4話
長き旅路の果て――
ティアは、というかティアと十何組かの勇者たちは、ようやく、『ティターニアの塔』入口までたどりついた。
そこは建物全体の大きさにたがわぬ、巨人族でも楽々通行できそうな立派な門があった。
そして門番もいる。
『ティターニアの塔』の門番は、ティアも見たことがあるような格好をしていた。
緑色の服に、翡翠の胸当て。
手には弓を持ち、腰には細剣を帯びている。
そして、種族はエルフで、性別は男性だった。
……エルフの森の兵をモデルにしたとしか思えない。
よりにもよって『エルフの姫が囚われている塔』の門番に、エルフの兵を置くとは……!
「おのれ魔王……どこまで我々を愚弄すれば気が済むのだ……!」
「クックック……! なんだかよくわからんが、まずはアトラクションの説明に耳をかたむけるがいい!」
そう言われて、ティアは『ティターニアの塔』に視線を戻す。
ティアや十何組かの勇者たちの視線の先で、エルフの門番たちは、唐突に話を始めた。
「……くそ、どうして俺たちが姫様を幽閉している塔の門番なんかやらされにゃならん!」
「しょうがないだろ相棒! この『ティターニアの塔』には、六魔将軍の一人がいる! そいつがいる限り! 俺たちの力じゃ姫様を助けだすなんて、とてもできない!」
「そうは言うがな! ……くそ、こんな時に、あの伝説の人物がいたら……!」
「伝説の人物!? そいつはいったいなんだ!?」
「おい! 大きな声を出すな! 六魔将軍に聞かれたらどうする!? ……いいか? 伝説の人物っていうのは、お伽噺に出てくる魔王を倒す英雄――勇者様のことだ!」
「勇者様!?」
「大きな声を出すな!! ……そう、勇者様だ。かの英雄が来てくださったら、この塔に囚われた姫様を救い出すことも叶うだろうに……!」
「……おい、見ろ、誰か塔に近付いてきているぞ!」
「なに!? 本当だ! ……おい止まれそこの者ども! ここは我らがエルフ姫の幽閉されし場所! 何人たりとも近付くことまかりならん! 姫様を救い出してくれれば別だがな! ……と、待て! なんだそれは!」
「どうした相棒!? なにかあったのか!?」
「あれだよ、あれ! ――あの、彼らが持っている四角い、小さな箱だ!」
そこでいったん、セリフは止まる。
数々の疑問がティアを襲った。
大きな声を出すな! と言いつつ、二人ともよく通る声でハキハキしゃべっていたこと――
さっきからずっと彼らのやりとりを見ていた自分たちを、門番たちはひとしきりしゃべったあとでようやく発見したみたいに振る舞ったこと――
そして四角い小さな箱なんて、よく持っているのに気付けたなということ――
ともあれ、『小さな箱』と言われて、真っ先に思いついたものに、ティアはつい、視線を向ける。
それは入城手形と一緒に渡された、『写真』なる破廉恥機能を搭載した端末だった。
周囲の勇者たちも、一様に同じ動作をしていた。
すると――
端末が急に、輝く。
そして――色々な情報が映し出される面から、なにか、剣の柄のような物が伸びてきた。
「あれは、聖剣『ティターニア』の柄!?」
ずいぶん柄に対し造詣の深いらしいエルフの門番が、大きくハキハキと叫ぶ。
動作もオーバーで、目を丸くし、あとずさったりしていた。
「ひょっとしてあなたたちは、勇者様なのではありませんか!? 勇者様であれば、その聖剣を抜くことができるはずです! さあ、抜いてみせてください!」
言われるがまま、というか、乗せられるように、ティアは端末を左手に持ち、右手で、端末から飛び出した柄を握る。
そして――引き抜いた。
すると、どうやったって端末には物理的に収まりきらないほどの刃が、姿を現わす。
ティアはその精緻な装飾のなされた、両刃の剣に見覚えがあった。
魔法剣『ティターニア』。
……だが、本物に込められているような魔力はまったく感じない。
レプリカなのだろう。かたちだけの。
「それこそ聖剣『ティターニア』! 姫を助け出す勇者の証!」
門番の片方が、大げさに叫ぶ。
もう片方が、大げさにおどろいた顔で言う。
「おお! 伝説の勇者の証か!? なあ相棒! もしかして、それさえあれば、我らの姫を助け出せるのか!?」
「ああ、間違いない! ……さあ勇者様方! どうかその聖剣をもって、我らの姫をお救いください! 内部には様々な魔王の配下がいるでしょう! しかしその聖剣ならば、わけもなく姫のもとまでたどりつき、六魔将を倒すことさえできるはず! あるいは、そのさらに上にいる魔王すらも……!」
