2話
「……意外と高かったな」
カウンターで『入城手形』を購入して、ティアはつぶやく。
いくつかある中でもっとも自由度の高いという『一日入城手形』なるものを購入したのだが、まさかこの『一日入城手形』が食費換算だと二日か三日分になるとは思わなかった。
まあ、入城手形以外にも、色々な物が『オマケが本編』という感じでついてきたが……
ともあれ――
入城手形を呈示すると、誰にはばまれることなく『魔王城』に入城することができた。
ティアは首から紐でさげた入城手形を見る。
光を反射し、破れにくい不思議な素材でできた物体だ。
そこには入城時間と退城するべき時間が刻印されていた。
『魔王城』に足を踏み入れると、その広大さにめまいがする。
遠目に見てもかなり巨大だったので覚悟してはいたものの、中に入ると想像を軽く超えられてしまったかたちだ。
入城手形カウンターでは『初入城でしたら第一城塞からの攻城をおすすめいたします』と言われたが、第一から第六まで回ってそのあと魔王城本城に挑むとすると、とても一日では終わらないだろう。
真っ直ぐ本城を目指すべきか。
ティアがそう考えていると――
「貴様か、警備員に我を出せと述べし者は」
――背後から突如声をかけられた。
ティアは宝剣『オベイロン』を抜きつつ、背後を振り返る。
すると、異形の人物が見えた。
それはどの種族にも該当しない生物だ。
頭があり、手足があるという意味では『人』にも見える。
だが、その頭にはまがまがしい角が生えているし、肌は生物とは思えないほど血の気のない白さだ。
長い髪の毛もまた漆黒であり、風もないのにたなびいている。
口元には大きな牙がのぞいていた。
漆黒の、鳥の翼を大量にひきむしってはりつけたような、異様なデザインのマントで全身を覆っている姿は不吉そのもの。
そして、右腕に持つものは――大きな鎌だ。
宝石のあしらわれた、魔法発動体も兼ねた武器なのだろう。
――魔王。
そうに違いないと、ひと目でティアは判断できた。
「貴様が魔王か!」
「いかにも。我こそが悪夢と絶望の園、『まおうじょう』の支配人である!」
バサァ! とマントをひるがえす。
下に着ていたものは、これもまた黒くとげとげしい、異形の鎧だ。
マントの下までまがまがしい。
さすが魔王だ、とティアはまずそのコーディネートに感心する。
魔王は口の端をゆがる。
それから、喉奥で押し殺すように笑った。
「クックック……よく来たなお客様よ……! 貴様の勇気と入城手形購入に感謝しよう……! スタッフからの連絡によれば来城は初めてとのことだが、この『まおうじょう』の歩き方を説明してやろうか?」
「結構だ。私の目的は貴様を倒し、この『魔王城』に挑んで戻らなかった者たちを救い出すこと……その貴様が目の前にいるならば、わざわざ城を歩き回る理由がない!」
ティアは宝剣『オベイロン』で魔王へ斬りかかる。
ただの剣ではない。
『否定』という概念を編んで創られた、『斬ったものを物質、概念問わずに消滅させる』、エルフ族に伝わる宝剣だ。
……妹のサラは、この『オベイロン』の対となる宝剣、『ティターニア』を持って『魔王城』に挑んだはずだ。
そのサラが敗れ、囚われているならば、この一撃で終わることはないだろうが……
手傷ぐらいは負わせられるはず。
そう思い振り抜いた――
いや、振り抜こうとしたのだが。
「お客様よ、城内での暴力、ポイ捨て、またその他のお客様にご迷惑のかかる行為は、一切禁止となっている」
剣は、不可視の障壁に当たり、魔王にとどくことはなかった。
ティアは慌てて飛びずさる。
尋常ならざる現象だ。
まさか魔王はこの一瞬で『オベイロン』を構成するよりも高密度の概念を編んだとでもいうのだろうか?
あるいは――あのマント、それか鎧が、『オベイロン』に並ぶほどの宝物なのか?
