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テーマパーク『まおうじょう』へようこそ!  作者: 稲荷竜
一章 チュートリアル ~初来城の勇者様へ~
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6話

 ――大軍だった。

 正面から迫り来る鎧に剣に斧。屈強なる戦士どもは背が低い代わりに手足も胴体も丸太のように太い。

 ドワーフ。

 それは背の低さと体の頑強さで知られる種族だ。


 彼らの軍勢ならば、彼らの『力』が同行しているはず。

 テイアは視線をめぐらせ、ドワーフを世界三大人種たらしめる彼らの『力』を探す。

 ほどなくして発見できた『力』は、ティアが噂から想像していたものを、はるかに上回っていた。


 それは巨大なヒトガタだ。

 ただし鋼でできている。


 ドワーフの最前線に存在するそのヒトガタは、巨人族よりなお大きい。

 ただし手足は短く、縦よりも横に広いという印象で――ドワーフをそのまま十倍ほどの大きさに伸ばしたかのような物体だった。

 そいつらが、人のように二足で歩きながらせまってくる。

 一歩ごとに震動が起こり、土煙が立つ。

 ヒトガタ兵器が手にした巨大な斧は、その威力を想像するだに恐ろしい。


 しかも、それだけではない。

 連中は『銃』を持っていた。


 それはドワーフの持つもっとも優れた兵器と言われている。

 細長い金属製の筒であり、『火薬』というものを用いて金属の粒を飛ばす飛び道具だ。


 音が派手なせいで隠密性はなく、装填にも時間がかかり、弓に及ぶほどのものではない――そのような評価がエルフ内ではなされていた。

 実際、ティアもあんな細い筒からいかに高速で金属粒が飛び出そうとも、『質』において優れたエルフが用いる弓矢より威力が出るとは、思えない。

 だが――



「大砲、出せー!」



 ドワーフたちが行進を止め、先頭にいる者が号令した。

 すると列の中央部からなにかが運ばれてくる。


 それは大の男が十人がかりで運ぶ、下部に車輪がついた巨大な金属塊だった。

 筒状ではあるのだが、そのサイズが、銃と比べるのも馬鹿げているほど大きい。

 とてもじゃないが『持って運ぶ』なんていうことは不可能だ。


 ドワーフたちは大砲を運び終えると、巨大な杭でそれを地面に固定していく。

 最初、その工程がなんのために行われているのか、ティアにはわからなかった。

 だが。



「弾込め! 射角調整! 目標、『魔王城』城壁!」



 キリキリと、男が数人がかりで、固定された大砲の角度を調整していく。

 そして。



「放てえええええ!」



 ――全身を叩きのめすような、轟音が響いた。

 距離は充分にある。だというのに発射の衝撃で体がよろめくほどだ。


 実際に大砲を放つ際そばにいたドワーフなどは、発射と同時に衝撃で転げている。

 ティアはそこで初めて理解した。先ほどドワーフたちが大砲を地面に杭で打ち付けたのは、この発射の衝撃に備えるためだったのだ。

 この威力で固定もせずに撃ったならば、発射と同時に大砲は後ろへと移動し、狙いがズレてしまうだろう。

 悪くすれば背後の戦列を轢き殺すことにもなりかねない。


 砲弾が飛んでくる時間は、長いような、短いような、不思議なものだった。

 エルフの放つ矢よりは間違いなく遅い。

 しかし、あの轟音、見た目からでも容易に想像できるあの威力がせまってきているのだと考えると、備え、あるいは覚悟を決めるには、あまりに短い時間。


 ティアは実際、その砲弾を目で追うしかできなかった。

 だが――



「ドワーフのお客様(ゆうしゃ)どもよ! この『まおうじょう』によくぞ来た!」



 放たれた砲弾が宙で爆散する。

