8話
「――というわけで、『魔王城』は、危険こそないが、性の乱れた恐ろしい場所であった」
エルフの森、王宮――
『魔王城』から無事に帰ってきたティアは、侍女たちに自分の旅路を語って聞かせていた。
ティアは決して口がなめらかに回る方ではない。
むしろ、話すのは苦手としている。
相手が見知った侍女たちだからいいようなものの、知らない人の前だと緊張して一言もしゃべらずに、『ティア様は大人しいですね』とか勘違いされることがよくあった。
いや、勘違いというか……
サラが横にいれば、だいたい誰でも大人しそうに見えるのか。
ともあれ――王宮のもっとも花の多い中庭に、ティアと侍女たちは集まっていた。
美しきエルフの少女――
ティアの手のひらに乗るほど小さく可憐な、精霊の少女――
そしていつまでも子供のような見た目の、イタズラ好きな妖精の少女――
みな清廉なる乙女たちだ。
ティアは彼女たちに囲まれていると、深い安堵を覚える。
『魔王城』も、あれはあれで、いいところだったかもしれない。
しかし、やっぱり自分にはこちらの方がいいな、とティアは思う。
いや――思っていた、のだが。
「ね、ね、ティア様、さっきのところ、もう一回聞かせて?」
耳元でこそこそと、精霊の少女が耳打ちしてくる。
ティアは笑顔を浮かべていたが、口元がヒクつくのを隠せない。
――もう何度目になるだろう?
実は、『魔王城』からエルフの王宮に帰ってきて、すでに幾日もが経過していた。
幾日も経過していて――
何度も何度も、同じ話をさせられている。
いかに口下手なティアとはいえ、語りもなめらかになろうというものだ。
もう侍女たちだってこれだけ同じ話を聞けば内容を暗記するだろうに――というか実際に暗記しているらしく、自分のいないところでも好き好きに『魔王城』について語り合っているのをティアだって知っている。
でも、やはりティアの話を聞きたがる者が多い。
それは伝聞の伝聞になると話に脚色が過ぎるようになることと関係しているだろう。
脚色の一例をあげれば――
魔王が超美形だったとか(素顔は女顔だが超美形というほどではない)。
なぜか命を狙われたティアを魔王が助けたとか(別にティアは命を狙われていない)。
ひどいものになると、どういう経緯があってかは知らないが、ティアのためにドワーフの美形将校が軍を発し、超美形の魔王とドワーフの美形将校とのあいだでティアが取り合われた、などという創作譚も存在していた。
そしてさらにひどいものになると、ティアの代わりにティアポジションに侍女が収まっている話になっているようなものもあった。
いつ行ったんだ、魔王城に。
さすがにティアに取って代わるような創作譚は『あれ? おかしくない?』という疑問を持つ者も多く(当たり前だ)――
そこで数々の創作の元ネタたるティアの話を聞きに来る侍女が、あとを断たないのである。
いい加減に語り疲れた――そう言ってしまいたいのだが、そうもいかない。
侍女たちの純真な輝く瞳を見ていると、断れない。
だからティアはため息をつきたい気持ちをこらえて、にこりと口元を制御する。
「わかった。どこから語ろうか?」
「あのね、もう一回、『性の乱れた恐ろしい場所であった』って言ってほしいの」
「……なんでそんな部分をチョイスした」
「えへへ」
「……『性の乱れた恐ろしい場所であった』――」
「ティア様がそんな過激な言葉を使うなんて! 素敵!」
耳元で精霊少女がハアハアと息を荒げる。
最近はこういう手合いも増えた気がする。
ティアの頭痛の一因だ。
そんなよくわからないことをしていると――
新たに中庭に入ってくる集団がいた。
ティアは集団の先頭に立つ少女を見て、顔をほころばせる。
対して、今まで浮ついた騒ぎをしていたティアの侍女たちは、ザッと整列すると、目を閉じて顔を伏せた。
ティアは集団の先頭を歩む少女へと近付いた。
そして、笑顔で声をかける。
「ノインではないか!? こんなところまで、どうした!? お、お姉ちゃんに会いに来てくれたのか!?」
ノイン――
それが、まだ幼いエルフの名前だった。
この幼いエルフの少女を表現するには、慎重に言葉を選ぶ必要があった。
なぜならば、彼女を比喩する際に、彼女よりも美しくないものを用いてはいけないという決まりがあるのだ。
吟遊詩人などはよく女性の肌を白磁にたとえ、女性の瞳を宝石にたとえる。
しかしノインの肌のつややかさ、美しさは、どんな名匠の焼いた白磁でもかなうはずがないし、宝石など、ノインの瞳の前ではただの土塊にすぎない。
そのせいで、どのような書物にも、ノインはその名と立場、あとは確実な情報――
金髪である。髪はウェーブしている。長い。目は青。目尻は垂れている。肌は白。身長は低い。いつも緑色のドレスをお召しである、など――が記載されるのみである。
幼くして世界で最も美しいエルフ。
