5話
「サラァッ! 覚悟ぉ!」
『ティターニアの塔』最上階――
そこは壁面に格子があしらわれた、鳥かごのような空間だった。
気付けばかなり高くまでのぼってきたらしい。
格子の向こうに見える景色は、空や、『ティターニアの塔』と同じぐらい高いものばかりになっていた。
現在はどうにも夕刻らしい。
オレンジ色に輝く『魔王城』は、かなり美しい。
だが――
そんな景色よりも、サラだ。
「いかに配下を並べようとも、私を止めることは叶わんぞ!」
「そうみたいね」
サラは苦笑を浮かべていた。
そのそばには、よく知らないエルフの少女もいる。
両腕を縛られている、緑色の輝くドレスを着た少女だ。
たぶんあれが『ティターニアの塔』で囚われているというエルフの姫なのだろうが……
ティアの知らない人だった。
たぶん王家の遠い傍流か、誰かの影武者なのだろう。
「っていうかお姉ちゃん、エルフ王族が全速力で塔をのぼらないでよ。他のお客様がまったくついてこれてないじゃない」
「知ったことか!」
「……協力とか、仲間意識とか、絆とか、お姉ちゃんにはないわけ? ほら、声をかけあったりして、仲良くなったり、そういう……」
「初対面の相手ばかりだぞ!? 仲良くなどなれるか! まずは伝統的に精霊を通した伝言で会話をして、顔を見るのは三十年もそんなやりとりをしたあとで……」
「……やっぱりエルフってクソだわ」
はあ、とエルフの姫であるサラは肩をすくめてため息をついた。
ティアは叫ぶ。
「とにかく、サラァッ!」
「大声出さなくても聞こえるわよ」
「どうしてお前は魔王の配下なんぞになってしまったのだ!? 洗脳か!? 呪いか!? それとも、まさか……まさか魔王に手でも握られたか!? そのことを恥じて……自暴自棄に……」
「エルフよねえ、お姉ちゃん。ザ・エルフって感じ」
「我ら王家はもっとも純粋なるエルフなのだから、私が『ザ・エルフ』なのは当たり前だ!」
「そんなんだから若者のエルフ離れが進むのよ!」
「なんだそれは!?」
「クソ真面目に王宮にこもりっぱなしだったお姉ちゃんは知らないだろうけど、今のエルフの里はお年寄りばっかりなんだからね! 若いエルフは固すぎるエルフの文化に嫌気がさしてどんどん出て行ってるんだから! ここで働いてるエルフたちもそうよ! ねえ!?」
ねえ、と呼びかけられたエルフの姫(姫ではない)は、苦笑した。
そして小声で「サラさん、キャラ、キャラが抜けてるよ」と言う。
サラはハッとした顔になる。
そして、咳払いをした。
「とにかく、えっと……よくぞ塔の最上階までたどり着いたな、勇者よ! その努力に敬意を表し、ここからは六魔将軍のあたし自らが相手をしよう!」
「その前になんだその肩書きは!?」
「ふっふっふ……! 六魔将軍とは、魔王様に仕えし忠実なる六人の下僕! それぞれの城塞に一人ずついて、魔王様に仇なすお客様どもに悪夢と絶望を与える存在なのよ……!」
「……そういえば魔王が言っていたな……五人いる四天王と写真を撮るとスタンプがたまると……つまり六魔将軍とは、その五人いる四天王なのか!?」
「違うわ! 六魔将軍は六魔将軍で、四天王は四天王で、別な部署よ!」
「別な部署!? ややこしい命令系統をしおって……!」
「基本的に城塞から動かないのが六魔将軍で、自由に城内をうろうろしてるのが四天王よ!」
「……なるほど。四天王と記念撮影をしてスタンプをためるのは、並大抵のことではなさそうだな……!」
「ふっふっふっふ……しかもそのうち一人は体が弱くて休みがち……! それゆえに『隠れ四天王』呼ばわりされている……! だから魔王様の配慮で四天王は五人に!」
「なんだと!? 魔王の配下のくせに病欠をするのか!?」
「エルフの王宮でこもりっぱなしのお姉ちゃんは知らないでしょうけど、悪夢と絶望の園『まおうじょう』には『福利厚生』という概念があるのよ……!」
「くっ……なにかよくわからんが、強そうだ……!」