 その轟音にも負けないほど通る声が、耳朶を打つ。


 それはティアが唯一『聞き慣れた』と表現してもいい男性の声だ。

 視線を向ける。

 すると、忘れもしない印象的な姿が見えた。


 長い黒髪に、引きむしった鳥の翼をつけたような、漆黒のマント。

 風ではためいたマントの下には、これもやはり漆黒の鎧がある。

 顔は異様に白く、口からは凶悪な牙がのぞいていた。

 手には宝石のはまった、鎌のついた杖を持っている。


 ――魔王。

 ドワーフの大軍勢を前に不敵な笑みを浮かべる存在の名が、それだった。


 彼がいるのは、ティアが入って来た門の前だ。

 いや、彼だけではない。


 様々な者どもがいた。

 異形の者――

 豚面緑皮膚の化け物。

 オオカミのような顔をした、毛むくじゃらの生き物。

 両腕が鳥の翼のような形状になっている、女性的な見た目の存在。

 そしてあまりに巨大な、お伽噺にある『ドラゴン』のようだ、と表現するしかない威容。


 異形でない者どももいる。

 漆黒の衣装に身を包んだ人々――

 巨人がいた。人間がいた。精霊もいたし、妖精もいた。高原に住まうとされる翼を背に持つ人々の姿もあったし、ひどく暗い気配を身にまとった不吉な影もあった。

 侵攻してきているのと同じ人種のはずの、ドワーフさえも、そこには、いた。


 そして――エルフもいた。

 漆黒の、露出度が高く体にぴったりと張り付くような衣装を身にまとったままの妹、サラもまた、魔王の横で、魔王と同じ方向を見ていた。


 それから。

 ティア自身も、魔王の近くに、いた。


 なぜこんな場所に自分がいるのかはわからない。

 転送させられた時に、魔王がそう意図したのだろうか。あるいは事故か。


 しかし、魔王のすぐ近くに自分がいるということは、自分の見ている景色は、ほとんど魔王が見ている景色と同一ということで――

 あの、向かい合うだけで腹の底がキリキリと痛むような大軍勢を、魔王も正面から見ている、ということで――


 だというのに。

 魔王にも、その配下にも、緊張の色は、一切なかった。



「その人数をそろえた努力! その兵器をそろえた技術力! そしてくつわを並べこの難攻不落の『まおうじょう』に挑もうというその胆力! ありとあらゆる貴様らの準備に! ありとあらゆる貴様らの勇気に! 『まおうじょう』を支配する者として、謝意を示そう!」



 魔王の声はよく通った。

 敵指揮官との距離はまだまだあるが、これだけ響けば、向こうにも聞こえているだろう。



「我は貴様らを歓迎する! さあ、お客様(ゆうしゃ)どもよ! 砲火を放て! 火花を散らせ! 兵器を遣わせ! 斧を振り上げよ! 貴様らの行動一つ一つを、我らはあざわらい、打ち払おう!」



 景色に変化がおとずれる。

 ティアの見ている前で、ドワーフの軍勢を取り囲むように、壁が出現した。


 真っ白な壁。

 それは――『まおうじょう』を囲む城壁のようだった。

 工手もいないのに、ひとりでに、城壁が地面からわき出て、ドワーフの軍勢の退路をふさいでいるのだ。



「そして貴様らも存分に楽しむがいい! 人の死なぬ殺し合いだ! そちらの本気を、こちらが遊びに変えてやろう!」



 魔王はそう言って、大きく息を吸い込んだ。

 そして、今までと比べれば静かにも聞こえる声で――



「すべてはお客様の笑顔のために」



 ニヤリ、と笑う。

 そうして、今一度、大きく息を吸い込んでから、



「――さあ、悪夢と絶望の『殲滅行進アニヒレイトマーチ』の、開演だ!」



 歓声が沸き起こった。

 その発生源は、『魔王城』の内外から、あるいは建物にのぼり、あるいは謎の浮遊する床に乗せられ、ドワーフの大軍と魔王の軍勢がぶつかるその瞬間を見物している者どもだった。


