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テーマパーク『まおうじょう』へようこそ!  作者: 稲荷竜
一章 チュートリアル ~初来城の勇者様へ~
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7話

「ええと、あらためまして、僕が悪夢と絶望のテーマパーク『まおうじょう』の支配人(まおう)です。妹さんにはお世話になっております」


 ドワーフの侵攻を止め、ドワーフたちに『一日入城手形』を購入させたあと――

 ティアは魔王に案内され、ある場所に来ていた。


 ここは『魔王城』の、スタッフルーム、という場所らしい。

 きらびやかな城内にあるものの、外とは雰囲気を画する、手狭で、質素な空間だ。


 内部は人が三人も入ればもう満員というほどだ。

 家具は粗末な椅子が二脚向かい合わせにあるのと、文机の上に例の端末と似たような機能を持つらしい、端末の四倍ほどの大きさの箱があるだけだった。


 そこで、ティアは、骨組みに革を張っただけというような粗末な椅子に座らされていた。

 近くには妹のサラもいる。

 正面には魔王が座っている――はず、なのだが。


 こいつは本当に魔王なのだろうか?

 髪は黒い。

 だが、長くはなく、こぎれいに切りそろえられていた。


 肌も真っ白だったはずなのに、今はどことなく黄色っぽいというか、そんな感じだ。

 服装もまがまがしいマントと鎧ではなく、シャツにタイという大人しいものになっていた。

 なにより牙もなくなっている。


 こうして見ると、小柄な男だとティアは思う。

 そしてどことなく気弱そうだ。顔立ちが女性めいているのもあって、そう見えるだけかもしれないけれど……


 ティアは差し出された、手のひら大の四角い、薄く固いものを受け取る。

 そこには文字が書かれていた。


 テーマパーク『まおうじょう』支配人

 まおう



「……最初からその格好で出てこられたら、私も貴様を魔王とは思えなかったであろうな」



 ティアは戸惑いながら言う。

 魔王ははにかんだ笑みを浮かべて、頭を掻いた。



「いえ、あれはキャラ作りといいますか……仕事用ですので」

「……つまり、無理をしていると?」

「そうとも言えますね。まあ、本当だったらそろそろ他の魔王専門キャストを雇ってもいいなと僕は思っているんですけど……」



 ちらり、と魔王がサラに目配せする。

 サラは魔王の頭に抱きつくようにして、言った。



「ダメダメ! 支配人(まおうさま)支配人(まおうさま)がやらなきゃ!」

「……そういうことらしいので」



 気弱そうに頭を掻く。

 というか、ティアはそんなことより気になることができた。



「おい、サラ、待て、なんだそれは」

「……なによお姉ちゃん」

「お、お、お前、なに、なにを自然な動作で、抱きついている……? そいつは、男なのだろう? 女性が、男に、だ、抱きつくなど……! ふしだらな……! 離れろ! その男から離れるのだ!」

「こんぐらい普通だから! あいさつみたいなものだから! もー、本当、古いエルフは固すぎ! こんなんだから嫌なのよ、エルフって!」

「しかし我らは伝統を受け継ぐエルフの王族であるぞ! こんな、こんな……くっ」



 ティアは鼻をおさえた。

 刺激が強すぎて鼻血が出そうになったのだ。



「……ええと、この空気だと非常にうかがいにくいんですが……」



 魔王が困った声を出す。

 ティアは鋭く彼をにらみつけ、



「なんだ」

「……妹さんがウチで働くのは、認めていただけますでしょうか……?」

「……」

「ウチで働く方々は、身寄りがなかったり、村から追い出されたり、そういうのが非常に多いのですけれど、親族や保護者が見つかった場合、基本的に許可をいただく方針をとっておりまして……」

「……」

「サラさんからの報告で、あなたがサラさんの本当のお姉さんだということがわかりましたので、パレードなども近くで見ていただいて、仕事内容についてもざっくりと説明をさせていただきました。いかがわしいことをしているのではないと、そういうつもりでいます」

「……う、うむ……いかがわしくないかは、また議論の必要があるが……」

「でしたら、議論しましょう。僕としては、サラさんの『ここで働きたい』という意思を尊重させていただきたいなと考えております。なにより彼女は、当城になくてはならない人材でもありますので……」



 サラが「支配人(まおうさま)ありがと!」などと言いつつ、また魔王に抱きついた。

 ……どうやら問題は、この魔王にではなく、妹の方にあるのかもしれないとティアは思う。


 考えを整理して。

 それからティアは口を開いた。



「……ともあれ、死んだかもしれないと思っていた妹が、元気でやれていることには、深い安堵を覚えた。そして、そんな妹を世話してくださっていたあなたには、感謝の念も尽きない」