魔王を倒せるかも。
そう聞いて、ティアは早速試すべく、周囲を見回す。
しかし、先ほどまで隣にいた魔王は、いつの間にか姿を消していた。
「逃げた……ということは、本当に効くのか。ならばなおさら捜すべきか……」
取り残されたことで少し不安な気持ちになりながら、追いかけるかどうか、迷う。
しかし。
「……まずはここで囚われているのが本当に妹なのか、確認せねば……また並び直しになるのも嫌だし……」
とにかく情報を集めなければならないと判断し、魔王を捜すのはやめにする。
……それに、ここの門番をやらされているエルフたちは、なにか事情あって門番をやってはいるが、基本的に魔王に心服しているわけではなさそうだ。
もしもここで『エルフの姫』を助け出すことができれば、この門番たちの協力もあおげるようになるかもしれない。
「さあ、どうか我らの姫を悪夢と絶望からお救いください!」
門番二人が横にどけると、その背後にあった扉が自動で開いていく。
やけに重々しい、きしんだ音が、耳をひっかく。
……なんだか妙に芝居くさいのが気になるが……
ともあれティアは同じ種族に協力し、エルフ姫を助け出すため、『ティターニアの塔』へと足を踏み入れた。
↓
内部は天井の高い、がらんとした空間だった。
床も、壁も、天井も、一面真っ白な素材でできており、なんだか遠近感とか平衡感覚が狂いそうになる。
ティアは天井を見上げる。
そこにはエルフの森でもっともよく見る絵画、『精霊の祝福』が描かれていた。
これは初代エルフ王に精霊と妖精がひざまずいている図を描いたもので、本物は王宮にあるのだが、エルフの森のそこここ、特に公的機関には必ずと言っていいほど複製品が存在した。
らしい。
……実際のところ、王宮から百年間一歩も出ていないティアにとっては、そういう話を聞いたことがある、ぐらいのものだ。
ただ、実際、ティアの暮らしていた王宮では、エントランスの一番目立つところに飾られていた絵画なのである。
その絵画に――初代エルフ王に見下ろされるように、一人のエルフが立っていた。
とんがり耳、金髪、碧眼、このあたりはエルフ共通の特徴と言えよう。
その少女固有の特徴としては、気の強そうな顔立ちがあるだろうか。
目が大きく、目尻がつり上がり気味。
年若いこともあり、『生意気そう』という印象を受ける。
着ているものは緑色のドレスだ。
布をたっぷり使った文官風ドレスなのだが、露出はそれなりにある。
これはエルフが森林地帯を主な活動圏としているがゆえで、露出が多かったり、足が出ていたりするのは、エルフの伝統みたいなものだ。
そんな伝統を感じさせる衣装を身にまとった少女に――
ティアは、見覚えがあった。
「サラ!? サラではないか!?」
――サラ。
それは、捜し求めた妹の名前だ。
あの、エルフにしては珍しい、我の強そうな顔つき!
年齢にしては小さな背に、発育のない体つき!
間違いなく、『お姉ちゃん、あたし魔王城に行って一旗あげるから!』と向こう見ずな発言とともに王宮を飛び出した不肖の妹である。
まあ、しかし、しかし、まだ一見しただけだ。
あんな文官風の衣装など着るような娘ではなかったし、顔の同じ他人という可能性もいちおう考慮するべきなのかもしれないが……
「……げっ、お姉ちゃん」
この嫌そうな顔!
ティアと出会ってここまで顔をしかめるエルフは、この世に妹のサラぐらいである。
「やはりサラか! お前はこんなところでなにをしている!? 長いあいだ家に連絡もよこさないで……! というかてっきり、この塔に囚われているのはお前かと……」
ティアはサラに駆け寄ろうとする。
しかし――
魔王に斬りかかったり、列に割りこもうとした時と同じように、障壁がティアをはばんだ。
「……なん……! この、魔王! 魔王め! 出てこい! 私とサラの再会を邪魔するな!」
ダンダン、と見えない障壁を殴りつける。
もちろんびくともしないが、殴った拳にも不思議と痛みはない。
ともあれ動けないティアの視線の先で――
サラは、長い耳に……いや、そこにはまったイヤリングに手を当てて、一度、小さくうなずくような動作をした。
そして。
「オーッホッホッホッホ!」
と、サラが、今まで一度もあげたことのないような笑い声をあげた。
ティアはつい、動きを止める。
急にどうしたというのだろう。
まさか――魔王の呪いかなにかで、頭がおかしく……?
