14話
『テーマパーク まおうじょう にようこそ!』
たどりついた『魔王城』の城門には、そのような文字が描かれていた。
意味不明だ。
テーマパークというものがなにを表しているのかさえ、わからない――なににせよわかるのは近場で見た城壁の威容ばかりだ。
でかい。
分厚い。
跳んで越えることも、突撃して破ることも、不可能だろう。
城内に入るには、城門を使うしかなさそうなのだが……当然のように、門番が存在した。
それは巨体で知られる巨人族だった。
岩のような皮膚を持つ、エルフや人間の三倍以上の大きさの人種だ。
質のエルフ――エルフ族はそのように言われ、一人一人が他種族と比べて高い能力を持っているとされるが、単純な力比べだけならば、巨人族の方が上かもしれない。
いざ勝負となれば負けることはないだろうが、厄介な相手ではある。
その巨人族をどう攻略し、入城しようかサラが考えていると――
「あっちですよ」
男がどこかを指し示す。
サラがそちらの方向を見れば――そこには、『入城手形カウンター』という文字の書かれた場所が存在した。
どうやら透明な壁の中に人間族の女性が囚われているようだが、あれは……
「あそこで『入城手形』を買ってください。そうすれば入城できますよ」
「……は? 魔王城に入るのって、お金でどうにかなるの?」
「まあそうですね。そこで渡される入城手形、城内案内、高機能端末などを手に、勇者となって中へ入るのが『まおうじょう』のルールです」
「ルール……?」
「はい。『まおうじょう』ではルールを守らないと、まともに歩くことさえできません。他のお客様にご迷惑がかかる行為などは禁じられており、破ろうとすると障壁にはばまれます」
「……ちょっとよくわからないんだけど」
「とにかく、手順が必要ということですよ」
うさんくさい――
しかし、この男がどういう立場にせよ、この段階でこちらを騙す意味はないだろうとサラは考えた。
というか考えるのが苦手なので、具体的なことはさっぱりわからないし、もう面倒くさいから剣を抜いて突撃しちゃった方が話が早い気がするのだけれど……
最低でも魔王の姿を見るぐらいはしないと、なにをしに来たかわからない。
だからここは我慢して、頭がかゆくなるのをこらえて、考えて行動しようとサラは決める。
「……わかったわ。その手順を踏めば、本当に中に入れるんでしょうね?」
「はい。ルールを守るお客様を、『まおうじょう』は歓迎しますよ」
「……なんかあんた、口ぶりが『魔王城』側っぽいんだけど」
「だとしたら、どうします?」
この、飄々とした感じ!
サラは姉みたいに生真面目な相手も苦手だが、こういう押しても引いてもヒョイヒョイかわすような相手は姉以上に苦手だった。
苦手っていうか、嫌いだ。
むかつく。
しかし――ここまで来て、今さらコイツから離れて単独行動っていうのもそれはそれでむかつく。
負けたみたいだ。
サラは自分が意外と負けず嫌いであることを発見する。
王宮では勝負の相手が姉ぐらいしかいなかったし、姉の戦闘方面における才覚は充分知っているので、今まで思わなかったのだろう。
「……とにかく、案内は任せるからね」
「わかりました。仰せのままに」
「……あんたは買わないの? その、『入城手形』」
「僕は年間フリーパスを持っていますから」
「…………」
それがなにかは知らないが、なんだか無性にずるいと思った。
この男の行動はいちいちサラの感情を逆なでする。
「じゃあ買ってくるから、勝手にいなくならないでよ」
「もちろんです。あなたの方が勝手にいなくならない限り、僕はあなたを案内しますよ」
「……」
一度相性が悪い相手だと気付いてしまうと、なにを言われてもイライラしてしまう。
サラは男をにらみつける。
男は笑顔を浮かべていた――むかつく。
一刻も早く入城手形を買って中に入った方が、精神衛生的にいいだろう。
だからサラはドスドスと大股で入城手形カウンターを目指す。
途中で一度振り返れば、男が笑顔で手を振ってきた。
どうしてあんなにフレンドリーなのに、こんなに苛立つのか不思議に思いつつ、サラは入城手形を買うまで二度と振り返るまいと心に決めた。
↓
「魔王を倒すための手順は、まず、先ほど入城手形カウンターで受け取ったスタンプカードを埋める必要があります」
と、男が言う。
城内である。
ここは城壁を入ってすぐの、広場みたいなところだ。
花壇や噴水があり、上の方には、なにか、人の入った箱みたいなものがある。
「あれはディスプレイですね。事前に撮った映像を流しています。中に人はいませんよ」
この、心を読んだかのような言葉!