 つまり――勇者。

 ティアから見える範囲だけでも、すさまじい人数だ。

 これがみな、『魔王城』内部にいて、先ほど『パレードを見に行く』という意思を示した者どもなのだろう。



「禁止事項の一部を解除! オブジェクトへの害意を認める! 巨人族警備員(えいへい)部隊、整列!」



 魔王の号令で、青い衣装に身を包んだ巨人たちが、横一列に並ぶ。

 そして、全員がそろった動作で右腕を上に掲げた。



「観覧車、装填!」



 耳慣れない言葉。

 と、伸ばした巨人の手の上に、なにかが出現する。


 それはたくさんの檻がついた円環だった。

 大きさもかなりのもので、巨人が持っても、もてあましそうだ。

 それを、巨人たちはそろった動作で振りかぶる。



「観覧車、投げろ!」



 魔王の号令とともに、巨人たちが、『観覧車』を地面に転がすように投げた。

『観覧車』をぶつけられ、パッカーン、という音を立てて、ドワーフのヒトガタ兵器が吹き飛んでいく。


 その光景に、勇者たちが笑う。

 笑いは爆発のように広がって、あっというまに侵攻戦の緊迫感を呑み込んだ。



「続いて、ジェットコースター射出!」



 声と同時にあらわれたのは、金属製の巨大な蛇だった。

 それは同時に現れた金属製の板に沿うように斜め上へ進み――

 一度高い場所までのぼり、それから、速度を増してドワーフの軍勢へと突撃していった。


 大砲が壊され、ドワーフの戦士たちが蹴散らされる。

 だが、高くまで吹き飛ばされ、地面に落ちたドワーフたちは、すぐにむくりと起き上がった。


 ケガや痛みは、ないというのか?

 あんな吹き飛ばされ方をして?


 ティアは不可解でたまらない。

 だが、ともかくドワーフたちは無事で、彼らだって、黙ってやられっぱなしになる理由がない。



「かかれー!」



 と、これはドワーフ側の号令だ。

 指揮官らしき人物が斧を構えて突撃を開始すると、同じように戦士たちが続いた。

 この行動を受けて魔王が下した指示とは――



「さあいよいよパレードも本番だ! 御輿(ゴンドラ)用意!」



 魔王の号令とともに、先ほどの『ジェットコースター』と似たような物体が出現する。

 それは、ジェットコースターよりも装飾が派手で、遅そうで――とても実戦で用いる乗り物とは思えない物体だった。


 そこに、次々と魔王の尖兵たちが乗りこんでいく。

 異形の化け物たちも、異形でない人々も、ドワーフさえも乗り込み、御輿の内部は様々な容姿の者でぎゅうぎゅう詰めになった。


 巨人が乗りこもうとする。

「乗れるか!」と誰かがその行動を制止する。

 勇者たちから笑いが起きる。


 いつしか軽快な音楽が流れ始めていた。

 夕暮れの中、きらびやかな軍勢が、音楽とともに、派手な御輿で進軍を開始する。


 ティアはその光景を不思議な気持ちでながめていた。

 ……なんだ、これは。


 今はドワーフの大軍勢の侵攻を受けている最中のはずだ。

 だというのに――まるで、演劇の一幕でも見ているようではないか。


 危機感がない。

 緊張感もない。

 これほど楽しげで、これほどお気楽な戦など、ありうるのか?



「貴様も乗るか?」



 魔王から、声がかけられた。

 まったく不意打ちだ。


 声の方向を見れば、すぐそばまで御輿は来ていて、そこに乗った魔王が、ティアへと手を伸ばしていた。

 ティアは――


 手を、取った。

 なにか考えていたわけではない。考えることができないほど、混乱していた。いや、茫然自失だったのだろうか。

 今がどんな状況なのか、言葉にできない。



「悪夢と絶望の園『まおうじょう』では、あらゆる暴力行為、迷惑行為を禁止している。その禁を破ろうとする者は、障壁にはばまれる」



 御輿に乗ってしまった。

 そのティアに、魔王は語る。



「だが、先に言った通り『例外』が存在する。それがこの『殲滅行進(アニヒレイトマーチ)』であり――外敵からの侵略を見世物にするショーだ」



 見世物。

 魔王はそう言い切った。

 それから――



「これが今、貴様の妹がしている仕事だ」

「……サラが?」

「そうだ。この仕事は演出もあり、『人類の敵』というキャラ作りもあり、親族に働くのを認めていただくのはなかなか難しい。ましてこの世界だと、大半が『魔王は本気で人に悪夢と絶望をもたらそうとしている』と思いこんだままだ。まあ、そういうお客を取り込むための演出方針でもあるのだがな」