いずれにせよ、ティアは納得する。
ならば妹が囚われるわけだ、と。
「……これが魔王の力というわけか」
「そうだ。この城内ではあらゆる暴力行為が禁止される。例外はあるがな。そしてあらゆる迷惑行為も禁止される。例外はあるがな。もし暴力、迷惑行為を働こうとしたならば、その時は今のように、障壁にはばまれる。あまり繰り返すと『まおうじょう』から出て行ってもらう」
それは――困る。
しかし剣を振らずに戦う方法を、ティアは知らない。
「……」
「クックック……困惑しているようだな……」
「…………」
「そんなお客様に、我を倒す方法を教えよう」
「なんだと!? 自らを倒す方法を、自ら示す!? その行為にどんな意味が!?」
ティアは困惑を深める。
魔王は押し殺したように笑い、続けた。
「我が悪夢と絶望の園『まおうじょう』に来城したお客様は、みな『ゆうしゃ』となって、我を倒すための手順を踏んでもらうことになっている」
「……その手順とは?」
「『すべてのアトラクションの制覇』」
「……あとらくしょん?」
「そうだ! 六つの砦エリアと、中央にある本城エリア! それぞれのエリアにあるアトラクション……遊戯を制覇し――スタンプをためるのだ」
「……スタンプ?」
「入城手形と一緒にカウンターで、スタンプカードを渡されたはずだ」
「……これか」
ティアは胸の谷間に挟んでいた紙を取り出す。
それをしげしげとながめれば――なにか四角いマスが大量に描かれているのを発見した。
「別添え端末にも達成アトラクションは記録されるが、この世界の連中には物質的なものもあった方がよかろう! ……ところでどうだ、お客様よ。とても一日ではまわり切れなかろう」
「……たしかに」
「そんなお客様には年間入城手形も販売しておりますので、入城手形カウンターからお求めいただこうか……!」
「くっ……! 一日入城手形でさえ結構なお値段だったのに、年間などどのぐらいの金をむしりとる気だ……!?」
「大丈夫だ。我が『まおうじょう』はお客様に決して損はさせぬ……! 払った金額以上の悪夢と絶望を約束しよう!」
「……くそ……! こうなったら、一日で行ける限りのアトラクションに挑み、必ずや貴様を倒し、妹を救ってみせる!」
「やってみるがいいお客様よ! スタンプは区切りのいい数ごとに賞品も用意している……! せいぜい満喫することだな、この『まおうじょう』を!」
なるほど、こうしてアトラクションで足止めさせ、そのたびに金をむしり、軍資金にしているというわけだ。
ティアは唇を噛む――なんということだ。攻略手順そのものが相手を強くしてしまうとは。恐ろしく練りに練られた軍略だった。
ともあれ宝剣『オベイロン』すら止められてしまっては、相手の軍略に乗るしかない。
しかし――問題があった。
ティアは攻城戦についても数々の書物から学んでいた。
だが、この『魔王城』は、なんだか違う。
規模もそうだが、ルールみたいなものも、書物に出る城とは一線を画すのだ。
その困惑を読み取ったように――
魔王が、押し殺したような笑い声を立てる。
「クックック……お困りのようだなお客様よ!」
「…………くそ、なぜ先ほどから、私が困っているとわかる」
「ここに初めていらっしゃったお客様は、だいたい一様に困惑するからだ!」
「慣れている、というわけか……!」
「そうだ! 我を誰と心得る? 我は悪夢と絶望の園、『まおうじょう』の支配人ぞ! 世界をまたいでこの世に落ちし、人類の絶対敵対者! その我にしてみれば、初来城のお客様の困惑など、手に取るようにわかる!」
「……くっ!」
「だが『まおうじょう』はあらゆるお客様に万全のケアを忘れぬ! 初来城ならば、まずは第一エリアである『哀しみの妖精郷』から回るがいい! 囚われたエルフの姫と妖精が織りなす幻想的なエリアは、必ずや貴様に悪夢と絶望を提供するであろう!」
「囚われたエルフの姫、だと!?」
「そうだ。……ともすれば、貴様の捜す妹やもしれんなあ」
クックック、と魔王は笑った。
……自分がエルフの姫である以上、妹もまた、エルフの姫なのだ。
その『哀しみの妖精郷』に妹がいる可能性は非常に高いだろう。
「……くそ、卑劣なり魔王……!」
「そうだ! 我に対する憎しみをつのらせるがいい、お客様よ! 憎しみを原動力に、この『まおうじょう』を遊び尽くすのだ!」
「……策略にはまっているようで非常に癪だが、とりあえずその『哀しみの妖精郷』へ行ってやる!」
「よかろう! では案内する! ついてこい!」
「……なんだと? 魔王自らが、魔王城を案内するのか?」
「お客様には、希望があれば城内キャストがついて案内をすることになっているのだ……!」
「……くそ、その手厚さは余裕というわけか……!」
「エリアの終わりごとにお土産コーナーにも案内する。食事とトイレはお申し付けください。では貴様の妹を救う旅を始めようか! 案内人は、この支配人がつとめよう!」
かくしてティアは仇敵である魔王に連れられ、『魔王城』を歩くことになる。
第一エリア、『哀しみの妖精郷』――
妹との再会は叶うのか?
あるいは、このまま魔王の策略にはまり、金銭をむしりとられるだけなのか?
ティアは拳を固めて、悪夢と絶望の園『魔王城』の攻城を開始した。