「もし出会いたければ『まおうじょう』にあししげく通うことね……! 年間入城手形なんかがおすすめよ! 購入者には様々な悪夢の特典もついてるわ!」
「おのれ……! どこまでも金銭を要求してくる……!」
「払った金銭以上の悪夢と絶望を約束するわ! 買ってみたら『お得だ』と思うはずよ!」
「しかし……しかしだ! ここでお前を連れ戻し、魔王を倒すことができれば、年間入城手形など不要! お前の剣である『ティターニア』でお前と戦うのはしのびないが……これもエルフ一族のため! 覚悟!」
「まあ、少し待ちなさいよ」
「……なんだ」
「詳しい説明をするために、他のお客様を待つから」
「…………なぜそんなことを」
困惑するティアの背後――
下層階から、どやどやと人の声と足音が聞こえ始める。
置き去りにしてきた勇者たちが、ようやく追いついたのだ。
彼らはティアにとって味方である――しかし、人が増えたことで、ティアは一気に居心地が悪くなってきた。慣れていないのだ、複数の他人の中にポツンといる、ということに。
「よく来たわね! お客様たち!」
サラが高らかに叫ぶ。
空間がまた暗くなり、雷鳴のような音と光がはしった。
「どこかのエルフのせいで予定外の早いネタバレになったけど、エルフ姫に仕える忠実な女官とは仮の姿! あたしこそが六魔将軍サラよ!」
「さっき聞いたぞ!?」
「エルフ姫を解放したければ、このあたしを倒すことね! ただし! あたしをそのあたりの雑魚と一緒にしてはいけないわ! ここからは――」
と、サラがやや言葉をためる。
そして、ティアを見て、一瞬、ちらりと邪悪な笑みを見せてから――
「――全員の協力が不可欠なのよ!」
「なにぃ!?」
ティアは瞠目した。
全員の協力が不可欠――
それは、とりもなおさず、初対面の連中とおしゃべりしたり、そういったことをしなければならないということだ。
できるわけがない。
今日初めて会った人と協力など、無理だ。
「……おのれ六魔将軍! なんと卑劣な……!」
「くっふっふっふ……! 百年間王宮に引きこもっていたエルフには、難しいでしょうね! しかも未だに『顔を見るのは三十年伝言ゲームをしてから』とかいう古いエルフには!」
「……くそ……!」
「さあ、まずは――」
と、サラがなにかを言おうとした。
そのタイミングで、どこからか響いてきた音が、サラの声をかき消す。
それは耳をつんざくような、けたたましい音だった。
なんの音かは知らないが、ティアは焦燥感と危機感を覚える。
しばし、キョロキョロと周囲を見回していると、音が止まり、誰かの声が、どこからか響き始めた。
「わーにんぐ! わーにんぐ! 城内をご観覧中のお客様にお知らせいたしまーす! ただいま、『まおうじょう』に大軍が接近中でーす!」
幼く舌足らずな、少女の声だ。
緊張感のあった音とのギャップがすさまじい。なんだか、なごんでしまう。
が、内容は、たしかに危機感を煽るものだった。
大軍が接近中――その大軍とはつまり、
「……他種族が『魔王城』に攻めて来た、ということか!」
すなわち、ティアと目的を同じくする者どもの、行動。
魔王をこの世界から消し去り、人類の脅威を除こうとする軍勢だ。
ただし。
『援軍』とは言えない。
「……まずったな……大軍ということは、人間か、兵器を擁したドワーフか……なににせよ、今の状態で魔王城になだれこまれたら私も巻きこまれかねん」
魔王を倒そうとする人類は、完全な連携状態にあるとは言いがたい。
というよりもむしろ、静かな戦争状態にあるとさえ、言えるだろう。
すべての種族は、他種族の『魔王城』への対応を監視している。
エルフなどは『森を出て行く者など知らぬ』という意見が大勢を占めており、あまり熱心に『魔王城』を攻略するつもりはなかったが――
それでも他種族の目があって、王族を出さざるを得なかった、という状況だ。
エルフはこのように基本は無関心だが、人間とドワーフはまた違うらしい。
どちらが先に魔王を倒すかを競っているような状況だとかいう噂を、ティアも聞いたことがあった。