サラは次にムカついたら殴りかかってしまうかもしれないと不安になった。
というか殴ってもいいだろうか――いや、もう、これは相性の問題であって、冷静に考えればこの男がとりたてて人を苛立たせる行動ばかりとっているというわけではないとも思うのだけれど、それでもなんか、殴りたい。
その配慮は人をいらだたせないかもしれないが――
あたしをいらだたせるのだ、とサラは思う。
「……それで、スタンプカードを埋めるって、どうしたらいいのよ」
「アトラクションおよびイベントの全制覇ですね。一人で本気でとりくんだ場合、ワンシーズンで終わる計算です」
「……つまり超長い時間がかかるってことね」
「そうですねえ。あと、アトラクションは随時追加更新されているので、終わるころには増えています」
「なによそれ!? じゃあどうやってスタンプとやらを埋めろっていうの!?」
「そこで『パーティ登録』という制度がありまして、同じく『まおうじょう』を攻略中のお客様と協力して、アトラクション攻略状況を共有したりすることもできます」
「……それ、初対面の相手と協力しろってこと? はしたなくないの?」
「はしたない?」
「……まあ、エルフの感覚よね。なんでもないわ」
「そうですか? それで、どうされます?」
「なにが?」
「スタンプをためる方針でいくのでしたら、なんらかのアトラクションを制覇しに行かないといけないわけですが」
「ねえあんた、『魔王城』に詳しいんでしょ? だったら直接魔王のもとに連れていってくれないかしら」
「連れて行って、どうされるんですか?」
「発見して、あたしの『ティターニア』で斬ったらそれで終わりよ。アトラクションとやらをちまちま制覇していく必要もないわ」
「なるほど。でも、無理です」
「なんでよ!?」
「『まおうじょう』ではいかなる相手にも暴力を働くことができません。そうですね、試しに僕を斬ってみてはどうですか?」
「……本気?」
「はい。どうせそのうち魔王を斬ろうとしているんでしょう?」
「そうだけど……」
言葉の意味はわからない。
あいからずヘラヘラとむかつく笑顔だ。
しかし、サラはためらう。
当たり前だ――お前むかつくから斬る、とかいうほど蛮族ではない。
むしろエルフは上品さと貞淑さを旨としている――まあ、自分がそうだと言うほどサラは自己客観視ができないわけではないけれど。
「斬らないんですか?」
「……あのね、普通、『斬ってください』『わかりました』ってならないわよ。それに――この剣はちょっと特別なの。『魔王城』がどんな仕組みで暴力行為を禁止してるかは知らないけど、『ティターニア』の前では、どんな魔法障壁もただの魔力に還るし、どんな物理障壁もただの素材に戻るわ」
「そうなんですか」
「……だから、この剣だとたぶん、斬れるわよ」
「まあ、試さないとおっしゃるのでしたら、それでもいいですよ」
「いやだから、あんたのために言ってるんだけど……」
「ああ、そうなんですか。ありがとうございます」
「……」
なんだろう、会話に不自然なところはなかった気がするのだが――
いちいち挑発されているような気になってくる。
絶望的な相性の悪さを感じる。
いらだちがつのるサラの中で、二つの相反する声があった。
一つは『そうだよ、斬るなんて駄目だよ』という正義の声だ。
もう一つは――『ちょっとぐらい斬ってビビらせてやれよ』という悪の声だった。
二つの相反する感情がサラの中でうずまく。
そして――
