり、ドラコは声をかけられたら嬉しそうな表情で(きぐるみなので表情はいつも笑顔だ)、両手両足をバタバタさせなければならない。
きぐるみが重いので、かなりキツい。
疲れた日にやらされると、客に対し憎しみが湧くほどだ。
エルフの少女はビクリとしていた。
ドラコの中の人も思うことだが、この『ドラコダンス』、表情がまったく変わらないままいきなり手足をバタバタし出すので、子供にしてみれば怖いと思う。
支配人にもその手のクレームはとどいているので、現在『ドラコダンス』に代わる新たなあいさつが考案されている最中だ。
ちなみにこの『ドラコダンス』を考えたのはサラというエルフである。
ドラコ3号の中の人はドワーフの女性なので、『やっぱりエルフってクソだな』と多種族批判みたいなことを思った。
ああいや、そうではなく――
エルフがクソなのではなく、サラがアホなだけだった、と思い直して――
ドラコは、可憐なエルフの少女に、入城手形カウンターを指し示した。
「……え、えっと……」
「……」
ここで『あそこに見える入城手形カウンターで入城手形を買えば、端末はついてきますよ』と言葉にできればどれほど楽か!
しかしドラコはしゃべることができない。
なぜって、イメージが壊れるからだ。
だって中の人は何人かが交代でつとめているのだ。
ドラコ3号の中の人は女性なので、しゃべったところでそうイメージが悪くならないと自負しているが――
このかわいい(かわいいということになっているだけで、そこまでかわいくない)マスコットが男性の渋い声で喋り始めたら、完全に悪夢を体現することになってしまう。
悪夢と絶望の園『まおうじょう』――
しかしてその実態は、子供の夢を大事にするテーマパークなのである。
みだりにドラコの怖さを演出してはならない。
マスコットのつらいところだった。
しかたないので、ドラコは手を差し出す。
この手もモコモコしていて大きく、腕の長さだって中の人よりきぐるみの方が長いものの、搭載された機能により、手の開閉は普通にできる。
なにせきぐるみはドワーフの技術者が作ったのだ。
基本的な動作はまったく問題ないうえに、目が光ったり、中の人の意思に応じて尻尾をバタバタできたりする。
その機能をつかさどる部品が発する熱のせいで、中が超暑い。
3号の中の人は『ドワーフってクソだわ』と同種族批判みたいなことを思った。
「……え、え、その……」
「…………」
笑顔で(きぐるみだから当然だ)、ジッと少女を見つめ、ドラコは手を差し出し続ける。
中の人は『握ってください。中腰がつらいんです』と思いながら姿勢を維持する。
その念が伝わったのか――
エルフの少女は、おずおずと、ドラコの手を握った。
ドラコは尻尾をバタバタ動かす。
これは喜びの表現なのだが、やっぱりエルフの少女はビクリと身をすくませた。
しかし、手を放したりは、しないでくれた。
……とりあえず、このままなら案内できるだろう。
ドラコは入城手形カウンターを腕で示す。
そして、可憐なエルフの少女を指さし、また入城手形カウンターを示す。
「……あ、その……あそこ、行く、んですか?」
ドラコは何度もうなずいた。
これは想いが通じたことが嬉しかったせいで中の人が勝手にやった動作であり、ドラコがやらなければならない動作とは違う。
ドラコはハッとして首を左右に振る。
そして、自分を指さし超かわいいエルフの少女を指さし、入城手形カウンターを指さした。
「……あ、えっと……一緒に、行ってくれる……んですか?」
ドラコはうなずく。
そして中の人が耳につけたマイクへ小声で「ドラコ3号、超かわいいエルフの子を入城手形カウンターにご案内します。そこでご両親の有無など確認願います、どうぞ」言い――
軽く、エルフの少女の手を引いた。
エルフの少女は戸惑ったような顔をしたが――
どうやら、ドラコに害意がないことをわかってくれたらしい。
にこり、とはにかむように、笑った。
超かわいい。
「持ち帰りてえ……」
「……えっ?」
つい、本音が口をつく。
ドラコは慌てて周囲をキョロキョロし、首を何度も大きく左右にかしげた。
これは『あれえ? 今どこかで誰かしゃべった? 僕じゃないよ?』という、うっかり声を出してしまった時にドラコがするべき動作である。
「空耳……かな……?」
少女は騙されて――いや、納得してくれたようだ。
ドラコはしゃべらない。
ドラコがしゃべったように聞こえたならば、それはすべて空耳なのである。
かくしてドラコと少女は手をつなぎ、入城手形カウンターまで行くこととなった。
希望があれば、このあとも案内することになるだろう。
しかし――
エルフの、同性の、まだ幼い女の子にこんなことを思うのは、ドラコ3号の中の人も初めての経験なのだが――
うっかりすると抱きしめそうなほどかわいい。
ドラコ3号の中の人は、この衝動を抑えきれるか不安だった。