「……」

「だが――考えてみるがいい。この仕事は、果たして本当に、悪いことか?」

「…………」

「ドワーフの軍勢を見よ。やつらは、我らの『まおうじょう』を侵略しに来た。兵器を見よ。ロボットを見よ。銃を見よ。大砲を見よ。やつらの『殺す気』を見よ。……対して、我らを見よ。やつらの被害を見よ。どちらの方がより悪いか。どちらのもたらす被害がより深刻か、考えてみよ」



 ドワーフたちは――いや、人間も、エルフだって、魔王を本気で倒そうとしている。

 一方で、魔王たちはなにをしている?


 突如出現し、人類の敵を自称し――いや、人類の敵とみなされ、その立場を受け入れている。それどころか、利用し、見世物にしている。

 城内では暴力を禁じ、迷惑行為を禁じている。

 それは悪いことなのか?


 ……今まで思いこんでいたことが、覆されていく。

 ティアは震える声をつむぐ。



「……なぜ、言わない? なぜ、自分たちはなにも害意がないと、世界に向けて声を高らかに叫ばない? それどころか『悪夢と絶望の園』などと……これでは、世界中が貴様らを本気で殺しに来ても文句は言えないだろう?」

「そうだ。だが――そのお陰で、人が集まる。なにもなかったこの場所が、一大テーマパークとなる。若者が消え、年寄りの嘆きしかなかったこの村に、笑い声が戻るのだ」

「だが、集まるのは、貴様らに殺意を持つ人々だ」

「人々は愚かではない。我らが『そういう役割を演じている』だけだと、遊んでいるうちに、気付く。気付いて、客になり、笑う。それはとても素敵なことではないか?」

「……だが」

「それにだ。……結構ではないか、殺しに来る者どもがいても」

「結構なわけがあるか。殺されたらどうする」

「我は死なぬ。我には力がある。それゆえ――」



 魔王は笑った。

 それは今までティアが見たうちで、一番魔王的な笑顔。



「――殺しに来る、本気でぶつかってくる相手を、殺さぬよう、こちらも本気で笑ってあしらうから、最高に楽しいショーになるのだ」



 ――御輿は進む。

 それはゆったりとドワーフの軍勢へと近寄っていく。

 降り注ぐ砲火。

 迫り来るドワーフの斧。

 銃弾、砲弾、巨大ヒトガタ兵器。


 それらの中を、笑い、手を振り、おどけるような仕草をしながら進む魔王軍。

 攻撃が通ることはない。すべての害意は、障壁によりはばまれる。


 ……戦いと呼べるものではない。

 本気で殺しに来る者を、本気で笑ってあしらう。

 まさに魔王が言った通りの、それは『見世物』だった。


 魔王城側から歓声があがる。

 どうやら勇者の中には相当数、この軍と軍のぶつかり合いが見世物だと理解している者がいるらしい。

 何度もすすめられた年間入城手形を買った者も、いるのだろう。


 ティアは視線をめぐらせ、妹の姿を見つける。

 彼女は攻め寄せるドワーフを見下ろし、高笑いをして、ムチを振るっていた。

 ……そのムチだって、ドワーフに当たる前に、障壁にはばまれている。


 この戦争は誰も傷つかない。

 ただ侵攻してきた相手の心に訴えるだけのものだ。


 ……ティアは、妹の顔を見る。

 その生き生きとした表情、真剣さゆえに流れる汗を、今まで見たことがなかった。


 ティアは、自分が王宮を出る際に言い放った言葉を思い出す。

 ――私はこういう時のために秘められてきたのだ。

 ――宝石のようにしまいこまれ、大事にされ、なにもなさずに一生を終えるのは、本意ではない。



「……そうか、お前は、私よりも先に本意を達成していたのだな」



 パレードは続いていく。

 ティアは特等席から、妹の活躍を見た。

 少し寂しいような――


 そして、ほんの少し、誇らしいような。

 そんな気持ちで。

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