功を競っている。
その功の果てになにがあるか、彼らが本当に望んでいるものはなにかというところまでは、ティアにはわからない。
ただ――功を望むならば、その功を独占したがるだろう。
つまり内部にいた自分たち以外の人種などは、『いなかった』ということにされる――
特に各人種の主力……ドワーフにおける兵器、人間における軍の指揮官、あとは――エルフにおける王族などは、他種族に見つかれば、どさくさにまぎれて『処理』される可能性さえあった。
だから『魔王城の外に大軍がいる』という状況は、ティアにとっても、危機的だ。
ティアは、サラに向けて叫ぶ。
「おい、サラ! まだ間に合う! 逃げた方がいい!」
魔王を倒そうとしている自分でさえ危ないかもしれないのだ。魔王への協力姿勢を明らかにし、魔王の何人いるかわからない幹部でさえあるサラは、もう完全に危ないだろう。
そう思うのだが。
「お客様どもよ、よく聞きなさい!」
サラは高らかに叫ぶ。
……そうだ、他の勇者もいるのだ。
彼らだって危険だ。
逃がさなければ。
いや、むしろ、危機的状況を察して、全員が混乱し、逃げ惑うかもしれない――
そういったティアの予想とは裏腹に。
……なんだかみんな、わくわくした顔で、目を輝かせているような?
「大軍の侵攻が確認されたわ! これより城外で『殲滅行進』を行います! 観覧を希望するお客様は、端末に表示された『パレードを見に行く』という文字をタッチしなさい!」
その言葉のすぐあとだった。
ティアの視界内で、人が消失を開始する。
ヒュンヒュンと謎の音を立て、かすかな光を残しながら消えていく。
どうやら、消える人はみな、その直前、端末をいじっていたようだ。
おそらくサラの言う通り『パレードを見に行く』をタッチしたらしい。
一人二人残るかと思いきや、勇者たちは全員、『パレードを見に行く』らしかった。
お陰でティアとサラ、そしてエルフ姫(姫ではない)だけが『ティターニアの塔』に残されてしまった。
「……お姉ちゃんは行かないの? お姉ちゃんが残るなら、たった三人でアトラクションを続行するしかないんだけど」
サラは『はよ行けや』という顔でこちらを見ていた。
ティアは困惑する。
「……なんなのだ、その、『殲滅行進』とは……?」
「くっふっふっふ……」
「その妙な笑いはいちいちやらないといけないのか?」
「『殲滅行進』とは、この『まおうじょう』における最大のアトラクション! いえ、アミューズメントなのよ!」
「……つまりスタンプがたまるのか」
「そうね!」
「ちなみに、サラはその『殲滅行進』を見に行くのか?」
「見に行くっていうか、参加するわ! このアトラクションのお客様が全員いなくなったらね! まだお客様がいるならアトラクションを続行して、代役が出るわ!」
なんだかよくわからないが、サラも行くようだ。
しかし、ここでティアが一人残れば、サラは行かないらしい。
悩む。
……だが、先ほどサラは『自分を倒すには全員の協力が不可欠』と言った。
そしてその『全員』が今は、誰もいない。
ということはサラを倒して連れ戻すのは不可能ということで、このままここにいても、仕方ないだろう。
「……わかった。私も行こう」
「そう!? じゃあ端末の『パレードを見に行く』をタッチして! そうしたら支配人の力で、一瞬でイベントの場所まで転移されるから!」
「……やはり、転移だったのか……そのようなお伽噺にしかないような魔術まで、魔王は使えるというのか……」
古代魔術をも使用するらしい。
魔王というのは予想より手強い存在のようだ。
やはりスタンプをためる以外に倒す方法はないのだろう。
ティアは覚悟を決めて、端末を胸の谷間から取り出す。
そして画面を起動し『パレードを見に行く』の文字をタッチした。
列に並んでいるあいだじゅうずっと端末をいじっていたので、操作はなめらかだ。
ヒュン、と謎の音を立てて、視界が一瞬暗くなる。
そして次にティアが見た光景は――