「わかった。わかったわ。ちょっとあんた、そこに立ってなさい。そこまで言うなら、斬ってみせようじゃないの」
そういうことに、した。
もちろん本気で一刀両断しようとは思っていない――なんなら当てる気もない。
ただ、少しおどろかせようと、そう思っただけだ。
このふざけた笑顔が少しでも怖がるところを見ないと溜飲が下がらないという、そういう考えである――あとから思い返せばとんだ蛮族思考だ。
ともあれサラは宝剣『ティターニア』を抜き放つ。
その刀身は真っ白に輝いている――対となる『オベイロン』と同じだ。
鼻先スレスレを狙って、思い切り振り下ろす。
しかし――謎の障壁にはばまれて、刃が止まった。
「ね? 暴力は無理でしょう?」
男が笑う。
サラは男の顔をジッと見て、それから思った。やっぱりむかつく。
こうなったらもう意地だ。
サラは力をこめる。腕力もそうだが、魔力もだ。
質のエルフ――その質を支えるものこそが、この魔力という力の強さである。身体能力を強化し、傷をすぐに癒やし、もちろん攻撃の威力なんかにも重要な働きをする力。
なんでここまで意地になるのかわからない。
どうしてここまでこの男にむかつくのか、わからない――むかついたところで、別に気にしなきゃいいだけなのに、なんでこんなに『鼻を明かしてやろう』という気持ちを止められないのかわからない。
でも、今までに経験がないほどやる気がわき上がるのはたしかで――
「無理じゃないって、言ってんでしょ!」
――剣が輝く。
かつてないまばゆさとともに、剣をはばんでいた不可視の障壁を、切り裂いた。
刃は男の鼻先スレスレを通って地面に叩きつけられた。
カツーン、という音。
どうやら不可視の障壁を切り裂いたところで、限界を迎えたらしい――地面を叩いたところで、刃先は少しも地面へは刺さらなかった。
サラも限界だ。たったひと太刀だというのに、力のすべてを絞り尽くしたかのような疲労感があった。
よろめいて倒れそうになる。
と、そこを抱き留められた。
顔をあげれば――そこにはむかつく男がいる。
「お見事です。まさか『まおうじょう』のルールを超えられるとは思いませんでした」
鼻先スレスレを刃が通過したはずなのに、男は嬉しそうだった。
やっぱりむかつく――サラはそう思う。
「自分で立てるから、放しなさいよ」
「失礼しました」
男が手を放す。
サラはよろめく足で、それでもしっかりと立つ。
「どう? これで、魔王のところまで案内できるでしょ? あたしは――斬るから。魔王を倒して一旗あげるの」
「それよりもっと面白いことをしませんか?」
不意打ちみたいな申し出だった。
サラは眉根を寄せる。
「面白いこと?」
「はい。魔王を倒すのはそれからでも遅くないかと。それに――今はフラフラみたいですし」
「……それで、面白いことっていうのは、なによ」
たしかに、たったひと太刀でかなり疲労していた。
このまま魔王のもとへ行っても、まともに戦えないだろう。
悔しいが休憩は必要だろう。そのあいだに『面白いこと』をしてもいい――が、それも内容次第だ。
今はとにかく力が出ない。
だから行動は慎重にせねばならない。
……こういう考えて行動しなければならない状況は苦手だ、とサラは思う。
「面白いこととは、アトラクションですよ」
男が言う。
アトラクション――先ほども聞いたが、それはいったいなんなのだろうか?
サラは男をいぶかしげな顔でにらみつける。
彼は笑顔のままだった。