「サラ! どうした、サラァッ!?」
「よくぞ見抜いたわね! そう、エルフの塔でお姫様を解放しようと努力する忠実な女官とは仮の姿……!」
「なんだと!? そんな仮の姿は、お姉ちゃん初耳だぞ!?」
「とにかくそういうのは仮の姿で! 今のあたしは――魔王様の忠実なる僕! 六魔将軍の一人『エルフを堕落させし者』、サラ!」
そう名乗った瞬間、不意に視界が暗くなる。
どこからともなく緊張感のある音楽が流れ、壁が光り、ピシャアアン! という雷の音がとどろいた。
そして――
サラの着ていた文官風の衣装が――
左右から引っぱられるようにして、真っ二つになった。
「サラの服が!?」
このままでは妹がお嫁に行けなくなる――そう思ったティアだったが、杞憂だった。
なんとサラは、文官風衣装の下に、もう一枚服を着ていたのだ。
だが、その服を見てティアはギョッとする。
黒を基調とした、体にぴったりと張り付くデザイン。
下着もかくやという露出度の多さには、思わず目を背けそうになる。
姉として恥ずかしい。
しかしサラは堂々としたもので、いつの間にか手にしていたムチを床にたたきつけ、ピシンという音を鳴らし、ハキハキ滑舌のいい、よく通る声で言葉をつむぐ。
「私は堅苦しいエルフ文化に変革をもたらす者! そのために邪魔なエルフの姫は、このあたしが捕えさせてもらった!」
「なにを言っている!? エルフの姫はお前だろう!?」
「エルフの姫は捕えた! あたしが! この六魔将軍サラが!」
「くそ、錯乱していて話にならない……! 目を覚ますんだサラ! お前は、魔王に騙されているだけだ! そうでなければ、そんなみだらな格好をするはずがない!」
「そこのおっぱいエルフ、うるさい!」
「おっぱ……!?」
「ふっふっふ……この六魔将軍サラにたてつく愚か者は、今ここで排除してやってもいい……しかし、まずは勇者たちの力を見てやろう!」
そこでまた、ピシャアアン、と雷鳴のような音がとどろく。
一瞬、景色がまったくの暗闇に包まれ――
次に視界が明るくなった時。
サラの周囲に、数多くの異形の者どもが現れていた。
そいつらは緑色の皮膚を持つ、巨大な豚面の化け物だ。
頭があり手足がある二足歩行という点で『人』とシルエットを同じくしているが、その知性のなさそうな白い目やら、口の端からのぞく凶悪な牙やら、だるんと脂肪でふくらんだ腹部やら、とにかく嫌悪感を催すデザインをしていた。
「この六魔将軍サラが相手をする前に、あたしの配下どもが、お前たちの力を試してやる!」
「なんだかよくわからんが、まわりくどいことをするな! 今すぐにでも、私がお前の目を覚まさせてやる!」
「おっと……『オベイロン』を抜く気ね? でも、それは無駄よ」
「なぜだ!?」
「この『まおうじょう』においては、こちらが用意した武器以外は使用できない決まり……本物の刃物や弓を使おうとすれば、障壁にはばまれるわ! ケガをしたら危ないものね!」
「……くそ、ならば、魔王どもが武器を用意しなければ、こちらは手も足も出ないということではないか! 不公平な!」
「だから大人しく『ティターニア』を手に、あたしを追いかけなさい! ここはそういうアトラクションだから、お姉ちゃん、空気読んで!」
「待て、サラ!」
「待たないわ! これ以上ややこしくなる前に――あたしは塔の最上階へ行く! そこでエルフの姫とともに、勇者どもを待つ……! せいぜいがんばってたどり着きなさい! オーッホッホッホッホ!」
サラが高笑いをすると同時に、ガコン、という震動があった。
何事か!?
そう思いティアが周囲に視線を巡らせていると――
サラの足元の床が、急に、動き出した。
それはサラを乗せたまま上昇していき――
ティアが見守る前で、サラは床に乗って上階へと姿を消してしまった。
「……なんということだ……!」
ティアは歯がみする。
ともあれ――周囲には、サラの配下らしい、緑色の皮膚の化け物たちがいる。
さっさと襲いかかってくればいいものを、サラが上階に行くまで待っていたようだ。
「……余裕ということか。よかろう。ならば――貴様らを蹴散らし、サラの目を覚まさせる! ティターニア! 私に力を!」
その場のノリで、叫ぶ。
すると、まわりの連中も「おー!」と、ときの声をあげた。
……そういえば、周囲にいっぱいいたのだ。
大声なんてあげてしまって、はしたないと思われたらどうしよう。
ティアはなんとなくいたたまれなくて、誤魔化すように化け物どもへの攻撃を開始する。
振った軌道をなぞるように光の筋がはしり、一振りごとに化け物どもが倒れ伏していく。
なお、刃が触れなくても化け物は倒れた。
ひょっとしたらこのレプリカはものすごいものなのかもしれないと、ティアは思った。