すなわち、初代エルフ王の血をもっとも色濃く受け継ぐ存在――
それが、ノイン。
ティアとサラの妹で――
少しだけ厄介な特性まで初代王から受け継いでいる、エルフ国の次期女王である。
「……あのね、おねえさま」
ぽそり、と小さな声を出す。
声がくすぐったい。声だけで抱きしめたくなる。
ただ口を開くだけで人心を惑わすので、彼女は王宮以外でしゃべることを基本的に禁じられている。
「どうした。お願いがあるなら、なんでも言ってくれ」
「……うん、あのね……」
ノインは機嫌でもうかがうように、上目遣いでティアを見た。
視線を向けられるだけで卒倒する者がいるので、ノインがどうしても人前に姿をあらわす時などは、目隠しが義務づけられるほどだ。
「ああもう我慢できない……! ノイン、お願いなどしなくていい! 私が勝手にお前の願いを想像して、勝手に叶える! だから抱きしめさせてくれ!」
「……それは、だめなの」
ノインに触れることは法律で禁じられていた。
その肌の感触を味わった幸運な者は、永久にノインの僕となり、彼女のためならば命をも惜しまないという、一種の催眠状態になるからだ。
ちなみにそれは、手の甲と手の甲が偶然触れあう程度の接触で起こる現象であり、『抱きしめる』『手を握る』などの過剰な接触の場合なにが起こるかは、未知数である。
「ノイン……ノイン……早くお願いを言ってくれ……! お前の『お願い』がなんなのか気になって息苦しい……! このままではお姉ちゃんは死んでしまう……! お前のことがかわいすぎて死ぬ……!」
「……あのね、『魔王城』のお話、聞かせてほしいの」
「心得た! 全力で話そう! 楽団、用意!」
「……そこまではいいの」
「そ、そうか!? では、私の部屋で、二人っきり……二人っきりで……」
「……それは、だめなの」
ノインと密室で二人きりになってはならないというのもまた、法で定められている。
同室したものが、ノインのあまりのかわいさのせいで、全身から鼻血を噴き出して死ぬと予想されているからだ。
「そ、そうだったな……では、汚いかもしれないが、中庭に座って話そうか……ハッ!? それともお姉ちゃんを椅子にするか!?」
「……それは、だめなの」
「そうだった……! ノインに触れれば刑罰が……くっ、こんなにもお前を愛しているのに、お前に触れることのかなわないもどかしさよ!」
「……あの、おねえさま、お話を……」
「そうだった! そうだった! ……おい誰か! 私の部屋から例の『端末』と『城内マップ』を持ってくるのだ! 私が胸に挟んで持ってきたアレらだ!」
指示を受け、侍女がバタバタと走り出す。
そのあいだに、ノインは花壇のそばに腰かける。
腰かける――
それだけの動作で、鼻血を噴き出して倒れる侍女が続出した。
倒れた者どもは一様に幸福そうな顔をしている。
ノインは少し大きな動き――座る、立ち上がる、手を振る、など――をしただけで、周囲の者を卒倒させる魅力があるのだ。
このせいもあり、ノインの姿を描ける画家が存在しない。
倒れた者は大半がティアの侍女だったが、数人、ノインの侍女もまざっている。
この王宮における一番過酷で危険な任務がノインの侍女役だとされている。
下手をすると、ノインがかわいすぎて死ぬと言われているのだ。
王宮内で命にかかわる仕事はこれだけであり――また、それでも志願者がいっこうに減らない仕事も、これぐらいだ。
それだけの高い倍率をくぐり抜けてノインの侍女になるわけだが――かわいそうなことに、ノインの魅力で卒倒した者は、その役職からおろされる。
理由はもちろん、ノインの世話をするのだから、ノインの魅力に負けていたら話にならないからだ。
ちなみにノインのすぐ後ろに控えているメガネをかけたエルフが、二十年連続でノインの侍女長をつとめている。
ノインがどんな動きをしてもまったく表情を変えないところから、侍女長は『はがねのメイド長』という敬称で呼ばれていた。
本人は気に入っていないらしく、嘆いているシーンをティアは目撃したことがある。
そんなこんなで倒れた侍女を介抱したり免職したりしていると、ティアの侍女が、言われたものを持ってきた。
それは魔王城でもらったマップと、端末である。
特に端末は『次回以降もお持ちくださいね』と魔王に言われたので、なくさないよう大事に机の中にしまっておいてあった。
ティアは端末とマップを受け取ると、ノインに手渡そうとして――
「おっと、危なかった。誰か! 『魔法の手』を持て!」
魔法の手――
ノインになにかを渡す際には、この道具の使用が義務づけられていた。
これはノインの手に直接触れることを可能な限り避けるための措置である。
しかし中には『魔法の手』を忘れたふりをして、直接物を渡そうとする者もいる。
今のティアなんかがまさにそうで、ギリギリのところで『ノインに触れたい欲求』よりも『法を守る理性』が勝ったかたちだった。