「いえ、こちらこそ。妹さんの機転や発想は、大いに頼りにさせていただいております」

「だが! ……だがな、嫁入り前の娘がこんな、男を相手に、ベタベタするのはいかがかと、私は思うのだ!」

「……ええと、それについては、実は僕もちょっと困っておりまして」



 魔王が苦笑する。

 サラは「えー!? いいじゃん!」と不満そうだった。


 ティアは咳払いした。

 そして。



「決める前に、魔王、貴様のことを聞いておこう」

「僕のこと、ですか?」

「そうだ。貴様はなぜ、このようなことをしている? 貴様の目的はなんだ? 人を集め、金を集めてなにを成そうとしている?」

「んー……」



 魔王は困ったように唸る。

 それから――



「人を集めてなにを成そうというか、人を集めること自体が目的です。お金は、従業員の給料のために集めているだけですね」

「……人を集めることが目的?」

「はい。実は……ええと、僕は漂流してきたんですよ、このあたりに」

「……別な大陸から流れてきたということか?」

「……うーん……まあ、その、大陸ではなく……サラさんがここで働き続けられるかどうかがかかっているので正直に答えさせていただきますが、僕、違う世界から、いきなり、流れ着いたんです。この世界に」

「……はあ?」

「ここがどこなのか、これからどう生きていけばいいか、なにもわからなかった僕を保護してくれたのが、『まおうじょう』ができる前にこのあたりに住んでいた人たちでした。どうにも若い者がいなくなってしまったらしく、僕はみなさんに孫のように世話を焼いていただいたのです」

「……若い者が、いない……」

「はい。『若い子がいると活気があるねえ』とか『若い子がいるとハリが出るねえ』とか、そういうのが、みなさんの口癖でして……それで、活気とかハリとか……まあ笑い声とか、そういうものを僕がどうにかしようと。せめてもの恩返しですね」

「……それで『魔王』を僭称し、『魔王城』を建て、そこに人を集めたのか」

「はい。『テーマパーク運営』なんていうよくわからない能力しかない僕にできるのは、ちょうどそれぐらいでしたし」

「…………」

「ご理解いただけたでしょうか?」

「……理解は到底できないが……理由は、わかった」

「理由、ですか?」

「うむ……あの『人生で反抗しない瞬間などない』と言わんばかりに、目つき鋭く、生意気で、誰にも恭順の意を見せなかった妹が、なぜ魔王に仕えたのかは、なんとなくわかった。言葉にできはしないが、なんとなくな」



 サラが「ちょっとお姉ちゃん!? 人をどうしようもない不良みたいに言わないでよ!」と慌てたように叫んだ。

 魔王は困ったような顔で頬を掻く。



「……まあその、仕えているという感じでもなく、ただの雇用契約なんですが」

「しかし」

「……しかし?」

「妹には再教育が必要そうだ」



 サラが「えっ!?」とおどろく。

 ティアは、サラの方向を向いて言葉を続ける。



「なんだ、その、異性に抱きつくなどと、はしたない。それに、お前はそそっかしいから色々と不安だ」

「お姉ちゃんに言われたくないんだけど!?」

「こんな妹を一人残して帰ってもいいとは、到底、思えんな」

「そんな!」

「だから――年間入城手形を購入しようか」



 ティアは咳払いをした。

 サラが目を丸くする。



「……お姉ちゃん、それって……」

「お前が囚われの身というのならば、なんとしても魔王を斬り伏せて連れ帰るところだが――望んでここにいるのならば、連れ帰れん。お前はどうせ、連れ帰って、閉じ込めても、またこの場所に来るだろう。もとより、いたい場所にしか、いないのが、お前だ」

「……」

「そんな手間をいちいちとってもいられんのでな。……ここのことは、父上と母上にも報告するぞ。末の妹にもな。私からも一応口添えをしておくが、面倒な説得が必要になった場合、自分でしろ。いいな?」

「えー……」

「ここにいたいのだろう?」

「……そうだけど」

「だったら、問題を先送りにするな。……どうせ、いずれはバレる。ひょっとしたら侍女や父母を連れてこの『魔王城』に来る――などという展開になるかもしれん。その時はまたもてなしてやってくれ。……私にしてくれたようにな」



 ティアは魔王を見た。

 魔王は笑い、軽く礼をする。



「はい。この『まおうじょう』はお客様に、いつでも悪夢(ゆめ)絶望(きぼう)をお約束しますよ」

「うむ。両親を連れてきたその時には、サラに抱きつかれた件と、私の手を握った件も一緒に精算してもらうから、そのつもりで」

「……えっ?」

「では、私は行く」



 ティアは立ち上がる。

 そして、スタッフルームの出口へと、振り返った。

 その背に、サラが声をかける。



「ねえ! ……お姉ちゃんは、一緒に働いてみたいとか、思わなかった?」

「……私にあのような、はしたないまねはできん」

「ちょっと!? あたしがしたことが、はしたないみたいに言わないでよ!?」

「……まあようするに、私は、お前の言うところの『古いエルフ』なのだ。ここよりも王宮の方が、居心地がいい」

「……お姉ちゃん」

「だから私は、私の居場所に帰るのだ。お前は、お前の居場所にいろ。ではな」



 振り返り、軽く笑う。

 サラがじっとこちらを見ている。

 魔王が、立ち上がって頭を下げていた。


 それを見て、振り返らずに、ティアは歩き出す。

 スタッフルームを抜け――


 立ち止まって。

 振り返って。

 また、スタッフルームに入り――



「あれっ? お姉ちゃん、忘れ物?」



 サラと魔王に出迎えられて。

 ……すごく言いにくいのだけれど。



「すまないが、出口まで案内していただけないだろうか。ここがどこだか、わからない」



 そうそう格好よくはできないものだなあ、と。

 アトラクションならぬ現実のうまくいかなさに、はにかんだ。

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