危なかった。
ほどなくして、細長い棒の先に手のようなものがついており、もう片側の先っぽにあるボタンを押すことで、その手を開閉できるもの――『魔法の手』が運ばれてきた。
ちなみに金銀財宝で装飾されている。
ノインの手に触れる可能性があるので、もちろんノインには及ばないものの、可能な限り美しくしようという配慮だった。
ティアは『魔法の手』の『手』部分に端末を握らせ、ノインに渡す。
ノインはそれを受け取ると、しげしげとながめた。
「……おねえさま、これは、なんなの?」
「それは『カメラ』という破廉恥機能を搭載した『端末』というものでな……下の方に、丸いへこみがあるだろう? それを押して……」
「……どれ?」
と、ノインが聞くので、ティアはノインの背後に回った。
接触しないよう気をつけつつの接近だ。
しかし、長い、ウェーブしたノインの金髪が視界内におさまる。
ティアはひくひくと鼻を動かし――
「――いかんいかん! ノイン、私はお前の髪の香りなどかいていないからな!?」
「……うん。おねえさま、やったら、だめだよ。捕まっちゃうよ」
ノインの香りをかぐこと――これももちろん、法律で禁じられている。
ひといきでも吸い込むと、頭がとろけるて死にいたると言われているからだ。
なお、このあたりの『死にいたる』云々はだいたい初代エルフ王の逸話から来ているものであり、実際にノインのせいで『かわい死』をした者はまだいない。
「……ええと、とにかく、その、今、お前の親指が置かれている……そう、そこだ。そこを強く押し込むのだ」
「……えい」
「おお! きちんと『ホームボタン』を押せたな! 偉いぞ!」
「…………うん」
「箱の表面になにか映っただろう?」
「うん」
「そうしたら、画面に指を当てて……『タッチ』して、そのまま右に指を滑らせ……『スライド』して……そうだ! なんという指使い! で、表示された画面の左上の、『アトラクション案内』と書かれている『アイコン』をタッチ……そこだ! 説明されてすぐ『アプリ』を起動できるなんて、お前は天才だなあ!」
「………………う、うん」
「項目がたくさん表示されただろう? ほら、本の目次みたいな……どれでも、好きなものをタッチするのだ。『動画』つきの説明が表示される。見てみるといい」
「うん」
ノインが『哀しみの妖精郷』の欄にある『妖精と不思議なお茶屋さん』をタッチする。
すると――
壮大な音楽が、手にした箱から流れ始める。
さらに箱の表面にあらわれた絵が、めまぐるしく動き始めた。
そして誰かの――耳慣れない誰か女の子の声が、語り始める。
『妖精と不思議なお茶屋さん』にようこそ!
たいへーん☆ エルフのお姫様がさらわれちゃった♪
助け出すには『ティターニアの塔』への道を知ってるお茶屋さんから話を聞かなきゃ!
でも、このお茶屋さんが、ほんっとうに変なおじいさんなの!
あなたはお茶屋さんの出す『難題』を解けるかな?
そのような、音声とともに、視界はめまぐるしく迷路を進んだり、クッキーを食べたり――最後は空へ向かって飛び立ったりした。
まるで自分が実際に体験しているような視点で進む画像――『動画』。
ノインは『動画』が終わっても、しばらくほうけたように『端末』を見ていた。
そのあいだに、ティアが侍女たちに『私たちにはアレ見せてくれませんでしたよね!?』と問い詰められたり、はぐらかしたりしていた。
「……おねえさま」
ノインが声を出す。
すると、それまで言い争っていたティアと侍女たちが、話の途中にもかかわらず、一斉にノインの方を見た。
浮かべているのは、みな、愛しい者に向ける笑顔だ。
「どうしたノイン? もっと見てもいいのだぞ?」
「……この箱、どこでもらえるの?」
「うん? それはもちろん『魔王城』だが……ほしいのか!? それなら私のをやるが!?」
「……いいの?」
「いいとも! ノインの頼みならば、なんだって叶えてやる! まあ年間入城手形とか、私が制覇したアトラクションの記録などがあって、まっさらな状態で渡してやれないのが気になるところだが……」
「…………やっぱり、いい」
「いいのか!? そんな!? 私が所持していた物がノインの物になるという、言い換えれば私の体温をお前が受け取るという、またとない好機だと思ったのだが……」
「うん、いらない」
「そうか……」
「……それより、おねえさま、『魔王城』のお話、聞かせて」
「おっと、そうだったな! では語ろう。今、見せたような『アトラクション』が存在する、世にも破廉恥で――そして世にも珍しい、彼の城の話を。まずはそうだな、『入城手形』のことから話さねばなるまい。あの魔王の恐ろしい軍資金稼ぎのことから……」
ティアは自分が『魔王城』でした経験を語り始める。
それを、ノインは、食い入るように聞いていた。